全てを失った少年は失ったものを再び一から手に入れる
35話 百鬼の呪い
-不知火 麓姫による月島学園襲撃から約二週間、月島学園第二訓練場-
『ピー』
「昨年度“BOS”個人戦ベスト4にして我が月島学園の生徒会長、鳳 楓、校内戦第一回戦魔法を使わず完勝だ~!!!」
壊れはしなかったものの多少なりとも傷つき脆くなった体育館は、未だ修繕工事中のため、学校行事である“BOS”選抜校内戦は第二訓練場で行われていた
今が丁度、その一回戦である楓の試合が終わったところだった
-同施設、展望テラス-
「会長勝ちましたね」
「当然だろ、こんなとこで負けてもらっても困る」
「なんで拓相くんが困るのー?」
「そりゃ、同じ一族の名折れだからに決まってるだろ、他に何があんだよ!」
「ふーん、つまんないのー」
「あはは…それより、拓相もそろそろ準備したほうがいんじゃない?」
「そうだな」
「「「頑張れ!」」」
「あぁ…」テクテク
楓の試合を見ていた千鹿達も楓の勝利を祝福していた、それと同時に、次の次に試合を行う拓相に声援を送った
「さぁ、毎年恒例校内戦の幕を開ける各学年主席による三連戦の二戦目は、2‐A兎村 椰仄、先ほどの鳳 楓同様昨年の“BOS”個人戦に出場し、成績はなんと、他の育成機関も含めて同学年最高のベスト8、どんな戦いが見れるのかとても注目です、そしてその相手は兎村選手自ら指名、昨年の“BOS”は団体戦個人戦両方出場はありませんが、兎村選手は良きライバルと仰っていました、2‐E深嗎 龍蛇、固有魔法がなく一部の生徒には無能力者と蔑まれてきましたが、今年四月のランキング戦でなんと、二年生のランキングでは12位、全校ランキングではC、Dランク最高の33位でした、こちらもとても注目の選手です…そんな目の話せない試合が、今、始まります、3、2、1、」ポチッ
『let’s strike on』フォーン
「いくぞ、深嗎!」
「あぁ!」
試合開始の合図と同時に、兎村 椰仄は声に出して分かり易く戦意を高め、一方の深嗎 龍蛇は静かに戦意を高めた
「兎村流固有魔法黒羽より、<羽化>」
兎村 椰仄は、既に固有魔法は割れているために初めから躊躇なく使った
兎村一族の固有魔法である“黒羽”の、最も基本的な魔法にして最も重要な魔法<羽化>、それは、自身もしくは他者の背中から最大八本の羽を生やし、それを操ることで、攻撃力をあげるだけでなく攻撃手段を多彩にし、そして何と言っても、防御力の上がり幅は攻撃力の比ではない、さらに、羽の数が多ければ多いほどそれらの強化点もより目紛しくなる
椰仄が生やした羽は四本である
「初っ端から飛ばしすぎだろ、椰仄」
「それはお前もな」キン
龍蛇の見えない攻撃を、椰仄は見向きもせずに話をしながら羽で防いだ
(全く見えなかった…多分、相手だけじゃなくこの空間にいる全員に幻術をかけたんだろうけど、それほどの魔法力があって、なぜあいつらどころか俺すら気づかなかったんだ?いや、今もそんなに魔法力があるようには感じない…どういう事だ?)
その初撃に展望テラスでは、ほとんどの生徒が唖然としている中、幻舞は頭の中で考察を繰り広げていた
「さて、どうしたもんかな…」
「今年はお前以上の光属性魔法の使い手が入ったからな、ここでちゃんとアピールしといたほうがいいぞ」キン キン
「アピール、ねぇ…」
(お前はめんどくせぇって言うだろうけど、俺はお前と行きてぇんだよ、もう一度あの場所に)
「ありがとな」
「ん?」キン
幼馴染で共に切磋琢磨してきた二人だからこそ、この試合を一番楽しむことができ、そして何より、互いに親友のことを理解しているからこそ成された試合だった
「全力でいくって言ったんだよ!」
「そんじゃこっちも全力でいくぜ!」ビュン グサッ
椰仄が羽二本を龍蛇へ向けて放つと、それは見事に腹部を貫いた
「ガハッ…いってぇな…」
「まさか血まで吐くとはな、幻術ごときが」
「ま、だてに長く付き合ってるわけじゃないってことね」シュン
椰仄の攻撃をくらい吐血までした龍蛇は、吐いた血と共に塵になって消えた
「ここだ!」シュッ シュッ
「手裏剣とは…相変わらず古風なやつだ」キン キン
驚くことに、椰仄は龍蛇を刺しても一切動揺することなく、一瞬で幻影である事を見破り攻撃を防いだ、今度は龍蛇本人も消えていたために何処からかもどのタイミングでかも分からない攻撃を、また羽だけで
一方の龍蛇も、椰仄がこの程度では冷静さを失う事がないのをわかっていたかのように、椰仄の背後から追撃の姿勢を取っていた
「そゆこと」キン
その奇襲を、椰仄は先ほど動揺一切顔を動かさずに羽のみで防いだ
椰仄も龍蛇の手順は完全に読めているようだった
「おーっと」
「実況席の私も一体何が起きているのかさっぱりわかりません」
『ズコー』
「「「おい!」」」
毎試合実況を務める事になっている、放送部二年桜田 香華の思わせぶりの発言に、展望テラスの皆はズコーと音が立ちそうなほど盛大に転けた
「解説の神代 琉先生、今のは一体何が起こったのでしょうか」
「うーん…なんだろうねー」
「「「おい!」」」
琉が面倒臭そうに仕事の解説すらしない事に、展望テラスの皆が声を揃えてツッコミを入れた
「まさか、本当に琉先生までわからないんじゃねぇよなぁ」
「ふっ、そんなわけないだろ、俺を除けば、あの人はこの魔法を一番見てるだろうからな…もしかしたら俺を入れても」
龍蛇は、最後の一言だけボソッと呟いた
「へー、お前と琉先生ってもしかして師弟か?」
「いや、先生が一人の生徒に肩入れするのはタブーだろ、それより、そろそろ決めないとみんなも飽きちゃうんじゃないか?」
「お前が飽きてきてるだけだろ!」ビュン グサッ
椰仄は再び羽を放った、が、今度は二本を別々の方向に放つと、二本とも龍蛇の身体を貫いた
一人は姿を消していたが、刺されるとその姿を目視することができた
「さっきと同じとは芸がないぞ、龍蛇!」キン グサッ
今度は頭上からの攻撃を羽で防ぐと同時に、残りの一本を手裏剣の飛んできた方向に向けて放った
すると、それも龍蛇の身体を貫いていた
「そう言われても、俺にはこれしかないんだけどな…」
「お前がその戦い方にこだわる理由はあえて聞かないが、一つ言いたいことがある」
「なんだ?」
「俺は、前のお前の方がやりずらかったし、なによりやってて楽しかった…前のお前は俺よりもはるかに強かった、それは、誰に聞いても百人中百人がそう言う、戦績だって、十回戦っても俺は二、三回しか勝てなかった」
「なにが言いたいんだ?挑発かなにかか?」
「俺がこの試合を組んでもらったのは、確かに、お前にアピールチャンスを与えるのもあるが…俺は、今のお前にはなにがあっても絶対に負ける気がしない、俺のライバルは今のお前じゃなくて前のお前なんだからな、そんな魔法はお前の武器じゃねぇ、お前の武器は多彩で豊富な魔法だろぉが!」
「お前に俺のなにがわかる!」
さっきまで二人なりに楽しんでいて、表情も柔らかく空気だって明るかったのだが、椰仄の一言により一転して険悪なムードが流れた
「お前の本気を見せてみろ、深嗎ぁぁ!」ビュン
椰仄は羽をさらに二本生やして六本とすると、その六本の羽全てを龍蛇に向けて放った
「お望み通り見せてやるよ!<白埜式百鬼夜行>」
次々に深嗎 龍蛇の姿を模った幻影が出現し、椰仄はそのことごとくを貫いていった
「あの魔法は!?」
展望テラスでは、ほとんどの生徒が目の前で起きている訳の分からない状況に呆気を取られ驚いていたが、海凪だけは別のことに驚いていた
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その二人の攻防は、五分と経たずに決着がついた
「おーっと、どうやら決着がついたようだー!倒れているのは果たしてどっちだ?」
実況の桜田 香華は、砂埃が立つ中で倒れている人影に焦点を当てて目を凝らした
「倒れているのは…深嗎 龍蛇選手だぁ!よって、勝者兎村 椰仄選手!二年生主席は、初戦から苦戦を強いられましたが見事白星で校内戦をスタートです、解説の神代 琉先生は今の試合どう見ますか?って、いないし、あ、琉先生、どこ行くんですか?」
「わりぃ、ちょっと用事ができた」
琉は解説の仕事を完全に放棄して展望テラスの一角に向けて走っていた
「ちょっと、琉先s…あ、なるほど、海凪先生ですか、もしかして
『俺の声ちゃんと聞いてくれたか?』
なんて言っちゃったりして、私桜田 香華、及ばせながら二人の恋のキューピッドをさせていただきます」
「「「おぉー!」」」
琉の向かってる先が海凪だとわかると、香華は余計なことをし始めようとした
それに便乗したかのように、展望テラスの皆も大きな歓声を上げた
「ちっ、呑気な奴らだな」
しかし、海凪や琉を含め千鹿達の雰囲気は周りとは違っていた
「うわぁぁ!やめて!来ないで!うわぁぁ!」
すると、海凪が両手で頭を抱えたまま大きな声でうなされだした
「くそっ、間に合わなかったか…ミナ、落ち着け!」
琉の声は海凪には一切届いていないようだった
「くっ、なんだこれは、いったい何が起こってるんdぅぅわー」
海凪の傍に座ってた生徒が魔力斥波によって吹き飛ばされた
魔力斥波とは、魔力暴走をきたした場合における特徴的な現象の一つ
何らかの原因によって冷静さを過度に失うことで開いた魔孔から無秩序に魔力を放出し、その放出された魔力が術者を中心にして円状に広がっていく魔力の波のことである
「<対斥力波空間>、<空中散歩>」
「月島!」
魔力斥波は幻舞によって封殺され、それによって飛ばされた生徒も幻舞に捕まえられた
そして、幻舞の口からはとんでもない言葉が飛び出した
「先生、早く選択してくださいよ…これ以上被害を増やすのか、従妹を殺すのか」
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