全てを失った少年は失ったものを再び一から手に入れる

きい

34話 日本にスパイ!?その名はジャック

「千鹿、すまん…それだけはどうしても聞き入れられない」

「…」

「「「…」」」

 幻舞は、隠しきれなかった自分の落ち度を反省し、拒絶される覚悟で千鹿に告げた
 幻舞のその言葉を聞き、悪魔クラウディアスを実際にその目で見た撫子は、自分の気持ちの整理もできておらず千鹿の心配どころではなかった
 その場にいた他の者は、皆が皆、千鹿や撫子と同じく気持ちの整理をしていたのか、ただ単に空気を読んだのか、誰一人として口を開くことがなくシンとした空気が流れた
 しかし、その空気を一刀両断したのは意外な人物だった
 しかも、その言葉に皆開いた口が塞がらなくなった

「じゃあ、これから月島は悪魔その剣をコントロールする修業だね、私たちは“BOS”までに月島に認められるぐらい強くならなくちゃ、ね、撫子」

「千鹿…」

「「「…」」」

「どうしたの?撫子、それにみんなも」

 なんと、千鹿は、幻舞の事を拒絶するどころか冷たくあしらい距離を置くことすらせず、いつもと変わらない口調と声音で話していた、それどころか、いつもよりも明るいようにも見えた
 そんな千鹿の様子を見ても、変わらず皆は浮かない顔をしていた
 しかしそれは、幻舞の話を聞いたからではなくそれを聞いた千鹿が無理をして明るく振る舞っているのが明らかだったからである

「ゲン、もう少し素直になったらどうだい?」

 再び重くなった空気を、総紀がさも当たり前かのように一蹴した

「「「え!?」」」

「…素直にと言われましても、これ以上どう素直になれと」

 その総紀の発言に千鹿や撫子達は驚きを隠せていなかったが、当の本人である幻舞は意味深な間をあけた後強気に一言だけ発した

「月島…まだなんか隠してることがあるの?」

「これ以上お前たちに話すことはなにもない、多少の隠し事なら誰だってあるだろ」

 普段とは明らかに異なり、幻舞の口から出る言葉にはこの話題に関する“拒絶”の意が込められていた

「はぁ…みんなはもう帰ってくれないかい?僕は幻舞と話したいことがあるから」

「月島…」

 千鹿や撫子に続き、楓、拓相、飛鳥が、結局幻舞に一言もかけられず、そんな自分が不甲斐なさそうに部屋を出て行った
 そして、医務室には幻舞、総紀、勇と、ベッドで寝ている彌鵜瑠みうるの四人が残った

「さっきはみんな自分のことで手いっぱいだったからな、これからはこれを使おう」

 総紀は、嫌味を混じりにそう言うと、紙とペンを取り出した

『じゃあさっそく、ゲン、どうだった?』

「どう、ですか…思ったよりも強くなっていましたね、正直、同じ固有魔法に同じ魔法属性の自分では魔法力勝負になるので厳しいですね、“BOS”までに千鹿たちをなんとかしないと…もちろん、強制というわけではありませんが」

『ゲン自身は、それ、どうするんだい?』

 そう言って総紀が指さしたのは、幻舞の手に握られている魔剣クラウディアスの武器収納用硬貨ルーン・ヴァッフェだった
 握られた手を開くと、幻舞は手のひらの上に置かれた武器収納用硬貨を見つめながら
「…これは、もう自分のではまりませんよ」
 とだけ言うと、今度はベッドの上の彌鵜瑠の方を向いて
「こっちもそろそろか…」
 と呟いた

『ん?なにか言ったかい?』

「いえ、別に」

「それで、総紀、さっき言ってたもっと素直になれとはどういうことだ?幻舞は十分自分をさらけ出してると思うが、それも結構無理やり…」

 話が少し逸れていたところを、勇が本題へと戻した

「あぁ、事故とはいえまさかこんな早く魔剣クラウディアスを見せるとは思わなかったよ、ただ…」

「ただ?」

「うーん…ここからは自分の口で言ってもらおうか」

 総紀は大事なところを前に口を止めて、幻舞に魔剣クラウディアスについて説明するように紙に書いて促したが、その文脈は完全に脅しのそれだった

「はぁ…まずは……」

 さっきよりも人の数が明らかに減り、さらには総紀の要らぬお膳立てで幻舞は観念したように話し始めた
「この魔剣クラウディアスの魔法<化け悪魔デビルズサモン>とは、悪魔クラウディアスを呼び起こすものに間違いないんですが…」
 再び武器ヴァッフェを起動して見せた幻舞だったが、まだ全てを明かすだけの覚悟は持てないようで少し言葉を渋った

『幻舞、今話したくないならその気になってからでも大丈夫だぞ、楓たちと一緒にでも俺は全然』

『いや、今話してもらう、勇一人に話せなければ楓ちゃんたちにも話せないままだよ』

 うじうじしている幻舞に優しく接する勇と厳しく当たる総紀、対照的な二人だった

『総紀、お前が一番だろ…』

「「…」」ブルブル

 勇渾身のボケは、その場の空気を凍てつかせた

「ゴホン」

『幻舞、早く話せ!』

 一回咳払いをすると、勇は八つ当たり気味に幻舞に説明を促した

「悪魔クラウディアスとは…もう一人の自分なんです」

『もう一人の自分とは一体どういうことだ?別の人格ってことか?』

 幻舞に幾度となく自分の理解の範疇はんちゅうを遥かに超えた話をされ、勇は大抵のことでは驚かなくなっていた

「別の人格という言い方もあながち間違いではないかもしれませんね、確かに、<化け悪魔>とは、悪魔クラウディアスを“召喚”し、自分に“憑依”させる魔法なんですが、そのクラウディアスの戦闘記憶は本来のものとは違い、自分の、月島 幻舞のものに書き換えられているんです、なので、もう一人の自分でもあるんですよ」

『そうか…でも、戦闘記憶だけなんだろ?その魔法を使っている間の意思はお前のものではないんだろ?』

「えぇ、まぁ一応…」

「よかった…」

 勇は心底安堵した

「よかった?」

 その勇の反応は、総紀にとっても、勇の様子を見て心情をくみ取った幻舞にとっても意外なものだった

『あぁ、あれがお前の意思ではないってことは、お前は戦闘狂じゃないってことだろ?』

「そういうことですか…それで、『あれ』とか『戦闘狂』ってまさか勇さんも見ていたんですか?見てたなら手を貸してくれてもよかったのに…」

 勇の言う戦闘狂とは、幻舞が<化け悪魔>発動直後の戦闘スタイルのことを言っているのだろうが、その幻舞の姿を見ていないはずなのになぜか知っていた勇は、
『いや、さっきあったことは見てないが…』
 と言うと、ちらちらと総紀の方を見ながら幻舞に合図を送ったが、結局、
「こいつがな」
 と言いながら、総紀の方に親指を向けた

 総紀は、自分の記憶を映像として具現化し他者に見せることができるため、今回のではなく十年前のを勇に見せたのだろうと幻舞は納得した

「はぁ…確かに、勇さんが見た戦闘をしていたのはクラウディアスだと思います、今回もそうです」

「そうか…」

 勇は再び安堵した

「しかし『自分は戦闘狂じゃありません』とも言い切れません」

『それはどういうことだ?』

「確かに今は、好んで闘いを挑むようなことはしませんが、クラウディアスの戦闘記憶は確実に自分のものです、つまり、自分は殺しの術も拷問のように相手をなぶる術も身に付いていますし、なにより、それらが戦闘記憶として身体に染みつくまで実践していたんですよ、なので、戦闘狂と言っても差し支えないと思います」

「そう…だったのか…」

 考えたくもなかった返ってきてほしくない応えに、勇は気を落とさずにはいられなかった

「そして、<化け悪魔>発動後も今のこの月島 幻舞という人格は共存しているためコントロールは必要ありません」

 実際にはコントロールは必要であるが、これは幻舞が嘘をついたわけではなく、シンツウでの修練期間で二つの人格の共存ができるまでのコントロール修業は必修であるため、幻舞は既にコントロールの術は会得済みという意味での言葉だった

「…」

 勇は、喋ることすらできなくなった

「人格の共存とはいっても、同時に存在しているわけではありません、月島 幻舞という人格は、クラウディアスという人格の出し入れを自由にできるということです、つまり、人格が完全に乗っ取られるわけではないので、暴走することは基本的にはありません」

『一つ、聞いていいか?』

 呆然としていた勇が、突然口を開いた

「えぇ、構いませんよ」

『その…戦闘記憶は幻舞のものに変えれたんだろ?ならなぜ、人格まで変えなかったんだ?そうすれば、万が一の暴走もなくなるんだろ?』

「…」

『そうだよな…すまん、お前も被害者だもんな』

 幻舞が黙っていたのをわからないと捉えた勇は、深刻な顔で謝罪した

「被害者というのは違いますよ、さっきも言ったように、俺はでこれを使ってるんですから…それと、人格まで変えなかったのは、自分の性格のせいです、変えたのは自分じゃありませんが、人格、つまり、意思や感情を残して欲しいと言ったのは自分です」

『な、なんで…それで暴走でもしたらお前の身体だってただではすまないだろ』

 この場合の暴走とは、魔力暴走などとは違い、単に悪魔に完全に人格を乗っ取られた幻舞が、まさに人外行為を行うという意味である、そうなれば、魔力暴走ほどではなくとも、多少は体に負担があるのは間違いない

「そうなったらそうなったで自分の責任です、ただ、あいつらだけは、俺が殺さなきゃいけないんですよ」

『そうか…』

 納得したくない内容だったが、納得せざるを得ず、勇は渋い顔をした


 -惑星シンツウ、クーウィル家のとある一室-


「ジルクさん、反逆者ルティアトと一戦交えましたので報告します」

 そこには、先程幻舞と闘っていた不知火 麓姫ともう一人、椅子に深々と腰掛けている男の姿があった

「へぇ、で、どうだった?

 その男は、麓姫に対して上から幻舞について聞いた

「正直、手応えがありませんでした、以前よりも明らかに力が衰えていました」

「そっか…それを確認できたならもういいだろう、次に仕掛けるのは“BOS”の時としようか」

「わかりました」

「それで、ジャックの方はどうだった?」

「ジェイ・C・アークさんですか?」

「そんな長いのはめんどくさいだろう、ジャックでいいよジャックで」

「それはあなたが決めることではないでしょ…それで、バレていないようでした、あの人なら勘付かれることはないでしょう」

「それは、日本人の鈍感さが相まってだろうな、だが、ルティるてぃーの場合はそうはいかんだろう」


 クーウィル家からただ名が挙がっただけでなく、麓姫の上司的存在であろう人物にジャックと通称で呼ばれている、少なくとも日本にはいると思われる謎の人物
 ジャックと幻舞の関係性はいったい
 “BOS”ではいったい何が起きるのだろうか

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