全てを失った少年は失ったものを再び一から手に入れる
27話 幻舞のもたらした影響
「さてと、この話はまた後でな」
「もっと…」フキフキ
「ん?」
少し前まで泣いていた千鹿の、涙を拭いながらの声がハキハキとしているはずもなく、海凪には千鹿がなにを言ったのか聞き取ることは不可能だった
「もっと、もっと詳しく教えてください…別に先生の勝手な推測でもいいですから」
それは、まだ完全には涙を拭いきれなかったために、時々しゃっくりを交えた弱々しい声だった
しかし、そんな中で千鹿が見せたその貪欲なまでの執着心は、前に楓が幻舞に見せたそれととても酷似していた
「わ、わかったから、とにかく一回落ち着け」サスサス
「はい…」シクシク
「お前達はもう戻れ、かけn、ゴホン、琉先生を待たせてしまってるからな」
以前にも、琉のことを普段呼んでいる名前で呼んだことがあったように、海凪は決して器用なタイプとは言えない、しかしそれは、何らかの原因で平静さを失った場合のみにおけることで、感情のコントロールが特段不得手ではない海凪がこれほど何度も取り乱したのは初めてである、それこそ、幻舞が現れるまでは決してというほどなかった、つまりこれは、それほどまでに海凪が幻舞を気にかけている証拠である
現に今も、平静を装っているだけで内心は全く落ち着けていないのが言葉に出ていた
「「はい、わかりました」」
そして、それをはっきりと聞いた拓相と飛鳥だったが、特に突っかかる様子もなかった
最初こそ弄ってはいたものの、今では完全になくなった、そうなった正確な理由はわからないが、確実に言えるのは、幻舞の存在によるものが大きいということを拓相達が気づいていないということである、もしかしたら、拓相達の中で海凪が既に、元々取り乱し易いという風に格付けされているのかもしれない
ガラガラと引き戸が開き拓相達が教室を出ていく、そしてまた引き戸が閉められる、その間、海凪は千鹿の背中をずっとさすっていた
「どうだ、そろそろ落ち着いたか?」
「はい…ありがとうございます」フキフキ ニコッ
「まぁ、実技演習のときにいつも付き合ってもらってるからな、そのお礼としては安いもんだろ」
「お礼なんて別に…むしろ、私の方がが付き合ってもらってるようなものなんですから」
「それはそうとさっきの話だが、どうせ、見舞いとか言って家に押しかけるんだろ?話はその時にでも十分できる」
「え!?い、いやぁ、そんなこと…」
海凪には、千鹿のやろうとしていることが丸わかりのようだった、いや、海凪に限らず、千鹿の取ろうとする行動の一つ一つはとてもわかり易いものである、これは、魔法闘士として重大な欠点であり、その原因もまた、幻舞の存在によるものが大きいのである
「とにかく、そういうことだから早く席につけ」
「はい…」
貪欲に情報を欲した千鹿の返事に、悲しみとそれにに近しい感情が混ざっていたのは至極必然のことである
「待たせてしまってすまなかった、早速これからホームルームを始めるんだがその前に、編入生を紹介する、入ってこい」
海凪の合図で、ガラガラと引き戸が開き、
「いつまで待たせんだよ」
とブツブツ愚痴を漏らしながら魅鵜瑠が千鹿達のいる教室に入ってきた
「「え!?」」
「あ、あんたは!」
「え、なに、千鹿の知り合い?」
皆が、魔法闘士育成機関では非常に珍しい転校生に興味を示したと同時に、その転校生との繋がりを匂わせた千鹿の発言にも興味を示した
「静かに!」
海凪が、魅鵜瑠の漢字を書く手を止めてそう言うと、クラス全体が一斉に静かになった、仕事中は真面目で、感情の起伏などほとんど見せない海凪が、この時は珍しく苛立ちを見せた、クラスが騒がしくなることなど珍しくもないので、原因はそれとはまた別である
「すまない、こいつは、愛知の楠木学園からきた楠木 魅鵜瑠だ、みんな仲良くしてやってくれ」
海凪は、黒板に魅鵜瑠の漢字を書き終えると、決まり文句のような紹介を済ませた、先ほどは明らか怒りを露わにしたにも関わらず、その言葉に、とっとと済ませたい等の感情は一切なかった、それが、先生としての海凪の姿である
「ねーねー、魅鵜瑠ちゃんって何で転校してきたの?」
「無理やりさせられた」
「親に無理やり…ほんっとめんどくさいよねー、親って」
「いや、つk…」
「あ、あぁ、こいつの親はそういうとこがあんだよ」
魅鵜瑠と幻舞の関係が悟られてはならないと直感的に感じた海凪は、魅鵜瑠の言葉を遮るようにして発言したが、いきなり適切な言葉が出てくるはずもなく曖昧な返答となってしまった
「じゃあさじゃあさ、魅鵜瑠ちゃんって今どこに住んでるの?もしかして一人暮らし?」
「いや、つk…」
「それなんだが、こいつは今、親元を離れてるから本来は一人暮らしなんだが親が、な、さっき言ったような感じでだな、その、今はあたしが預かってるんだよ」
話しながら言葉を探していた海凪だったが、言葉に詰まったところで、あろうことか、すぐバレそうな嘘をついてしまった、しかも、さらに自分に負担がかかるような発言をしてしまったのだ
「へー、そうなんだー、じゃあ魅鵜瑠ちゃんと遊ぶ時は先生ん家に行かなくちゃね」
「い、いや、それはダメだ」
「えー、なんでですかー」
「ダメというか、こいつは普段、軍の仕事で忙しくて家にはほとんどいないんだよ、だからその、家に来てもこいつとは遊べないってことだ」
確かに、魅鵜瑠にはちゃんと軍の仕事があるが、毎日あるなんてそんなことはない
「そっかー、残念」
しかし、頻繁に軍の仕事に赴く例が月島学園にはあるため、皆は納得したようだった
「ちょ、ちょっとまって、魅鵜瑠ちゃんって軍に入ってるの?」
「まぁ、入る気は無かったんだけど」
「あぁ、親、ね」
親に無理強いされているということになっている立場の魅鵜瑠のその発言で、皆が魅鵜瑠のことを気の毒に思った反面、自分の理解できる領域を遥かに超えていた魅鵜瑠の親の存在に、若干引いていた
「でもすごいねー、うちのこいつも一応軍に入ってるんだけどね、戦ったらどっちが強い?」
そう言いながら千鹿の肩に腕を回すと、回された側の千鹿は気まずそうにしていた、それは、腕を回してきた人と仲が悪いからではなく、何も知らないために出たその質問の内容のせいだった
「眼中にない」
そんな千鹿を知る由もなく、魅鵜瑠はその空間の空気をさらに重くした
「お前なぁ…す、すまんな、こいつは幻舞を目指してるんだ、だから、そのなんだ、言葉のチョイスを間違えただけだから」
「誰があんなやt」ムグッ
海凪は、
「これ以上ややこしくなるような発言をするな」
と言うように魅鵜瑠の口を手で塞いだ
しかし、自分が直感的に感じ取ったことなど忘れ、言葉のチョイスを間違えたのは他でもない、海凪自身だった
「え、魅鵜瑠ちゃんって月島くんのこと知ってるの?どんな関係なの?」
(しまった!)
この質問だけは絶対に魅鵜瑠にだけは絶対に答えさせないように、魅鵜瑠の口を塞ぎながら海凪はそう思った、しかし、海凪の懸念は本当にただの懸念にすぎなかったのだ
「どんな関係って、二人とも軍に入ってるんだから知ってて当然でしょ、それに、月島は私達世代の星みたいなのなんだから、憧れてそこを目指すのも別に変じゃないでしょ」
「確かにね」
海凪を擁護するような千鹿の発言に、皆が納得したように頷いた
(ありがと!)
そして、千鹿に海凪から目で合図が送られた
「他に質問はある?ないようならそろそろ一限に入りたいんだけど」
絶え間なく質問と応答が続いていたが、少し途絶えたところで海凪が締めようとした、生徒の中で実力主義を促していた月島学園なら、ここで
「ちょっとまった!」
などと海凪の言葉を遮り、魅鵜瑠の編入に異議を唱えたり、勝負をふっかけて勝手に実力を測ろうとしたりする者がいるとこだが、自信に満ち溢れた発言で終始相手を見下した態度を取る者の中でも、実力が自分より上かもしたかもわからない相手までも見下した態度をとる者でさえ、毎年一人か二人は必ずいた月島学園に、今年は幻舞の入試の一件が原因で、新入生からそのような者が現れなかっただけでなく、なんと、上級生で今までそのような態度をとっていた者も態度を改めるようになったのだ
そんな、本来最も重視されるであろう幻舞の意思とは関係なく、ある意味で恐怖政治体制がしかれている今の月島学園では、魅鵜瑠のいきなりすぎる編入でも異論を挟む者などいるはずもなかった
「じゃあ、いないようだから早速一限に入るぞ」
「「「えー」」」
一限に入る、つまりは勉強をするということに対して、クラス大半の反応は面倒臭いというものだった
「本来は“SOS”、魔力応用学を予定してたんだが、今日は特別に体育館を借りれたから、魅鵜瑠との親交を深めるためにも実技演習とする」
「「「よっしゃー」」」
先ほどまで気落ちしていた者達が、一斉に立ち上がって盛り上がりを見せた、今は他のクラスでは授業をしている時間なので、
「うるさい、静かにしろ!」
と怒られそうなくらいに
-月島学園第一演習場、体育館-
「ではまず、魅鵜瑠とあたしがやろう」
「いいのか?どうなっても知らねぇぞ」
「やれるもんならやってみな」
要注意人物である魅鵜瑠の編入当日に、監視役である幻舞の姿がないこの状況、前にも似たような状況があったようにも思えるが、何事もなく無事に一日を終えることはできるのだろうか
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