聖女な妹を狙うやつは、魔王だろうと殴ります。

ibis

遠い日の追憶―2話

「……母上」
「来たわねアルヴァーナ……それじゃ、今日もるわよ」

 早朝の中庭……そこに、少年と女性が向かい合う。
 少年は幼いが……年不相応の雰囲気と、不気味に輝く『魔眼』を持っている。

「あら……?アルヴァーナ、傷が癒えているのね?」
「え?あ、はい。昨日シャルが治してくれました」
「そう……それじゃ、無理しても大丈夫ね」
「へ……?」

 瞬間、女性が拳を振り抜く。
 幼い少年が、それに反応できるわけがなく……簡単に吹き飛ばされてしまう。

「がッ……げほッ!」

 殴られた腹部が、キリキリと痛みを訴える。
 嘔吐感が込み上げ―――ぐっと我慢して立ち上がる。

「ふうッ……!」
「よく立ち上がったわね。偉いわ」
「あり、がと……ございます……!」

 褒めているのかバカにしているのか、どちらかわからない称賛を受け……実の母に向かって構える。

「今日も訓練……お願いします!」
「はい、お願いされます」

 これが、俺の日常。
 朝から夜まで、ずっと母と実践稽古。

「はぁあッ!」
「―――遅いわね」
「ぐッ!」

 飛び込み、必死に腕を振り回す。
 そんな攻撃が当たるわけもなく……簡単にいなされ、カウンターに蹴りを受ける。

「ぐッ……ぁあああッ……!」
「何しているの?早く立ちなさい」
「は、い……!」

 理不尽な暴力。理由のない訓練。目的もない稽古……なんで俺は、毎日こんなことを……?

「はぁ……その銀髪、それに『魔眼』……相変わらずね」
「……?どういう事ですか?」
「―――本当に腹立たしい。どんどんに似てくるわね、あなたは」

 明らかに嫌悪感をにあらわする母……一目瞭然。母が怒った。

「……構えなさい」
「……はい」
「よし……それじゃ、魔法を使っていくわよ。当たったら死ぬかも知れないから、死なないように気を付けなさい」

 淡々と、『避けないと死ぬ』と伝えられる。
 ……これが、実の母親のする事なのだろうか?
 息子に毎日訓練させて、毎日稽古させて、立ち上がれなくなるまで痛め付けて……これじゃまるで―――

「『アース・ナックル』」

 全方向から、土で創造された拳が迫る。
 1つ1つが、少年と同じくらいの大きさ……まともに喰らえば、幼い少年は軽々吹き飛ばされ、運が悪ければ死んでしまうだろう。

「―――ッ!」

 迫る土拳を正面から見つめ、異形な『魔眼』を輝かせる。
 ―――『消魔の魔眼イレイザー・アイ』。彼が授かった、天からの恩恵。
 視界に入るあらゆる魔法を消滅、無効化させる強力な『魔眼』―――だが。

「くッ―――!」

 前方に飛び、背後からの攻撃を避ける。
 ……彼の『魔眼』は魔法を打ち消す事ができるが……それは視界内の話。
 今のように、背後から襲われれば―――『魔眼』で見る間もなく、避けるしかなくなるのだ。

「遅い」
「は、はい!」
「今のは相手の詠唱を聞いて、すぐに対応していれば『魔眼』で見ることができたわ」
「はい!」

 厳しい指導に、ガムシャラに付いていく。
 これが日常……俺の日常だ。

―――――――――――――――――――――――――

 あれから……2年ほど経っただろうか。
 8歳になった少年は……まだ『日常』を繰り返していた。

「げほッ!ぐ、うぅ……」
「立ちなさい」

 冷たく言い放たれる言葉に従い、震える足を無理に立たせる。

「立つまでが遅い」
「がッ―――!」

 顔を上げた瞬間、無造作に放たれる蹴りを受けて吹っ飛ばされる。
 ゴロゴロと地面を転がり―――家の壁に当たってようやく勢いが止まった。

「…………がほっ……」
「立ちなさい」

 ……ダメだ。力がまったく入らない。

「……そう。立たないのなら、そのまま続行するわ」

 ゴッ、と風を切る音と共に、凄まじい蹴りが放たれる。
 ……ああ。俺、死んだな―――

「―――もう止めてくださいっ!」

 蹴りが俺に当たる寸前、誰かが俺の前に立ちはだかった。
 ……聞いたことのある声……聞くだけで癒されて、安心感を覚える声……まさか―――

「……何をしているのシャルロット。そこを退きなさい、稽古の邪魔よ」
「なんでですか!アルにぃ……違う。お兄様が何をしたというのですか?!こんなにボロボロになるまで痛め付けて……酷すぎます!」
「だったら何?これはアルヴァーナだけじゃなくて……あなたにも関係があることなのよ?」
「そんなこと!頼んでいません!」

 ……ダメだシャル。そんな事言ったら、母を怒らせてしまう。

「……聞き分けのない子ね。いいから―――退きなさい!」
「あうっ!」

 何かを打つような乾いた音……何の音なのか、すぐにわかった。
 叩いたのだ。母が、シャルを。

 それを認識した瞬間―――何かが、俺の中で弾けた。

「やめ、て……これ以上―――アル兄を、傷付けないでーーーーーっ!」

 泣いてる?シャルが?なんで?俺のせいか?違う……こいつだ。こいつが、悪いのだ。

「……今の時間で少しは回復したでしょ?ほら、早く立ちなさ―――」

 ふと、何かに気付いたように、母が一点を凝視する。
 その視線の先にいるのは―――俺だ。

「シャル、を……泣かせてんじゃねぇえええええええええッ!」

 『憤怒』を叫び、飛び掛かる。
 瞬間―――『能力』が発動した……いや、タイミング良く授かった、と言えばいいのだろうか。
 ―――『憤怒の上昇アングリー・アップ』が発動した。
 無論、そんな事を少年が理解できるわけがない……振るう拳は、母の腕に防がれた……ように見えたが。

「ぐうっ?!」

 防いだ腕を、力でねじ伏せ、ぶっ飛ばす。
 あり得ない勢いで飛んでいき、母が家の壁に激突―――勢いは、まだまだ止まらない。

「アル兄っ!『癒しよ』!」
「シャル……ここにいちゃダメだ」
「え……?」
「逃げよう。ここじゃない所に」

 呆然とするシャルの手を握り、町へ飛び出す。

 ……あんなイカれた両親に、シャルを任せるなんてできない。
 シャルは……この愛しい妹だけは、俺が守ってみせる。
 例え……どんな罪を犯したとしても。

 『妹を守る』という少年の意志と、騎士を育て『聖女』を守らせる、という父母の思いは……ここに交差したのだった。

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