加速スキルの使い方!〜少年は最速で最強を目指す〜

海月13

霧の谷の竜

神界から送られて俺は意識が浮上してくる感覚を覚える。

右手を伸ばす感覚で動かすと確かに腕の感触がある。
そうして俺は目を開いた。

「ここは.........俺の、部屋か」

見慣れた天井に向かって伸ばした手を下ろし、上体を起こす。よかった、俺がここにいると言うことは山賊は対処出来たんだろう。父さんがいるなら一人で山賊なんて壊滅させられる。

「ーーっ!まだ、体は痛むな......」

見れば身体中包帯だらけ。両手を開いてみたり、足を少しバタつかせてみるが、どこも折れてはいない。

窓の外はすでに明るく、どうやら俺が神界にいる間に夜が明けたらしい。

「俺は......イクス・アーラス。よし、記憶の混濁は起きてない。ちゃんと阿澄優の記憶もある」

幸いにも記憶の混濁は起きていない。俺の中には阿澄優とイクス・アーラスの二つの記憶があるが、いずれこの感覚も気にならなくなるだろう。

俺はベットから降りて窓による。

窓の外から見える村は、悲惨だった。

どこもかしこも焦げて黒くなり、村のどこからでも見える護木も今はもうない。道には破壊された木材の破片と、.......飛び散った血の跡。

一体今回の襲撃で何名が犠牲になったのか。
それは避けては通れぬ問題だ。

「終わった、んだよな.......」

それに答えてくれる声はなく。寂しく部屋に響く。

いつも聞こえてくるご近所さんの笑い声も、

農作業に精を出す人の声も、

朝早くからはしゃぎ回る子供達の声も、

今日は何も聞こえない。

ギィッと扉が開く音がした。窓から視線を動かし扉を見る。

「イク、ス.........?」

口元を手で隠し、震えた声で俺の名前をフィアが呼ぶ。
俺はいつも通り答えた。

「おはよう、フィア」

「ーーーッ!!イクス!!」

フィアが走ってきたので俺はフィアを受け止める。身体が痛んだが、そんなものは気にならない。

「イクス........!イクス.......!」

「なんだよ、フィアは泣き虫だな」

「だって.....!イクスがこのまま目覚めなかったらって........!そう考えたら、私.......!」

「バカだな。俺がそう簡単に死ぬと思うか?あの父さんの拷問を乗り切った俺だぞ?」

「だからって、心配させないでよ.......」

「......悪い」

俺の腕の中で、泣きながらフィアは一つ一つ心の内を漏らしてく。
俺は絶対に離さないというようにギュッとフィアを抱き締める。

腕の中にある暖かさを感じると、俺はちゃんと守りたい人を守れたんだと実感できた。

あの時父さんは俺が何を求めるかをじっくり探していけばいいと言ってた。
でももう答えは俺の腕の中にある。
俺はこの温もりを、大切な人を護り切るための力求める。その力が俺のスキルなんだ。

「ほら、フィアそろそろ離れてくれ。これじゃ動けない」

「.........もう少しだけ」

いつもなら恥ずかしがってすぐに離れる場面だが、よっぽど心配を掛けたらしい。

「わかったよ」

もう少し好きにさせる事にして背中をポンポンと叩く。ついでに頭も優しく撫でると、一瞬ピクッと反応したが、すぐになすがままになった。

サラサラと手から零れ落ちる黄金色の髪はいつまでも触っていたくなるほど気持ちいい。そのまま耳の裏あたりの髪を触ると、「んっ......」と子猫みたいに頭をちんまりと動かすのが可愛い。

やがて少し落ち着いたか、フィアが目尻の涙をぬぐい俺の顔を覗き込む。すると俺の顔を見て驚きの表情になる。

「イクス、その目.......!」

「目?」

俺はそう言って部屋に置いてある小さな鏡を覗き込む。
すると俺の瞳は赤くなっていた。
元々の緑色の瞳ではなく、今は鮮やかな赤色である紅色をしている。

「なんだコレ.......あ、そういえば.......」

原因に心当たりがあるとすれば、あの戦闘しかない。あの時は無理矢理に視覚能力を上げたため負荷に目が耐え切れず血管が破れたんだった。

「大丈夫?なんだったら私が治してあげようか?本領の光魔法じゃないけど、水魔法も回復魔法が得意なんだから」

「いや、そこまでしなくてもいいよ。いずれ治るさ」

それにこの鮮やかさは出血によるものではない気がする。きっとまだ見に余る加速スキルの力を無理矢理引き出した後遺症かなんかだと思う。
まぶたを閉じたり開いたりしてみるが、目の機能に問題はないし、放っておいてもいいだろう。

そんな風に鏡の前で考えていると、階段から誰かが上がってくる音がする。

徐々に廊下の足音が早くなって、扉から誰かが飛び出してーーー

「兄さん!!」

「ぐぼぉあ!」

腹にとんでもない衝撃が!

飛び出して来たティアがロケットのように俺に抱きついて来た。ボロボロの俺の体ではロケットティアを受け止めることなど出来ず、そのまま床に背中を打ち付けた。

「兄さん!起きたんですね!よかった......本当に、よかったです......」

「わ、わかったから取り敢えず降りてくれ。兄ちゃん体が限界なん、だ......」

「きゃああああああ!?兄さん起きてください!」

バシン!バシン!

い、痛い!?頬に響くような痛みが!?

あ、ダメだ、意識が.......

「ティアちゃんストップ!ストップ!?イクスが気絶し掛けてる!?」

フィアがだいぶテンパってるティアが引っ張って俺を助けてくれた。
なんとかなったと思ったが、今度はフィアの助け方が問題だった。

「んむっ!?」

フィアが俺の頭を胸に抱えてティアから引き離した。そのせいで俺はフィアの豊かな胸に顔を埋めることに。
顔全体に沈み込むような柔らかい感触と、ふんわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。

「んむー!?んんーー!?」

「ひゃう!ちょっとイクス喋らないで、やんっ.....!く、くすぐったい......!」」

「フィアさん何してるんですか!?ずるい.....じゃなくて不健全です!!早く離して下さい!」

「んむんむんむーー!!(いいから落ち着けー!!)」

俺はなんとか声を発そうと必死にもがく。だけどしようとすればするほど状況は悪化して、鼻と口をフィアの胸に塞がれ若干酸欠気味になってきた。

まずい、女の子の胸で酸欠死なんて笑われもの以外の何者でもない。
俺は必死に抵抗した。

結局その後部屋に来た母さんに助けられた。惜しい気もするが、今の身体の状態だとまた気絶しかねない。

母さんの話では襲撃からどうやら2日も俺は寝ていたらしい。神界ではそんなにいた気はしないが、まぁ神様の世界だし。時間とかその辺違うんだろうと納得しておく。

でも身体の方は2日何も食べてないのは覚えているようで、とんでもない空腹に襲われる。身体を濡れタオルで拭いて血が滲んだ包帯も交換して一階に降りる。

「よう、イクス。起きたか」

「父さん」

リビングに出ると、そう言っていつも通りの態度で父さんが声を掛けてきた。

父さんは立ち上がると俺に歩み寄り、乱暴に頭を撫でた。

「よくやった。流石は俺の息子だ」

「............うん」

父さんの言葉に俺は照れ臭くて小さく返す。憧れたあの背中にはまだ遠いけど、今の言葉で少し、ほんの少し近づけたような気がする。

父さんは満足気に俺の背中を叩く。

「ははは!なんだイクス。もっとシャキッとしろ!お前はちゃんと守ったんだろ!」

「いーーッ!?バカ!あんま叩くな!まだ身体痛いんだよ!いてッ!!」

「あん?たるんでんじゃねぇのか?確かに俺は褒めたが、闘いに関しては無駄がありすぎだ。無駄や隙が多過ぎる。反省し、ろっ!」

「ぐがっ!?てか、見てたんだったら早く助けろよ!?危うく俺死にかけたぞ!?」

「あれくらいで死ぬようじゃあお前はそこまでだ」

「鬼ッ!!」

ビシバシ叩くたびに骨が痛む。父さんが振り上げた瞬間、一歩下がって回避しようとしたが、逆の手から器用に背中を叩かれた。

「ーーーッ!?」

「ほら甘い甘い。こりゃあ傷が回復したら特訓だな」

「大丈夫?イクス」

「か、回復魔法をぉ.........」

死に体の状況にフィアに救いの手を求める。

フィアに回復魔法を掛けてもらって少しずつ痛みが引いてくる。

一旦落ち着いたことで、父さんが真面目な口調で言ってきた。

「さて、イクス。お前には知る権利がある。今回の事件をな」

「そうね。ちょうど朝ごはんもできたことだし、食べながら説明しましょう」

「!わかった」

全員で席について朝ごはんを食べ始める。2日ぶりの食事にとにかく食べまくった。

「もぐもぐ.........んっ。それで、山賊は壊滅したの?」

「おう。お前が倒れた後、食料庫の方を母さんが、協会の方の山賊を俺が全部かたずけた。もっとも、協会に駆けつけたときはすでに爺さんが大半をかたずけてたがな」

「母さんの方は?」

「60人くらいだったけど、あんな連中に負けるような母さんじゃないわよ。もう、第六位階魔法一発で倒れるなんて少し張り合いがなかったわ」

「いや、おばさん。普通それ死んじゃう」

フィアから聞いたけど、第六位階魔法って確か対軍レベルだったはず.......てか、そんなレベルの魔法を撃ってよく山賊だけを倒したな.....。

「それでだ、イクス。お前が戦ってた大男。実はあいつは今回の山賊のリーダーだ。『銀斧のザーガ』、それなりに名の知れた山賊で元騎士だ。国から賞金もかけられてる」

「え!?そうだったの!?」

まさかリーダーだったとは。でもそう言われて納得できるほどの強敵だった。斧術はもちろん魔力操作、破壊力。強かったのは確か。

未だに覚えてる、あの時の腕を打つ感触。あの時は本当に死を覚悟した。

「そんで、今回の襲撃はどうやら俺をよく思わない貴族からの嫌がらせだったらしい。俺と母さんがいないタイミングで襲わせたんだと。俺は平民上がりの騎士だからな。色々と面倒なのさ」

王宮騎士団に入団するにはそれはもうとんでもなく難しいらしく、そこへ平民の父さんが入団したことで入団できなかった貴族から反感を買ったらしい。
結局その貴族たちは父さんが試合で圧倒的な実力を見せつけて勝って黙らせたらしいが、それでも内心チャンスを伺っていたらしい。

俺はそれを聞いた途端頭に血がのぼるのを感じる。一体今回の襲撃でどれだけの犠牲が出たことか。

「そんなくだらないプライドで.......ッ!!」

「貴族ってのはそんなもんだ。プライドで形作り、それが脅かされるならなんだってする。貴族社会ってのは人間の醜い部分の集まる魔窟だからな。心配すんな。その貴族には俺の昔の仲間から徹底的にお仕置きをしといてもらったから、二度とこんなバカな真似はしねぇさ」

父さんはそういうが、俺は湧き上がる怒りを抑えきれない。フォークを握る手に力が入る。
下らないプライドでフィアたちが危険に晒された。実際コーサの怪我は相当なものらしく、今も自宅療養中と聞いた。もしあのまま治療が遅れていたら、死んでいたかもしれないのだ。

湧き上がる怒りを必死に握りしめて........フィアが俺の手を握ってきた。
フィアを見ると優しい笑みを浮かべていた。
手を包む温もりに次第に俺は冷静さを取り戻す。

「........さて、落ち着いたか?」

「ああ。納得はしてないけどな」

「それでいい。........ま、もうこの話は終わりだ」

そういう言って父さんがイスから立ち上がると母さんも立ち上がってキッチンへ向かった。ついでに父さんは外行きの外套を被る。

「え?どこか行くの?」

「まだ騎士学校の入学会議の最中だからな。3日前襲撃を聞いて途中で抜けてきたんだ。そろそろ戻らないとな」

「え?3日前?」

王都からこの村までは結構な距離がある。襲撃のあったのが3日前で、どうやっても間に合うわけがない。

「ちょっと外に出てみな」

父さんが俺たち3人を促して外に出す。家の庭に出ると父さんが「ピーッ!」と指笛を鳴らす。

「...........何も起きないけどーーーッ!?」

と言葉を続けようとした瞬間、俺は迫る巨大な気配にバッとその方向を向く。
フィアとティアも俺の視線を辿る。

その方向は、真上。

雲一つ無く燦々と太陽が照りつける青空。

そんな太陽に小さな影ができる。
影は少しずつ大きくなり、やがて小さな丸が大きくなるにつれて明確な形を表す。
それは生き物だった。

巨大な体躯に長くしなやかに揺れる尾。そして身体よりも大きい四枚の翼。
頭部にある二つの瞳は逆光の影の中でも怪しく紅色に輝く。

俺はそれを知っている。俺だけじゃなく、誰もが子供の頃に聞いたことあるその名は、



「竜......!!」



俺のつぶやきと同時に、四翼の竜は俺たちの前に降りてきた。
巨大な翼をはためかせると猛烈な風が地面に叩きつけられ、思わず転んでしまいそうになる。

幾度かの羽ばたきの後、竜は地面に足を下ろした。ズンッと響く揺れにフィアとティアは今度こそ転んで尻餅をついた。けど二人はそんなことは気にならないのか、初めて見る竜に唖然とした表情で前を見つめていた。

それは俺も同じ。俺も目の前に立つ竜を見据える。

体長十数メートルはあろう巨体に、それと同じくらいの大きさの四枚の翼。身体は光に反射して美しく銀に発光する宝石のような鱗を身に纏い、翼の内側は燃える焔のような紅色。
頭部は鋭く尖った歯が並び、そしてその瞳はまるでルビーのように美しい宝石のような紅の赤。だがその奥底には見えぬ深みがあるような引き込まれる凄みがある。

竜が俺を見つめる。途端ただでさえ強大な滝ともいうべきプレッシャーが俺を襲う。俺は思わず唾を呑み込んだ。

圧倒的強者。竜はすべての動物やモンスターの頂点に位置する最強の生物。
俺は今その最強の前に立っている。

するとやがてあれほど強かったプレッシャーが消えてなくなる。俺はホッと息を吐く。

少しの沈黙の後、竜は首をあげ口を開き、そして

『ふむ。なかなか肝が座っているなヴィラン。こいつがお前の息子か?』

「!?しゃ、しゃべった!?」

『何を言うか。竜だって喋るわ』

軽い口調で言う竜。人間との意思疎通ができる竜は長い年月を経て知性を獲得した特別な竜のみ。と言うことはこの竜は竜の中の上位種《古竜》ということになる。
竜は年月が経てば経つほど強く、存在の格が上がっていくからだ。

「にぃさん、竜です......!しかも喋る竜なんて.....!」

「すごい.......綺麗.......!」

とフィアとティアが興奮した様子で目の前の竜を見る。普通は竜を見たら逃げ出すようなものだが、この竜は美しく何より俺たちに対して敵意がない。むしろ若干好意的な雰囲気もある。

「お前たちは竜を見たのが初めてだったな。紹介しよう。こいつは俺のペットのラグネス」

『ヴィラン。いつから私はお前のペットになった?私は貴様の相棒として契約したはずだが......。まぁ、いい。その話は後だ。改めて、私はヴィランの相棒、ラグシャード・イグネスだ」

「「「ラグシャード・イグネス!?」」」

ラグシャード・イグネス。
その名は誰もが一度は聞いたことのある名前だ。

その名は【聖女と霧の谷の宝竜】という童話に登場する竜の名前。万能の霊薬を求めて霧の谷を訪れた聖女に、聖女の涙の結晶と引き換えに霊薬の元となる宝石でできた鱗を与えたと言われる《銀紅の宝竜》。伝説上の竜の名前だ。

流石に冗談だと思ったが、竜の持つ存在感は本物だし、伝説に記述してある特徴とも一致する。

そんな驚いた表情で俺たちがラグネスを見ていると、ラグネスは少し誇らしげな顔で父さんに向き直る。

『うむうむ。これが普通の反応よな?ヴィラン。貴様、私が最初に名乗った時なんと言ったか覚えているか?忘れもせんぞ!私を見て貴様「今晩はバーベキューだ!!」と言っただろう!?』

「あー、そんなことも言ったな。まぁ冗談だって冗談。俺が大切な相棒を食うわけないだろ?」

『さっきペットと言った人間が何を言うか!3日前にはいきなり村まで最高速で飛ばさせておいてそのまま放置とか........貴様少しは私を敬ったらどうだ!?』

「ええい!うっせーよ!この女好きが!この間フィオーレの手作り弁当食わせてやっただろうが!」

『誰が女好きか!この脳筋家族バカが!』

「んだとこの!!」

なんだかすごく低レベルな言い争いが始まった。ただ低レベルでも二人ともとにかく強い。今も父さんの拳とラグネスの角が激突して衝撃波がビリビリと空気を揺らす。

フィアとティアは父さんと喧嘩するラグネスを見てぽかーんと唖然している。それもそうだろう。童話では宝竜は気高くなおかつ凶暴な力を持っていると言われるのに、目の前の光景はただの子供の口喧嘩だ。

「あらあら〜?何してるのかしら二人とも〜?」

「『い、いえ!なんでも!』」

そんなのんびりとした声とともに気が付いたら母さんがやってきていた。

「ほら二人とも喧嘩しない。夕方までに戻らないとシルルカさんに怒られるわよ?」

「げっ、あのババァに怒られるのだけは御免だ」

『う、うむ。私も勘弁したい』

シルルカさんという名前を出しただけで二人が静かになった。父さんと伝説の竜をビビらせるほどのシルルカさんとは一体に何者なんだろうか。

「はいあなたお弁当と剣。核が少し傷んでいたから着いたら鍛冶屋にもっていきましょう」

「ありがとうフィオーレ。ほらラグネス、弁当くくるから首出せ首」

『フィオーレの弁当なら仕方ない。......あとで私にも寄越せよ?』

「安心して。ラグネスの分もちゃんと用意してるから」

『本当か!?』

弁当を首につるしながらウキウキ気分のラグネス。完全に母さんに飼いならされてるな。

「よし。それじゃあ行くとするか。イクス。数日家を空けるが、頼んだぞ」

そういうと父さんは腰に吊るした銀の長剣を鳴らしながらラグネスの背に乗る。
銀と紅色に輝く伝説の竜の背に乗る父さん。その姿は竜を操り戦う騎士、竜騎士のようで俺はその姿がとてもまぶしく思う。

『少年よ』

「お、俺?」

『そうだ。お前以外に誰がいる』

ラグネスは紅色に光る宝石のような瞳を俺に向ける。

『お前の戦いを私は見ていたが、お前にはまだ力がない。お前の父親と比べお前には力も技もまだまだ何一つ及ばない。私は今までいろいろな人間と戦ったことがあるが、そのどれもがお前より格段に強かった』

ラグネスの言葉に俺は拳を握る。確かにそうだ。
俺が父さん勝てるところなどない。あの時も父さんがいれば俺みたいに苦戦することなく簡単に問題が解決できていた。

数々の英雄を見てきた竜に言われる言葉は重みが違う。

だけど、俺は今更そんなことを言われたくらいで折れたりはしない。

なぜなら、俺には大切なものがあるから。

大切なものを守るための才能スキルを信じることができるから。

俺は何も言わず紅い瞳を見つめ返す。想いを乗せるように。それだけで十分。この竜には一つの言葉もいらない。

『だが.......良い瞳をしている』

「え?」

ラグネスは息を吐くと父さんを一瞥して再び俺を見る。

『死をいとわず大切なものを守り抜くと立ち上がったあの気迫と姿。あの姿はお前の父親にも、今まで戦ってきた人間にも劣らぬ姿であった。.......やはりお前はこの男の息子なのだな。私に挑んできたときのヴィランにそっくりだ』

「......余計なこと言ってんじゃねぇよラグネス」

ラグネスの言葉に父さんが反応する。俺はその言葉に目を見開いた。

憧れた後ろ姿父さんに似ていると、生きる伝説がそう言った。

その言葉が何よりも嬉しい。心が満たされるような感覚がする。

『誇れ少年よ。お前の姿は誇るに値するものだ』

「わかった。ありがとう....!」

ラグネスは俺の反応に満足したのか頷くと、巨大な翼を空に向かって立てる。そして振り下ろすととてつもない量の風が巻き上がり、竜の巨体が持ち上がる。
翼をはためかせるたびに太陽光を反射した鱗がきらびやかに光る。

「それじゃあ行ってくるわ。留守番頼んだぞ」

「お土産買ってくるからね~。みんないい子にしてるのよ~」

どんどん上昇していくラグネスの背から父さんと母さんの声が降ってくる。見上げようとすると逆光が眩しく、見えるのは影のみ。

でもはばたく竜に駆る父さんと母さんはカッコよかった。

ラグネスが強く羽ばたくとものすごい勢いで影が小さくなっていく。
俺たちはお互いに頷くと大きく息を吸って声を上げた。

「「「いってらっしゃーーいっ!!」」」

聞こえたかはわからないが、見える空の中で竜の翼が大きく羽ばたいた。
























コメント

  • ノベルバユーザー304999

    キィィィヤァァァァ!!!シャベッタァァァァァァァ!!!!!!

    1
コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品