高校で幼馴染と俺を振った高嶺の花に再会した!

ミーさん

49.『高嶺の花』

 この地域では一番大きなショッピングモールが駅前にある。
 四階まであるフロアの中にショップがズラリと並び、これだけ広いモールの中でも冷房が効いている。
 中高生でも立ち寄れるようなリーズナブルなショップも多々あり、そういった場所にいる店員は積極的に声を掛けてくる。
 普段聡美と買い物をする時は彼女が上手く躱してくれるが、今日隣にいるのは藍田だ。むしろいつもより声を掛けられる頻度が増えて、落ち着いて服を選べない。

「おっ、そこのカップルさんウチのトレンド見ていかない?質の良いもの揃ってるよ!」

 今日何度目かも分からない勧誘を会釈で躱す。

「落ち着いて選ばせてくれないもんかな」
「確かにね。でも桐生くん、スタイル良いから店員さんも思わず声掛けちゃうんだよ」

 藍田はそう言うが、別に目立つほどのスタイルではない。
 バスケをしているおかげか平均よりは身長もあるが、目標の180センチにはまだまだ及びそうになかった。

「ほんとにそう思ってんのかー?」
「ちょっとね」
「おい」
「ふふ」

 藍田は笑みをこぼす。
 ふわりとした笑顔は俺が中学時代に好きだった表情だ。
 この表情を引き出すために何でもやれるとまで思っていたっけ。
 その時の俺が今の状況を眺めることができたなら、きっと転げ回って歓喜することだろう。

 そんな背景を抜きにしても、今の藍田はきっと抜群に綺麗だ。この感想が色眼鏡じゃない確信がある。
 黒スキニーから浮き出る脚の長さ細さ、スタイルも文句なし。
 男子がいつだって気になっている胸だって大きめだ。
 周りからの注目で、俺の認識が間違っていないことが分かる。

 だが、俺の気分は不思議と高揚しない。
 今までの俺なら、周りから注目されるだけで鼻高々といった思いだった。
 バスケにしろ彼女にしろ同じ様なものだった。

 今は多分、そういった願望から卒業したのだろう。
 バスケでチームの勝利を優先するようになったのと同じで、俺も変わっていく。
 いつも通り平静な気持ちでいられるのも、その証なのかもしれない。
 そして平静でいる方が、藍田との会話は不思議と弾む。
 お互い隔てる壁を作らない、ありのままの会話。
 その気楽さは、彼女が『高嶺の花』と呼ばれていることすら忘れさせてしまうほど心地よく感じる。

 そもそも高嶺の花と呼ばれ出したのはどういった経緯からなのだろう。
 そこにどんな意味が込められているのか、少し気になった。

「なあ、藍田」
「なに?」
「なんでお前って高嶺の花なんだ?」
「……日本語おかしくない?」

 藍田は少し笑ってから、思い返すような仕草を見せた。
 ショップの前だと邪魔が入りそうなので、手を引いてフードコートへ連れて行く。

「わっ」

 手を引くと、藍田は驚いたような声を出した。

「どした?」
「どしたって、いきなりだし。それに、桐生くんに手掴まれるのなんて初めてだし」
「……そ、そういやそうか」

 言われてから意識する。自分から繋いでおきながら、藍田と触れている場所が熱い。

「桐生くん緊張したりしないの?」
「どうだろう。する気もする」
「なによ、その答え」 

 藍田は頬を膨らませて不満顔をする。
 一体そのあざとさに何人の男が恋に落とされたのか、考えると頭がくらりとした。

 フードコートの空いている席を見つけて二人で座ると、藍田は「ここに座る前に何か買わないと」と再び立ち上がった。

「それなら俺が買うよ、遅刻したお詫び」
「え、そういうのはいいって言ったじゃん」
「そうでもしなきゃ俺の気が済まないの。俺のためを思って奢られてくれよ」
 さっき何か埋め合わせをしようと決意したところだ。
 藍田に断られるのは百も承知だが、今の俺にはそれくらいしか思いつかない。
 だが今度の藍田は少し考えた様子を見せて、そして頷いた。

「上手な奢り文句。それじゃ、甘えちゃおうかな」
「よっしゃ」
 奢ることで喜ぶ男子高校生も珍しいだろう。

「何がいい?」と聞く。
「バナナの乗ったチョコクリームクレープ。桐生くんもクレープ。一緒にクレープ交換しよ」 
「おっけ」
 クレープ屋の前には少し列があったが、それも味の保証と思えば楽なものだ。
 要望されたクレープと、俺の好みであるキウイクレープを買って席に戻る。
 藍田は俺の片手に持つクレープを見るや、驚いたような声を上げた。
「えっキウイ。そんなのあるんだ」
「あるとこ多いぞ。ほい、お前の分」
「あ、ありがとう」
 藍田はチョコバナナクレープを受け取って、口を付ける。
 俺もキウイクレープを口に入れると、独特の酸味が口内に広まっていく。
 ふと藍田に視線を投げると、まだ俺のクレープが気になっている様子だった。

「それ食べさせて?」
「いいよ」
 間接キスという言葉が頭に過ぎったが、悟られまいとクレープを差し出す。
 藍田はそのクレープをじっと見つめた後、目を閉じて口を開いた。
「ひゃい」
「は?」
 戸惑うも、藍田は口を開けたまま動かない。その待ちが何を意味するのかは一目瞭然だ。

「……仕方ねえな」
 食べやすいサイズにクレープを千切って、藍田の口に放り込む。
 なるべく自分の指が唇に当たらないように細心の注意を払っていた為、それだけでどっと疲れてしまった。

「うん、おいし」
「おいしじゃねえよ、めっちゃ疲れたわ」
 周りを見ると、休日ということだけあってカップルの姿も多い。
 今の俺たちも、きっと紛うことなきカップルの一組として見られているに違いない。

「頑張ったご褒美に私からもクレープをあげましょう」
「えー」
「遅刻したんだから従うの」
 気が進まないが、そう言われては何も言えない。
 二時間の遅刻がこれで帳消しにされるなら安いものだ。

「分かりましたよ」
 渋々藍田の方に体勢を傾ける。

「はい、あーん」

 言われるがまま口を開くと、予想してたより二回りも大きいサイズが放り込まれた。
 口に入るのもやっとで、藍田の指が口に入っていることも忘れ、声にならない悲鳴を上げる。

「頑張れ頑張れ、もう少し」

 藍田はグイグイとクレープを押し込み、味なんて分かったものじゃない。
 やっとのことでクレープを食べ切った時には、口周りにクリームがヒゲのように付いていた。

「ハハ。ばかみたい」
「殺す気か!」
「ごめんごめん」
 抗議すると、藍田はティッシュを取り出して口元を拭いてくれる。
 それが恥ずかしくてティッシュだけ取り背を向けると、クスクスと藍田の笑い声が聞こえた。

「子供の頃読んだ絵本にこんなキャラいたなあ」
「読み聞かせか。藍田にもそんな時期があったんだな、当然だけど」
「読み聞かせね。してもらったことあったっけな」
「あるだろ普通。……つーか食うのにあんま味分かんなかったんだけど。もう一個食べたいわ」
「だめ、夜ご飯入らなくなっちゃう」

 藍田はクレープを包んでいた紙を綺麗に畳みながら、俺の提案を無情にも否定した。
 夜ご飯といっても、大学生や社会人のようにお洒落な店に行けるわけでもない。
 高校生の財布ではファミレスで限界だ。
 藍田は大学生の付き合いが、今のうちから想像できる。
 今こうして俺といることがどうしようもなく不釣り合いに思えてくるほどに。

 そんなことを考えていると、藍田は「思い出したんだけどね」と話し出す。

「多分、長谷川くんを振ったときかな? 私が高嶺の花って呼ばれ出したのは」
「長谷川?」
「え、忘れたの?」
「いや、覚えてるけど」

 そういえばそんな話をする為にフードコートに来たんだった。
 長谷川の名前は、又東高校との地区大会予選の際、ラフプレーで怪我を負わせられただけに忘れようもない。
 ただ次に又東高校と試合するまでは何の関わりもないだろうと思っていたので、ここでその名前が出てきたのが意外だっただけだ。
 確かに長谷川は藍田に振られたと言っていた。
 それを逆恨みした様々な言動は、見ていてとても痛々しいものだったと記憶している。

「そうか、あいつも藍田と同じ中学だったな」
「そうよ。まあ、何てこともなかったけど」
 こともなげに言う様子から、長谷川のような男への対応も慣れてしまっているのかもしれない。

「長谷川くんが言い出したんだろうね。最初は自分を振った女子の評判を大げさに上げることで、自分を守ろうとしたんだろうけど」
「お次は悪口にシフトしたってわけだ」
 俺が続けると、藍田は苦笑いした。
「そ」
「じゃあ、これだけ広まってる高嶺の花って呼び名の名付け親はロクでもない奴から付けられたってわけか。災難だな」

 誰かが言い出したわけでもなく、自然と呼ばれるようになった──。てっきりそんな背景だと思っていただけに、現実の汚さに思わず溜息が出る。
 だが藍田はそんな俺に首を振った。

「まあ、始まりはそうだけど。呼び名自体が嫌ってわけじゃなかったよ」
「え、そうなの?」
「高嶺の花って呼ばれ出してから、周りが色々寛容になってくれたし」
 寛容、とは一体どんな意味を含むのか。
 そんな疑問は次の言葉で解かれた。

「それまで、誰かに告白されたりすると何かと妬まれてたから。でもその呼び名が付いて以来、『高嶺の花』だからある程度は仕方ないってね」
「あー、なるほどな」
 藍田にとってその呼び名を付けられたことは、良い逃げ道を作ってもらったという認識らしい。

「大体『高嶺の花』なんて、普通比喩で使われる言葉じゃない? そんなのが呼び名で定着するなんて、思ってもみなかった。しかも高校まで引き継がれるなんてね」
「……そりゃま、面白いからな。実際にそんな呼び名で呼ばれる人がいるなんて思う人は少ないだろうし、だからこそ藍田のことを話す間はみんなフィクションの世界に入った様で高揚する」

 だからこそ北高にいる人たち、中学時代藍田と同級生だった人たちが藍田のことを知ろうとすることはない。
『高嶺の花』という暗然たるフィルターを掛けていれば、知る必要を感じることもない。
 偶像を作り出すことは、人を理解するよりも遥かに簡単なことだから。

「だけど俺は理解したいよ。お前のこと、ちゃんとさ」
「……そう」
 藍田は少し間をとって、口を開いた。

「変わったね、桐生くん」
「お前もな」
「そうかな」
「そうだよ」
 藍田は変わった。
 中学時代からのせんとうりょうな振る舞いも、体育館裏からの笑裏蔵刀しょうりぞうとうかに思われるような振る舞いも、そのどれもが今の藍田を表すものではない。
 迷って迷って迷いながらも、俺は既に今の藍田を信じている。
 例えこの付き合いそのものが嘘なのだとしても、俺は藍田を理解することを諦めない。
 藍田のことが好きだとか、そういった感情とはまた違う、別の何か。
 俺自身それを言葉にすることはできないが、きっとこの感情を抱くことは正しいことだ。

「変われるといいんだけどね」

 藍田はポツリと呟くと、席を立った。

「行こっか」
「おう」

 俺が立つのを待たずに、藍田は歩を進める。
 一切の挙動を変えることなく店員の営業を無視する姿は、和気藹々としたショッピングモールには少し不釣り合いに映った。

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