喫茶店ジャック

りんと

喫茶店ジャック その6

「だからわたしは、一人なんです」

ぽつりと溢れた独り言。
わかりきっている事実。
心に穴が空いたような、そんな感触だけが残る。

「そうですか?」
店員さんの声変わりしたばかりであろう声が響いた。
そう言った彼は、さっきまでの気遣いに溢れた柔らかな表情ではなかった。
むしろ、どこか、ふざけているような……。
子供が親や教師に、ちょっとした悪戯を仕掛けた時のような、そんな顔だった。

「お客様。あなたは一人ではありませんよ。だって……」




「後ろに、優しそうなおじいさんがいるじゃないですか」

は?
今更説明の必要もないとは思うが、私は一人である。
ちょっと前まではそばを歩いてくれる人に2名ほど心当たりがあったものの、今その二人はわたしからすっかり離れている。
わたしも、それも引き止めなかったし。
立つ鳥は後を濁さなかった。

「えっと……?」
わたしは店員さんの突拍子も無い言葉に、茫然自失の状態に陥る。
そもそも、わたしのそばにいるようなおじいさんに心当たりがない。
わたしはあまり友達が多い方ではない。
それは別に深い理由があるわけではなく、ただわたしが一方的に人付き合いが苦手なだけだ。
人前で話すのはもちろん苦手だし、友達との雑談も長くは続けられない。
そんな同年代の相手でも交友関係を結べないわたしに、優しそうなおじいさんの知り合いなんているわけがない。
ここ最近、優しそうなおじいさんどころか、ただのおじいさんに会うことすらなかったし。

「いいえ、会ってますよ。確かに時系列的には最近ではないですけれど。お客様、あなたはそちらにいらっしゃる優しいおじいさんに過去、会ったことがあるのです」

……ええ?
本当に?

「正確に言えば、あなたに対しては特別優しいおじいさん、と言い換えることができます」

わたしに対しては特別優しいおじいさん?
ちょっと待て、余計に心当たりがないぞ。
………………。
この人、いい加減なことを言っているんじゃないか?
唐突にわたしは店員さんを疑い始めた。
今朝のニュース番組で報道されていた、結婚詐欺ならぬ恋人詐欺というニュースを思い出したからである。
ニュースによるとその詐欺は、恋愛に疲れた若い男女を標的にしているそうだ。
具体的に言うと、こっぴどく相手にフラれたターゲットに近づき、適当に優しい対応をする。
その適当に優しい対応というのはそれこそ勘違いを招きそうなほど的確にハートを射抜くもので、ターゲットはあっさりと恋の病に罹ってしまう。
恋はいつでもハリケーン。
もしくは、恋は盲目ともいう。
恋を発症することによって感覚が麻痺したターゲットは、詐欺師の思うがままに、いろいろなことをしてしまうのだという。
衣食住はもちろん、直接的に現金を提供してしまうことも珍しくないとか。
詐欺師という名の恋人に全てを捧げたターゲットはその後、満足げにニートに成り果てるのだという。
げに恐ろしきは恋の病。
そんな恐ろしい、どんな名医にも治せない難病をこの店員さんは、わたしに発症させようとしているのではないか!?




「……お客様。ものすごくひどい妄想をしてませんか?」
わたしの警戒の眼差しに感づいたらしい店員さんが、わたしに訝しげに質問した。
その表情は、心配そうでもふざけているようでもない、ちょっと傷ついたような表情だった。
……そんなカオを見せたところでムダだ。
わたしは、絶対に恋人詐欺には引っかからない!

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