喫茶店ジャック

りんと

喫茶店ジャック その1

ざあざあと雨が降る。
お気に入りの傘の中なのに、心がどこか沈んでいる。
午後十時。
バイト帰りの、帰り道。
前までは二人だったけど、今は一人。

「はあ……」
わたしは歩く。
一ヶ月前、彼氏にフラれた。

理由を聞いてみたら、

「お前よりも好きな人が出来た。だから、悪いんだけど、別れてほしい」

だった。
どこかで聞いたことのある理由だった。
しかも相手はわたしのバイト先の友人だった。

好きだった彼を友人に奪われたわたしは、このまま勤め先で二人がまるで見せつけるかのようにいちゃつくのを見る、なんてことは耐えられないので、今のアルバイトを辞めることにした。

今日は、最後の勤務日だ。
明日からわたしはアルバイトなし、彼氏なしの女子大生、ということになる。
…………。
こんな鬱屈した爽快感は初めてだ。

名前はさわなのに、こうもネガティブなのは、自分でもどうかと思う。
名前負けもいいとこだ。

とにかく、明日からわたしはわたしのお小遣いのことについて考えなければならない。
主な収入源であるアルバイトを辞めた以上、金策に走らなければならない。そのことは、わたしもよくわかっている。

けれど、今のコンディションじゃあ具体的な案は出せそうもなかった。




徒然なるままに、とぼとぼと街を歩いている。
なんとなく、大学生の必需品である腕時計を見てみた。
午前一時。
沈む気分をどうにかしたいと歩いているうちに、気づけば三時間も歩き回っていたらしい。

「っていうか、足がパンパン……」
踵のあたりが熱い。
ふくらはぎが腫れている。
時間を認識して頭が冷えた瞬間、全身を疲労感が襲う。
思い返すと、まだ夕飯も食べていない。
……正直、ちょっとどこかで休みたい。
そう思って周囲に視線を飛ばしてみる。
休めそうな店はそこそこあったが、

「閉店」 「close」

の、オンパレードだった。
「まあ、もう結構な時間だしね……」
幸いと言うべきか、わたしは一人暮らしをしているタイプの大学生なので、門限というものに縛られたりはしない。
よって、夜遊びには割と融通が利くのだ。
とはいえ、まさかこの時間まで外にいたことなんて、今までなかったけれど……。

ともかく、少し休みたい。
「あ、そう言えば……」
ここからだとちょっと歩くけど、二十四時間営業のファーストフード店が近くにあったことを思い出したわたしは、あてもないし、ひとまずそこで晩餐と行きますか、と考えた。

方向転換のために、くるりと身を翻すと、突然、視界に暖かな光が飛び込んできた。
「あれ……?」
わたしが光の中を覗き込むと、そこには、小さな洋館があった。
古ぼけたレンガ造りの壁。壁にはカズラの蔓が絡みつき、ノスタルジックな雰囲気を放っている。
大きな扉の前には、これまた大きな看板が取り付けられていた。

喫茶店ジャック。

看板には、丁寧な字で、そう記されていた。

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