クロノスの森

九九 零

10「身体検査」



「はい。これで冒険者登録を終了します。お疲れ様でした」

ニコリとギルド受付の女性が微笑むと、ビクリッと肩を震わせてリールットの背に隠れるシロ。

彼はブァックを倒した事によって、これから冒険者を生業とするに相応しいと判断され、とても容易く冒険者登録出来たのです。

とは言え、未だに人間に恐怖を感じているのは変わりなく、怯える彼を見た受付の女性の慈しみの篭った笑みが向けられます。

「良かったな、シロ」

リールットはガシガシと乱暴にシロの頭を撫でて、彼を引き連れてこの場から歩き去るために踵を返します。

「あっ!少々お待ち下さい!」

と、思いきや、受付嬢が彼女達を呼び止めました。

「良ければ奥の部屋で身体測定をしてみませんか?」

「ん?あぁ、そう言う事か」

リールットは受付嬢の提案に首を傾げたものの、少し考えると受付嬢が言いたい事を理解しました。

「はい。申し訳ございませんが、こちらの用紙に記載された内容は余りにも情報が少なく、冒険者をするに当たっての問題は特にありませんがーー」

「ランクアップに支障をきたすって事だな」

「はい。その通りでございます」

ランクアップ。それは、冒険者ギルドが定めた地位を上げる制度の事です。

冒険者にはGからSランクまで存在し、ランクが高いほど力が強く、ギルドの信頼が得られるようになっています。

ギルドの信頼が厚ければ厚いほど、ランクが高くなり、多少のいざこざは許され、より多くの依頼を斡旋してもらう事が出来るようになります。

「そりゃ、受けなきゃなんねぇな」

「……?」

シロの頭にポンっと手を置いて、不思議そうに首を傾げる彼を一歩前に歩み出させます。

「行ってこい、シロ。オレはお前の身体検査に付いていけねぇし、ここで待ってるからよ」

「……え…」

一瞬、言葉の意味が理解できずに固まるシロ。そんな無防備な彼の背後から、すかさず受付嬢が三人がかりで両肩、胴回りを抱えて拘束しました。

「いや…いやっ…いやっ!!」

シロは懸命に逃げ出そうとジタバタと暴れますが、受付嬢達は見た目に削ぐわない力で彼を拘束し、ニコニコと笑いながら歩みを進め始めました。

抵抗虚しく、シロは脱力し、その有様は我儘な子供の成れの果て…。

「良い結果を待ってるぞ」

笑顔で送り出すリールットの顔を、恨みの篭った眼差しを送りながら連れて行かれました。


〜〜〜


シロが連れて行かれたのは、色々な機材の置かれた個室。
そこでは、この冒険者ギルドで最も腕力に自信のある受付嬢とこの場に置かれている機材を扱える受付嬢が居ました。

「身長153cm。体重217キログラムゥゥゥ!?」

身長と体重を同時に測る機械。
そこに、受付嬢達の必死の説得の元、お菓子を与える事で大人しくなったシロが立つと、受付嬢は発狂しました。

「217?壊れてるんじゃないっすか?」

「……ナガルルさん。ちょっと試しに乗ってみてくれませんか?」

「え…?嫌っすよ。そんな事なら、ヒーミルさんが乗って下さいっす」

「………仕方ありません。このまま行きましょう」

カキカキと手元の用紙に測定結果を記載し、身体測定は進められて行きます。

「次は握力の測定ですね。シロ様、こちらを力強く握ってもらえますか?」

言われた通り、シロは渡された握力測定機を強く握ると針が何周か回って止まりました。

「えーっと…五回一周したから500で46足して…546ですね」

「へ?今、なんて言ったっすか…?」

「だから、54ろ…ん?」

んん?と言いながら、シロから握力測定機を受け取り、自分で何度か試します。

「壊れてないですよね…?」

その数値は全て42kg前後。
ナガルルと呼ばれた受付嬢にも変わって測定するも、105kgが限度です。

しかし、再度シロに握らせればーー。

「「……はぁ?」」

測定機の針はグルグルと回り、80の値で止まりました。

「今、何周回ったか見えましたか?」

「たぶん…17回っすかね…?」

「……よ、よしっ。初めに取った数値で行きましょう」

かなりグダグタです。

彼女達の動揺などを見るに、この様な事は初めてなのでしょう。
だから、とは言えませんが、測定結果が大雑把になって行きます。

「後は、簡単なステータスと魔力量の確認ですね」

ヒーミルと呼ばれた受付嬢は、壁際にある埃の被っていた布を取り払ってから、シロを呼びます。

「こちらの水晶と、こちらの石板に手を軽く当てて下さい」

シロは初めに言われた水晶に手を置きます。

しかし、水晶には何の変化もありません。

「魔力無し…?先程の魔法で使い切ったのでしょうか?…取り敢えず、シロ様は魔法を使えるので魔力量は100としておきます。次は石板にお願いします」

受付嬢の言葉に、シロは一歩横にずれて石板に手を当てます。

「えーっと……」

石板に浮かび上がった文字を写し取ろうと覗き込んだ受付嬢は、何度か目を擦って石板を注視します。

「年齢が60セイキ?どう言う意味でしょうか?」

「16歳で良くないっすか?」

「そうですね。そうしましょう」

なんとも適当な測定です。

しかし、彼女達にはそうするしか術がないのです。
シロが言う事を聞くのは、お菓子を頬張っている間だけ。その間でしか身体測定を行えないので、若干の焦りもあるのです。

「じゃあ、レベルはどうしましょう?」

「なんて書いてるんっすか?」

「んー…文字化けしてて14の文字しか読めませんね」

「それじゃ、14で行くっすよ」

「そうですね」

ささっと用紙に書き記します。

「シロ様。身体測定はこれで終了です。お疲れ様でした。今からリールット様の元へ案内しますね」

「モグモグモグ」

シロは口一杯に手持ちのお菓子を全て放り込んでから、リスのように頬をぷっくらと膨らませて小さく頷きました。

「私の楽しみにとっておいたお菓子が…」

一名、ナガルルは彼の行動を見て凹んでいましたが。


ーーー


シロが身体検査を受けている頃。

リールットとミリアは酒場の椅子に腰掛けて雑談していました。
その内容は、主にシロの事。

「シロと会った時思ってたんだけどよ、アイツの目、死んだ魚みたいだと思わねぇか?」

「シロは魚でも死んでもないですよ?」

「そう言う意味じゃねぇよ。アイツ、人を怖がる癖に、人を道端に落ちてる石コロのように見てんだよ」

「私達も?」

「いや、オレ達はそうでもないみたいだぞ?少しは打ち解けたみたいだしな。でも、不思議に思わねぇか?あれだけの力を持っているのに人を怖がるんだ。その癖して、怖がる対象に興味のない目を向けてんだよ」

「普通じゃないですか?」

「いやいや、普通っつーんなら、怖がる場合は相手の事を少しでも知ろうとするだろ。でも、アイツは怯えるだけで人の本質を見ようとしてねぇ。幾ら森に引きこもってたからってそうはならねぇよ」

シロは街に入る前から人の気配を感じ取って怯えていました。
しかし、いざ人を見た彼の目は、怯える人間の瞳ではなかったのです。にも関わらず、未だに彼は人と言う存在に恐怖心を抱いているように見えるのです。

まるで、人そのものではなく、人の何かに脅えている。そう感じて仕方がありません。

「やっぱり、シロの過去に関係してる事…ですか?」

「ああ。でも、過去を詮索しようとしても、情報屋でアイツの事を知ってる奴は居ねぇし…かと言って、アイツ自身に聞こうにも、あの喋り方だし、直接聞くってのもな…」

「うーん…どうすればいいですか?」

「さぁーな。アイツの事を知ってる奴でも居れば良いんだが…」

どこかに居るであろう、シロの知り合い。

クロと言う名の者を想像しながら、彼女達はシロが身体検査を終えて帰ってくるのを待ちました。


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