クロノスの森

九九 零

8話「冒険者ギルド」



冒険者ギルドは一見すれば、大きな酒場です。

両開きの観音扉。中から聞こえてくる喧騒。外観からして、いかにも荒くれ者が居そうな雰囲気が醸し出されています。

「ほ、本当に入るの…?」

ビクビクと怯えて入る事を躊躇うシロは、ミリアの裾を引っ張って、入室を全身で拒みます。

ただでさえ人間に恐怖を感じる彼が入るには、かなりハードルが高い場所なのです。

「うん!」

しかし、ミリアは満面の笑みで頷くと、グイグイと嫌がるシロを引っ張って冒険者ギルドへと入って行きました。

冒険者ギルドの中は、外観から察せられる通り、荒くれ者が集い、酒を飲み交わし、ワイワイガヤガヤと騒がしい場所でした。

しかし、内観は小汚い酒場ではなく、きちんと清掃の行き届いています。

今も、せっせとギルドの制服らしき清潔感のある服を着込んだ女性が床を流し、痴漢をしようとする冒険者の頬に強烈なビンタを食らわして赤い紅葉を作り上げています。

言うなれば、紅葉量産機です。

彼の他にも数人程、頬に赤い紅葉を作った人が見受けられますが、誰も反抗的ではありません。
むしろ、喜んでいる物や、それを楽しんでいる者達がいるぐらいです。

そこから察するに、冒険者達の教育も行き届いているのでしょう。

しかし、そうでない者も当然ながら居ます。

「あー、ションベン臭えなぁ。どいつだ?ションベン漏らした奴は?」

誰が言ったのか、ギルド中に聴こえる程の大声がミリア達の耳に届きました。

誰に向けて放ったかは明確です。
なぜなら、今、このギルドに子供は二人。シロとミリアしかいないのですから。

「おい!今言ったのは誰だゴラァ!!出てきやがれっ!!」

それに反抗するのはリールットです。

ミリア達を守るように背後に回して一歩前に出ると、怒りの篭った眼差しでギルド内を睨み付けます。

すると、酒場で呑んだくれていた一人の冒険者が木製のジョッキをドンっと机に叩き付けるように置き、立ち上がりました。

「俺様だよ!女の分際で誰に口聞いてんのか分かってんのか?」

「ハッ!分からないなっ!誰だよ、お前」

「なっ!?俺様を知らねぇってか!?」

男はワザとらしく驚くと、同席していた男達に言いつけます。

「おい、お前ら。あの雌豚に俺様が誰か教えてやれ」

「へいっ!兄貴!」
「分かりやした!」

男達二人は、得物を手に立ち上がると、下卑た笑みを浮かべてリールット達に歩み寄ります。

「ヘヘッ。ブァックの兄貴に歯向かったのが運の尽きだ」
「ブァック兄貴はな、ランクCの凄腕冒険者なんだぞ!」

「フッ。たかだかCランクで威張んじゃねぇよ。行くぞ、ミリア、シロ」

ですが、リールットは怯みません。
軽く鼻で笑い飛ばすと、二人に興味を失ったかのように視線を外して歩き出します。

「なんだと!?あ、兄貴はな、あのバーサク・ベアーを単騎で倒したんだぞ!?」
「そうだ!そうだ!斧を一振りで一撃!ブァック兄貴の強さはランクなんかじゃ収まらないんだよ!」

二人の言葉に、後方で仁王立ちして話を聞くブァックと呼ばれた男は気分を良くして鼻を伸ばします。

しかし、次にリールットの口から紡がれた言葉に口元の笑みを消して額に青筋を浮かべました。

「あっそ。なら、バーサク・ベアーを一瞬で二匹も倒したコイツの方が強ぇな」

ポンポンッとビクビクと怯えるシロの頭を叩くと、ブァックに向けてニヤリと嘲笑うかのように嗤うリールット。

「なんだと…あのガキがバーサク・ベアーを二体も!?」
「しかも、一瞬でか!?」
「でも、強そうには見えねぇぞ」
「見た所、魔力がないみたいだが…どうやって…?」

リールットの一言でギルド中が騒然とし始めました。
その騒ぎを止めたのは、苛立ちが最高潮に達したブァックです。

「黙れっ!!そ、そんなションベン臭ぇガキがバーサク・ベアーを倒せるはずねぇだろうが!!」

「そうか?言っとくが、コイツは強ぇぞ?」

不敵に笑うリールットの言葉に、「うっ」と声を上げて一歩後退るブァック。
しかし、『負けるもんかっ』と言うように一歩踏み出します。

「なら…おい!クソガキ!俺様と戦う権利をくれてやる!」

怒り心頭と言わんばかりに、シロを指差して吠えるブァック。

そんなブァックを横目に、成り行きを眺めていたミリアは不安の声をリールットに聞かせます。

「だ、大丈夫なの?シロ、隠れちゃったよ?」

「あー、本当はビビらせて終わらせるつもりだったんだが、あそこまでバカだとは思えなくて予定が狂った。…まぁ、シロには頑張って貰うしかねぇけど…」

チラリとミリアの背後に隠れたシロへと視線を向けて考えます。

(シロの本当の力を見るには丁度いい機会だな。それに、あわよくば、それだけで冒険者になれるかもしれねぇし…)

とは言え、シロは極度に人間に恐怖を抱いている事をリールットは嫌と言う程に知っています。
そう簡単に戦うとは言わないでしょう。

「なぁ、シロ。もし、あの野郎に勝てたら、なんでも好きなもんを買ってやる。なんなら、飯でももいいぞ」

なので、リールットはシロを餌で釣る事にしました。

「な、なんでも…?」

「おう!なんでもだ!何がいい?」

(どうせ、戦いに勝てばコッチが儲かるんだしな)

冒険者同士での戦いは決闘と言う形で行われます。
手始めにルールを決め、審判を一人決め、双方の同意の元で行われ、勝利者は敗者の所持品の全てを得る事ができ、敗者は身包み全てを奪われます。

そして、シロが勝つと言う打算があっての提案でした。

「さ、さっき食べたご飯…また食べたい…かも…」

「おう!いいぜ!幾らでも食わしてやる!」

リールットは、ガシガシとシロの頭を乱暴に撫でて、前へと一歩踏み出させます。

しかし、戦う決心をさせたとしても、シロの怯えが消えるわけではありません。

周囲から向けられる好意や疑心の眼差しに縮こまり、ガクガクブルブルと今にも崩れそうになる足腰を木製の槍を杖にして何とか立っている状態です。

「審判は俺がやってやる!」

一人の男性が審判を名乗り出て、二人の間に立ちます。

どうやら、この場で決闘を行うようで、他の冒険者達は椅子や机を忙しそうに端に寄せ、二人に野次を飛ばし始めます。

賭けのオッズはブァックに偏っています。

「おい!俺の得物を持ってこい!」

「へい!ブァック兄貴!」

取り巻きが持ってきたブァックの得物は、リールットと同じような戦斧。
ですが、大きさはリールットの背を覆う程ではなく、片手で持てる程の大きさです。

対するシロはーー。

「シロ、本当にそれで戦うつもりなの?」

「なんなら、オレの得物を貸すぞ?」

「それは持てないと思います!」

「ぼ、僕は…なんでも…」

シロは、森に居る時から肌身離さず持ち歩いている木を削った槍を得物としていました。

「ブハッ!なんだよアイツ!練習用の木槍で戦おうなんて勝つ気ねぇのかよっ!」
「もしかして、魔法使いだったりするのか?」
「いや、アイツに魔力はないぞ」
「マジかよ!?じゃあ、どうやってバーサク・ベアーを二体も倒したんだよ!?」
「それは見てりゃ分かるだろ」

疑心半分。好奇心半分と言った所でしょうか。

シロの武器を見て嗤う者。その武器の何かに気付いて顔を引攣らせる者。彼の強さを確かめようとする者。心配そうに見つめる者。

それぞれの思惑が入り混じった中で、戦闘開始のゴングが今鳴らされました。

「始めっ!!」







コメント

  • 虎星 馬仁(とらぼし ばじん)

    シンプルに『クロノスの森』が宜しいかと

    1
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