クロノスの森

九九 零

6話「出発」



パチパチと小枝が弾け、火の粉が舞う。
その炎の光が照らすのは三人の男女の姿。

「改めて、助けてくれてあんがとな。オレはリールットってんだ」

「ぼ、僕は…シロ…」

差し出された手をオズオズと握り返すシロ。

そのシロの手は、見た目に削ぐわない力強さと硬さがあります。しかし、それだけの力を持っていながらも、手から伝わる熱や鼓動で、彼がどれほどまでに怯えているのかが判断できました。

「なぁ、シロ。お前、どうしてそんなにビビってんだ?」

「……に、人間…だから…」

「ん?….あぁ、成る程な」

「え?どう言う事?」

リールットは、言葉足らずのシロの言葉を理解できましたが、ミリアは理解できずに首を傾げました。

「人間は誰しも優しい訳じゃねぇからな。おおよそ、過去に人間に酷い目に遭わされたんだろうよ」

「………」

その答えはシロ本人しか知りませんが、本人が無言で俯いてしまう行動を見るからに、図星だったのでしょう。

だからこそ、彼を安心させる為にリールットは優しく彼の頭に手を置きました。

「もう大丈夫だ。オレも、オレの仲間も、ミリアも、みんなお前の味方だ。そんなにビビんなくてもバカ共からはオレ達が守ってやる。安心しな」

「これから一緒に冒険者をするんだし、私がもっと強くなって守ってあげる!」

「だなっ!……ん?」

気前良く同意したものの、ミリアの発言に疑問を覚えたリールットは、横目でミリアをみやります。

「冒険者って、どう言う事だ?」

「え?えーっと、リールットさんが起きる前にシロを冒険者に誘ってみたんです!」

「それで?」

「家を探せるならって!」

そんな理由で冒険者に成ろうとするシロにリールットは不安を抱き、両目を覆い隠して空を見上げました。

「おいおい…冒険者ってのは、そんな簡単な仕事じゃねぇんだぞ?」

「それなら大丈夫!シロはトラップ・マスターだから!」

「トラップ・マスター?」

決して、言葉の意味を理解できなかった訳ではありません。

トラップ・マスター。それは、罠を得意とし、その中でも、より優れた者を指す言葉です。

リールットは横目でシロへと視線を向けると、シロは少しばかり驚き、怯えつつも、逃げ出さずに答えました。

「ト、トラップ…分かる…仕掛けも、できる…」

「シロは罠を使って私達を助けてくれたんです!」

「つー事は、ジョブはシーフか。それなら、まぁ、成れなくもないな」

「ちなみに、私はファイター!」

「オレはファイターの二次職に当たるウォーリアだ。…って、なんでジョブを紹介してんだよ」

「ぼ、僕は…魔術師…」

「ん?」
「は?」

遅れて呟かれたシロの言葉に、二人はそれぞれの反応を見せました。

ミリアは、そのジョブ名に聞き覚えがなく首を傾げ、リールットは聞き返すように声を上げたのです。

「あー、ちょっと待て。あのなシロ。魔術師ってのはな、すげぇ偉い賢者とかのジョブだぞ?」

「…ク、クロが…言ってたから…」

「クロ?」

「ぼ、僕の、家族…」

「はぁ…」

リールットは、親バカと言う存在を適当に頭に思い描き、シロが家族だと言うクロに当てはめて考え、納得する事にしました。

「まぁ、良いか。明日になりゃ分かる事だしな」

ゴロリと寝転がり、寝入る体勢に入ったリールット。

「冒険者になったら、その人に合ったジョブとかが貰えるの!でも、初めは初級職からだから、頑張ったら魔術師ってのに成れるかもねっ!」

 (それ、敢えて言わなかったんだがな…)

ミリアは励ましの言葉を言ったつもりでしたが、それは彼を魔術師だと信じていないと言っているようなものです。

聞き耳を立てていたリールットは誰にも聞こえないように小さな溜息を吐きました。


〜〜〜


ズドンッと音がしたかと思えば、木々が騒めき、宙吊りにされる一頭の魔物。
その魔物は、初級冒険者では倒すのは困難とされるラッシュ・ブル。

牛のような体型をしていますが、その大きさは全長で優に10mは超えており、ラッシュ・ブルの突進の破壊力は大木ですら容易く薙ぎ倒す程です。

そんな魔物が、方前足に植物の蔦を巻き付けられて無様に宙吊りにされ、振り子の如く揺れていました。

「マジかよ…」

その光景に感嘆の声を上げるリールット。

つい数秒前に突然シロが蔦を地面に張り巡らしたかと思えば、設置終了と同時にラッシュ・ブルが木々の隙間から飛び出し、物の見事に捕獲されたのです。

その罠の設置速度は眼を見張るものがありますが、それ以前に、彼の未来予測に脱帽しました。

その一度だけであれば、まぐれだったと言えるでしょう。

しかし、その後も何度もシロは罠によって魔物を捕獲し続けていました。

まるで、未来を実際に見てきたかのような予測設置。時には待ち伏せし、最後まで魔物に気付かれないまま、通り道や誘導によって尽く魔物を捕らえる。

それは、一流の罠師と言える所業でした。

「いやいや、凄すぎんだろっ!?」

突然大声を上げたリールットに驚いたシロは一瞬で姿を眩まし、ミリアは突然のリールットの言動に不思議そうに首を傾げます。

「一回も戦闘にならねぇって、どんなけだよっ!」

「罠って、そう言う物じゃないんですか?」

「違ぇよ!つか、普通はこんな使い方しねぇよ!」

「そうなんですか?てっきり、罠ってこう言う感じで使うと思ってました!」

「敵が来る先を予測したからって、こんなにも的確に罠を設置できる訳ねぇだろ!」

徐々にヒートアップし始めるリールット。

罠で捕らえた魔物は現状では倒して運ぶにも手間が掛かるので放置していますが、シロの凄い所は、捕らえる魔物と殺す魔物を事前に判別し、罠の種類を変えている所でしょう。

そんな時、リールットの裾をクイックイッと引っ張る者がーー。

「…ま、また来た…」

ーーズサッ。

彼の言葉と同時に、即席で掘られたであろう小さな窪みに何者かが足を躓き、転けた先で刃を上向きにして用意されていた短剣によって頭を貫かれて死亡しました。

その者は、ゴブリンと呼ばれる魔物です。

ゴブリンを見つけたら殺すようにギルドから推薦されています。

そして、その認識はシロにもありました。

しかし、シロの場合は少し…いえ、かなりリールット達の価値観とはかけ離れていました。

ゴブリンは食用には向かず、好戦的で、生かす価値がないからです。

基本三体程の人数で行動しますが、今回は"はぐれ"だったのでしょう。一匹しかいませんでした。

その成れの果てを見たリールットは、深く溜息を吐きます。

「はぁぁ……良くやったな、シロ」

色々と諦めたリールットは、気持ちを切り替えて賞賛を口にしながらシロの頭を撫でると、シロは仄かにですが嬉しそうに笑いました。

「お前…そんな顔もできたんだな」

言うと共に、グジグジと乱暴にシロの頭を撫でて先へと歩き出すリールット。

そして、その後に続くミリアとシロ。

彼等が向かう先はミリアとリールットの帰る場所。そして、シロが訪れる最初の街となるメリアルナルの街。


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