クロノスの森

九九 零

2話「ミリア」



「この辺りで最近噂になってるらしいけど、マリューの森に出るんだってよ」

「出るって…?」

「魔物だよ。ものすげぇ速さで瀕死の魔物を横から掻っ攫いやがるんだってよ」

「見た事あるの?」

「俺はねーな。つか、マリューの森に行商人は近付かねぇ。まぁ、冒険者共から聞いた話じゃ、狼みたいなやつだって話だ。もし、あの森に行く事があるなら気を付けろよ」

「うん。分かった」

話が一段落すると同時に、カウンターの上にドサリと動き易さを重視した軽装鎧が置かれました。

「ほれ、注文の品だ。これから冒険者するんだったら、さっき言った事もだが、色々と気を付けなきゃなんねーぞ?」

「心配してくれるの?」

「ち、ちげぇよ。客が減るのが嫌なだけだ」

ムスッと顔を顰める鍛治師見習いの少年から防具一式を受け取った赤毛の少女は、踵を返して歩き出します。

少年が最後まで少女が立ち去るまで見届けるつもりでしたが、胸の内を抑えきれずに彼女を呼び止める為に口を開きます。

「ミリア!」

「ん?」

「これも持ってけ!」

そう言って投げ渡したのは、一本の短剣。

「まだまだ親方には届かねーけど、今の俺にとっちゃ最高の作品だ!そ、その…大事にしてくれよな!」

「うん!ありがとっ!」

少女の浮かべる無邪気な笑顔に心を打たれた少年は、赤く染まった顔を隠すようにソッポを向いて、『早く出て行け』と言わんばかりに手を振ります。

そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、少女は短剣を腰のベルトに挟んで悠々と店を出て行きました。

それを横目で見届けた少年は、長く溜め込んだ想いを告白出来ずに深い溜息を吐き、同時に、彼の肩に分厚い手が置かれました。

「おいおい。好きな子に対してなんつー態度だよ、ガンツ」

振り返って確認してみると、ニヤニヤと笑う強面の男性がそこに居り、少年ーーガンツは驚きと共に羞恥心に駆られました。

「お、親方!?…も、もしかして…?」

「おう!全部聴かせてもらったぞ!勿論、他の奴等もだ!」

親方と呼ばれた男性が親指で背後の扉を指差すと、その扉のヒンジが壊れて雪崩のように巨漢の男達が倒れ込みました。

「………」

愕然とするガンツ。

「にしてもよ、アレはないだろ。冒険者つったら、いつ死ぬか分からねぇ職業だぞ?告白の一つぐらいしてやれよ」

親方が背後の男衆に同意を求めれば、全員が肯定を示すように首を縦に振りました。

「べ、別に良いじゃないですかっ」

「良くねぇ!良くねぇぞ、ガンツ!!冒険者ってのはな!明日死ぬかもしれねぇんだ!ましてや駆け出しが一番死に易いんだよ!今からでも遅くはねぇ!想いを打ち明けてこいっ!!」

言い終わると同時に、バンッと背中を強く叩かれて前に押し出されたガンツ。

振り返ってみると、『今しかない』と真剣な瞳で伝えてくる同僚と親方の眼差し。
ガンツは胸の前で強く拳を握って、自分の心と向き合い、覚悟を決めました。

「はいっ!」

バッと店を飛び出すガンツを見届けた親方達は、今の今まで浮かべていた真剣な面を豹変させ、急ぎ店の窓や扉に張り付き、互いを押し退けながらニタニタと外の様子に夢中になります。

「ま、待ってくれ!ミリア!!」

「ん?」

「そ、その…す、す、すすす…す、スライムには気を付けろよっ!」

思いの丈を打ち明けれず、言い終わると同時に内心で『スライムに気を付けろってなんだよ!』と、自分を酷く攻めました。

そんな彼の気など知らない少女は、彼の発言がツボに入ったようで大笑い。

「プッ!プハハハハッ!なによそれ!」

「と、兎に角、気を付けろって事だよっ!」

顔を真っ赤にして足音を鳴らして店へと戻って行くガンツ。

「ガンツ!」

「なんだよっ!」

「ありがとねっ」

赤い顔を更に赤くして、ソッポを向いたガンツにニッコリと無邪気な笑顔を浮かべ、少女ーーミリアはこれから冒険者として過ごす日々を想像して、この場から立ち去りました。

「あーあ。ちっちぇ男だな。好きの一言も言えねぇのかよ」

「だよな。たった一言言うだけで良いのによ」

「ちっちぇちっちぇ。だから、まだまだ未熟だって言われんだよ」

「違いねぇ」

「「「ガハハハハッ」」」


ーーー


この世界に、魔境と呼ばれる地が9つ存在します。

それは、一度足を踏み入れれば二度と帰る事は叶わない禁断の地。
それは、見た事もない魔物が生存を賭けて喰らい合う過酷な地。
それは、伝説の剣などの秘宝が眠る夢と希望の地。

色々な諸説がありますが、事実を知る者は誰も居ません。

ただ、誰もが知っている事は、その地に足を踏み入れれば帰っては来ず、その地には他のは一線を引く程の強力な魔物が住み着いていると言う事だけです。

しかし、その中に一つだけ、比較的安全な魔境が存在していました。

それが、マリューの森と呼ばれる魔境と森が合わさって出来た地。

上から、深層・上層・中層・浅層・表層と、5つの崖で別れた区切られており、深層に近いほど深く危険度が跳ね上がる構造となっています。

逆を言えば、表層は安全だと言う事です。

だからこそ、この近くにあるメリアルナルの街の冒険者達にとって非常に需要が高く、表層で魔物を狩ったり、薬草を採取したりするのに最適な場所で、中堅ともなれば浅層まで行く者までいます。

しかし、二年程前に、そのマリューの森に正体不明の獣が住み着いてしまい、魔物の活動が活発化。

とても安全とは言い難くなってきているのです。

俗説では、魔族が住み着いたとまで言われている程です。

その為、とある依頼が浮上してきました。

『マリューの森。表層の探索』

『正体不明の獣の正体を暴け!』

この二つです。
適応ランクはE〜となっており、危険度は不明。冒険者を初めて間もないFランクは参加できない依頼となっています。

表層と言えば、そこらの森よりも危険が少ない事で有名です。が、魔物の活性化により、浅層の魔物が表層に出現。運悪く出くわす可能性が出始め、冒険者を初めて間もない駆け出しには表層の一番浅い場所でも危険だと判断されているのです。

その為、誰も依頼を受けようとしません。

そもそも、どんな危険が含まれているか分からない依頼であり、中堅冒険者にとってみれば、かなり低い報酬金額。

そんな二つの依頼を好き好んで受ける物好きもいなく、ずっと掲示板の端に貼られて飾り物として扱われていました。

しかし、すぐ隣にあるマリューの森の異常を放置するのは危険です。
もしかすると、明日にでもマリューの森の魔物が徒党を組んで街を襲いに来るかもしれません。

それを危惧した冒険者ギルドは、早急に調べて欲しいばかりに報酬金額を増やそうと考えました。

それでも報酬が少し増えたぐらいでは危険度不明の訳の分からない依頼を受ける者はいませんでした。

そこで、依頼主である冒険者ギルドは考えました。

その依頼を、駆け出し冒険者を育てる依頼にしようーーと。


ーーー


「ーーってな訳で、オレがお前さんを見る事になったリールットだ」

彼女は冒険者ランクCの中堅冒険者です。

男勝りな口調ではありますが、体系はスラリとしており、出るとこは出て引っ込む所は引っ込んでいる。綺麗な金色の髪も相まって、頬に刻まれた深い十字傷と背中の巨大な戦斧が無ければ、すれ違うだけで誰もが振り返ってしまう程の美女に見えます。

それと、喋らなければ、ですが。

「ミリアです!よろしくお願いしますっ!」

「そう固くなるな。なんせ、冒険者じゃ数少ない女なんだ。仲良くしようぜ」

「は、はい!」

二人は握手を交わしてから、街の中を歩き始めます。

「早速で悪ぃが、今回の仕事の話をするぞ?」

「はい!」

「目的は、マリューの森。表層の調査だ。する事つったら、この魔石の入った試験管を壊さずに持ち歩く事と、適当な魔物の体液。それから、草や木の一部を持ち帰る事だ」

「戦うんですか?」

「そんな緊張しなくてもオレが付いてんだから安心しなっ!」

「はい!」

膨よかな胸をドンっと叩いて自信満々な笑みを向けるリールットの姿からは本当に女性だと思えない凄みが感じ取れます。

しかし、だからこそ、ミリアが抱いていた不安を軽減させる事が出来たのかもしれません。

今の今までぎこちなかった歩き方が多少はマトモになっています。緊張が解れたのでしょう。

そんな彼女を見て微笑みを浮かべたリールットは、恥ずかしげに頬を掻きながら言います。

「それとだな、これは私情だが、この仕事が終わってから、ちと付き合ってくれねぇか?前から行きたかった店があるんだが、一人じゃ行きずれぇんだよ」

「店ですか?」

「そうだ。嫌だったら別に良いんだがよ、オレは甘いもんが好きでな…ポッポ亭ってとこだ」

「それ知ってます!あのデザートが凄く美味しいって評判の店ですよね!?」

どうやら、ガールズトークで盛り上がり始めたようです。
そのおかげで、ミリアの心に残っていた不安が綺麗さっぱり消え去り、ガールズトークに花が咲きました。

「知ってんのか!?どうだった!?味は!?感想は!?」

ミリアの両肩を掴んでガクガクと激しく前後させるリールットの絵図は、とてもガールズトークの最中だとは思えない光景ですが。

「あわわわっ!リッ、リールットさんっ!痛い!痛いです!」

「わ、悪りぃ…」

頬を掻いて謝罪を口にするリールット。その声音からは心から反省している事が伝わってきます。

「…ゴホンッ、で、どうだった?ポッポ亭ってのは?」

「えーっと、その…私もまだ行った事なくて…」

「なんだ、ねぇのか。なら、丁度良いじゃねぇか!終わったら一緒に行こうぜ!」

「でも、高いんじゃ…?」

「それぐらいオレに任せろ!一人や二人ぐらいの余裕はあるからなっ!」

「ありがとうございます!」


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