マルチな才能を発揮してますが、顔出しはNGで

青年とおっさんの間

顔を隠して尻隠さず 2

 『思い出』というものは凄く曖昧なものだ。
 例えばいい思い出なら、時が経つにつれて多少なりとも自分の中で美化されたり、都合の良いように解釈してしまうことがある。
 逆に悪い思い出であれば、必死に記憶から消そうとする。しかし、忘れようとすればするほど記憶の中に刷り込まれ、ふとした瞬間に思い出し、その時の感情がフラッシュバックしてしまう。なんていうのもよく聞く話だ。
 嘘か誠か、その思い出の真意は誰も知ることができない。その思い出を体験した本人でさえ、それはもう過去に過ぎないからだ。
 だから、これから俺が話す思い出話も、もしかしたら嘘かもしれないし、本当かもしれない。
 でも、大事なのはその結果として『現在いま』がどうあるかだと思う… 」



……
………


「ちょっと待って、前置き長いから!」「何だよ義也、今いいとこなんだからちゃんと聞きなさい?」

 俺が気分良く話していると、突然義也が待ったをかけてくる。

「いいところって、まだ誰も登場してすらないからね?」「わかった、わかった! じゃあ前置きは端折って差し上げましょう。あれは確か小学5年くらいだったかな… 



……
………




「じゃあ皆んなー! 最初から合わせて吹くわよ、さんはいッ!」

 先生の合図で、皆一斉に手に持ったリコーダーに息を吹き込む。
 同じソプラノリコーダーで同じ楽譜を吹いているのに、それぞれ音の大小や響きなどに個性がある。
 そんな個性的な音が合わせると、お世辞にも綺麗とは言えないけれど、味があって面白いそんな演奏会が小さな教室で開かれているような気がする。
 当時、小学生だった俺はそんな客観的に音楽というものを分かるはずもなく、ここにいる誰よりも上手に演奏出来ているという自信に満ち溢れ、ただ無我夢中に自分のリコーダーに息を吹き込んでいた。
 実際、俺は誰よりも上手にリコーダーを吹けていた。
 それは楽譜という、横線とオタマジャクシが入り混じった暗号文を読み取ることを諦め、耳と指で音を覚えることを、ただひたすら毎日こなしていた時期だったからだ。
 「はーい、じゃあ今日はここまでー!皆んなとっても上手だったわよ」「「「はーい!」」」

 授業が終わり、教室を移動するために荷物をまとめていると、誰かに背中を軽く叩かれて振り返る。

「林田か、なんか用か?」

 当時は別段親しいわけではなかった真純が、この時初めて俺に話し掛けてきた瞬間だった。

「なあ入月、いつもやる気のない入月が、どうして音楽の授業になると1番真面目に勉強するんだ?」「いいだろ、別にそんなこと…」

 この時、俺は真純に大して仲良くもないくせに、いきなり相手によくこんな事を聞けるなと思ったのをよく覚えている。

「わかった!このリコーダーに秘密があるんだなッ!?」「おい!何すんだよ!?」

 真純はサッと俺がケースにしまったリコーダーを取り上げると躊躇なく自分の口元に運び、カエルの歌の最初のフレーズを吹き始めた。

『ピロピロピロ〜〜…』
「……… 」「別に普通のリコーダーだな?」



……
………




「それが俺と真純の初めての関節キスだった… 」「やめろよ勇志… 恥ずかしいだろ…?」
「ちょっとやめてッ!」

俺が真純との出会いを語っていると、声を大にして義也が割って入ってくる。

「何で僕が勇志くんと真純くんのイチャイチャ話を聞かなきゃならないのさ!?」「おいおい、ここからが良いところなのに… 」
 どうやら義也には、この手の話はまだ早過ぎたらしい。ふん、お子ちゃまめ。

「そんな一部の女子にしかウケそうにない話されても困るんだけど」
「わーったわーった。じゃあ、かなり端折って俺と真純がバンドを組むところな… 」



……
………




「バンドを組みたい!? それ本気か?」「ああ、本気だ」

 それぞれの生徒が思い思いに過ごしている休み時間。まだ真新しい学ランを着た2人の少年が1つの机を挟み、向かい合って座っていた。

「そろそろ、新しいステップに進む頃かと思ってだな… 」「つまり、今まで散々我流で音楽を勉強してきて、行き詰まったんだな?」
「ぐぬぬ… 真純のくせに生意気だぞ!」「まあ、いずれそう言ってくると思って覚悟はしてたよ」
「じゃあ一緒にやってくれるか!? バンド!!」「もちろん」

 この時の俺は、既にドラムがかなりの腕前に達していた真純と一緒にバンドを組むことによって、俺の限界が見えていた音楽に新しくブレイクスルーを起こそうと考えていた。
 真純のお兄さんがプロのドラマーで、その影響を受けて真純がドラムを始めたことも知っていたし、お兄さんからドラムテクニックを習っていたのも知っていた。
 俺には音楽を教わる相手もいないし、音楽教室に通うつもりもなかった。だから、必死にテレビやネットを見て真似たり、CDを聴いてその音をギターで探してみたりと、思い付くことは何でもやった。
 いつだか、だんだんと音に慣れてきて、耳で聴いた音をそのままギターで弾くことが出来るようになったり、好きなアーティストのCDアルバムを丸々全部完コピ出来るようにまでに成長した。
 しかし、そこから次に何をすれば良いのか俺には分からなかった。それもそのはずだ、俺は人の真似は出来ても、自分で新しく音楽を作り出す方法は何も知らなかったのだから。
 そこで思い付いたのが、『バンド組むこと』だったわけだ。


「だが…! 1つ条件がある… 」

 バンド組むことが決まりニヤニヤしていると、真純が真剣な顔をして俺に詰め寄ってくる。

「な、何だよ? 条件って… 」「俺と一緒にバスケ部に入部すること、これが条件だ」
「はーッ!? 何で俺がバスケ部に入部しなきゃいけないんだよ!?」「いやならこの話、断ってもいいんだぞ?」
「ぐぬ… 」「それにほら、バンドでライブするのだって体力が必要だろ? そう思えばやろうかなって思えてこない?」
「全然全くこれっぽっちも思えてこない!」「つれないなー」
「だが、バスケ部は入部する… それでいいんだろ?」「そうこなくっちゃ! じゃあ、早速手続きしてくるね!」





……
………




「と、まあこんな感じでバンド活動は始まったわけだ」
「ふーん、勇志くんのバスケ伝説も、バンド結成と一緒に始まったわけね」

 両腕を湯船の外に投げ出して、縁石にもたれかかっていた義也が、これらに振り向きながら応える。

「ん? 何だ、俺のバスケ伝説って」

 俺のバスケ伝説などという聞いたことないワードに反応し、義也に問いかける。
 真純は逆上せてしまったのか、温泉の外の通路で仰向けに寝転がり寝ているように見えたかと思えば、いきなり腹筋を始めだしたので放っておこう。

「何を今更… 当時、無名だった六花大付属中が全国大会まで行けたのは勇志くんの功績でしょ?」「バスケは1人じゃ出来ません。皆んなの力があったから、あそこまで行けたんだよ」
「その後、ジュニア選抜とか有名な高校からオファーがあったんでしょ?」「はいはい、その話はもういいの! ガップレの話だろ? 義也が聞きたいのは?」

 中学の時に先生やら同級生やらに、耳にタコができるくらい聞かれたスポーツ特待生の話を義也に思い出させられ、急いで話を逸らす。

「そうだね、じゃあ最初はどんな活動をしてたかとか聞きたいな」
「そうだな… 最初はライブハウスで演奏するお金なんてないから、2人で学校帰りに駅まで行ってストリートライブをしてたんだ」
「懐かしいな〜、俺がカホンで勇志がアコギで、はじめは誰も止まって聴いてくれなかったけど、だんだん止まって聴いてくれる人が増えてきて… 」

 通路で寝ていたと思われた真純が、突然話に乗っかってくる。この話は真純にも特別な思い入れがあるみたいだ。

「そのうちチップも貰えるようになったんだよなー、あれは嬉しかったな〜!」
「その時って、たしかバンド名違くなかった?」「あれ? 義也、知らなかったっけか? その時はまだ【Godly Place】じゃなくて、【放課後演奏団(仮)】って名前でな」
「プッ… そうそうそれそれ! 本当にダサいよね~!」「おいーッ! バカにすんなよ!?【放課後演奏団(仮)】は結構人気だったんだぞ!?」
「そうだったの? 施設で初めて見るまで知らなかったけど?」「そういえばあの時、義也泣いてなかったか?」
「え!? な、泣いてないしッ!!」「そうかー? 泣いてだろ?」
「泣いてないもんッ!!」「はいはい」「でも懐かしいな、その時初めて俺たちと義也が出会ったんだもんなー… 」
「そうだね、今でもはっきり覚えてるよ。僕が初めて【Godly Place】に出会った時のこと… 」

 そう言って義也はそっと目を閉じたのだった。

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