逃奔

ノベルバユーザー214368

逃奔-2

 授業が始まっても、集中できる人は1人もいなかった。ただ、琴音の斜め後ろの、ひとつ空いた机のことを皆気にしていた。隣のクラスも同じだった。遥亮の席は、前の扉のすぐの席で、いつも遅刻ギリギリで教室に入ってくる遥亮のことを、皆考えていた。
 学校で1番癖の強い話し方をする現代文の田中先生でさえ、空いたあやめの席を見ると評論を読む口が止まった。あやめはどこにいるのだろう。本当に遥亮と2人でいるのだろうか。琴音はずっとそんなことばかり考えていた。

 あやめと琴音は、入学してすぐに仲良くなった。3年間同じクラスで、ずっと同じグループで行動してきた。遥亮と付き合っていた時も、いろんな相談を聞いてくれていた。あやめと遥亮は確かによく話していたと思う。別れてから琴音が遥亮を悪く言うからか、遥亮のことが好きだとかそういう話はあやめから聞いたことはなかった。

 琴音、も夕菜が声をかけると、はっと気がついたようになに、と言った。もう昼休みだよ、と言うと、琴音はあ、そうかと今知ったように立ち上がった。琴音はずっとこんな調子だな、と夕菜は思った。まあそれもそうだろう。あやめがいなくなったんだから。しかも遥亮と。夕菜は遥亮が好きじゃなかった。琴音といろいろあったからか、単純に合わないからかはわからないが、遥亮の話になるといつも渋い顔をしていた。仲のいいあやめと遥亮がこういう風になるのは心配でもあったし、気味が悪かった。
 「あやめのこと。大丈夫かな」
 「わかんない、事件に巻き込まれてないといいけど」
 弁当を食べながらも、皆あやめと遥亮の話しかしなかった。2日も続けていつもより1人少ないランチタイムはそれだけでもの寂しかった。

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