勇者の肩書きを捨てて魔王に寝返り暗黒騎士はじめました

名無し@無名

暗黒騎士としての仕事

 


 ◆


「はぁ……どっと疲れた」


 俺は女神に啖呵を切った後、宣告通りに魔王軍の一員となった。そして、女魔王に通されたデュラハンの部屋に入ると、倒れる様にソファに身体を埋めた。

 とりあえず鎧はーーーーっと、この場合はデュラハンの亡骸?を脱ぎ捨て、元のラフな格好になって辺りを見回した。

 まず言えるのが、魔王の城だというのに中は意外と人間のセンスに近しいデザインであった。

 今座っているソファーだって割と高価なものだろう。深々と沈む心地よさに、素材の質という事無しである。俺は無意識にそんな事を考え、商人としての血は争えないのだと苦笑した。

 改めて座り直した時、静かに部屋のドアがノックされる。女の声ーーーーあの魔王だ。


「……私だ勇者」

「おう、鍵はかかってねぇよ」

「では失礼するぞ」


 ゆっくりとドアが開かれると、そこにはやはり、女魔王が立っていた。しかし、先程とは違う外見にまず目を惹かれた。


「おまッ……つ、角は? あと翼も!」

「ん? アレか。ちゃんと生えてるぞ? 先程は魔王としての威厳を出すために魔力で大きく見せていたのだ。角だって見えないくらいに小い方方がデフォだ」


 確かによく見ると、髪に埋もれる位に小さな角も生えてるし、クルリと背を向けられると翼も申し訳程度に生えていた。


「なんか便利だな」

「ふふ、あの姿は意外と体力を使うんだ。それより……もう一度聞いておく、女神の件は本当に良かったのか、勇者よ?」

「ああ…俺が決めた事だからな。それにもう、勇者でもねぇよ」


 結局、俺は女神から離反し魔王軍につくことになったのだが、それはつまり、人間からの離反とも言えるだろう。

 俺だって別に人間が嫌いな訳ではないが、今はあちらに居ても何も良くはならないと思った故の行動だ。女神の言いなりになればロクな未来がないーーーーそれは火を見るより明らかだろう。

 あの後、女神もそんな俺にキレてきたが、勇者の証を奪い去るとそそくさと帰って行った。帰り際に『聖剣と儀式に魔力を注いでいなけりゃ……こんなクソガキにナマ言わせないのにぃーー!』と言う捨て台詞を置いていった。それは即ち、あの反則級のチート武器もポンポンと作れないし、新たな勇者もすぐには現れないという事の裏付けだろう。

 俺はため息と共にソフィに深くもたれかかるが、女魔王は不安そうな目を向けてきた。


「その……お前は大丈夫なのか?人間の国の大臣とは話をつけたとは聞いたが……」

「ん?大丈夫だよ気にすんな」


 女魔王は俺の事を気遣っている様だが、それに関しては収まるところに収まったと言える。

 俺は女神を追い返し、その足で城へと戻って行った。そして、起こった事の顛末をあの王と大臣に話したのだが、どうやら奴らも女神の立ち振る舞いには困り果てていたらしい。

 永い歴史の中で、女神が勇者を選出する事は多々あったらしいが、しかし、昨今はあの女魔王の父親との誓約もあってか勇者は産まれずとも平和は保たれていた。

 しかし、あの女神が現れその制約は破られた。

 俺はもう勇者では無いが、そんな爆弾みたいな女神が黙っている訳では無いと俺達は踏んだ。

 そこで俺と王は公約を交わした。

 その内容とは、俺が魔王軍に加わる事を〝王国公認〟とするものだ。

 結果的に魔王軍となった俺だが、女魔王が話が出来る部類だと分かると、その旨を王に進言したのである。

 俺が魔王軍と人間の間に入る事で、遮断されていたその関係に一石を投じるという思惑だ。

 いま危険視すべきは天界より現れた女神だろう。その共通の脅威に対し、人と魔族の邂逅を図れるのでは無いかと言うのが俺の企みである。

 因みに両親には就職先が決まったと伝えると泣いて喜んでいた。就職先が魔王軍だと言っても、「超頑張れマイサン!」としか言わない辺りがウチの親らしいと言えばらしいか。


 とりあえずこれで俺の憂いは無くなった。


 ここでの待遇だって文句は無い。

 元勇者と言えど俺は新入りで、そこらの雑魚と同じ程度の扱いかと思っていた。しかし、自分で言っていた「あのデュラハンの代わりに」という言葉通り、いきなり幹部としての肩書と共に、奴の後釜として収まる形となったのだ。


「んで、俺は何をすればいいんだ女魔王?」

「うむ、でもまずはキチンと自己紹介だろうな」


 女魔王は得意げに、そして豊満な胸を張ると、少し咳払いをして威厳を含ませた声色で名乗りを上げた。


「私の名はフィーネ……フィーネ・セルヴィアだ。父上から魔王の座を受け継いだから八代目という事になるな」

「フィーネか。俺はユーリだ、ユーリ・シルバ。商人の息子だ」

「商人の息子が勇者に選ばれたのか……?」

「それは俺が聞きてぇよ。いや、もうあの女神の顔は見たくない」


 ズルズルとソファーからずり落ちる。座面に背中がくる程に下がると、フィーネはそんな俺を覗き込んできた。


「ふふ、お前は随分と変わった人間なのだな。まぁこれからは魔族として生きていくのだ、仲良くしようではないか」


 目を細めて笑う。今気がついたが、魔王といえどかなり人間に近い見た目だ。胸もデカくルックスでいえば見てくれだけは美人以外の何者でも無い。そして胸もデカイ(二回目)。


「?……どうしたユーリ、顔が赤いぞ?」

「……な、なんでもねぇよ!」


 思春期を引きずっている様で恥ずかしいが、そういえば〝まとも〟な女と話すのなんていつ以来か。因みにあのバカ女神はもちろんノーカンである。

 俺は頬を叩いてソファーから立ちがると、少しシャキッとして辺りを見回した。


「んで、ここでの俺の仕事ってなんだよ?お前の話だと、四天王ってか幹部クラスはほぼ人間の世界に行かないんだろ?」

「うむ、その辺りはカルロ……あの骨の外見をしたスカルロードのカルロに説明してもらうといい。奴はこうゆうのが得意だからな」

「スカルロード?」


 フィーネはパチンと指を鳴らすと、開けられたままの扉の外で声が聞こえた。


「お呼びでしょうか魔王様、そして勇者……いや、親しみを込めてユーリと呼ばせて貰おうか、これから宜しく頼むね」

 ややハウリングする甲高い声で、仮面の怪しげな司祭が手を上げた。そう言えばコイツ、四天王として並んでた奴の内の一人だったっけか?


「ご紹介に預かったスカルロードのカルロだよ。因みに君が、魔王様の胸元を鼻を伸ばしながら凝視していたら時から部屋の前には居たんだ」


 仮面で表情は読めないが、悪戯そうな声で煽ってくる。


「そうなのか?」

「ばッ……み、見てねぇし!」

「私はかまわんぞ? 胸くらい見ても減るものでもないし。それよりカルロ、後の事は任せても良いな? 色々と教えてやってくれ」

「はい、了解しました」


 フィーネが部屋を後にすると、カルロは先程俺が座っていたソファーに腰掛けた。俺は席を奪われ、仕方なく床に腰を下ろす。


「ではユーリ、僕の自己紹介はもういいね。あと、僕の事は親しみを込めてカルロと呼んでくれ」

「あ? ……お、おう」


 どうにも俺はこの手の奴が苦手だ。話のペースを握られるというか、掴み所の無さが際立つ系の奴。


「ではデュー君の仕事の説明……引き継ぎしようか」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」

「なんだい?」

「いや、あのよ……こんな事を聞くのもアレなんだけど……お前らは俺の事を恨んでないのか? 事故みたいなもんだけど、仲間を殺したんだぞ?」

「あー、それね。確かに殺されたのなら恨むね末代まで。でもそれは大丈夫だよ」

「大丈夫って、何が?」

「本人に聞いてみたら?」


 そう言ってカルロはデュラハンが腰に下げていた魔剣を俺に放り投げた。遺品ともとれる魔剣だが、俺はなんとか受け止めて視線を落とした。しかし、ただの厳つい魔剣という感想しか無い。


「……やれやれ、相変わらず騎士道だかプライドは高いんだね君は。ねぇユーリ、そこの引き出しを開けて中を見てみなよ」

「……引き出し?」

『んなッ!?』

「……あん?」


 カルロの言葉に、魔剣が一瞬だけビクンと跳ねた。ついでに『んなッ!?』とも聞こえた。

 ある程度は察しがついた俺は、カルロが指示してきた引き出しに手を掛けてみた。すると、先程よろしく、魔剣が釣りたての魚の様にビクンビクンし始めた。


『よ、よせ勇者……じゃないユーリよ! そこは神聖な我の聖域……決して手を出してはいかぬ場所だぞ!?』


 だんまりを諦めたのか、慌ただしい声が魔剣から声が漏れてくる。もちろんデュラハンの声だ。


「いや、魔物の癖に部屋に神聖なる聖域作ってんじゃねぇよ。あと気になるから開けるぞー?」

『や、やめろぉおおおおおお!』


 俺は思いっきり引き出しを開け、そしてその中身を部屋にぶち撒けた。


「えっと、何々……〝ドキッ、鎧だらけの水泳大会〟あとは〝ギリギリモザイク軽装編〟って……なんだよエロ本とビデオか?」

『カルロぉおおおお! 貴様よくも我の秘密を……と言うか何故知っていたのだ!? 誰にもバレてないと思っていたのにぃぃいいい!』

「はは、僕に隠し事なんて無駄だよ。無抵抗の今だからついでにね」


 騎士道とエロスは紙一重。

 普段真面目な奴に限ってよくある事だが、ちゃんと普通の雑誌にサンドして隠していた辺り、このデュラハンも思春期のそれと変わらないのだと親近感すら湧いた。

 なるほど、死んだと思われたデュラハンは、その魂を剣に移したのだろう。鎧の魔物だったんだ、それ位は造作もない事らしい。


「魔剣か……それなら俺の武器としてよろしく頼むわ〝性剣エロスカリバー〟さんよ」

『誰が性剣か! 誰がエロスカリバーか! おいユーリ訂正しろ、今ここで訂正しろぉぉぉおおおおお!』


 それからしばらく、デュラハンは断末魔の様な叫びをあげながら部屋の中を跳ねまわったそうな。

 因みに、デュラハンが死んでないのは皆んな知ってたらしい。不甲斐ない負け方をしたデュラハンを気遣って、自分から言いだすのを待っていたらしいが、痺れを切らせたカルロによって最悪の生存アピールとなってしまった。


(……しかし、魔物もエロ本とか読むんだな)


 妙な親近感を覚えつつ、このエロスカリバー改めデュラハンが済し崩し的に相棒となった。



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