一般六人で異世界無双するそうですよ!?

宴帝祭白祭兎

プロローグ4


 周りを見渡せばあたり一面黒一色。そこに星のような小さな光の粒がちりばめられている。 
 そこはどれくらい広いのか、はたまた狭いのか。遠近感が全くもって掴めない、不可思議な空間だった。
 神秘的とか神々しいとかそんな言葉がよく似合うその場所は、神の類を信じない汰空斗(たくと)ですら、否応無く身が引き締まった。

 「良くぞここまで来た。識汰空斗(しきたくと)に宗馬紅葉(そうまあかね)よ。歓迎しよう」

 今、汰空斗の眼の前には髭を生やした巨大なおじさんが、あぐらをかいて座っている。本当に巨大だ。そこらへんの町にあるビルよりも断然大きい。
 そんなのが突然目の前に現れたら、動揺で言葉を失うのが普通だ。現に汰空斗も今、まさにそうなっていた。
 ただ、紅葉は違う。

 「うわー。おじさん、すっごく大きいね。何食べたらそんなに大きくなれるの?」
 「お、おい、少しは空気読めよ」

 大きさからもわかるように、明らかに一般人ではない。そんな相手と気軽に対話できる図太さは、間違いなく汰空斗が持っていないものだ。

 「まぁ、色々だな。好き嫌いしないで色々食べたらこうなるぞ」
 「んなこと言っても限度ってもんがあるだろ!」

 いつもの癖でつい、それも初対面の巨人相手にツッコミを入れてしまった。勢いに任せて言ったものの、その直後には後悔しかない。

 「それは人の身ならばだろ? ワシは神だ。全知全能の神ゼウス、それがワシの名だ。ありとあらゆる世界を管理してるから、そこんとこよろしくな」

 なんとも軽いノリで親指を立て、歯をちらりと見せてはにかむゼウス。

 「へぇー。おじさん神様なの? すっご! 通りで大きいわけだ」
 「なんか、神も紅葉もノリが軽がるすぎやしないか?」

 相手が神とわかってなおも変わらぬ態度で接する紅葉には怖いものなどないのだろう。

 「ねぇ、そんなことよりなんで私達だけが呼ばれたのかな? 他のみんなはどうしてるんだろう」
 「知らねぇよ。だいたい俺じゃなくて、そこの神とやらに聞け」
 「ああ。残りの四人か。そやつらは既に異世界に飛ばしてやったわ」
 「うっそ!? 本当!? やっぱり別の世界って存在するんだ。やったね! 遊び放題だよ、汰空斗!」
 「良かったな。気楽で。でもなら、なんで俺らはここにいるんだよ?」

 汰空斗からしてみれば、異世界なんて存在は右も左もわからないのが現状。その状況下でも楽しんでいられる紅葉の能天気さが、もはや少し羨ましく感じる。

 「なに、軽いルール説明だ。すぐ終わるから、終わり次第仲間の元へと送ってやる」
 「随分と親切なんだな。何が目的だ?」

 異世界、サラハイトという新しい遊び場を提供するだけではなく、それの事前説明がつくなんていいことずくめだ。そんな美味しい話ばかりだと疑ってしまうのも無理はない。
 汰空斗は鋭い目つきでゼウスを睨みつけた。

 「そんなに警戒するな。こっちも目的は同じ。単なる暇つぶしだよ」
 「へぇ。おじさんも暇なんだ。大変だね、神様も」
 「そうなんだよ。最近、色んな女神が勝手に違う世界の人間を転生せるわ、チートじみた能力や武器を分け与えるわで、ちと世界が荒れてるんだよ。まぁ、それを見てても退屈はしないが、ワシもたまには参加しようかと思ってな」
 「それで私たちを選んだんだ。ありがとね。おじさん」
 「かまへん。かまへん。だが、ワシは女神ほど甘くないぞ?」

 ゼウスの吊り上がった目の奥には、不穏な光が輝いていた。

 「何が甘くないの?」
 「さっきも言ったが、最近の女神は転生の際、チート能力や武器を授ける輩が多い。だがそれじゃあ簡単すぎてつまらんだろ? だからワシは、お主らを異世界に転移させるだけだ。なんの能力も武器もやらん」
 「それだけ? そんなの全然いいよ。むしろ何もいらないから。ただただ感謝だよぉ」
 「ほぉ。まさかここまで肝の座った奴らだったとわな」

 紅葉の頭の中はおそらく、ただ異世界に行ける。それだけで他は何も考えていないのだろう。
 頭痛に頭を抱える汰空斗はもちろん賛成などしていない。だが、紅葉があそこまできっぱりと断ったのだ。ならいくら説得しても無意味なのは、これまでの経験上疑いようがなかった。
 この二人が揃ってしまった時点で、この運命を回避することなど汰空斗でさえ出来るはずもなかった。

 「ワシも色々な人間を探したのだが、お主ら以外でこの条件を引き受けてくれる輩はいなかったんだよ。それ相応の実力がない輩を捕まえて送ったところで、結果は目に見えとるわけだしな。こちらも感謝だ」

 頭をさげるゼウス。神に頭を下げられた一般人などどこの世界にいるだろうか? いや、以下略。

 「なぁ、今の話からするとチート能力や武器を持った輩が普通にいる世界に、俺らは何も持たず放り出されるんだろ? 人の身の時点で絶対に抗えないものだってあるはずだ。俺達を上に見すぎてないか?」
 「何言ってるのさ。それをどうにかするのが汰空斗の仕事でしょ? そういうわけだから何もいらないよ。本当に」

 汰空斗にはわかる。紅葉が断固として拒むのは、異世界ライフを無双して過ごすのがもったいないからだ。
 それが例え、命のやり取りになろうとも、紅葉はそれさえ楽しみたいのだと。

 「おい、紅葉。さすがに今回はそんな簡単な話じゃないだろ。今までとは違って命を背負うんだ。あいつらの意見も聞かないで決めるわけには——」
 「——大丈夫。みんな汰空斗を信用してるから。そういうところも含めてね。って言うわけだから続きお願い」

 紅葉が根拠のない自信を振りかざすだけで汰空斗は何も返せなくなる。紅葉のそれはまさに殺文句だ。

 「よかろう。汰空斗よ。お主の気持ちもわからなくはない。ワシも転生後、即死ぬとわかっていて放り出すほどの悪趣味はしとらん。お主らなら大抵のことはやっていけると信用してのことだ。だがまぁ、最悪の展開を避けるために二つだけ手を施させてもらうとするかのう」

 汰空斗の身長より倍は長い指を二本立てる。

 「一つは即死回避の意味合いで、一人2度まで死んでも生き返してやろう。もう一つは、汰空斗と紅葉のどちらか一人を1日一度、1時間だけ元の世界に帰れるようにしておく。一応言っておくが、最悪な展開とはワシが暇をつぶせないことだ。どんな最悪な状況からでも諦めず戦い抜いてもらおうという配慮なのだ」
 「なるほど、俺と紅葉の二人を選んだのも何かしらの理由があるんだろうな」

 1時間だけ元の世界に戻れる。それになんの意味があるのか、どんな使い道があるのかは、まだ全くもってわからない。だがなぜか、汰空斗は問題なくやっていける気がしていた。これも紅葉の根拠のない自信からだと思うと不思議な気分にさせられる。

 「さぁな。それは実際に使ってみてからじゃないとわからんだろ? まぁそれはいいとして、説明はここまでだ。お前らも仲間の元へと行くと良い」
 「うん、わかった。ありがとね、おじさん」
 「あ、その前に一つだけ忘れておった。もし、この世界でさえお主らを満足させられないようなら、この世界にあるすべての国から国宝を集めると良い。もし、全部集められたらワシが直々に遊んでやろう」
 「うーん。どうだろう? 何をするかはまだわからないから、なんともいえないや。私、別に神様になりたいわけでもないし」
 「俺も同感だ。でもまあ、神に勝つのも悪くない」

 目の奥に怪しい光を宿しながら、挑戦的な笑みを浮かべた。

 「ハッ。生きのいい小僧だ。だが、悪くない」

 覇気のある笑い声に一瞬だけ汰空斗の体は震えた。随分と力強い声だったが、初めてゼウスがちゃんと笑ったように見えた。

 「まぁ、返事は気長に待っとるとしよう。では、また会えるのを楽しみにしているぞ」

 ゼウスは両手を大きく広げると最後に一言。

 「健闘を祈る」

 そのまま両手を打ったその瞬間、汰空斗は見覚えのない場所で目を覚ますのだった。

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