廃人は異世界で魔王に

暇人001

#6 国

 サタンことベリアルと、黒騎士こと、クーガは人間が支配する国『バミロニア王国』をフィーナとケイムに一通り案内をしてもらいベリアルことサタン、否。
 素晴はあることに気づく。




(これは……俺の知ってるイグニティじゃないぞ!?酒場や武具屋は前からあったとして……冒険者組合ってのはありそうでなかった施設だ……)

 そう、『イグニティ』には冒険者組合と呼ばれる場所は無かったのだ。

 それに近い、クエストを発行するクエストセンターと呼ばれる残念なネーミングセンスの施設はあったが。


「ケイムよ、この中を覗きに行きたいのだが良いか?」

 ベリアルは、目の前に建てられた中世ヨーロッパ風の建造物を指差してそう言う。

「冒険者組合に入るのですか!?」

 ケイムはひどく驚いた声でそう言った。

「あぁ、見たことがない建物だったのでな。入ることは可能か?」

 ケイムは少しうつむき、返事をする。

「かなりの荒くれ者が集っています……その、なんというか……ベリアル様に粗相を行う者がいないとは言い切れないのです」

「ほう……まぁなんとかなるだろう。私もそこまでバカじゃない、突っかかってきた奴をいきなり消したりはしないさ」

 ケイムはベリアルのその返事にホッと胸をなでおろしたように、率先して冒険者組合の扉を開けた。






「おぉ! コレが冒険者……」

 開いた扉から中を覗くベリアルに対し、一本の鋭いナイフが飛んできたのと同時に黒い影がベリアルの前に突如と現れ、それと同時に目にも留まらぬ速度で抜刀しナイフの軌道を変えて弾き飛ばす。

「クソが…… サタ、ゴホン。ベリアルさんに対して何たる無礼……」

 余りにも早すぎる出来事、余りにも美しすぎる太刀筋。

「すごいな……」

 思わずベリアルは素の声がこぼれる。

「お褒めにあずかり光栄です……」

 クーガのその声はどこか誇らしげだった。


「ほぅ、少しはヤレそうな奴が居るじゃねぇか」

 その声は開いた扉の奥から聞こえてきた。

 クーガは右手に持った剣を強く握りしめ、全身から殺気としか言い表せないオーラを放ち、扉の奥へと足を進める。


 クーガが、足を進めるごとに板張りの床からギシギシという音が聞こえてくる。

 それは単に床の老朽と言うよりも、主人に危害を加えようとした者に対するクーガ自身の怒りに聴こえた。

「我が主人に刃物を投げつけた愚か者よ今すぐ前にでよ」

「愚か者はここにいるが?」

 クーガのその言葉に反応したのは冒険者組合に設けられた酒場らしき施設にたむろし酒を交わす冒険者達がいる中でも一目で分かる程、圧倒的な存在感を示し、足を組み、開かれた両腕にいる美女2人が子供に見えるほど大柄な男だった。

「ベリアルさん、罰を与えてもよろしいでしょうか」

 クーガは落ち着いた口調でそう訊く。

「あぁ、しかし罰を与えるならその男以外には危害を加えるなよ。 あと殺害は禁止だ」

「御意」


「何ブツブツ言ってんだァ?怖いならわざわざ戦わなくてもいいんだぜェ?ガハハハ!」

 大男は大きな笑い声をあげながら、クーガを挑発する。
 その挑発に酒場にいた冒険者たちはクーガに釘付けとなった。

「フッ……」

 クーガは大男の挑発を鼻で笑い、一歩、また一歩と足を進める。
 あと2メートルほど近づけば大男に刃が届く距離まで近づくと、クーガはピタリと足を止めてる。

「巻き添いを食らいたくなけりゃ、そこのデカイやつ以外はどけ」

 その言葉に辺りは、一瞬沈黙になる。
 沈黙から数秒後──

 ゲラゲラとうるさい複数の笑い声が酒場を埋める。

「何言ってんだよお前、ダーラさんと本気で戦う気なのか?」

 酒場にいた冒険者のうちの1人がそう言う。

「戦う?何をバカな事を、これは単なる断罪だ」

「ほぅ……断罪か。国にも裁かれ無かった俺をどうやって裁くんだァ?」

 大男、ダーラが口を開く。

「ダーラと言ったか?」

「あぁ?」

「今すぐに、謝罪の言葉を述べれば私は許す。あの方がどうされるかは知らんがな」

 クーガは、ダーラに救いの手を差し伸べたつもりだった。
 しかしダーラにとってソレはただの挑発でしか無かった。

「あんまり調子に乗るなよ?あの方が誰だかしらねぇが後でそいつ諸共、地獄送りにしてやるよォッ!」

 力んだ声と共に立ち上がるダーラ。その身の丈は3メートル近くあろうかという巨体だった。

「オラァァッ!」

 巨体に相応しい、巨大な拳を握りしめ、クーガに撃ち込む。

 バキバキという床をえぐり取る音を立てると、その音に比例するように建物がグラグラと揺れた。

「何処を狙っている」

 ダーラの拳の僅か左にクーガの姿はあった。

「アレを躱すか、なかなか速い野郎だなァ!」

 再び拳を握り込み撃ち込む。

 しかし、その拳はクーガに当たる事も無ければ床をえぐる事もなく、空中で純白の魔法陣に衝突し勢いを失った。

「待て」

 その声は入口方から聞こえてきた。
 その声が聞こえるなり、クーガは入口の方を向き、膝をついた。

 カツン、カツン

 杖をつく音を立てながらゆっくりとした足取りで、クーガの近くまで歩み寄る純白の魔術師。

「このデカブツ以外は巻き込むなと言ったはずだ」

 純白の魔術師ベリアルはクーガに向かって、淡々とした口調でそういう。

「申し訳ありません……全てを私めの失態です」

「うむ、後で冒険者組合の管理人に謝罪をするように」

 それは、まるで親が子に叱りつける様な光景だった。
 その光景に皆が釘付けになり、皆が口を揃えてこう言った。

『保護者か』

 しかし、これが単なる笑い事で済む話ではない事を理解している者も居た。

「ダーラの拳を止める程の強固な防御魔法の使い手か、こりゃクエストの幅が広がるかもしれねぇな……」


 ベリアルは、ローブに付属していたフードを深く被った状態で、ダーラの顔見上げこう言った。

「ダーラさんと言ったかな、今回はこの辺にしておいてくれないか?」

 この言葉からベリアルの強さを感じ取る者は少なく無かった。
 強者の余裕、それがベリアルにはあったのだ。

 しかし──
「ふざけるなッ!お前があの方・・・とか言うやつか!?」

 強者として生活を過ごしてきたダーラにとって自らより強い者が現れることは死に近い恐怖だった。

「ふむ……手を引かないと言うのであれば、私が相手をする事になるが、それでも良いかな?」

「ヘッ、どのみちお前も殺すつもりだったんだ、良いに決まってるだろ!」

 動揺、情動、焦燥。ダーラの心境は落ち着いた様子では無かった。

「良かろう、しかしルールを一つ設ける」

「ルールだと?」

「君の攻撃を全て耐え切ったら私の勝ち、君が一度でも私にダメージを与えられたら君の勝ちだ」

「フッ……舐めやがって」

「では早速始めよう」

 その声と同時に、ベリアルは指をパチンと鳴らす。
 それと同時に、ダーラの拳を止めていた純白の魔法陣は煌めく砂金の様にチリになり消えた。

「オラァッ!」

 強く握り、強く踏みしめた渾身の一撃。

「《純白の硬壁グレーターウォール》」

 その一撃は、真っ白な魔法陣を打ち破る事なく、先ほどと同じようにピタリと勢いを失った。

「これを止めるか……
ならば、武技〈剛波拳〉!!!」

 ダーラの拳に目視可能な赤いオーラがまとわりつく。
 その光景に、辺りは騒然とする。

「ほぅ……それが君の必殺技か」

「あぁ、そうだ。この技を使うのは2年ぶりだァ!光栄に思えよ、このクソ魔術師がァ!」

 再び繰り出される拳。
 繰り出された拳からは突風が巻き起こり、周囲に設置された机や椅子を吹き飛ばしながら、ベリアルに近づく。

「ほぅ……これはまた面倒な技だな」

「死ねやァ!!」

「《純白の神壁パーフェクトウォール》」

 ベリアルと拳の間に突如現れたのは純白の魔法陣などではなく、白くダーラの拳より一回り巨大で、且つ綺麗に四角形に形が整えられた厚さ3センチ程の壁だった。

 ダーラの渾身の一撃が白璧にぶつかった瞬間、バキッという何かが破壊、破裂するような音が鳴った。

 ドスン、という大きな音と共に大男は床に膝をついた。

「貴様、何をした……」

 ダーラは、拳を放った右腕を押さえ、額に汗をかきながら訊く。

「すまんな、言うのが遅れた。物理ダメージ反射の防御魔法だ、だからこの白い壁に物理攻撃で挑むのはした方がいい。」

 その言葉に、ダーラは勿論、周囲の冒険者たちも言葉を失った。

「クーガよ、吹き飛ばされた机や椅子を元の位置に戻すのだ、私はココ・・の管理人に挨拶と謝罪をしてくる」

「かしこまりました」

 クーガは何事も無かったかのように、冷静にそして淡々と机と椅子を元あった場所に戻し始めた。

「フィーナとケイム。迷惑をかけてすまなかったな。管理人がいる場所を知っていれば教えてもらいたいのだが」

「迷惑なんてとんでもないです、管理人の居場所ですね、わかりました……」

 ベリアルはケイムに管理人の居場所を案内してもらい、フィーナは何故かクーガと共に机と椅子の配置を手伝い始めた。

 そして、この事件がきっかけとなり、ベリアルは絶壁と言う二つ名を付けられる事となるが、それはもう少し先の話である。









 





 






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