廃人は異世界で魔王に
#5 監視者
自ら赴こうと思っていた矢先、黒騎士が対話可能であることを知ったサタン。
自分自身に課した責務を全て黒騎士に押し付け、彼は今玉座の間にて黒騎士を監視しているのであった。
「《千眼の鏡》 よし、これでアイツの行動が監視できるな……」
サタンの前には突如として円形の鏡が現れそこに映し出されていたのはサタンの姿ではなく、黒騎士の姿だった。
◇◇◇◇◇
「冒険者か? イグニティには無かった業種だが……」
イグニティでは、戦士や魔導師それに狂戦士など他にも沢山の業種が選ぶことが可能だったが、その中に冒険者という職業は無かった。
まぁ、冒険者と言う名前が無かっただけでどれもこれも大元は冒険者と言うジャンルから派生した職業のようなものだが。
「まずい、黒騎士と冒険者が戦闘を始めそうなんだが。確か黒騎士のレベルは30程度、この世界の冒険者がイグニティプレイヤーと同等の力を持ってるならワンパンでやられてしまうぞ……」
その時鏡には黒騎士と冒険者が何やら話をしている映像が映し出されており、その映像の直後サタンの予感通り戦闘が始まった。
剣を持った冒険者の一太刀をいとも容易く受け止める黒騎士。
それを見るなりサタンは安堵の表情を浮かべる。
しかしそれもつかの間、魔導師らしき者が黒騎士に向けて魔法を放ち黒騎士は重傷を負ってしまう。
「まずいな、出向くか。《空間転移》」
こうしてサタンは窮地である、黒騎士の目の前に突如と姿を現しいとも容易く冒険者たちを屠り再び玉座の間へと帰り監視を続けたが、黒騎士が門番との交渉の末、正当な方法で入国することができないとわかっり、黒騎士の背後に姿を現したのだった。
◇◇◇◇◇
「サタン様、どうしてこちらにいらしたのですか?」
人の姿に変装した黒騎士がサタンにそう問いかける。
「貴様がこの壁を乗り越えてでも国に入ろうとでも考えているのではないか、と思ってな」
「はっ! なぜ私の行動を……いや、サタン様なら私のような愚物の発想など手に取るように分かってしまうものなのか……」
「まぁ良い。今回は転移を使い国の中に侵入する。良いな?」
「御意」
「では早速行くぞ?」
「一つ質問してもよろしいでしょうか? サタン様の装備がいつもと違うのはどうしてでしょうか?」
そう、この時サタンこと、素晴はいつもの魔王装備を外し、白を基調としたローブを纏い両手には黄金のブレスレットを付け、右手にはいかにも魔法使いが使っていそうな自分の身の丈ほどある大きな、黄金の杖を持っていた。
その黄金の杖の先端にはドラゴンの彫刻のようなものが彫られていた。
一見ゴージャスで強力そうに見えるこの装備一式は実はそこまで強く無く、普段の魔王装備と比べれば1/3程の能力しか持たない。
それでもこの装備を選んだのは、単純に金持ちの超エリート魔術師に見えるからである。
「いや、これは……ゴホン。まぁそのようなことはどうでも良い。早速だが転移する。だがその前に1つだけお互いに名をつける、人間の前で黒騎士呼ばわりされるのは嫌であろう?」
実のところ、人前で『サタン様』と、呼ばれることに抵抗があるのであった。
それは恥ずかしさが半分、残りの半分はもし自分と同じようにイグニティの世界に飛ばされてきたプレイヤーがいるのであれば警戒するべきだと感じたからだ。
「いえ、そのようなことは。黒騎士と呼んで頂いて構いません」
素直な答えをする黒騎士にサタンは無言で圧力をかける。
「そ、そうですね…… では私のことはクーガとお呼びください」
無言の圧力で自らの答えを言わせたサタンはどこか満足げな表情を浮かべていた。
「クーガかわかった。では私のことはベリアルと呼ぶが良い」
「ベリアル様ですか。かしこまりました」
黒騎士は立膝をついてそう言う。
「それから様付けではなく、さん付で呼べ」
「わかりました、ベリアルさん」
「うむ。では行こう。《空間転移》」
その魔法と同時に二人の姿は一瞬にして、国の人目のない場所に忽然と姿を現わすのだった。
◇◇◇◇◇
バミロニア国裏路地──
「や、やめろっ! その子から手を離せ!」
一人の青年が一人の女性を助けんと声を荒げる、だが青年の体は二人の男性により力ずくで押さえ込まれている。
青年の目の前で一人の男性が女性の服に手を当て引きちぎる。
いわば集団レ◯プのような状況である。そしておそらくここにいる青年は女性の恋人であろうか。
「ガキは黙ってろ!」
服を引きちぎった男はおもむろに胸に手を当てようとしたその時、魔法陣とともに2人の男が姿を現わした。
「ベリアルさん、この者たちはどうしますか」
腰に携えた剣に手を添えそう訊くクーガ。
それに比べ、見た目重視の特に高い能力を持たない杖を持ったサタンことベリアルは落ち着いた態度でこう返す。
「まぁまて。 おいそこの外道ども、今すぐその人間達を解放しろ。そうすれば見逃してやっても良い」
武器と言える武器を持たず、ほぼ丸腰といっても過言ではないベリアルがここまで大きな態度を取れるのは、単純に強者だからである。
2人が救世主に見えた者、邪魔者に見えた者、捉え方は両極端ではあるがその場にいた全てのものがベリアルの発言に耳を傾けた。
「おい、ガキ。お前も痛い目にあいてぇのか?」
女性に手を出していた男がベリアルの近くまで寄ってきてそう言った。
ベリアルは微動打にする事なく冷酷な眼で男を睨みつけるだけだった。
「なんだ?ビビって声も出ないのか?」
男がベリアルの胸ぐらを掴もうとし、手を伸ばしたその瞬間。
グウォンという時空の歪む音と共に手を伸ばした男の肘から先は消えて無くなった。
「私に触れようとしない方が良い。65レベル以下の攻撃や生物では私の魔力に耐えきる事が出来ずに姿を消してしまうのだ」
そう言いながら、ベリアルは男と体が触れ合う程の位置までスッと移動した。
再びグウォンという音を立てて、今度は腕ではなく、男の体が消えた。
圧倒的な力の差、この力はスキルによるものでそれを体得したのはイグニティの中でもサタンこと素晴だけだった。
故に彼に向けて放たれた中位までの魔法やアイテム攻撃は全て無効と化していたのだ。
「力の差がわかったところで、1つ質問だ」
残った2人の男はあまりの恐怖に声が出ず、押さえつけていた力も弱まる。
だが、押さえつけられていた青年でさえ腰が引けていた。まるで、さっきまでの目の前での集団レ◯プの悲劇が天国だったのではないかと思ってしまう程に。
「金はあるか?あるなら全額置いていけ、それから私達がここにきていることを他の誰かに言うのであれば今すぐここで抹殺する。我々がここに来たことを誰にも言わないと約束できるか?」
男達は口を開け、膝を笑わせながら、おもむろにポケットに手を突っ込み硬貨を数枚取り出して地面に置き、口を開いた。
「この事は誰にも言いません、ですから何卒お見逃しください……」
1人の男がそう言い土下座をすると、もう1人の男もそれにつられるように土下座をした。
「良かろう、では3秒以内に立ち去れ」
「「はいっっ!!」」
2人の男はそそくさと裏路地から姿を消した。
「危なかったな、大丈夫か?」
ベリアルは近くにいた女性ではなく遠くにいる青年にそう声をかける。
「だ、大丈夫です…… あ、あの」
青年はゆっくりと歩みを進めて、ベリアルの近くまで移動する。
だが青年が足を止めた場所ははベリアルまであと3メートルほどはあるだろうという距離を空けた場所だった。
それは先の事を目の当たりにしたからこその行動だった。
仮にあと3歩進んでも消されない距離であったとしても、それが仮にわかっていたとしても進めないのだ。何故なら目の当たりにしているからだ。
誰も地雷の埋められた土地を自ら進んで歩もうとは思わないだろう。
青年の心理はそのような状態だったのだ。
あと一歩進めば死ぬかもしれない。だが離れた場所でお礼をするのはあまりに失礼。
マナーを守ろうとする理性と、死にたく無いという本能が拮抗していたのであった。
「もう少し近づいても大丈夫だぞ?私のこの力は発動するかしないかを自分で決めることができるからな。当然今は発動していない」
その言葉をきき、安堵の表情を浮かべた青年はゆっくりと一歩ずつベリアルの元まで歩み寄りこうべを垂れ感謝の意を示したのだ。
「恋人を救ってくださりありがとうございました。このご恩いつか必ずお返しします」
その言葉には何一つ嘘偽りがない。心からそう思える程に誠意のこもった言葉と礼だった。
「ほう……恩を返すか、ならばいつか返すではなく今返してくれぬか?」
ベリアルは手を顎に添えてそう言う。
「そうしたいのは山々なのですが、あいにく今は手持ちが少なくご満足頂ける額はありません……ですので──」
青年の言葉を途中で遮る。
「いや、金はいらぬ。この国を案内してはくれぬか?あとそれから、そなたの恋人の服が破けているようだ、そこに落ちている硬貨で服を買って来てやって欲しい」
「な、なんと慈悲深い人なんだ……ただいま買ってまいります!」
青年はここでようやく下げていた頭を上げて、落ちた硬貨を拾い上げ裏路地を急いで出ようとしていたその時。
「待て貴様」
口を開いたのはクーガだ。
「な、なんでしょう?」
「今、このお方をニンゲンと言ったか?」
クーガの口調は荒く憤怒を帯びた言葉だった。
「い、いえ。慈悲深い人だと申し上げました……」
何も悪い事は言っていない筈だ、そう思いながらも青年は何か間違った事を言ってしまっているのかもしれないと思い、億劫になりながらそう発言する。
「このお方をニンゲン呼ばわりするなど── 「その程度の事で騒ぐなクーガよ、この者に悪意など微塵もない。青年よ早く服を買って来てやってくれ」
ベリアルはクーガの発言に割って入る。
「よろしかったのですか……ニンゲンなどという下等種族──」
ベリアルは再びクーガの言葉を遮りこう言った。
「黙れ、少しは頭を冷やしたらどうだ?ここは人間の国、そして今我々は人としてこの国に訪れているのだ。消して善良な人に対して敵意を向けるな」
「御意」
「あ、あの……」
女性は、胸元を破られた服を手で繫ぎ止める様に抑えながら大きな勇気を振り絞って小さな声をあげた。
「・・・」
ベリアルは背を向けたまま無言を貫く。
「あの……」
しかし、女性も感謝を伝えたいと言う思いが強く、一度無視された程度では引き下がらない。
「・・・」
ベリアル、ここでも無言。
「あの……」
「うるさいぞ! 貴様の発言にベリアルさんは一度もお答えになっていない!」
「す、すいませんっ!」
女性のその謝罪を聞きようやく言葉を発する。
「か、か、構わん…… そ、そ、それよりも早く服が届くと良いな?」
きょどるベリアル、もとい素晴。
恋愛経験のない彼にとって服のはだけた女性など、直視できる訳もなく、まともに会話するなんて出来るはずもなかった。
「は、はい!」
どこか明るい声で返事をする女性。
「助けてくださり本当にありがとうございます。 お名前は……ベリアルさんですか?」
「う、うむ……」
未だに会話をすることがままならい素晴。
「この御恩忘れません」
胸に握り拳を当てて神に誓うように女性はそう言った。
「と、ところで、貴様の名はなんと言うんだ?」
ベリアルはだんだんと会話をすることに慣れ、少しずつ言葉から焦りや緊張が薄れて行く。
「私の名前は、フィーナ。フィーナ・エミルトンです!フィーナと呼んでいただければ幸いです……」
少し緊張したような声色でそう言う。
「うむ。 フィーナとやら、この国の者か?」
女性と会話することに完全に慣れた様子の素晴、しかし顔を見て話すことはまだ出来そうにない。
「は、はい!ベリアルさんは……違う国のお方ですか?」
フィーナはクーガが人という単語にやたらと反応をすることを理解した上であえて、『人』では無く『お方』という言葉を選択した。
「その通りだ、私はこの国の者では無い。訳あってこの国に訪れた──旅人とでも言っておこうか」
自らを旅人と名乗るベリアル、そんな彼の発言が終わったのと同時くらいに、服を買いに行っていた青年が走って戻ってきた。
「ようやく、服が届いたようだな」
ベリアルがフィーナに向けてそう言うと、フィーナは『はい』と一言いって、青年から服を受け取った。
服を着終わったフィーナは、ベリアルの正面まで移動して、綺麗なお辞儀をしてみせた。
「本当にありがとうございました」
「うむ、気にすることはない。そう言えばそこの青年、名はなんと言う?」
ベリアルはフィーナに一言述べて、青年の名を訪ねる。
「お、俺の名前は。ケイム・ウィリアルと言います……」
名を名乗った青年の全身には力がこもり、緊張の二文字が声に表れていた。
「ケイムに、フィーナか…… すまないがこの国を案内してくれないか?」
「「もちろんです!!」」
ベリアルの発言に彼等は声を揃えてそう言った。
自分自身に課した責務を全て黒騎士に押し付け、彼は今玉座の間にて黒騎士を監視しているのであった。
「《千眼の鏡》 よし、これでアイツの行動が監視できるな……」
サタンの前には突如として円形の鏡が現れそこに映し出されていたのはサタンの姿ではなく、黒騎士の姿だった。
◇◇◇◇◇
「冒険者か? イグニティには無かった業種だが……」
イグニティでは、戦士や魔導師それに狂戦士など他にも沢山の業種が選ぶことが可能だったが、その中に冒険者という職業は無かった。
まぁ、冒険者と言う名前が無かっただけでどれもこれも大元は冒険者と言うジャンルから派生した職業のようなものだが。
「まずい、黒騎士と冒険者が戦闘を始めそうなんだが。確か黒騎士のレベルは30程度、この世界の冒険者がイグニティプレイヤーと同等の力を持ってるならワンパンでやられてしまうぞ……」
その時鏡には黒騎士と冒険者が何やら話をしている映像が映し出されており、その映像の直後サタンの予感通り戦闘が始まった。
剣を持った冒険者の一太刀をいとも容易く受け止める黒騎士。
それを見るなりサタンは安堵の表情を浮かべる。
しかしそれもつかの間、魔導師らしき者が黒騎士に向けて魔法を放ち黒騎士は重傷を負ってしまう。
「まずいな、出向くか。《空間転移》」
こうしてサタンは窮地である、黒騎士の目の前に突如と姿を現しいとも容易く冒険者たちを屠り再び玉座の間へと帰り監視を続けたが、黒騎士が門番との交渉の末、正当な方法で入国することができないとわかっり、黒騎士の背後に姿を現したのだった。
◇◇◇◇◇
「サタン様、どうしてこちらにいらしたのですか?」
人の姿に変装した黒騎士がサタンにそう問いかける。
「貴様がこの壁を乗り越えてでも国に入ろうとでも考えているのではないか、と思ってな」
「はっ! なぜ私の行動を……いや、サタン様なら私のような愚物の発想など手に取るように分かってしまうものなのか……」
「まぁ良い。今回は転移を使い国の中に侵入する。良いな?」
「御意」
「では早速行くぞ?」
「一つ質問してもよろしいでしょうか? サタン様の装備がいつもと違うのはどうしてでしょうか?」
そう、この時サタンこと、素晴はいつもの魔王装備を外し、白を基調としたローブを纏い両手には黄金のブレスレットを付け、右手にはいかにも魔法使いが使っていそうな自分の身の丈ほどある大きな、黄金の杖を持っていた。
その黄金の杖の先端にはドラゴンの彫刻のようなものが彫られていた。
一見ゴージャスで強力そうに見えるこの装備一式は実はそこまで強く無く、普段の魔王装備と比べれば1/3程の能力しか持たない。
それでもこの装備を選んだのは、単純に金持ちの超エリート魔術師に見えるからである。
「いや、これは……ゴホン。まぁそのようなことはどうでも良い。早速だが転移する。だがその前に1つだけお互いに名をつける、人間の前で黒騎士呼ばわりされるのは嫌であろう?」
実のところ、人前で『サタン様』と、呼ばれることに抵抗があるのであった。
それは恥ずかしさが半分、残りの半分はもし自分と同じようにイグニティの世界に飛ばされてきたプレイヤーがいるのであれば警戒するべきだと感じたからだ。
「いえ、そのようなことは。黒騎士と呼んで頂いて構いません」
素直な答えをする黒騎士にサタンは無言で圧力をかける。
「そ、そうですね…… では私のことはクーガとお呼びください」
無言の圧力で自らの答えを言わせたサタンはどこか満足げな表情を浮かべていた。
「クーガかわかった。では私のことはベリアルと呼ぶが良い」
「ベリアル様ですか。かしこまりました」
黒騎士は立膝をついてそう言う。
「それから様付けではなく、さん付で呼べ」
「わかりました、ベリアルさん」
「うむ。では行こう。《空間転移》」
その魔法と同時に二人の姿は一瞬にして、国の人目のない場所に忽然と姿を現わすのだった。
◇◇◇◇◇
バミロニア国裏路地──
「や、やめろっ! その子から手を離せ!」
一人の青年が一人の女性を助けんと声を荒げる、だが青年の体は二人の男性により力ずくで押さえ込まれている。
青年の目の前で一人の男性が女性の服に手を当て引きちぎる。
いわば集団レ◯プのような状況である。そしておそらくここにいる青年は女性の恋人であろうか。
「ガキは黙ってろ!」
服を引きちぎった男はおもむろに胸に手を当てようとしたその時、魔法陣とともに2人の男が姿を現わした。
「ベリアルさん、この者たちはどうしますか」
腰に携えた剣に手を添えそう訊くクーガ。
それに比べ、見た目重視の特に高い能力を持たない杖を持ったサタンことベリアルは落ち着いた態度でこう返す。
「まぁまて。 おいそこの外道ども、今すぐその人間達を解放しろ。そうすれば見逃してやっても良い」
武器と言える武器を持たず、ほぼ丸腰といっても過言ではないベリアルがここまで大きな態度を取れるのは、単純に強者だからである。
2人が救世主に見えた者、邪魔者に見えた者、捉え方は両極端ではあるがその場にいた全てのものがベリアルの発言に耳を傾けた。
「おい、ガキ。お前も痛い目にあいてぇのか?」
女性に手を出していた男がベリアルの近くまで寄ってきてそう言った。
ベリアルは微動打にする事なく冷酷な眼で男を睨みつけるだけだった。
「なんだ?ビビって声も出ないのか?」
男がベリアルの胸ぐらを掴もうとし、手を伸ばしたその瞬間。
グウォンという時空の歪む音と共に手を伸ばした男の肘から先は消えて無くなった。
「私に触れようとしない方が良い。65レベル以下の攻撃や生物では私の魔力に耐えきる事が出来ずに姿を消してしまうのだ」
そう言いながら、ベリアルは男と体が触れ合う程の位置までスッと移動した。
再びグウォンという音を立てて、今度は腕ではなく、男の体が消えた。
圧倒的な力の差、この力はスキルによるものでそれを体得したのはイグニティの中でもサタンこと素晴だけだった。
故に彼に向けて放たれた中位までの魔法やアイテム攻撃は全て無効と化していたのだ。
「力の差がわかったところで、1つ質問だ」
残った2人の男はあまりの恐怖に声が出ず、押さえつけていた力も弱まる。
だが、押さえつけられていた青年でさえ腰が引けていた。まるで、さっきまでの目の前での集団レ◯プの悲劇が天国だったのではないかと思ってしまう程に。
「金はあるか?あるなら全額置いていけ、それから私達がここにきていることを他の誰かに言うのであれば今すぐここで抹殺する。我々がここに来たことを誰にも言わないと約束できるか?」
男達は口を開け、膝を笑わせながら、おもむろにポケットに手を突っ込み硬貨を数枚取り出して地面に置き、口を開いた。
「この事は誰にも言いません、ですから何卒お見逃しください……」
1人の男がそう言い土下座をすると、もう1人の男もそれにつられるように土下座をした。
「良かろう、では3秒以内に立ち去れ」
「「はいっっ!!」」
2人の男はそそくさと裏路地から姿を消した。
「危なかったな、大丈夫か?」
ベリアルは近くにいた女性ではなく遠くにいる青年にそう声をかける。
「だ、大丈夫です…… あ、あの」
青年はゆっくりと歩みを進めて、ベリアルの近くまで移動する。
だが青年が足を止めた場所ははベリアルまであと3メートルほどはあるだろうという距離を空けた場所だった。
それは先の事を目の当たりにしたからこその行動だった。
仮にあと3歩進んでも消されない距離であったとしても、それが仮にわかっていたとしても進めないのだ。何故なら目の当たりにしているからだ。
誰も地雷の埋められた土地を自ら進んで歩もうとは思わないだろう。
青年の心理はそのような状態だったのだ。
あと一歩進めば死ぬかもしれない。だが離れた場所でお礼をするのはあまりに失礼。
マナーを守ろうとする理性と、死にたく無いという本能が拮抗していたのであった。
「もう少し近づいても大丈夫だぞ?私のこの力は発動するかしないかを自分で決めることができるからな。当然今は発動していない」
その言葉をきき、安堵の表情を浮かべた青年はゆっくりと一歩ずつベリアルの元まで歩み寄りこうべを垂れ感謝の意を示したのだ。
「恋人を救ってくださりありがとうございました。このご恩いつか必ずお返しします」
その言葉には何一つ嘘偽りがない。心からそう思える程に誠意のこもった言葉と礼だった。
「ほう……恩を返すか、ならばいつか返すではなく今返してくれぬか?」
ベリアルは手を顎に添えてそう言う。
「そうしたいのは山々なのですが、あいにく今は手持ちが少なくご満足頂ける額はありません……ですので──」
青年の言葉を途中で遮る。
「いや、金はいらぬ。この国を案内してはくれぬか?あとそれから、そなたの恋人の服が破けているようだ、そこに落ちている硬貨で服を買って来てやって欲しい」
「な、なんと慈悲深い人なんだ……ただいま買ってまいります!」
青年はここでようやく下げていた頭を上げて、落ちた硬貨を拾い上げ裏路地を急いで出ようとしていたその時。
「待て貴様」
口を開いたのはクーガだ。
「な、なんでしょう?」
「今、このお方をニンゲンと言ったか?」
クーガの口調は荒く憤怒を帯びた言葉だった。
「い、いえ。慈悲深い人だと申し上げました……」
何も悪い事は言っていない筈だ、そう思いながらも青年は何か間違った事を言ってしまっているのかもしれないと思い、億劫になりながらそう発言する。
「このお方をニンゲン呼ばわりするなど── 「その程度の事で騒ぐなクーガよ、この者に悪意など微塵もない。青年よ早く服を買って来てやってくれ」
ベリアルはクーガの発言に割って入る。
「よろしかったのですか……ニンゲンなどという下等種族──」
ベリアルは再びクーガの言葉を遮りこう言った。
「黙れ、少しは頭を冷やしたらどうだ?ここは人間の国、そして今我々は人としてこの国に訪れているのだ。消して善良な人に対して敵意を向けるな」
「御意」
「あ、あの……」
女性は、胸元を破られた服を手で繫ぎ止める様に抑えながら大きな勇気を振り絞って小さな声をあげた。
「・・・」
ベリアルは背を向けたまま無言を貫く。
「あの……」
しかし、女性も感謝を伝えたいと言う思いが強く、一度無視された程度では引き下がらない。
「・・・」
ベリアル、ここでも無言。
「あの……」
「うるさいぞ! 貴様の発言にベリアルさんは一度もお答えになっていない!」
「す、すいませんっ!」
女性のその謝罪を聞きようやく言葉を発する。
「か、か、構わん…… そ、そ、それよりも早く服が届くと良いな?」
きょどるベリアル、もとい素晴。
恋愛経験のない彼にとって服のはだけた女性など、直視できる訳もなく、まともに会話するなんて出来るはずもなかった。
「は、はい!」
どこか明るい声で返事をする女性。
「助けてくださり本当にありがとうございます。 お名前は……ベリアルさんですか?」
「う、うむ……」
未だに会話をすることがままならい素晴。
「この御恩忘れません」
胸に握り拳を当てて神に誓うように女性はそう言った。
「と、ところで、貴様の名はなんと言うんだ?」
ベリアルはだんだんと会話をすることに慣れ、少しずつ言葉から焦りや緊張が薄れて行く。
「私の名前は、フィーナ。フィーナ・エミルトンです!フィーナと呼んでいただければ幸いです……」
少し緊張したような声色でそう言う。
「うむ。 フィーナとやら、この国の者か?」
女性と会話することに完全に慣れた様子の素晴、しかし顔を見て話すことはまだ出来そうにない。
「は、はい!ベリアルさんは……違う国のお方ですか?」
フィーナはクーガが人という単語にやたらと反応をすることを理解した上であえて、『人』では無く『お方』という言葉を選択した。
「その通りだ、私はこの国の者では無い。訳あってこの国に訪れた──旅人とでも言っておこうか」
自らを旅人と名乗るベリアル、そんな彼の発言が終わったのと同時くらいに、服を買いに行っていた青年が走って戻ってきた。
「ようやく、服が届いたようだな」
ベリアルがフィーナに向けてそう言うと、フィーナは『はい』と一言いって、青年から服を受け取った。
服を着終わったフィーナは、ベリアルの正面まで移動して、綺麗なお辞儀をしてみせた。
「本当にありがとうございました」
「うむ、気にすることはない。そう言えばそこの青年、名はなんと言う?」
ベリアルはフィーナに一言述べて、青年の名を訪ねる。
「お、俺の名前は。ケイム・ウィリアルと言います……」
名を名乗った青年の全身には力がこもり、緊張の二文字が声に表れていた。
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