34歳気弱なサラリーマン、囚われの美少女お姫様始めました

丸めがね

第79話 ソニアとシルク(29)

「やめろっ!」

正十は光るナイフを見て、何も考えずに扉の裏から飛び出した。

ハイゼンのナイフを持つ手は僅かに狂い、シルクの父は避ける事が出来た。

「何をするハイゼン!」
「死ね!お前は邪魔だフランツ!!」

ハイゼンはナイフを振り回す。

武器も持たずに飛び出した正十はどうしようかオロオロしてしまったが、近くにの壁に掛けてあった槍を取り、ハイゼンに向けた。

「今すぐそのナイフを捨てろ!」
「お前は誰だ・・・」
悪魔の形相になっているハイゼンが正十を睨む。

シルクの父、フランツも不思議そうな顔をした。
しかし、自分の味方だということは分かっているようだった。

「先にコイツからやるか・・・」
ハイゼンはナイフではなく、腰に携えていた長剣を抜き正十に向ける。

そして慣れた手つきで剣を振り回した。

「君、逃げなさい!ハイゼンは剣の達人だ!」
フランツが叫ぶ。

「剣の達人・・・」
正十は焦るが、ここで逃げるわけには行けない。

「ボクは未来を変えるんだ!」
しかし、槍を使おうとしても上手くいくわけがなかった。
槍なんて初めてで、重いし要領も分からない。

正十が悪戦苦闘している間にも、ハイゼンは剣で切り付けてきた。

腕、顔、足・・・弄ばれるように切り裂かれる。

時の石を使えば、逃げられるだろう。

でも、正十は絶対逃げないと決めていた。
体中血だらけになっても。


フランツも手元の物を投げて正十を助ける。
しかしハイゼンは難なく避けて、フランツを蹴り飛ばした。

「剣も使えぬ腰抜けの兄上!!お優しいのだけが取り柄では戦国の世の領主なぞ務まりますまい!
後は私にお任せ下さい!
あなたの妻は自殺に見せかけて殺し、すぐに後を追わせてあげますよ!
娘は私の息子のおもちゃにでもしましょう!」

「きさま・・・!」

「シルクの母親を殺したのもハイゼン・・・!!」

正十は体中に怒りが駆け巡るのを感じた。

「許しちゃだめだ・・・!」
槍を持つ手が熱くなる。

その時、背後に、ソニアに気配を感じた。

ソニアは、正十を包み込むように背中から手を添えて、槍を一緒に持ってくれている。

そう、感じる。


紅のソニア
戦場の紅い鬼神

ソニアに倒せぬ敵などいない。


正十の槍は大きく弧を描き、ハイゼンの心臓を貫いた。

「ググッ・・・!!」
ハイゼンは血を吐いて倒れた。

「ハイゼン・・・」
しばらく茫然とするフランツ。

外からは、シルクが笑う声が聞こえてくる。

まだこの恐ろしい事態に気付いている者は他にいなかった。

呼吸を整えたフランツが顔を上げ、正十を見る。
「君は・・・誰だ・・・?そして、どうして私を助けた・・・?」

正十は、何も言えず、ただ深くお辞儀をした。
「ボクのことは誰にも言わないで・・・忘れて下さい・・・。」

「君は・・・」
フランツも混乱しつつ、正十に手を伸ばそうとしたがすぐに引っ込める。

正十の肩が少し透けていたのだ。
正十もそれに気付いた。もう時間がない。

「ボクはもう行かなければいけません。どうぞ・・・お幸せに・・・!」
正十は血の付いた槍を投げ捨て、走って部屋を出た。

(体が消える前にやらなきゃいけないことがあるんだ!)
正十は最初から決めていた。

時の石をシータから貰ったその時から。



緑の石を握りしめて願うことはただ一つ。



「ボクを、ゴードンさんが殺される前に連れて行って!」


元の世界に戻れなくなることは分かっている。

構わない、そう思った。

ソニアさんを幸せになって欲しい。それだけが望みだから。


緑の石がまぶしく光り、正十はまた白い空間に放り出された。

そして今度はごつごつした石の上に投げ出される。

身体が消えかかっているせいか、もう痛みも感じない。

視界が開けると同時に、カンカン、という金属音と、怒号、うめき声が徐々にはっきり聞こえてきた。

ここは戦場。

あちこちに死体や負傷した兵士が転がっている。



少し先に、赤毛の少年と剣を交える大男が見えた。
「ゴードンさん・・・?」

正十は消えそうな体を引きずりながら二人に近づく。

ゴードンは明らかに優位だったが、少年にトドメをさせずにいた。

赤毛の少年はまだあどけない、12.3歳の子供で、力任せに貧相な剣を振り回している。

顔は・・・ソニアに少し似ていた。


ゴードンはどうしても、どうしても剣を振れず、

「うおおおおおお!」
と叫びながら大地に刺した。

その隙を狙い、少年が剣を向ける。

「生きるのをあきらめないで!ゴードンさん!」

正十はゴードンの前に飛び出して、少年の剣に心臓を貫かれた。

「ソニアさんのために・・・」

その瞬間、正十は消えた。

「うわあああ!」
赤毛の少年は驚いて逃げ去る。

ゴードンも我に返って、剣を構え治した。
そしていま、自分をかばって助けてくれた男が消えていった空を茫然としながら眺める・・・。




未来は変わったのだろうか。

正十は時の白い空間を漂う・・・


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