シャッフルワールド!!外伝──scarlet──

夙多史

『 falco 』

 亀の甲羅に身を潜めた異獣だが、この状態からの反撃は、果たしてあるのだろうか?

 あると、ライアーは判断した。

 異獣との戦いでは、常識に縛られてはならない。常に有り得ない出来事に遭遇することを覚悟し、臨機応変に対応せねばならない。
 実践するのは無理な話だが、その無理を押し通してきたからこそ、ライアーは若くして支部長になれたのである。

 思考を張り巡らせる。敵の攻撃パターンを想定、検討していた。

 こういう身を隠す生物は、唐突に顔を突き出し食いつく。主に魚貝類が多いが、こいつはその手で来るのだろうか?

 とにかく、迂闊に近づいたりはせず、遠距離から銃で狙撃するとしよう。決めた矢先、回転し出した異獣を見てライアーはその考えを捨てた。
「まいったわね。そう来るの」
 身を引っ込めた箇所から風が噴き出している。しかし風の影響による旋回にしては弱すぎる。扇風機の強程度ではと、眉を顰めるくらいの風で浮き始めているのだ。
 十数トンはくだらない重量を持つであろう異獣が、こんな簡単に浮いて回転している。このカラクリはいったい?

 内心首を傾げるライアーだが、分析の余裕を与えず、異獣が彼を襲う。

 回転したままの体当たり、強襲である。ライアーはローリングで横に躱す。紙一重だった。もし当たっていたら、ライアーの肢体は所々に飛び散っていただろう。
 危なかったが、ライアーは怯んだ様子もなく、冷静に次の襲撃に備えて生成を始めていた。


 異獣を見れば、予想していた通り戻って来た。近くの電柱で跳ね返り、こちらへと向かって来る。まるでピンボール。いや、エアホッケーの円盤パックが良い喩えか。どちらにせよ、まずは回避だ。

 生成──トランポリン。

 地面へと手を添えた瞬間、足下から巨大なトランポリンが膨れ上がる様にして出現。バネの力を借りてライアーは、異獣の巨体を軽々と飛び越えた。
「ふう、危ない。にしても──」

 昔見た、亀の怪獣が主役の日本映画を思い出すわね。

 落下しながらふと浮かんだ印象に苦笑する。次の攻撃は回避出来そうにない故、苦笑にはお手上げの意味も含まれていた。
 落下地点に異獣は向かっている。なので、受けるか別の回避行動を選ばねばならない。ここで回避を選んでも繰り返すだけ。ならば一旦、敵の攻撃を防御してみよう。

 モノリスを生成。防御に回す。

 生み出したモノリスの防壁に異獣がぶつかった。お互いその反動により後方へと弾かれる。
 放り投げられたフランス人形のように、ライアーの身体は宙を舞う。このままだと民家の壁へと、激突死は免れない。だが、そんな状況下でも彼は冷静だった。
「うん……理解したわ」

 生成──ビーズクッションッ!

 壁に当たる直前にライアーは、右手から軽自動車くらいのサイズはあろうビーズクッションを生成した。毛布にダイブした時のような、柔らかな音が凹みと共に広がる。衝撃を完全吸収し、彼を死の危機から救う。
 クッションが消滅した後、着地してライアーは駆け出す。交差点の中心に向かう彼の背中を、異獣は回転を殺さず追い掛ける。
 もう少しで跳ね飛ばせる。そんな距離まで来たところで、彼は振り返った。『観念したのか?』と、異獣に人並みの頭があれば、それを見て思ったことだろう。だが、回転を弱めてライアーの眼を見れば、きっと近付こうとはしなかった筈だ。
「知っているかしら?」
 彼の眼に、諦めはない。それどころか、獲物を狙う鷹のを、鋭く光らせていた。
「長所と短所は、表裏一体」
 ゆらりと、ライアーは右手を夜空へと翳す。
「戦いにおいては、相手の短所を征した者が勝利を握る」
 拳を作り、強く握りしめた。緋色の輝きが、右手へと収束されゆく。異獣との直撃間近で、ライアーは地面へと右手を突いた。


 短所を征した者が勝利を握る。


 モノリスで体当たりを防御した際、ライアーは異獣が何故、僅かな風力で浮いていたのかを理解……否、確信を得た。
 原理は解らないが、異獣は自分の重量を風で浮かして回る程度にまで軽量化していた。奴の回転移動は、防御とヒット&アウェイを両立させている。軽量化の意図はそれだけに留まらず、自身の体重が原因で壁などを壊し、そのまま埋まったりして身動きがとれないなどの自滅を防ぐ為でもある。
 解消するきっかけは、あれほどの重量感を持つ巨体が、電柱を薙ぎ倒す事なく跳ね返った時。もしやと思い、試しに受けて体感してみれば案の定、ライアーが圧し負けるという当たり前の判定にはならず。互いが弾かれる形となった。けれど異獣は常に安全を確保した上で、躊躇うことなく攻め続けられる。
 最低限の重量と甲羅の硬度。そして速度と反射を武器にした今の異獣は無敵といえよう。

 だが、その傲慢が命取り。
 軽いと言うことは、つまり──
「簡単にひっくり返せる」

 生成──スライド!

 現れたのは、公園でも見かける巨大な滑り台。若干三日月状に斜面が歪んでいる。上に行くほど、反り立つ形となっていた。異獣はライアーに衝突すること叶わず、滑り台を昇り夜空の散歩を強制された。
 少しの間をおいて、異獣は交差点の中央に落ちてきた。大地が砕け、甲羅はアスファルトにめり込む。慌てた異獣が軽量化の方法を解除し、重量が戻ってしまったからである。
 おかげでひっくり返った異獣は、甲羅のめり込みも相成って起き上がれない状況に陥っている。リクガメ──それもガラパゴスゾウガメのような形態をしているのだ。亀は基本的に仲間の手助けがなければ起き上がれない。現状、この独りぼっちの異獣が起き上がる手段はない。チェックメイトだ。

「よい……しょっと」
 手足をジタバタさせてもがき続ける異獣の腹へふわりと、ライアーが降り立つ。そして左手を添えた。抵抗していた異獣が次第にぐったりと、大人しくなる。異獣から精気が失われてゆく様子が、端から見ても分かる。
 異獣の中にある命の源である、魔力を吸い取っている。それが、生み出す右手とは真逆の奪う能力。左手ドレインの力だ。吸収して得た事により、先程の戦闘で消費した魔力を補給することに成功。

 ひとまず、異獣を無力化することが出来た。

 腹から降りたライアーを、異獣が弱々しく見詰める。殺されると思ったのだろうか、怯えた目をしていた。そんな異獣の横たわる頭に優しく手を添えて、ライアーは微笑んだ。
「安心して、命は奪わない。お仕置きも済んだから、後でお腹一杯監査局で食べるといいわ。ま、人はメニューに入ってないけどね」

 もう、襲っちゃだめよと、ライアーは軽く異獣の頭を小突く。
 言葉が通じる筈ない。だが、本能的に異獣は理解した。ライアーは、自分を殺そうとは思ってすらない。自分に優しく接してくれていることを、心で理解した。
 見知らぬ土地、見知らぬ存在。未知は恐怖だ。どんな生物でも、未知の前では不安が募る。だからこの異獣も例外なく、怖かったから暴れていた。けれどもう、怖くない。少なくとも、彼は怖くない。寧ろ心が安らいで、眠くなってきた。だから、異獣は安心して眠りにつく。今日は、良い夢が見れそうだ。

「おやすみなさい」

 彼の囁きはとても暖かく、眠りへと誘う琴の音色のようだった。

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く