シャッフルワールド!!外伝──scarlet──

夙多史

『 lupo 』

 監査局の方針は、異世界の生命体は可能ならば保護して帰すこと。それは少なくとも生命に敬意をはらっていると捉えられる。しかしそれに全てが納得しているのか、と問われればそうではない。
 綺麗事をと陰で冷笑している者も、少なからずいる。監査局はあくまでも動物愛護団体ではなく、基本的に様々な理由でこの世界にいる異世界人で構成された組織だからだ。
 スヴェン・ベルティルもまたそこに分類される。彼の命に対する軽さが、エア・ストーンの影響によるものであったなら救いようはまだあったのだろうが、それはそれで皮肉と言えよう。
 絶滅危惧種と分かっていながら、自分の金儲けの為に命を奪う密猟者というのを、彼を通して分かる気がした。

 不快感はなかった。ライアーも綺麗事を言える立場ではないから。どちらかといえば彼の立ち位置は、スヴェンの方に近い。監査局やら警察のように、守る為にいる人間とは違う。

 だが、それでもライアーは救う。救ってきた。守ってきた。視界に入る、力尽きようとする命を、助けてと口にすら出来ずに悲しい顔する者を、手を差し伸べても誰も掴んでくれない命を、優しくライアーは抱き締めてきた。

 義務や使命感とは違う、愛情が突き動かしてしまう故の行動だ。

 デュラハンの連携攻撃を潜り抜け、銃を放ち続けるライアーの脳裏に、親友のアデルが過ぎった。

 気候が荒れ、雨が降ったあの日。自分が監査局を辞めて道をふらりと歩いていた時、路地裏で雨に濡れて蹲る彼と出逢った。

 冷たい季節にも関わらず薄着で、綺麗な肌は擦り切れていた。擦り傷だらけの青い手と歯をカタカタ震わせ、自分の人生を嘆くように涙ぐむ彼に、ライアーは手を差し伸べた。

 最初の彼は、すべてを怖れているかのように心を閉ざしたままだった。

 異世界人だと解ったのはもう少し後ことだ。彼の口から感謝の言葉と共に聞いた時、ライアーは本当に嬉しかった。彼が話したのが全てではないにしても、確かに距離は縮んだ……それが彼の心にいつも感動を生む。


 異獣だろうが何だろうが関係ない。自分の心が救えと叫べば、彼は迷わない。もし、我が身可愛さで異獣を見捨てたら、自分はきっと後悔する。そう、見捨てた場合の末路を思い描いた瞬間には、その絵を破り駆け出すのだ。

 運命から零れ落ちそうな命を、救い上げる為に。

「そこッ!」
 発砲を繰り返す彼だが、何発撃ち込んでも効果が見られない。ぶ厚い装甲は貫通せずとも関節部を狙えばと、膝や肘の隙間へ闇夜に針の穴を通す精度の射撃をやってみせる。それでも、銃弾は火花を散らして弾かれてしまう。
「ん?」
 関節部はデリケートな筈だ。装甲も薄く、中身を覆えてない部分。ライアーはそこを狙い撃ち、命中させた。なのに量産型デュラハンは平然と彼に大剣を振り下ろす。
 ひらりと、マタドールが躱す風にしてライアーは、次に振り下ろし終えたデュラハンの腕へと、生成した競技用ハンマーを投擲する。するとハンマーはめり込まず、砕けもせず。壁に当たるスーパーボールみたいに弾かれてしまった。
「……そういうこと」
 違和感の正体がわかった。
「気付いたかい? そうさ、僕のデュラハンを始めに、この新型量産機は特殊なバリアを張っている」

 衝撃を与えると先ほどの銃弾やハンマーみたく跳ね返すということか。中途半端な攻撃ではバリアとあの装甲を破れそうにない。威力重視の攻撃を繰り出すのも、あまり得策とは言えない。
「厄介ね。ところで、この量産型はあなたが操作しているの? だとしたら、凄い操縦技術だわ」
「馬鹿なことを言うね。AIに決まっているだろう。一人でこれだけのデュラハンを一斉に操作は不可能だ」
「そう……ありがとう」
 形の良い小さな唇に細い指をなぞらせ、ライアーは妖艶に笑う。その笑みには企みを含む不敵さが窺える。

 ありがとう? どういう意味だ?

 はじめは首を傾げるスヴェンだったが、デュラハンの動きが単調だったことから、ライアーの思惑に彼は気付いた。

「まずい、止めろ! 一機ずつ攻めろ!」

 言う頃には既に手遅れ。まんまと嵌められてしまった。ライアーの狙いは、デュラハンの同士討ちだ。

 単純なAI操作で、付近にいる敵、定めた相手しか狙わない量産型デュラハン。なので、誤射など互いの攻撃が当たりそうになった場合の対処、対応が取れないのだ。
 ライアーの位置取りは、見る者が思わず賞賛の拍手を贈るものだった。デュラハンにワザと囲まれる様に誘導しつつも、斜めに傾いて壁に支えられる信号機や散らばる瓦礫などの遮蔽物に守られた、安全な逃げ道を確保している。

 デュラハンの一斉射撃や突撃が始まった瞬間、その道へと飛び込んだ。

 ライアーは遮蔽物により、一斉射撃の脅威に晒される事なく包囲網から脱出できた。しかし突撃した近接型デュラハン達は、その射撃の餌食となり、機能停止にまで追い込まれてしまう。
「く、馬鹿な……」
 コクピットのモニターを睨み、歯軋りするスヴェン。
 量産型とはいえ、自分が過去に搭乗していたデュラハンよりも火力と装甲を遥かに上回る。それを戦わずしてこうもあっさり。
 解りきっている間抜けな質問をしたのも、同士討ち成否の確信を得るためだったのだ。

 侮れない──今まで戦って来たのは、どちらかといえば力任せ、能力任せなタイプだった。故に未知の力に敗れても致し方ないと割り切りがあった。
 だが、これは違う。なにせ対異獣や監査局を想定にとより強化を施したデュラハンを、非戦闘員でも成せる攻略をされたのだから。スヴェンのプライドは大きく傷付いた。敗北感を刻まれたのだ。憤りから、グリップを握る手につい力を入れてしまう。

「これで……半分は減ったわね」

 量産型は七機。その内の三機が砲撃武器を搭載した後方支援型。四機は破壊力重視の強襲型だ。この内の四機が破壊され、強襲型は三機、支援型は一機だけ大破。残りも中破は免れず、温存したライアーなら難なく破壊できる状態だ。
 上々な戦果をあげた筈だが、ライアーの表情に弛みは無かった。ライアーは一人で戦っており、体力も魔力も限りがある。しかしスヴェンは数もあれば体力など持たないロボットだ。圧倒的不利は変わらない。
 長期戦だけは避けて、考える隙を少しでも減らさねばなるまい……と思う矢先、今度はスヴェンが口角を吊り上げ、不敵に笑う。そしてライアーの最も恐れていた行為に出た。

『各機、異獣を攻撃せよ!』

 頭に血が上ったか、それとも狙ってなのか?

 どちらにせよ、彼には良い腹いせになるのだろう。異獣が死のうと、体内の石が無事ならば何の問題もない。だが、ライアーには最悪の通告だ。駄目だと解っていても、ライアーの心が、見捨てることを許さない。

 だから──ライアーは駆け出す。トランポリンで飛んで異獣の上に立ち、モノリスを複数生成。展開して防御する。防御に温存していた魔力を回した。放たれた銃撃やレーザー兵器を前に、モノリスがヒビ割れる。
 魔力を送り再生と硬度強化で凌ぐも、長くは保てそうにない。いや、耐えきることは可能なのだ。しかし彼がそれを許さない。
「ぐっ! ……くうぅ」
 汗を滲ませるライアーをモニター越しに眺め、スヴェンが勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ふふ、こんなことなら、最初からこうすれば良かったよ」
 スヴェンの搭乗しているデュラハンが、右腕のドリルを回転させている。背中のスラスターが、うっすらだが青白い光を出している。突貫の準備を整えていた。
「悪いけど、君は諦めることにしたよ。ここまでされたら、もう殺すしかない」
 構えて、デュラハンは突撃の態勢に入った。同時にスヴェンは、アクセルのペダルを踏み、右手に握るブーストのレバーを引いた。
 勢い良く背中から青白い光が噴射され、足のローラーが火花を散らし、鉄の巨人は推進する。高速を走る車などよりも断然速く、稲妻を迸らせたドリルでの突撃だ。それを抜きにしても異獣すら跳ね飛ばすだろう質量。
 ライアーは異獣から降りて、守るように前へ立ち尽くす。量産型はスヴェンの妨げにならぬよう攻撃を止め、離脱を図っていた。

 モノリスを直撃ポイントに集約し、ドリルを受け止めようとライアーは試みるが、誰が見ても無茶だと解る。自殺行為だ。しかし彼のに恐怖はない、諦めの色すら滲まない。何か、策があるのだろうか?

 ふん。無駄な足掻きだよ!

 ライアーは貫かれ、ドリルの回転でミンチとなって死ぬ。スヴェンの脳内には、その答えが絶対となっていた。

 だが……。

『よう、ライアー』

「ようやく、お目覚めね」

 その絶対が、思わぬ伏兵により阻止される。

「よく眠れた? ルーポ」

 ライアーが呼ぶその名は、イタリア語で『狼』を意味する。

『おいおい。けっこうヤバかったんじゃねえの? こんな楽しい祭りやってて、なぁんで俺様を起こさねえんだ、まったく』

 声が響く、自信に満ち溢れている女の強気な声だ。

「な、何だこれは? 何なんだこれは!?」

 スヴェンが驚くのは無理もない。デュラハンのドリルが、先端部が何もないところから現れた細く白い腕に、綺麗な女性の五指に掴まれ軋みを上げて止まっているのだ。
 デュラハンの突進すらもだ。モノリスに達する前に止められ、モノリスの手前では地面が割れて盛り上がっていた。
 衝撃による影響、被害を防ぐ防波堤代わりを担っていた。最初から、ライアーはこの為にモノリスを置いていたのか?
「おいテメェ。俺様が寝てる間に、随分とご主人様を痛めつけてくれたみてえじゃねえか、ああん?」
 混乱するスヴェンの思考を、ドスの利いた声が制止させた。
 腕だけだったのが、次第に姿を現す。
 豊満な胸を押さえ込む白い布。古代の民族が着ていたような衣装を羽織り、腰辺りを狼の毛皮、白い前掛けが隠す。
 それでも太股に二の腕や括れなど、露出が際どい。真っ白な艶ある肌には刺青が彫られ、胸の谷間上にある三日月を炎が縛る刺青が、薄く光を放っていた。
 素顔も次第に現れる。ざんばら感ある白髪の、ライアーのように整った童顔の女だ。白桃色の唇を大きく吊り上げ、彼女は不敵に笑う。金色のつぶらな瞳は好戦的な印象をスヴェンに与えた。

 極めつけは獣毛を纏う手足と、フワフワとした尻尾に、頭の上にピンと立つ尖った耳だ。

 まさに、『狼』と呼ぶに相応しい容貌。

 気品溢れる空の王者、鷹をライアーから連想するなら、彼女は実に対照的な、大地を駆ける餓えた白狼。美しくも野性的な、気高い狼だ。

「とりあえず、テメェは私刑。フルボッコ確定──だなっ!」

 食らいつく狼のような形相で、ルーポはドリルの先端部を掴む指に、力を込めた。鉄のドリルに彼女の細い指が食い込む。まるで肉に噛み付く牙のように。
 軋みを上げて、デュラハンのアームが小刻みに揺れる。彼女という壁に蓄積された回転のエネルギーはアームに還り、火花を散らして右腕は、部品を撒き散らしながら折れた。
「な、なにいいぃ!?」
 爆発を起こした右腕にスヴェンは慌ててスラスターの噴射を止め、後退のレバーを引いた。

 有り得ない。どういう膂力を、握力をしているのだ。汗を滲ませ、スヴェンは表情を焦りに歪めた。

 モニターに映るルーポは、ドリルを軽く掲げると、飽きた玩具みたくポイ捨てする。付近にいた支援型量産機にドリルが刺さり、爆発を起こした。

「さぁて、いっちょ暴れるか!」

 燃え上がる炎とモノリスを背にして。パンッと、胸元で拳と掌を合わせ、半獣の美女ことルーポはニヤリと牙を剥いた。

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