シャッフルワールド!!外伝──scarlet──

夙多史

『 stupido 』

 シャルラハロート──そう呼ばれる世界で、少年は生まれた。

 異常を抱えて生まれ落ちた。

 一族が持つ、魔力を使いイメージを形に生成する能力と、魔力吸収能力の従来を遙かに上回るも制御すること適わず。悪と呼べる危険な欲求、衝動も抑えず少年は、他者を殺めてしまい幽閉された。

 触発した犠牲者にも非があった……にも拘わらず少年は悪の刻印を押され、社会から隔離されてしまう。

 人生を、閉ざされた。



 地球──カナダのビクトリアにて、少女は生まれ育った。

 彼女は、周りに虐げられていた。心優しい者でありながら、周りから愛されなかった。

 彼女には、異常な力があった。世間でPSIと呼ばれる能力が……周りはその原因を恐れ、彼女には近付かなかった。

 ある日、少女は精神的限界に追い詰められ能力が暴走。家族を惨殺してしまう。彼女の経過観察をしていただけの研究員、偽りの家族を一人残らず。

 逃げた少女は、恨んだ。


 暗闇の中で、少年は恨んだ。


 世界を、恨んだ。自分の異常を恨んだ。

 自分を拒絶する世界を恨んだ。

 そして、出会う。牢獄から抜け出した少年は、世界の境界線を飛び越えて少女と出会う。


 少女は救われた。自分を追う者達の魔の手から、突如現れた少年が護ってくれたおかげで。

 二人は、互いの境遇を知る。似た境遇が互いの心を引き寄せ、惹かれ、二人は恋に落ちた。


「その二人から生まれたのが、ライアー・アークライトという訳か」
「アケノちゃんの話では、そうなりますね」

 問題は、ここから何ですよ──


 少年は青年となり、妻になった彼女と、そのお腹の子を見て考えた。現在いまいるこの世界も、やはり自分らを否定し、牙を向け続けている。このままでは永遠に幸せは訪れない。ならば自分が持つこの力、二人を救う為だけに使う。二人が安全に生きれる世界を築き上げよう。
 考えた末、半ば強引に妻とニューヨークで別れ、青年はこの地を拠点に組織を創る。そして数年掛けて闇を拡大し、裏社会を支配した。

「アーちゃんは、知ってますよね? 米国異界監査局が鎮圧した事件」
「あー、巨大犯罪組織の首領が異世界人だったって奴だな……まさか、その首領が?」

 はい、そうです。そして鎮圧した米国異界監査局の監査官達の中に、 アケノちゃんは居たのです──


 宿命……とも想える、偶然の巡り合わせだった。こうして長い月日を経て兄妹が出逢い、敵対するとは──年齢と当時の立場、待遇の差から互いに面識は薄いながらも、やはり血がハッキリと関係を教えてくれる。運命を感じさせた。

 そして対峙した二人は信じるモノと、未来の為にぶつかり合う。

 結果、明乃の勝利を以て事件に終止符が打たれた。

 彼女がライアーの存在を知ったのは、ちょうど一年が経過した頃。明乃はひょんなことから十代で支部長就任という、異例の出世を果たした彼の経歴を目にする。
 髪と瞳の色。使う能力からすぐに兄の息子だと気付いた。もしやと思い調べた結果、予想通りの事実こたえが出てきた。

「アーちゃんが調べてもデータベースで照合されなかったのは、彼女が上と掛け合って消去していたからです」

 要注意リストの件に関しても、彼女の進言が影響している。家族は勿論、自分の業に周りを巻き込みたくないという気持ちあっての処置だ。

「あー、なんというか。何だかんだで人の良い明乃が、そこまでするとはな……」

 ましてや血の繋がりがある者に嫌疑を掛けるとは意外。だが、彼女にそこまでの行動を起こさせる程、ライアーは危険という見方もある。
 とはいえ、やはり腑に落ちない。上が彼女の話を聞き入れたにしても、当局を始めに様々な場で貢献したライアーへ対し監視、警戒態勢を敷くには、どうもピースが欠けている気がしてならない。

「あー、蛙の子は蛙と言ったものだが、遺伝的な理由から危険性を考慮したなら、判断を急ぎ過ぎてないか?」
 疑問点を挙げるアーティに、誘波は首を横に振る。
「いいえ、寧ろ遅い方です。決定的な要素は既にあるんですよ」

 養父。殺してますよライちゃん。

 誘波の告白に、アーティの表情が強張る。初めて知った情報に驚きはしたが、しかし合点がいった。
 理由はどうあれ親と同様、身近な人間を殺害している──ライアーに限っては、遺産を相続する為に養父を殺したと容疑がある。これは、きっかけがあれば監査局にも牙を向けるという可能性を仄めかす。
 親の仇たる者が監査局にいるとなれば尚更懸念すべきだ。警戒するに越したことはない。両親の異常な能力を受け継いでいるライアーの力は脅威なのだから。
「ですが、アケノちゃんがライちゃんを恐れているのは親の能力よりも。人を惹きつけるカリスマ性」
 そう、父親との違いは力で支配ではなく、愛情を以て人と人を繋ぐ調和の力。人だけでなく、懐くはずもない凶暴な異獣までも懐く。現在も彼の味方は、支持する者は増え続けている。
 もし彼が監査局と対峙すれば、間違いなくイタリア裏社会の大多数を敵に回す。監査局を辞めたのも、事を起こす前触れかと疑う者もいるが、彼を拘束すれば周りからの反発を招く恐れもある。それ故、迂闊に手が出せず、歯噛みして様子を窺うしか出来ない。
 そうして監査局の極一部は、ライアーの動きに目を光らせているのが現状だ。
「アケノちゃんも本意ではないのです……ただ、客観視ができる人、疑う者はどうしても必要なのですよ。もしもの事態を防げるとしたら、やはりそちら側にいる方々しかいませんからね」

 彼女もまた彼と同様、辛い立場にある。

「本当はライちゃんのこと、信じてましたよ。父親とは違う道を歩けるって」

 今の所、ギャングのボスをして裏社会を掌握しつつある姿は父親と重なるが、他者への思い遣りは父親と明らかに違う。両親と並ぶ不幸を味わっているにも関わらず、世界を憎まず愛している。
 身寄りの無い子供を引き取り、行き場を無くした人の拠り所となり、自分を殺しに来た者にも手を差し伸べている。そんな聖人の様な男が、果たして争いを引き起こすのだろうか?

「あー、引き起こすのは、何時だってそんな人間だ。直接だろうが間接的だろうが、本人にその意志あるなし関係なくな」
 歴史が物語っている。だが、逆にそれを止めてきたのも、そういう人間だ──そう語りキャンディを頬張るアーティは、球体こと〈現の幻想〉 をいじりながら誘波を一瞥する。
 笑顔で頷いたことから、彼女も信じているのだろう。ライアー・アークライトは、そういう人間なのだと。彼との定期的な連絡を兼ねた経過観察も、おそらくはその思い入れあっての事だ。


「ええ、大丈夫ですきっと。それに、ライちゃんは似ているんですよ。レイちゃんに」
 白峰零児と似ている?
 外見からして似ていないだろうと、苦い表情を浮かべた。
「いえいえ、似てますよぅ」

 どんな圧倒的不利な状況でも、決して仲間を見捨てない。仲間の為なら、どんな状況でも飛び込み、助けにいくところが特にね。

「あ、意外と頑固なとこも」

 嬉々として語る誘波に「あー、それは知らん」と、アーティは呆れた様子で肩を竦めた。




 ケータイを閉じ、ライアーは夜空を見上げた。法界院誘波が口にしていた返答が、声が未だ脳内に残響している。

『ごめんなさいライちゃん。それは、どうしても教えられません。ある方に口止めされているので──』

 自分が白峰零児に関して知ることは許されていないと、しらを切られることもなくキッパリと断られた。
 口止めしている“ある人物”も気になるが、少なからず自分と白峰零児には何らかの繋がりがあると理解した。その関係が決してよいものではないことも。


 それでも、実の父親への手掛かりになるのなら、彼に会いたいとライアーは切に願うが──
「今は……止めておきましょう」
 急がなくても時間はある。無理に行動を起こす必要もない。日を改めて、直接日本にいる法界院局長を訪ねてみよう。
 うん、それが良いと自分に言い聞かせてライアーは、ルーポへと声を掛けた。
「帰るわよ。ルーポ……って、まだやってたの」
 蹲って唸る彼女に、ライアーは呆れて肩を落とす。
「まったくもう。ちょっと気にし過ぎじゃない?」
「気にするわ! 二年だぞ!?」
 クワッと、真っ赤な顔で詰め寄る彼女の迫力に、思わずライアーは一歩後退する。どうどうと、馬をあやす仕草でルーポを宥めた。
 今まで出逢った敵、味方の前で高らかと、誇らしげに名前を叫んだ記憶が鮮明に蘇る。約二年間──その分だけ彼女は馬鹿丸出しだったのだ。
 穴があったら入りたい気分だと、ルーポはまたもやしょげ返る。普段は男勝りで大雑把な彼女だが、こういう変なところは繊細だったりする。

 まあ、ルーポのそんなところが可愛いと思ったりするのだけど……何にせよ、自分の発言が発端でこうなった以上、元気付けてあげなくては──そうライアーはやれやれと首を振り、困った様な綻びを浮かべた。
「ライアー……?」
 見上げる彼女の頭を優しく撫でる。三角形状の獣耳がピクリと動くも、嫌がる素振りはせず、ただハの字に眉を下げて彼女はじっと見詰めている。
「間違えない奴はいない」
 呟くと、ルーポが目を丸くする。
「え?」
「知識を得るのも、間違いに気付くのも遅いか早いかの違い。恥ずべきものがあるとすれば、それを馬鹿にすることだと、昔の偉人が言っていたわよ。逆に考えてみて? 今日知ったおかげで、もう間違えを繰り返すことはない。二度とこんな思いもしなくてすむ。だから、何も恥ずかしがらなくて良いのよ」
「で、でもよぅ……」
「安心して。誰もあなたを馬鹿にしないわ。もしいても、そんな奴は私がキツいお仕置きしてあげるから」
 ねっ? と、ライアーはニッコリ微笑んだ。
「うん……そうだな。そうだよな」
 頬を桃色に染めてルーポは、こくこくと自分に言い聞かすように頷いた。ライアーの話を聞いていると、あんな恥ずかしかった事がどうでも良くなってきた。
「それじゃあ、帰りましょ」
「ああ」
 差し伸べられた手を取り、ルーポは立つ。二人は帰路に就いた。



「うし、そんじゃあ。改めてあの鎧の名前を決めないとな」
 帰り道、後頭部に腕を組んで歩く彼女が口にした。
「うーん。なら、角鎧ホーンアーマーなんてどうかしら?」
「いや、捻りすらなくね?」
 唇を猫みたいにして、自信ありげの顔をするライアーにルーポは苦笑い。
 あーでもない、こーでもないと案を出し合う二人だが、ふと満月を見上げてルーポが訊ねた。
「お前、さっき誘波に電話してたよな?」
「あら? 盗み聞きしていたなんて感心しないわね」
 両手を後ろにして覗き込むようにライアーは、悪戯な笑みをルーポに向ける。
「茶化すなよ……お前が零児って奴のこと聞いたのは、本当の親父さんの手がかりを探す為だろ?」
 試すような彼女の眼差し、自分を映す曇り無き金色の瞳は、月の光を浴びて美しい輝きを放っていた。見惚れてしまいそうな光に、思わずライアーは目を逸らす。
 はぐらかす感じではなく、自然な動きでルーポの前に出た。
「気付いていたのね」
 誰にも、話したことはなかったのだけど、やはりいつも傍にいる相棒は誤魔化せないか。
 静けさを纏う街並みを眺めて、ライアーは自嘲気味に薄ら笑いを浮かべた。
「笑っちゃうでしょ? 二十代後半にもなって名前も顔も解らない、お母様と私を見捨てたお父様に会いたいなんて」
「別に笑わねえよ。ただ、何でそこまでして会いたいかってよ」
「色々よ。お父様の本心、そして私が何者なのか……真実を、知っておきたいの」

 見落としている本当の道が、あるのかを。

 カーインに偉そうなことを言ったが、自分も未だ解らないことが多い。生き方に迷っている訳ではない。ただ、自分がどんな想いの元、両親の間で生まれたのかを知っておきたいのだ。

 母の意志は背負っている。心に受け継がれている。だが、父の想いは欠けたままだ。どこかに落ちている最後のピースを見つけ出し、心のパズルに嵌めたい。完成させたい。ただそれだけの理由だ。
「そっか、なら構わねえんだけどよライアー……必要なら、俺を頼れよ」
 何があっても、俺だけはお前の味方だ。何処までも、お前に付いてくぜ──そう付け足し、ルーポは微笑んだ。
「ルーポ……ええ、解ってる」
 どんな辛い状況でも、我が儘を言っても、彼女は不敵に笑い自分の隣に居てくれる、付き合ってくれる。彼女は、ライアーの心の支えだ。
「いつもありがとう、ルーポ」
「気にすんなよ。ご主人様」
 綻ぶライアーの背中をトンと叩き、ルーポは狼の姿へと変身した。
「ほら、乗れよ。この時間バスも走んねえし、タクシーじゃあトロくて時間かかるだろ」
 さっさと帰ろうぜと促す彼女に頷いて、ライアーは背中に跨がる。彼を乗せて、ルーポは深く屈んだ。
「しっかり掴まってろ!」


 音もなく、空高く跳躍して彼女は屋根へと飛び移る。重量を感じさせない軽快な動きで屋根を、電柱を、電線を伝って行く。

 風が、ライアーの長い髪を靡かす。見下ろすと色彩溢れるミラノの街並みが広がっている。彼女の首筋に腕を回し、暖かな毛並みに顔を埋めてライアーは、屋敷に着くまでその光景を眺めていた。

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