シャッフルワールド!!外伝──scarlet──

夙多史

一章 悪の胎動(8)

 ライアーさんを初めて眼にした時、真っ先に感じたのは親近感でした。

 私は、自分が最低な悪人であることを、嫌と言うほど自覚しております。おそらくライアーさんも、自分をそんな風に卑下しているかと……。

 ま、自虐に耽り可哀想な子を気取るつもりではありませんけど、冗談抜きにして異常者なんですよねえ。私とライアーさんは。

 殺せる人なんですよ、親しかろうとも生き物をこの手で絞め殺せる。撲殺出来る、骨をへし折る事を躊躇わない。ルーポさんも出来るでしょうけど、彼女は野生の中で生きてきた獣だから、割り切りと覚悟がある。命と世界のことわりに対し、敬う気持ちが姿勢にでている。それは敵対していたカーインさんも然り。

 ですが、私やライアーさんはシリアルキラー、ヒーロー願望などのサイコパスに近い心の怪物を内側に飼っている。特殊な感性を持ち、容赦も躊躇もないのは、それ故のもの。その狂気は、獣のルーポさんから見てもゾッとくる一面だ。平和の中で生きる者が目にすれば、たちまち恐怖に呑まれ身を竦ませる。民衆は瞬く間に距離を置いてしまうでしょうね。

 とは言え人間を辞めた輩でも、すべてが人間の敵ではない。私やライアーさんはそれに該当する。
 ま、それはイコール味方でも、人畜無害でもありませんが……兎にも角にも私は、ライアーさんという同類に興味が尽きないのですよ。

 歪無き愛を心に秘めつつも、悪人というカテゴリーにいる彼への興味がね。

「ううーん美味しい! このピッツァ最高です」

 だからこうして、のんびりと待つのも苦ではありません。ええそうです。決してアデル君の料理が最高だからなんて理由ではありやせんざますよ。
 まあ、彼に個室へ案内されてから、すぐさま注文をとらせていただきましたがね。ンッフフフ、お肉に野菜、どれを口に運んでも唇が波を描く、グラタンもにゅもにゅ……うまーっ!
 なーんて、そこまで過剰なリアクションは表に出しませんけど、うん。それにしてもこの品は、本当に文句の付けようがない美味さだ。
 玄人ほど感情が作品にでると言いますが、料理人の場合は味にでますね。私も料理はする方ですから、彼がどれだけ真心を込めて作ったかがよく伝わります。
 そう、事務的なモノではなく、お客様に心から美味しく食べてもらいたい純粋な想いが……あるのですが、おやおや?

 同時に妙な違和感がある。これは、迷いというべきか?

 拭えない“何か”がこびり付いている感じ。しかし完成度の高さが違和感の正体を包み隠している模様……ふむ、実に興味深い。


 おっといけない。肉の濃厚お汁が私の胸に……あちち。谷間に入ってく脂のくすぐったいこと。

 んん……おやぁ? 美青年アデル君が、私のマシュマロに釘付けではあーりませんかぁ。

 てゆうかガン見、ガン見ッ、超ガン見ッ♪

 可愛い顔して性欲を持て余しているご様子。私好みの子ですねぇ、ふふっ。まあ私、好き嫌いはないんですけどね。ああでもほら、男女問わず異性をからかいたくなる衝動ってありません?

 それも“厭らしい的”に。

「ンッフフフ、気になりますか? こ・こ・がっ」
「え、あ!? いや……その」
 ほほぉ、頬をポリポリ掻いちゃって、良い反応だ。

 この照れた表情に、まず黒い布的なので目隠しして、【ピー】の姿勢で、下【ピー】ッチリの際どい海パン姿にしてボ【ピー】姿の私が【ピー】すると──やだっ!? 似合いすぎッ! この子、無様似合いすぎッ!

 おっと、妄想(SM)から現実リアルに還らねば。

 うん。せっかくこの世界に来たのですから一人や二人、つばを付けとかねば勿体ない。でもまずは、手順を踏むべきですね。
「ここ、汚れちゃいましたから、拭き取ってほしいです。そう、あなたの──」
 ずいっと歩み寄り、至近距離まで胸を彼の目線まで寄せて、甘い声で一言。
「し・た・でっ」
「っ!?」
 うわぁ、面白い。ボンって擬音が出そうな飛び跳ね方でしたよ今の。なーんて弄り甲斐ある子でしょう。
「え、あの、その!? そ、それって」
「ンッフフフ、冗談ですよ冗談」
 指をメトロノームの針みたくフリフリ。チャーミングなウインクも忘れずに。
「あ、そうっすよね。うん、冗談ですよね」
 すると今度はシュンと落ち込みますか。コロコロ変わるのも良いですねえ。まるで人懐っこい子犬みたい。悪戯しちゃうとこんな感じに態度でるんですよね。
 もしやルーポさんも?
 ンッフフ、彼女にも積極的に接してみましょう。だが、その前に──
「でも、興味はあるのでしょう?」
 アデル君でじっくり遊ぶとしますか。
「え? あ、うん」
「ンッフフ。なんなら、触ってみます?」
「……へ?」
 茫然とするアデル君。どうやら思考が停止してらっしゃるようで。ちょっと刺激が強いですかね?

 でもまあ、これだけ初心の子は食らい甲斐がありますよ。俄然テンション上がるってもんです。

 故に心の中で舌なめずり。ンフフ、アデル君の希望を見いだせた表情がなんともはや。けど、このままでは味気ないですしね。趣向を凝らしましょうか。
「もし、私のサイズを当てられたら、触らせても良いですよ」
「ま、マジっすかッ!?」
 うわ、食いつきました。顔がロバみたいになってる。鼻息も荒いです。いやはや、例外あるとはいえ、やはり男はエロスに勝てない生き物ですかな?
 まあ、他はどうかは知らんですけど、私はそういう人が大好きだ。来るもの拒まず、去る者追わずがモットーですからね。身体からだろうと心からであろうとも、寄り付く者は私一色に染め上げてやりますよ。
「さて、何カップでしょうかアデル君」
 問題を提示した瞬間、顎に手を当てて考える仕草を見せるアデル君。おや、黙り込んだ。てゆうか集中力が半端ない。こんな真剣な顔も出来るのですか。日夜その顔なら、女の子を虜に出来そうだ。
 関心を思うとこ、アデル君がカッと開眼。鋭い目つきで私の胸を見詰めて彼は答えた。
「Eッ!」
 ビシィっと、推理小説さながらの指差し。ほんとしょうもない事に気合いが入ってますけど、こういうノリに付き合うのも悪くない。だから私も、勿体ぶる振りをします。

 ジーッと見詰めて無表情の私に、アデル君は緊張の汗を流す。次第にニヤリと顔を歪めると、期待とも思える緊迫感がアデル君の表情に表れた。

 ですが──
「ざあんねえーんっ!」
 まさにE線いってますが、本当に残念。私、着痩せする方なんですよ。一見スレンダーな身体つきとみられがちですけど、実はグラマー寄りなのです。
 今回はキツくしましたからね。余程の眼力でなくては見極められないでしょう。
「くっそおおおっ!」
 悔しさを包み隠すことなくアデル君は、テーブルに手をつき項垂れる。あらら、この落ち込み様、何だか哀れに思えてきましたよ。
 よっぽど機会に恵まれなかったのでしょうね。ンッフフ、まあ別にお預けにするつもりはありませんし、機嫌を直してもらいましょうかね。

 っと、声を掛けようとした瞬間。後ろからぬうっと現れたルーポさんが、アデル君の後頭部を鷲掴み、そのまま顔面をグラタンの中へとぶち込んだ。
「クソはテメェだろ。スケベ野郎」
 本当に残念な子ですねぇ、アデル君。今回はお預けだ。機会はまた今度ですね。

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