シャッフルワールド!!外伝──scarlet──

夙多史

一章 悪の胎動(9)

「うあっちいぃっ!?」
 広がる熱気と、刺すような痛みに顔面を押さえて悶える。そんな僕の顔にひんやりしたハンカチが当てられた。
「大丈夫アデル?」
 ライアーさんだ。氷の入ったグラスを持っていることから、冷水を染み込ませたのだろう。
 ああ、気持ちいいよう。
「火傷はしてないようだけど」
「ええ、ありがとうライアーさん」
 念の為、軟膏を塗るよう奨めるライアーさん。今から買いに行こうかと口にするけど、大丈夫だ問題ない。目尻が下がったその表情、心配する仕草に心が癒されてます。
「ほんと大丈夫ですから、えっへへ」
「そう? 無理はしないでね。ちゃんと言えば良いの買ってくるし、オススメの皮膚科医も紹介するから」
 ああ、ライアーさん本当マジ天使だ。ジャンヌやナイチンゲールもハンカチを咥え妬むだろう聖女の生まれ変わりが、僕の眼前にいる。才色兼備にして分け隔てしない人当たりの良さ。献身的なとことか、もう本当にね。

 男なのが、残念だよっ!

 この人が女だったら、僕は迷わずプロポーズするのにッ。女体化計画なんて企てた馬鹿がいたくらいだ。そう思った野郎は僕だけじゃないはず。
「まったく、やりすぎよルーポ」
 腰に手を当て叱る姿は、威圧感よりも可愛らしさが勝る。うん、見てて和む。
「けっ!」
 胸元に腕を組み、そっぽ向くルーポさんも可愛いではある。けど恐い。モン○ンのキ○ン装備っぽい格好の犬耳っ娘なのに、これでもかとアジアのオタクにウケそうな外見しているのに、彼女の怒りの形相は本当に迫力あるんだよなぁ。動物園行ったら、全ての動物が震えだし大人しくなったのは、今でも印象残る思い出だ。

 逆にライアーさんがふれあい広場に行くと、動物達が群がってきたな。

 あらゆる面でライアーさんとは対照的なルーポ姉さんだけど、凄く仲が良いんだよねこの二人。何てぼうっと見ていると、ルーポ姉さんがこちらを横目で睨み付けた。
「どっちにしろ。俺様にはこの馬鹿を殴る理由があんだよ! テメェ、あの絵は何だ!」
 ビシッと壁に飾ってある絵画を指差し、狼らしく牙を剥き出してがなり立てるルーポ姉さん。ああ、抱えたトーガで恥ずかしげに裸体を隠す銀髪の、この聖女の絵か。
「何って、セレスティナです」
「誰だっ!?」
 あれ? 前に話した筈なんだけどなあ。僕の世界にある王国『ラ・フェルデ』の騎士で、僕の中ではアイドルのような存在って。

 ライアーさんと一緒に聞いて……なかったなこの人。

 僕がセレスティナちゃんの魅力を熱弁してたら──

『オメェら、ひと狩り行こうぜッ!』

 なんて携帯ゲーム機片手に、親身に聞いてるライアーさんの後ろでギャングの人達と遊んでたっけ。

 まあ、土下座してまでセミヌードを頼んだ手前、強くは言えないんだけどさ。現在のセレスティナちゃんはきっとこうなってるだろうと、発育の予想図代わりのモデルだったことは伏せてた訳だしね。
 だって本当のこと言ったら、断られるどころか病院へ搬送されかねないもん。

「テメェが絵を描く為にセミヌードモデルやってくれって頼むもんだから、イヤイヤながら一肌脱いでやったってのに」
「え? でもルーポ姉さん。『もう、しょうがねぇなあ』って、満更でもない顔で脱いでほぉ!?」

 殴られた。ボディに重たい衝撃がっ!

 内蔵がッ! 内蔵がぁ!?

 そ、損傷甚大……し、死ぬ。

「まあ、とりあえずアデルこいつの件は放っておいて、問題はテメェだ!」
 問題ありまくりですよ。タイソンの数百万倍はあるだろう破壊力抜群の一撃を叩き込まれたんだから……何て声も喉まで通らず。腹を抱えて悶絶する僕を尻目にルーポ姉さんは、のほほんとライアーさんと会話している黒服にして肌白い女性を指差した。
「っておい、ライアー。何して……」
 その様子に眉を顰めるルーポ姉さんを余所に、ライアーさんは真剣な面立ちで彼女を見定めようと眼を凝らす。
 猫を彷彿させる腰の振り、揺れる豊満なボディを強調する彼女は、誘惑を目論むかのようで不敵に笑う。艶めかしいその身体を、ライアーさんはジーッと観察。顎に指を添える仕草は、ホームズの姿を連想させた。

 あれ? 不思議。ライアーさんが女の子にそれやると、全然嫌らしさがないのは何故?

 僕がライアーさんの真似したら、間違いなく警察来るよこれ。問答無用でパトカーに叩き込まれるよきっと。


「ふむ」
 頷くと、ライアーさんは彼女の耳元で何やら囁き出す。耳を傾けていた彼女は、聞き終えると目を丸くして──
「ピンポーン! 正解ですライアーさん。よく分かりましたね!」
 パンッと手を叩きライアーさんを指差す。驚愕と感心を交じらせ、満足げに彼女は言った。
「いやはや、まさかカップのみならず。スリーサイズまでピタリと当てるとは、恐れ入ります」
「ライアアアアッ!?」
 ルーポ姉さんが戸惑いの声を上げるのを余所に、無表情でバンザイするライアーさん。真面目に見えて、意外と悪ふざけしたり、ノリも良いんだよなこの人。
「てゆうか解るんですかライアーさん!?」
 寸分狂い無く当てるとか、目利きが半端ないっす。
「……ライアーは、いつもみんなの服作ってっからな」
 はぁ……っとげんなり。答えたルーポ姉さんが、溜め息混じりに項垂れる。
 あ、今の話で思い出したぞ。ライアーさんは料理のみならず裁縫とかも出来るんだった。邸の子ども達が着けてる服は、殆どがライアーさんの自作だって聞いたっけ。
 あの少女達が来ていたドレスも、ちゃんとサイズを測って……はっ!?
「まさか、あんな可愛い女の子達のボディを──」
「テメェと一緒にすんな。女の裸を見ても、こいつの眼は女医が同性の身体測定する時のそれだかんな。寧ろあっちから触診してほしい言うくらいだぞ」
「何それ羨ましい」
「ウッフフ、でしたら尚の事、おさわりが楽しみだ。期待が膨らみますよ」
 そう言うなり白黒の女性が、胸をライアーさんの腕に押し付けた。たわわに実る禁断の果実が、圧迫により変形している。おそらくライアーさん視点で腕を見たら、Ω状になっている筈だ!

 はっ!? そうだ、クイズ当てたら触って良い話だったんだ!

 くっそおおおライアーさん! 女神エロスもあなたに微笑むのかああっ!

「おい、このクソアマ!」
「げふっ」
 なんて心の中で悔やむ僕をラリアットで押しのけ、ルーポ姉さんが肩を怒らせ二人に歩み寄る。おそらく力尽くで引き離すつもりだろう。そんな勢いがある。けど、そうなる前にライアーさんが腕に抱き付く彼女を優しく解き、ルーポ姉さんに制止を掛けた。
 鋭く、横目に視線をルーポ姉さんから女性に移す。
「悪いわね。いくら好意をもって寄り添ってきても、素性の知れない人に心まで許すことは出来ないのよ」
「ほほぉ……」
 拒絶するライアーさんに対し彼女は不満を露わにするかと思いきや、逆にニヤリと感心の笑みを浮かべた。
「教えてくれる? あなたは何者であり、何故私の前に現れたのかを」
 方や真剣に、対するは不真面目な態度で笑い、互いにさぐり合うような眼差しを交錯させる二人。だが、根負けしたのか女性の方は諦めた様子で一息つくと、ゆっくりと椅子に形よい腰を下ろす。
 ライアーさんも向き合う形で椅子に腰掛け、彼女の出方を窺う。僕とルーポ姉さんも後ろで成り行きを見守るそんな中、女性の方が静かに口を開いた。
「そうですね。確かに、時間も惜しい。場を和ませてから話をしようと思いましたが……分かりました」

 自己紹介をしましょう──と、自らの胸元に手を添え、彼女は淑やかに微笑む。

「私の名はヴァニラ。ヴァニラ・モノクロームといいます。皆様方、以後お見知り置きを」
「ヴァニラ……」
「モノクロームだあ?」
 ぼやくように口にした僕に続いて、ルーポ姉さんが怪訝に眉を顰める。頭の中では変な名前だと、疑問符が浮かんでいた。
 けどライアーさんは別の捉え方をしているようだ。名前には何かしら意味が隠れていると、この人が前に言ったのを覚えている。思考に耽る仕草は、おそらくその模索。
「コードネーム……かしら?」
 そして確認するように問いかけるライアーさんに『ええ』と、ヴァニラさんは笑顔絶やさず頷く。
「私は、ニューヨークの監査局からこのイタリアに派遣された捜査官でしてね。とある依頼であなたの下へと訪れたのです」
 捜査官──監査局は僕も知っているけど、どういった組織なのか全容が明らかになってない。他の国では異なるようだけど、このイタリア監査局では異世界人は監査官か監査局員に入ることを義務付けられている。
 傘下に入れば余程の問題さえ起こさない限り、自由にしていい。そんなアバウトな管理体制の下で僕ら異世界人は暮らしている。ま、早い話が『形だけでもとっておけ』だそうだ。
 とにかく僕は、最低限知ってはいるけど関心が薄い。なのでいまいちピンとこない感じだったのだけど、ライアーさんとルーポ姉さんは僕とは逆の反応だった。
 ライアーさんは神妙な面立ちであり、ルーポ姉さんは露骨に胡散臭いと唇を歪め、彼女を睨む。二人は何やら違和感を抱いているみたいだ。
 まあ、確かに胡散臭い感じはするけど、悪人には見えないんだよな。どちらか言うと、ライアーさんと同じ優しい雰囲気を纏っているかも。愛嬌という名の甘い香りをふわっと振り撒き、そよ風がどこまでも運ぶメルヘンなイメージ。

 ちなみに、ルーポ姉さんは世紀末ヒャッハーな世界をイメーっ!?

「おフッ!?」

 ボディにフリッカージャブっぽい裏拳叩き込まれた。ドフッて鳴ったよドフッて?

「誰がヒャッハーだって?」

 何で……背後から僕がチラ見していたの分かるの、思考も何で分かるの?

 ツッコミたいけどやはり僕の身体は言うこと利かず、そのまま崩れ落ちた。

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