シャッフルワールド!!外伝──scarlet──
二章 灯される正義の魂(1)
イタリア異界監査局 本局所属のリスティンは、ライアーや俺様と同期に当たる異世界人だ。
いつも可愛い子ぶってて気に入らない奴だったが、性格と態度の問題を除けば監査官の腕、人望共に優れ、ライアーと双璧をなす実力者だった。
現在はライアーに代わりミラノ支部長を継ぐこいつだが、昔はことあるごとにライアーに突っかかり、対立を繰り返していた。
嫌いだからじゃない。競いたいという好意からくるものと、俺を含めて周りも解っていた。
だから、俺はあいつがあんなバカなことを言ったのが許せなかった。
「ヤッホー! ライアー調子はどう? 怪我はもう治った? じゃあアタシと勝負しよ」
ある大事件を解決し、重傷からの復帰後。ライアーはあいつにビリヤード勝負を挑まれた。
「お前なあ、ふざけんなよ」
「いいわよ、やりましょう」
「お、おいライアー、でも……」
「大丈夫」
リハビリがてらに丁度いいと、ライアーは快く受けたが、俺は無理にでも止めさせ、今後ちょっかい出さねえようリスティンを脅すべきだったと、今では後悔している。
ナインボールでの勝負。ライアーは調子よく、順調にボールを落としていった。
「わあ、このままだと負けちゃうかも?」
白々しい。軽いようで、負ける気はさらさらないって不敵さが伝わって来る。だが、同時にいつもとは違う違和感がリスティンの態度にあった。
嫌な予感ってやつだ。それを感じた時に、リスティンは行動に出やがった。
キューを構えるライアーに寄り添い、あいつは囁いた。
「ねえライアー。私と賭けをしない?」
いつもの流れ……リスティンは中盤に入ると何かと賭事を仕掛けてくる。飲み物だの買い物に付き合って奢れだの、割に合わない“要求”をしてきやがる。ふざけた内容に毎回腹を立てた俺だが、今回はそれらを通り越し、俺に手をあげさせるモノだった。
「私が勝ったらあなたは支部長を、いえ、監査局そのものから抜けるの。そして私に支部長の座を譲る。どお?」
思わず飛び出し、俺はあいつの胸ぐらを掴んでた。あいつの赤いYシャツが破れ、胸元のボタンが千切れて飛ぶ。
中を着けないから、あいつの胸は大きくさらけ出された。それでも、恥じらう素振りもなくリスティンは、不敵な態度を曲げず俺を見つめて、ヘビのような艶笑を浮かべた。
気圧されはしなかったものの、本能的に警戒心を促す威圧感は放っていた。
「誤解しないでくれる? 私は、仲間の為、監査局の為に言ったのよ?」
「どういうこったよ? ああ?」
凄む俺様にやれやれと、呆れの仕草を見せリスティンは、胸ぐらを掴まれたままライアーへと視線を送り、話を続けた。
「知らないとは言わせないわよ? ライアー、あなた。養父を自分の手で殺して、遺産をパクったってね?」
「ふざけんなよクソアマが! 真意、真相も知らねえで──」
「でも殺害の事実がある。加えてライアー、あなたは先月ほど解決した大規模事件の功績を讃え、イタリア監査局本部局長推薦の声が上がっている」
「なっ!」
驚きを隠せなかった。ライアーがイタリア監査局の頂点に立てる話は嬉しいものだ。でも、この状況でそれは吉報じゃなく、脅しのネタ。頭の悪い俺でもそれくらい理解出来た。
戸惑いから緩めてしまった俺の手を解きリスティンは、珍しくミスをしたライアーと交代する。服の乱れを直してから持参のマイキューを一回転させ、手に取るとそのまま台へと向かい、構えに入った。
「監査局の情報網なら、あなたの素性を知る者は上層部に当然いる。けど、あなたを信用するかは別。あなたが優しくて、強くて、監査局本部長になれる器でも、認めてはならないと思う反対派はいるの」
知ってる。本音はライアーが煙たいって奴が大半だけど、そいつ等にはライアーを咎めたり追い込む発言力は無いはずだ。面子ってやつが大事なら、尚更な。
何せ、ライアーはイタリア監査局がやむなしに犠牲にしようとした四百名もの人質を、俺とたった二人だけで救出して、その手柄を全て監査局に差し出した。
あの事件の真相を、被害者は誰も知らない。
すべて、ライアーの希望によるものだ。監査局も、被害者もすべて救う選択をした。
「そう、本来ならば、あの事件が反対派を黙らせるきっかけとなった。けど、だからこそあなたは支部長を、指揮を執る立場から辞退しなきゃならない」
カッ! っとキューで玉を突く音が、静かな個室に響いた。
「考えてみて? 本局長が養父殺しの前科を抱えて、それを“今頃”知られて務まるかしら?」
「務まらぁ! 仲間なんだ。ちゃんと話せば、きっと周りも受け入れてくれる」
「それよ」
「は?」
呆然とする俺を一瞥してクソアマは、ハンカチみたいな布を取り出し、マイキューの手入れをする。態度は相変わらずのほほんとしたままで、それが余計に俺を苛立たせた。
勿体ぶるな、早く喋れと拳を握って急かすも、このクソアマは相変わらずマイペースは崩さない。手入れを終えてようやく口を開いた。
「沢山味方がいる。多くの信頼を得ているけど、だからこそ、傷つく者が多い」
「何が言いてぇんだよ。ハッキリ言え!」
「まだ解らないの? お馬鹿ちゃんねえ……ライアーは最初から気付いているわよ?」
リスティンの目線につられ、俺もライアーを見た。いつもと違い、ライアーの様子がおかしい。険しい表情をしていた。
「ライアー?」
「ねえ、ルーポ。あなたさ……イタリア監査局って、どういうとこかちゃんと解ってる?」
知ってら、他国の監査局から爪弾きされた問題児や、荒事を起こしてまで自分の異世界に帰ろうとした奴、凶悪な異獣の大半はここへ集う。
そして集まる監査官も、そういう問題児を抑え込む為に他よりも残忍で規律を重んじる奴らが派遣される。故にイタリア監査局は第二収容所と、俗に監獄監査局なんても呼ばれていた。
柄の悪い場所ってのは、偏見を受けやすい。だから余所からの風当たりも悪い……そうか、この風当たりに問題があるのか。
ライアーが入りみんなを纏め上げて貢献したから、現在では高い評価を得て、周りも見識を改めつつある。
だとすると、面子を意識している反対派がライアーの本局長推薦を防ぐ為、養父殺しをネタに強行手段へと出たら……イタリア監査局は割れちまう。ライアーを信頼する肯定派と、上層部がバックにいる嫌疑派に。
間違い無く二分する。その影響でライアーを慕う監査官、無関係である新人のアンナやフリットまでも睨まれる可能性がある。みんなを巻き込んで監査局が荒れちまう。
それは、ライアーがもっとも望まない状況だ。
「く、でも。それでもあいつらなら──」
「私は嫌よ。悪いけど、『仲間だろ? 頼ってくれ』『一人で抱え込まないで』なんてあなたを慕う奴らみたいな連帯責任やら、一緒に問題を背負う何てお人好しな考えはもってない。寧ろその逆ね。仲間なら自分だけで責任取れ、巻き込むなって感じ」
「お前っ!?」
マイキューを抱え込むように腕を組んでリスティンは、目を鋭くして俺を見た。
「自分の居場所が居心地悪くなるとか、冗談じゃないわよ。みんながみんな、あなた達の味方になれる訳じゃない。家庭もあるし、人生掛けている奴もいる。そいつらにはいい迷惑よ。だから、あなたが辞めれば何事も起きずにすむの。それで解決するなら、私は迷わずあなたを辞めさせる方を選ぶわ」
と言うわけだから、負けたら辞めてね──そう言ってリスティンはこの後、一気に追い上げてライアーのスコアに並ぶも、後一歩というところでミスを犯し、ライアーが逆転勝ちでゲームは終了となる。
この結果に苦い顔をしてリスティンは、深く溜息を吐いた。
「そう、みんなを巻き込んでまで、地位が欲しいのね?」
マイキューを担いでリスティンは、憤りの籠もった足取りで扉の方へと向かう。
「見損なったわ。ライアー」
一方的な悪態、反論の隙も与えずあいつは、乱暴に扉を開けて出て行った。
俺はあいつを引き止めて説得しようとしたが、ライアーが行くなと制止をかけてきた。
「ライアー。でも」
「リスティンは、何も間違ったことはしていないわ」
「……くそっ」
返す言葉もない。言いたいこと、保身に走る奴の気持ちも解らなくない。けど、あんまりじゃねえか。これまで頑張ってきたライアーに、諦めろって言う感じがして。
ちくしょう……また、俺はお前の力になれねえのかよ。
行き場のねえ怒りがこみ上げてくる。悔しさが爆発しねえよう必死に抑えて俺は、ライアーと一緒に無言のまま部屋を後にした。
ライアーが監査局を辞めたのは、それから一週間後の事だった。
いつも可愛い子ぶってて気に入らない奴だったが、性格と態度の問題を除けば監査官の腕、人望共に優れ、ライアーと双璧をなす実力者だった。
現在はライアーに代わりミラノ支部長を継ぐこいつだが、昔はことあるごとにライアーに突っかかり、対立を繰り返していた。
嫌いだからじゃない。競いたいという好意からくるものと、俺を含めて周りも解っていた。
だから、俺はあいつがあんなバカなことを言ったのが許せなかった。
「ヤッホー! ライアー調子はどう? 怪我はもう治った? じゃあアタシと勝負しよ」
ある大事件を解決し、重傷からの復帰後。ライアーはあいつにビリヤード勝負を挑まれた。
「お前なあ、ふざけんなよ」
「いいわよ、やりましょう」
「お、おいライアー、でも……」
「大丈夫」
リハビリがてらに丁度いいと、ライアーは快く受けたが、俺は無理にでも止めさせ、今後ちょっかい出さねえようリスティンを脅すべきだったと、今では後悔している。
ナインボールでの勝負。ライアーは調子よく、順調にボールを落としていった。
「わあ、このままだと負けちゃうかも?」
白々しい。軽いようで、負ける気はさらさらないって不敵さが伝わって来る。だが、同時にいつもとは違う違和感がリスティンの態度にあった。
嫌な予感ってやつだ。それを感じた時に、リスティンは行動に出やがった。
キューを構えるライアーに寄り添い、あいつは囁いた。
「ねえライアー。私と賭けをしない?」
いつもの流れ……リスティンは中盤に入ると何かと賭事を仕掛けてくる。飲み物だの買い物に付き合って奢れだの、割に合わない“要求”をしてきやがる。ふざけた内容に毎回腹を立てた俺だが、今回はそれらを通り越し、俺に手をあげさせるモノだった。
「私が勝ったらあなたは支部長を、いえ、監査局そのものから抜けるの。そして私に支部長の座を譲る。どお?」
思わず飛び出し、俺はあいつの胸ぐらを掴んでた。あいつの赤いYシャツが破れ、胸元のボタンが千切れて飛ぶ。
中を着けないから、あいつの胸は大きくさらけ出された。それでも、恥じらう素振りもなくリスティンは、不敵な態度を曲げず俺を見つめて、ヘビのような艶笑を浮かべた。
気圧されはしなかったものの、本能的に警戒心を促す威圧感は放っていた。
「誤解しないでくれる? 私は、仲間の為、監査局の為に言ったのよ?」
「どういうこったよ? ああ?」
凄む俺様にやれやれと、呆れの仕草を見せリスティンは、胸ぐらを掴まれたままライアーへと視線を送り、話を続けた。
「知らないとは言わせないわよ? ライアー、あなた。養父を自分の手で殺して、遺産をパクったってね?」
「ふざけんなよクソアマが! 真意、真相も知らねえで──」
「でも殺害の事実がある。加えてライアー、あなたは先月ほど解決した大規模事件の功績を讃え、イタリア監査局本部局長推薦の声が上がっている」
「なっ!」
驚きを隠せなかった。ライアーがイタリア監査局の頂点に立てる話は嬉しいものだ。でも、この状況でそれは吉報じゃなく、脅しのネタ。頭の悪い俺でもそれくらい理解出来た。
戸惑いから緩めてしまった俺の手を解きリスティンは、珍しくミスをしたライアーと交代する。服の乱れを直してから持参のマイキューを一回転させ、手に取るとそのまま台へと向かい、構えに入った。
「監査局の情報網なら、あなたの素性を知る者は上層部に当然いる。けど、あなたを信用するかは別。あなたが優しくて、強くて、監査局本部長になれる器でも、認めてはならないと思う反対派はいるの」
知ってる。本音はライアーが煙たいって奴が大半だけど、そいつ等にはライアーを咎めたり追い込む発言力は無いはずだ。面子ってやつが大事なら、尚更な。
何せ、ライアーはイタリア監査局がやむなしに犠牲にしようとした四百名もの人質を、俺とたった二人だけで救出して、その手柄を全て監査局に差し出した。
あの事件の真相を、被害者は誰も知らない。
すべて、ライアーの希望によるものだ。監査局も、被害者もすべて救う選択をした。
「そう、本来ならば、あの事件が反対派を黙らせるきっかけとなった。けど、だからこそあなたは支部長を、指揮を執る立場から辞退しなきゃならない」
カッ! っとキューで玉を突く音が、静かな個室に響いた。
「考えてみて? 本局長が養父殺しの前科を抱えて、それを“今頃”知られて務まるかしら?」
「務まらぁ! 仲間なんだ。ちゃんと話せば、きっと周りも受け入れてくれる」
「それよ」
「は?」
呆然とする俺を一瞥してクソアマは、ハンカチみたいな布を取り出し、マイキューの手入れをする。態度は相変わらずのほほんとしたままで、それが余計に俺を苛立たせた。
勿体ぶるな、早く喋れと拳を握って急かすも、このクソアマは相変わらずマイペースは崩さない。手入れを終えてようやく口を開いた。
「沢山味方がいる。多くの信頼を得ているけど、だからこそ、傷つく者が多い」
「何が言いてぇんだよ。ハッキリ言え!」
「まだ解らないの? お馬鹿ちゃんねえ……ライアーは最初から気付いているわよ?」
リスティンの目線につられ、俺もライアーを見た。いつもと違い、ライアーの様子がおかしい。険しい表情をしていた。
「ライアー?」
「ねえ、ルーポ。あなたさ……イタリア監査局って、どういうとこかちゃんと解ってる?」
知ってら、他国の監査局から爪弾きされた問題児や、荒事を起こしてまで自分の異世界に帰ろうとした奴、凶悪な異獣の大半はここへ集う。
そして集まる監査官も、そういう問題児を抑え込む為に他よりも残忍で規律を重んじる奴らが派遣される。故にイタリア監査局は第二収容所と、俗に監獄監査局なんても呼ばれていた。
柄の悪い場所ってのは、偏見を受けやすい。だから余所からの風当たりも悪い……そうか、この風当たりに問題があるのか。
ライアーが入りみんなを纏め上げて貢献したから、現在では高い評価を得て、周りも見識を改めつつある。
だとすると、面子を意識している反対派がライアーの本局長推薦を防ぐ為、養父殺しをネタに強行手段へと出たら……イタリア監査局は割れちまう。ライアーを信頼する肯定派と、上層部がバックにいる嫌疑派に。
間違い無く二分する。その影響でライアーを慕う監査官、無関係である新人のアンナやフリットまでも睨まれる可能性がある。みんなを巻き込んで監査局が荒れちまう。
それは、ライアーがもっとも望まない状況だ。
「く、でも。それでもあいつらなら──」
「私は嫌よ。悪いけど、『仲間だろ? 頼ってくれ』『一人で抱え込まないで』なんてあなたを慕う奴らみたいな連帯責任やら、一緒に問題を背負う何てお人好しな考えはもってない。寧ろその逆ね。仲間なら自分だけで責任取れ、巻き込むなって感じ」
「お前っ!?」
マイキューを抱え込むように腕を組んでリスティンは、目を鋭くして俺を見た。
「自分の居場所が居心地悪くなるとか、冗談じゃないわよ。みんながみんな、あなた達の味方になれる訳じゃない。家庭もあるし、人生掛けている奴もいる。そいつらにはいい迷惑よ。だから、あなたが辞めれば何事も起きずにすむの。それで解決するなら、私は迷わずあなたを辞めさせる方を選ぶわ」
と言うわけだから、負けたら辞めてね──そう言ってリスティンはこの後、一気に追い上げてライアーのスコアに並ぶも、後一歩というところでミスを犯し、ライアーが逆転勝ちでゲームは終了となる。
この結果に苦い顔をしてリスティンは、深く溜息を吐いた。
「そう、みんなを巻き込んでまで、地位が欲しいのね?」
マイキューを担いでリスティンは、憤りの籠もった足取りで扉の方へと向かう。
「見損なったわ。ライアー」
一方的な悪態、反論の隙も与えずあいつは、乱暴に扉を開けて出て行った。
俺はあいつを引き止めて説得しようとしたが、ライアーが行くなと制止をかけてきた。
「ライアー。でも」
「リスティンは、何も間違ったことはしていないわ」
「……くそっ」
返す言葉もない。言いたいこと、保身に走る奴の気持ちも解らなくない。けど、あんまりじゃねえか。これまで頑張ってきたライアーに、諦めろって言う感じがして。
ちくしょう……また、俺はお前の力になれねえのかよ。
行き場のねえ怒りがこみ上げてくる。悔しさが爆発しねえよう必死に抑えて俺は、ライアーと一緒に無言のまま部屋を後にした。
ライアーが監査局を辞めたのは、それから一週間後の事だった。
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