シャッフルワールド!!外伝──scarlet──
二章 灯される正義の魂(2)
アンナ・バルトローネは、今年で十六歳になる。出身地はラツィオ州のローマ県にある小さな町……確か『鉄の丘』と呼ばれる所だったかな?
  監査官の母と異世界人の父との間に生まれた混血であり、父の能力である『視覚や聴覚などの五感強化』を受け継いでいるのだと、アンナちゃん本人が語っていたのを覚えている。
  アンナちゃんと仲の良いルーポ姉さんから聞いた話によれば、彼女は両親との折り合いが非常に悪く、感情の昂りから父親を刺してしまった過去を持つとのこと。
  きっかけは、能力で父親の汚職を知ったのが原因だったらしく、止めようとした果てにこのような悲劇が起きた。そんな過去の影響から監査官新人として入った頃の彼女は、規律を重んじると同時に冷徹かつ非情でもあったという。
  異世界人に対する扱いが特に厳しくて、軽率な判断で動いて仲間に迷惑を掛けても悪びれなかった少女の手を、戒めに銃で撃ち抜いた事があるらしい。
  そういった経緯を含め、過剰な制裁行為が目に付き彼女は、当時ミラノ支部長に就任したばかりであるライアーさんの下へと送られた。
  どう考えても厄介払い。加えてライアーさんへの悪意、嫌がらせの魂胆が上層部にはあったのかも……と、不快感を露わにしてルーポ姉さんが、吐き捨てる様に口にしてたっけ。
  とにかくアンナちゃん自身の反抗期もあって、ライアーさんとは衝突が絶えずあったらしいけど、色んな出来事を通して僕も知っている現在の彼女になった訳だ。
  正直、昔話を聞いてもちょっと想像がつかないんだよね。彼女にそんな冷酷な一面があったなんてさ。
  クオーレにバイトで働いていた時期もあったけど、そんな冷たさはまるでなかった。誰とでも仲良くなれる暖かさがあり、明るくいきいきしてた。
  そりゃあ社交辞令もあっただろうけど、それでも僕から見た彼女は、真面目だけどどこか抜けてて、愛嬌あって、誰かさんに本当そっくりで……その誰かさんをいつもぼうっと眺めていた。
  恋、友情、尊敬と憧れ、様々な感情が入り混じった瞳を、いつもあの人に向けていた。
  一つに纏めるならばそれは、“好き”という想いが込められた。でも、届かないだろうな……と、諦めもある悲しい眼差し。僕には、そんな彼女の切ない気持ちがようく分かった。
  そういうとこ、何となく僕とそっくりだったから……だから、応援したいなって、そう思っていたんだ。
 「アンナちゃん……」
  病院のベッドで、彼女は眠っている。その姿は包帯だらけで傷ましく、まるでミイラの様だった。
  左手首と、右膝から下が無い。発見された時から、完全に消失していたという。サイドポニーにしていた綺麗な赤髪も、頭に針を縫うため刈り取られてしまっていた。
  女性の髪は、人種問わず宝といえる身体の一部なのに。
  惨い……どうしてだ。彼女はまだ十六歳で、これから大人の女性として成長し、夢を求めて叶える可能性が、未来が沢山あった筈だ。
  普通だろ、それがこの地では普通の筈だろ?
  誰かに酷いことをした過去があったにしても、こんな仕打ちは、あんまりなんじゃないか?
  生きていたのは、不幸中の幸い……?
  寧ろ逆なんじゃないか?
  彼女はこれから、この大きな傷を背負ったまま、生きなきゃならないんだ。
  車椅子に座ったままか、あるいは義手や義足の姿を、事情も知らない周りから後ろ指を差されるだろう。
  そんな世界に幸せが、果たして在るのだろうか?
  邪魔をしたからって、ここまでする必要……あったのか?
  胸が、張り裂けそうだ。知り合って半年程度の付き合いでも、ライアーさんとルーポ姉さんに続く親友だった。
  僕に出来の良い妹がいたら、きっとこんな感じなんだろうなって、会う度に微笑みかけてくれる君を見て、いつも思っていたよ。
  僕ですら、こんな悲しい想いが渦巻くんだ。付き合いが長いライアーさんとルーポ姉さんの心は、僕など到底及ばない激情に駆られている筈だ。
  物静かなその背中から、充分に伝わってくる。二人の悲しみが、必死にそれを抑え込んでいるのも……。
 「アンナ……」
  ライアーさんが彼女の頬に触れようと手を伸ばしたその時、病室の扉が乱暴に開かれた。
  入って来たのは、癖っ毛ある茶髪の少年。
  上から黒のジャケット、焦げ茶のシャツ、ジーンズと一般的な服装。しかし吊り目に眉なしの顔から性格のキツそうな感じが、ドクロのピアスとネックレスという悪趣味なアクセサリーから如何にも不良少年ってのが窺える。
 「アンナ! ……ライアー・アークライトっ!? てめぇ!」
  茶髪の少年は入ってくるなりライアーさんを見て、憂いの表情を怒りに一変させ、唐突に踏み込んでライアーさんの胸ぐらを、乱暴に掴んで引き寄せた。
 「フリット……」
 「何で、何でてめぇがここにいやがる!」
  怒鳴りつける少年。フリットと呼ばれた彼は、親の仇でも見るように鋭く、ヘーゼルの瞳をこらす。
  ここは病院だから、静かにしましょうね──なんて、ヘタレな僕には到底注意出来そうにない威圧感を彼は放っていた。
 「どの面下げて来やがった!」
  こえぇ、この子こえぇ。
  『この面デース!』って笑顔で冗談仄めかせば、確実にぶっ飛ばされるよきっと──って、してなくても殴り掛かって来た!?
 「危な──ッ!」
  危ない──と、そう僕が口にする前にルーポ姉さんが拳を止めて、フリット少年の首を掴んでそのまま強引に廊下へ持って行き、壁に押し付けた。
  くぐもった声が少年の喉から漏れ出す。
 「相変わらず目上への礼儀を知らねえな、クソガキ。それによぉ、病院内ではどこでも静かにするもんだぜ」
  ギラついた眼で、ルーポ姉さんが彼を見た。横顔でも、こっちの方が数倍こえぇ……そりゃ猛犬の子犬と、大人の狼じゃあ差はありますよね。
  でもフリット君も負けじと睨み返している。このままだと、喧嘩になってマズいんじゃあ……。
 「やめなさいルーポ」
 「っ……ライアー」
 「手を、放してちょうだい」
  また暴れ出すかもしれないと懸念があるから、ルーポ姉さんは解放を渋っている様子。けれどジッと睨むライアーさんに気圧され、仕方なくルーポ姉さんは手を放した。
  暴れはしなかったものの、フリット君は敵意を収めずライアーさんを睥睨する。いや、でも、圧されているね彼も。表情が苦しそうだ。
  一番恐ろしいのは、やはりライアーさんなのかもしれない──と、それよりも。
 「ええっと、フリット君だっけ。君は何故、いきなりライアーさんに殴りかかったの?」
  訊ねると、フリット君は僕を睨んだ。
 「誰だてめぇ」
  ま、まあ、そうなるよね。初対面だし。
  とりあえず軽く自己紹介を、そしてライアーさん達との関係も説明して僕は、もう一度訊ねてみた。するとフリット君はライアーさんを指差し──
「殴る理由は、いくらでもあるさ。強いて言うなら、こいつがアンナをこんな風にし、ミラノ支部を潰した張本人だからだ!」
  と、犯人扱いする。支部のカメラには、その事件の記録が残っていたらしい。それを証拠として提示する彼だけど、それでもライアーさんは無実。いや、冤罪なんだ。
 「それは違いますよ。フリット君」
  廊下の奥から声がする。そう、全てはこの声の主、彼女が教えてくれた。
 「彼が犯人でないことは、私がよく知っているのでね」
 「誰だ!」
  フリット君の問いに応じてか、廊下を曲がり彼女、ヴァニラ・モノクロームは姿を現す。
 「やあやあ、初めまして」
  物腰柔らかに彼女はフリット君へ会釈。穏やかな笑みを浮かべた。
  監査官の母と異世界人の父との間に生まれた混血であり、父の能力である『視覚や聴覚などの五感強化』を受け継いでいるのだと、アンナちゃん本人が語っていたのを覚えている。
  アンナちゃんと仲の良いルーポ姉さんから聞いた話によれば、彼女は両親との折り合いが非常に悪く、感情の昂りから父親を刺してしまった過去を持つとのこと。
  きっかけは、能力で父親の汚職を知ったのが原因だったらしく、止めようとした果てにこのような悲劇が起きた。そんな過去の影響から監査官新人として入った頃の彼女は、規律を重んじると同時に冷徹かつ非情でもあったという。
  異世界人に対する扱いが特に厳しくて、軽率な判断で動いて仲間に迷惑を掛けても悪びれなかった少女の手を、戒めに銃で撃ち抜いた事があるらしい。
  そういった経緯を含め、過剰な制裁行為が目に付き彼女は、当時ミラノ支部長に就任したばかりであるライアーさんの下へと送られた。
  どう考えても厄介払い。加えてライアーさんへの悪意、嫌がらせの魂胆が上層部にはあったのかも……と、不快感を露わにしてルーポ姉さんが、吐き捨てる様に口にしてたっけ。
  とにかくアンナちゃん自身の反抗期もあって、ライアーさんとは衝突が絶えずあったらしいけど、色んな出来事を通して僕も知っている現在の彼女になった訳だ。
  正直、昔話を聞いてもちょっと想像がつかないんだよね。彼女にそんな冷酷な一面があったなんてさ。
  クオーレにバイトで働いていた時期もあったけど、そんな冷たさはまるでなかった。誰とでも仲良くなれる暖かさがあり、明るくいきいきしてた。
  そりゃあ社交辞令もあっただろうけど、それでも僕から見た彼女は、真面目だけどどこか抜けてて、愛嬌あって、誰かさんに本当そっくりで……その誰かさんをいつもぼうっと眺めていた。
  恋、友情、尊敬と憧れ、様々な感情が入り混じった瞳を、いつもあの人に向けていた。
  一つに纏めるならばそれは、“好き”という想いが込められた。でも、届かないだろうな……と、諦めもある悲しい眼差し。僕には、そんな彼女の切ない気持ちがようく分かった。
  そういうとこ、何となく僕とそっくりだったから……だから、応援したいなって、そう思っていたんだ。
 「アンナちゃん……」
  病院のベッドで、彼女は眠っている。その姿は包帯だらけで傷ましく、まるでミイラの様だった。
  左手首と、右膝から下が無い。発見された時から、完全に消失していたという。サイドポニーにしていた綺麗な赤髪も、頭に針を縫うため刈り取られてしまっていた。
  女性の髪は、人種問わず宝といえる身体の一部なのに。
  惨い……どうしてだ。彼女はまだ十六歳で、これから大人の女性として成長し、夢を求めて叶える可能性が、未来が沢山あった筈だ。
  普通だろ、それがこの地では普通の筈だろ?
  誰かに酷いことをした過去があったにしても、こんな仕打ちは、あんまりなんじゃないか?
  生きていたのは、不幸中の幸い……?
  寧ろ逆なんじゃないか?
  彼女はこれから、この大きな傷を背負ったまま、生きなきゃならないんだ。
  車椅子に座ったままか、あるいは義手や義足の姿を、事情も知らない周りから後ろ指を差されるだろう。
  そんな世界に幸せが、果たして在るのだろうか?
  邪魔をしたからって、ここまでする必要……あったのか?
  胸が、張り裂けそうだ。知り合って半年程度の付き合いでも、ライアーさんとルーポ姉さんに続く親友だった。
  僕に出来の良い妹がいたら、きっとこんな感じなんだろうなって、会う度に微笑みかけてくれる君を見て、いつも思っていたよ。
  僕ですら、こんな悲しい想いが渦巻くんだ。付き合いが長いライアーさんとルーポ姉さんの心は、僕など到底及ばない激情に駆られている筈だ。
  物静かなその背中から、充分に伝わってくる。二人の悲しみが、必死にそれを抑え込んでいるのも……。
 「アンナ……」
  ライアーさんが彼女の頬に触れようと手を伸ばしたその時、病室の扉が乱暴に開かれた。
  入って来たのは、癖っ毛ある茶髪の少年。
  上から黒のジャケット、焦げ茶のシャツ、ジーンズと一般的な服装。しかし吊り目に眉なしの顔から性格のキツそうな感じが、ドクロのピアスとネックレスという悪趣味なアクセサリーから如何にも不良少年ってのが窺える。
 「アンナ! ……ライアー・アークライトっ!? てめぇ!」
  茶髪の少年は入ってくるなりライアーさんを見て、憂いの表情を怒りに一変させ、唐突に踏み込んでライアーさんの胸ぐらを、乱暴に掴んで引き寄せた。
 「フリット……」
 「何で、何でてめぇがここにいやがる!」
  怒鳴りつける少年。フリットと呼ばれた彼は、親の仇でも見るように鋭く、ヘーゼルの瞳をこらす。
  ここは病院だから、静かにしましょうね──なんて、ヘタレな僕には到底注意出来そうにない威圧感を彼は放っていた。
 「どの面下げて来やがった!」
  こえぇ、この子こえぇ。
  『この面デース!』って笑顔で冗談仄めかせば、確実にぶっ飛ばされるよきっと──って、してなくても殴り掛かって来た!?
 「危な──ッ!」
  危ない──と、そう僕が口にする前にルーポ姉さんが拳を止めて、フリット少年の首を掴んでそのまま強引に廊下へ持って行き、壁に押し付けた。
  くぐもった声が少年の喉から漏れ出す。
 「相変わらず目上への礼儀を知らねえな、クソガキ。それによぉ、病院内ではどこでも静かにするもんだぜ」
  ギラついた眼で、ルーポ姉さんが彼を見た。横顔でも、こっちの方が数倍こえぇ……そりゃ猛犬の子犬と、大人の狼じゃあ差はありますよね。
  でもフリット君も負けじと睨み返している。このままだと、喧嘩になってマズいんじゃあ……。
 「やめなさいルーポ」
 「っ……ライアー」
 「手を、放してちょうだい」
  また暴れ出すかもしれないと懸念があるから、ルーポ姉さんは解放を渋っている様子。けれどジッと睨むライアーさんに気圧され、仕方なくルーポ姉さんは手を放した。
  暴れはしなかったものの、フリット君は敵意を収めずライアーさんを睥睨する。いや、でも、圧されているね彼も。表情が苦しそうだ。
  一番恐ろしいのは、やはりライアーさんなのかもしれない──と、それよりも。
 「ええっと、フリット君だっけ。君は何故、いきなりライアーさんに殴りかかったの?」
  訊ねると、フリット君は僕を睨んだ。
 「誰だてめぇ」
  ま、まあ、そうなるよね。初対面だし。
  とりあえず軽く自己紹介を、そしてライアーさん達との関係も説明して僕は、もう一度訊ねてみた。するとフリット君はライアーさんを指差し──
「殴る理由は、いくらでもあるさ。強いて言うなら、こいつがアンナをこんな風にし、ミラノ支部を潰した張本人だからだ!」
  と、犯人扱いする。支部のカメラには、その事件の記録が残っていたらしい。それを証拠として提示する彼だけど、それでもライアーさんは無実。いや、冤罪なんだ。
 「それは違いますよ。フリット君」
  廊下の奥から声がする。そう、全てはこの声の主、彼女が教えてくれた。
 「彼が犯人でないことは、私がよく知っているのでね」
 「誰だ!」
  フリット君の問いに応じてか、廊下を曲がり彼女、ヴァニラ・モノクロームは姿を現す。
 「やあやあ、初めまして」
  物腰柔らかに彼女はフリット君へ会釈。穏やかな笑みを浮かべた。
「ファンタジー」の人気作品
-
-
3万
-
4.9万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
1万
-
2.3万
-
-
9,709
-
1.6万
-
-
9,544
-
1.1万
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
9,171
-
2.3万
コメント