シャッフルワールド!!外伝──scarlet──
二章 灯される正義の魂(3)
「捜査官のヴァニラ・モノクロームだあ? 知らねえ。監査官じゃねえのかよ」
露骨に口を歪めるフリット君。疑いの眼差しが刺さって痛いよママー。心が痛いよー。緊張のあまりもう衣服が濡れそう。
そりゃあもう、汗でね。
「フフ、まあ知らないのも無理はありません。私、監査局の裏の顔。シークレットですからぁー!」
ですから~ ですからぁ~
静かな病院の廊下な為、胸を抱いてセクシーポーズを決めた私の美声が木霊する。フフ、決まりましたね悩殺攻撃。
このワガママ身体が視線を注いでます。皆さん魅了されてますね!
おや、どうされましたライアーさん。私の顔をそんな真面目に見詰めるなんて、もう興奮しちゃうではありませんか。
「ヴァニラ……あなたのキャラは嫌いじゃないけど、院内では静かにね」
ワオ、辛辣。
「ですよねえライアーさん。まったく騒ぐなんてアデル君。君はほんとしょうがねえチェリオだ」
やれやれと頭を振り、アデル君を一瞥。そう、私は何も悪くない。君が望んだからサービスしたのさッ!
「ええ、僕っ!? てゆうかチェリオって何!?」
「さらりとアデルに罪を擦り付けんなクソアマ。おめえに言ったんだよライアーは!」
「アッハッハ、そんな馬鹿なぁ。礼節を弁えている美人の私がそんな真似しませんよ──ごがっ!?」
度が過ぎたようで、ルーポさんにゲンコツされちゃいました。いやはや、地面に顔面突っ込んでしまいましたよ。私じゃなかったら死んでますよねコレ。
潰れたトマトみたいになってましたよきっと……にしても、お尻突き出したままのこの姿勢、何か変な気分になります。ああ、目覚めそう。私の内に眠る何かが目覚めそう。
身体が奮えてきた!
「おい、変人女。ライアーが犯人じゃないってのは、どういうこった」
シーン……ヴァニラ様は気絶している。アウチっ!
「黙ってねえで言えクソアマ。話が進まねえだろ」
フリット君の問いを無視したら、ルーポさんにお尻蹴られちゃいました。まったく酷い扱いだ。私のことを変人だのクソだの……だがしかし、悪くないこの刺激ッ! もっとお願いします。
と、言いたいとこですが。まあ、彼女の言葉も御尤もです。なら語るとしましょう。尻でなぁッ!
「実は私。昨日の夜からライアーさんをストーキングしてましてね」
「やめろ馬鹿。台詞に合わせて腰ビクビクさせんな」
「お尻が喋ってるみたいですね。あとストーキングって……言い方……」
「ちゃんと証拠の写真もあるのですよ。ほら」
「どっから写真出してんだテメェは!?」
空間転移でお尻から、ビラを巻くように写真を飛ばしてみました。
ヒラヒラ宙を舞う写真を、ルーポさんとフリット君が自分に飛んで来たとこで指でキャッチ。ツッコミつつもちゃんと取るのですね。
「確かに、こりゃあ昨日のやつだな」
「動画もありますよ? はい、タブレット」
「だからそっから出すんじゃねえよ!? いい加減立て!」
ペシンッと、ルーポさんが私にスパンキング。
「あんっ! さすがルーポさんキレがある。そっちの才能ありますよ」
「マジでぶっ殺すぞてめぇは! ひゃうっ!?」
突っ込むルーポさんの脇腹をチョンと親指で指圧するライアーさん。ひゃうって、ルーポさん案外可愛い声出しますね。
「ルーポ。ここ病院。しかもすぐそこの部屋ではアンナが寝ているのよ?」
「あ……悪い、つい」
「ま、何にせよ。ライアーさんの無実は私が既に証明しています。監査局本部へも連絡済みなのですよ。そう、すべては私のおかげで!」
すっくと立ち上がり、己を親指で差して自己アピール。そして皆へニヤリ。
どうです私、優秀でしょう?
役立つでしょう?
褒め称えよフハハハっ!
「イラッてくるわそのツラ……」
ワオ、辛辣。
「……だから何だってんだ」
「おや?」
どうやらフリット君にはこの事実、納得いかない模様。ならば事件を起こしたのもパラレルワールドのライアーさんだということ、ライアーさんは彼女に罪を着せられたということも、私が丁寧に教えてさしあげましょう。
「だから、それが何だってんだ!」
あ、あらら、逆効果でした。何故か憤怒するフリット君。かくなる上はそのボサボサ頭を私の胸に埋めて、大人しくなるまでハグすしかッ!
いや、その唇を私の唇で塞ぐのもアリですね。じゅるりッ!
「どう取り繕ったとこで、結局はてめぇの所為だろうが、ライアー! てめぇが監査局を辞めてなかったら、こんなことにならなかった!」
「……フリット」
「ふざけやがって、何がパラレルワールドの自分だ。じゃあ皆を傷付けたってことは、紛れもないてめぇ自身の意思ってことだろ? 並行世界とはいえ同一人物、本人であることに変わりねえんだもんな。思考も似通ってると考えたなら、それもあるだろ?」
「フリット……それは」
「違うとか抜かす気か? どうせそれも嘘だろ。てめぇは名前通りそうゆう奴だ。俺との約束も破ったどころか、覚えてすらねえくせに」
そんなこと無い、約束は忘れてなんかいない──一瞬ですが、そうライアーさんの顔に憂愁が表れましたね。
否定を口にしたく踏み出そうとするも、聞く耳持たずで勢いがついてしまったフリット君は、遮る様にキツい言葉を浴びせてくる。
怯むな、頑張れライアーさん。生意気少年をねじ伏せるのです。そう、物理的に!
「信用出来ねえんだよ俺は、理由も告げず、皆の期待裏切って監査局を辞めたてめぇをよ」
指を差し、言い捨てたフリット君に対しライアーさんは、黙したまま憂いの眼で彼を見つめている。
私はここからアッーな展開を希望します……冗談ですよ、ハイ。だからルーポさん。私の背中をそんな睨まないで下さい。ぶつけてくる殺気がパネェです。
「はっ、んだよその眼。どうせフリだ、何も想っちゃいねえんだろ? だから俺達に黙って、勝手に辞めちまっ──」
フリット君が言い切る前に、怒りの形相でルーポさんが胸ぐらを掴み、彼を壁へ押さえ付けた。
ああ、私に対する眼差しではなかったのですね。良かった。
「ルーポっ」
「ルーポ姉さん!?」
「ぐぁ!? てめっ、離せこの男女!」
もがきながら、フリット君はルーポさんのお腹を蹴る。蹴り続ける。いやはや、躊躇いなく女性のお腹を蹴るとは、子供はホントに容赦を知らないです。
ですが、ルーポさんには効いてないようだ。怯むどころかピクリと動かない。まあ、人間の子供が石柱を蹴って揺れる道理はありませんからね。彼にはこの拘束から脱する術もないかと。
もがくフリット君にルーポさんは、物凄い剣幕で詰め寄り、そして言う。
「何が、ふざけんなだ。何が、俺達のこと想ってねえだ……ライアーがどんな、どんな気持ちで辞めたかも知らねえくせに!」
「止めなさい、ルーポ」
「止めねえ……いいかクソガキ! ライアーはな、お前らの──」
『ルーポッ!』
何かを伝えようとしたルーポさんの声を、ライアーさんの怒号がかき消した。
ふむ、意外な一面ですね。おそらくルーポさんも初めて耳にしたのでしょう。ビクッと身体が跳ね、フリット君の胸ぐらを放してしまいましたよ。
「ら、ライアー……」
「止めろと言ったのよ? 二度も言わせないで」
表情こそ怒っていないようですが……彼の目つきには、ルーポさんですら戦慄かせる凄みがある。さすが、統べる者なだけありますね。
「わかったよ……」
シュンと、親に叱られて落ち込む子供みたく、ルーポさんはフリット君から離れた。
ふむ、ライアーさんのおかげでこの場は落ち着きましたね。
とはいえ、この暗い空気。長居はよろしくない。互いにまだ言いたいことあるんでしょうが──ここは一旦、シメにしましょう。
両者の間に割って入り、話を付けるとしますか。ま、こういう時の為に私はいるのですからね。率先してやらねばなりません。
「とりあえず、今日はここらでおいとましません? さすがにこんな騒ぐと人が来ると思うのでね。患者にも迷惑だ」
「てめぇが言うなよ、てめぇが」
ワオ、ブーメラン。ホント容赦ないですねルーポさん。そんなあなたも大好きだ!
「んっふふ。まあまあ、そこは気にしない♪」
「わっ、ヴァニラさん!?」
「お、おいこら、引っ張るな!」
「いっきまっすよ。お二方」
フリット君の睨めっこに付き合っている暇はありません。もう用は済んでますしね。
なのでアデル君とルーポさんの腕を掴み、抱き寄せて私は、二人を引っ張りこの場から連れ出すことにします。
そうでもしないと、また言い争うでしょうからね。特にルーポさんが。
「さ、ライアーさんも行きましょう」
「ええ……」
声を掛けると、小さくライアーさんは頷き私達の後を続く──と、少し歩いて立ち止まり彼は、フリット君の方を向いた。
何やら語り掛けていますが、神経逆撫でするようなこと口にしてません?
フリット君、何とも言えない複雑な表情してますけど……。
ま、あまり二人の関係に首を突っ込むのは無粋ですかな。何より、ライアーさんの表情に心の危うさは見られませんしね。払拭したのなら、訊かないでおきますよ。
「行きましょう、みんな」
そう言ってライアーさんは、悠然と私達の前を進む。彼の背中には迷いがない。小柄なのに、不思議と大きく見える。
ふむ、悪くない。やはり彼なら、彼女の野望を止められる……いや、脅威と確信していたからこそ彼女は、目的を後回しにしてまで今回の件を引き起こしたのか?
ただの最強では、破壊者や征服者では彼女を倒せない。いいえ、戦う事すら叶わないでしょう。そうでなければ、とっくに私がケリつけてます。
だから彼女は、堂々とこの世界を歩ける。なのに寄り道を、遠回りをしてまでライアーさんの動きを封じようとした。
よほど彼の存在が疎ましく思えるのでしょうね。ならば尚更だ。私がライアーさんを連れて来てあげますよ。私は嫌がらせが大好きなのでね。
「ふふっ」
私がしつこい女だってこと、思い出させてあげましょう。
「何にやついてんだ。気持ち悪いな」
おっといけない、顔に出てましたか。
「計画通りって言う、凶悪犯の笑みでしたよ。今の」
「何を言いますかアデル君。企んでるのは認めますが、そんなあくどい顔するはずありませんよ」
「鏡を見てこいよ、受付戻ってすぐ横に化粧室あっから……って、あれ?」
キョロキョロと、ルーポさんが辺りを見渡す。今いるホールには、スタッフや診察待ちの患者さんなどいますが……あら?
「どうしました、ルーポ姉さん?」
「いませんね……ライアーさんが」
「え?」
呆けた顔でアデル君は私を見る。どうやら言われるまで気付かなかったようだ。
「何だライアーの奴。いったい何処へ行っ……」
言葉を切るなり、唐突にルーポさんは走り出す。
「あ、ルーポ姉さん!」
「どうしましたルーポさ──っ!?」
ちょっと待て、馬鹿か私は?
何でライアーさんの動きを、封じる程度と考えていた?
彼女一人と、連れの幽霊一体、それだけでこの世界に渡ったから?
落とし穴はそこか! クソ!
私もライアーさんの行方を捜さねばっ──ちぃ、気配が無くなっている。おそらくルーポさんも感知出来てない。だからあんな慌てて駆け出したんだ。
「あ! ヴァニラさんまで、どうしたんですか!?」
何で気付かなかった。奴がこっちの世界の人間を手駒にしていると!
それにライアーさんの日常も、私は調べていた。なら視野に入れるべきだった。
彼女が、常人離れした能力者に殺しの依頼をすると……。
らしくないミス。これも彼女の持つ、あの力の影響か?
何にせよ急がねば──彼にもしもの事があれば、大変なことになる。
「無事でいて下さい。ライアーさん!」
露骨に口を歪めるフリット君。疑いの眼差しが刺さって痛いよママー。心が痛いよー。緊張のあまりもう衣服が濡れそう。
そりゃあもう、汗でね。
「フフ、まあ知らないのも無理はありません。私、監査局の裏の顔。シークレットですからぁー!」
ですから~ ですからぁ~
静かな病院の廊下な為、胸を抱いてセクシーポーズを決めた私の美声が木霊する。フフ、決まりましたね悩殺攻撃。
このワガママ身体が視線を注いでます。皆さん魅了されてますね!
おや、どうされましたライアーさん。私の顔をそんな真面目に見詰めるなんて、もう興奮しちゃうではありませんか。
「ヴァニラ……あなたのキャラは嫌いじゃないけど、院内では静かにね」
ワオ、辛辣。
「ですよねえライアーさん。まったく騒ぐなんてアデル君。君はほんとしょうがねえチェリオだ」
やれやれと頭を振り、アデル君を一瞥。そう、私は何も悪くない。君が望んだからサービスしたのさッ!
「ええ、僕っ!? てゆうかチェリオって何!?」
「さらりとアデルに罪を擦り付けんなクソアマ。おめえに言ったんだよライアーは!」
「アッハッハ、そんな馬鹿なぁ。礼節を弁えている美人の私がそんな真似しませんよ──ごがっ!?」
度が過ぎたようで、ルーポさんにゲンコツされちゃいました。いやはや、地面に顔面突っ込んでしまいましたよ。私じゃなかったら死んでますよねコレ。
潰れたトマトみたいになってましたよきっと……にしても、お尻突き出したままのこの姿勢、何か変な気分になります。ああ、目覚めそう。私の内に眠る何かが目覚めそう。
身体が奮えてきた!
「おい、変人女。ライアーが犯人じゃないってのは、どういうこった」
シーン……ヴァニラ様は気絶している。アウチっ!
「黙ってねえで言えクソアマ。話が進まねえだろ」
フリット君の問いを無視したら、ルーポさんにお尻蹴られちゃいました。まったく酷い扱いだ。私のことを変人だのクソだの……だがしかし、悪くないこの刺激ッ! もっとお願いします。
と、言いたいとこですが。まあ、彼女の言葉も御尤もです。なら語るとしましょう。尻でなぁッ!
「実は私。昨日の夜からライアーさんをストーキングしてましてね」
「やめろ馬鹿。台詞に合わせて腰ビクビクさせんな」
「お尻が喋ってるみたいですね。あとストーキングって……言い方……」
「ちゃんと証拠の写真もあるのですよ。ほら」
「どっから写真出してんだテメェは!?」
空間転移でお尻から、ビラを巻くように写真を飛ばしてみました。
ヒラヒラ宙を舞う写真を、ルーポさんとフリット君が自分に飛んで来たとこで指でキャッチ。ツッコミつつもちゃんと取るのですね。
「確かに、こりゃあ昨日のやつだな」
「動画もありますよ? はい、タブレット」
「だからそっから出すんじゃねえよ!? いい加減立て!」
ペシンッと、ルーポさんが私にスパンキング。
「あんっ! さすがルーポさんキレがある。そっちの才能ありますよ」
「マジでぶっ殺すぞてめぇは! ひゃうっ!?」
突っ込むルーポさんの脇腹をチョンと親指で指圧するライアーさん。ひゃうって、ルーポさん案外可愛い声出しますね。
「ルーポ。ここ病院。しかもすぐそこの部屋ではアンナが寝ているのよ?」
「あ……悪い、つい」
「ま、何にせよ。ライアーさんの無実は私が既に証明しています。監査局本部へも連絡済みなのですよ。そう、すべては私のおかげで!」
すっくと立ち上がり、己を親指で差して自己アピール。そして皆へニヤリ。
どうです私、優秀でしょう?
役立つでしょう?
褒め称えよフハハハっ!
「イラッてくるわそのツラ……」
ワオ、辛辣。
「……だから何だってんだ」
「おや?」
どうやらフリット君にはこの事実、納得いかない模様。ならば事件を起こしたのもパラレルワールドのライアーさんだということ、ライアーさんは彼女に罪を着せられたということも、私が丁寧に教えてさしあげましょう。
「だから、それが何だってんだ!」
あ、あらら、逆効果でした。何故か憤怒するフリット君。かくなる上はそのボサボサ頭を私の胸に埋めて、大人しくなるまでハグすしかッ!
いや、その唇を私の唇で塞ぐのもアリですね。じゅるりッ!
「どう取り繕ったとこで、結局はてめぇの所為だろうが、ライアー! てめぇが監査局を辞めてなかったら、こんなことにならなかった!」
「……フリット」
「ふざけやがって、何がパラレルワールドの自分だ。じゃあ皆を傷付けたってことは、紛れもないてめぇ自身の意思ってことだろ? 並行世界とはいえ同一人物、本人であることに変わりねえんだもんな。思考も似通ってると考えたなら、それもあるだろ?」
「フリット……それは」
「違うとか抜かす気か? どうせそれも嘘だろ。てめぇは名前通りそうゆう奴だ。俺との約束も破ったどころか、覚えてすらねえくせに」
そんなこと無い、約束は忘れてなんかいない──一瞬ですが、そうライアーさんの顔に憂愁が表れましたね。
否定を口にしたく踏み出そうとするも、聞く耳持たずで勢いがついてしまったフリット君は、遮る様にキツい言葉を浴びせてくる。
怯むな、頑張れライアーさん。生意気少年をねじ伏せるのです。そう、物理的に!
「信用出来ねえんだよ俺は、理由も告げず、皆の期待裏切って監査局を辞めたてめぇをよ」
指を差し、言い捨てたフリット君に対しライアーさんは、黙したまま憂いの眼で彼を見つめている。
私はここからアッーな展開を希望します……冗談ですよ、ハイ。だからルーポさん。私の背中をそんな睨まないで下さい。ぶつけてくる殺気がパネェです。
「はっ、んだよその眼。どうせフリだ、何も想っちゃいねえんだろ? だから俺達に黙って、勝手に辞めちまっ──」
フリット君が言い切る前に、怒りの形相でルーポさんが胸ぐらを掴み、彼を壁へ押さえ付けた。
ああ、私に対する眼差しではなかったのですね。良かった。
「ルーポっ」
「ルーポ姉さん!?」
「ぐぁ!? てめっ、離せこの男女!」
もがきながら、フリット君はルーポさんのお腹を蹴る。蹴り続ける。いやはや、躊躇いなく女性のお腹を蹴るとは、子供はホントに容赦を知らないです。
ですが、ルーポさんには効いてないようだ。怯むどころかピクリと動かない。まあ、人間の子供が石柱を蹴って揺れる道理はありませんからね。彼にはこの拘束から脱する術もないかと。
もがくフリット君にルーポさんは、物凄い剣幕で詰め寄り、そして言う。
「何が、ふざけんなだ。何が、俺達のこと想ってねえだ……ライアーがどんな、どんな気持ちで辞めたかも知らねえくせに!」
「止めなさい、ルーポ」
「止めねえ……いいかクソガキ! ライアーはな、お前らの──」
『ルーポッ!』
何かを伝えようとしたルーポさんの声を、ライアーさんの怒号がかき消した。
ふむ、意外な一面ですね。おそらくルーポさんも初めて耳にしたのでしょう。ビクッと身体が跳ね、フリット君の胸ぐらを放してしまいましたよ。
「ら、ライアー……」
「止めろと言ったのよ? 二度も言わせないで」
表情こそ怒っていないようですが……彼の目つきには、ルーポさんですら戦慄かせる凄みがある。さすが、統べる者なだけありますね。
「わかったよ……」
シュンと、親に叱られて落ち込む子供みたく、ルーポさんはフリット君から離れた。
ふむ、ライアーさんのおかげでこの場は落ち着きましたね。
とはいえ、この暗い空気。長居はよろしくない。互いにまだ言いたいことあるんでしょうが──ここは一旦、シメにしましょう。
両者の間に割って入り、話を付けるとしますか。ま、こういう時の為に私はいるのですからね。率先してやらねばなりません。
「とりあえず、今日はここらでおいとましません? さすがにこんな騒ぐと人が来ると思うのでね。患者にも迷惑だ」
「てめぇが言うなよ、てめぇが」
ワオ、ブーメラン。ホント容赦ないですねルーポさん。そんなあなたも大好きだ!
「んっふふ。まあまあ、そこは気にしない♪」
「わっ、ヴァニラさん!?」
「お、おいこら、引っ張るな!」
「いっきまっすよ。お二方」
フリット君の睨めっこに付き合っている暇はありません。もう用は済んでますしね。
なのでアデル君とルーポさんの腕を掴み、抱き寄せて私は、二人を引っ張りこの場から連れ出すことにします。
そうでもしないと、また言い争うでしょうからね。特にルーポさんが。
「さ、ライアーさんも行きましょう」
「ええ……」
声を掛けると、小さくライアーさんは頷き私達の後を続く──と、少し歩いて立ち止まり彼は、フリット君の方を向いた。
何やら語り掛けていますが、神経逆撫でするようなこと口にしてません?
フリット君、何とも言えない複雑な表情してますけど……。
ま、あまり二人の関係に首を突っ込むのは無粋ですかな。何より、ライアーさんの表情に心の危うさは見られませんしね。払拭したのなら、訊かないでおきますよ。
「行きましょう、みんな」
そう言ってライアーさんは、悠然と私達の前を進む。彼の背中には迷いがない。小柄なのに、不思議と大きく見える。
ふむ、悪くない。やはり彼なら、彼女の野望を止められる……いや、脅威と確信していたからこそ彼女は、目的を後回しにしてまで今回の件を引き起こしたのか?
ただの最強では、破壊者や征服者では彼女を倒せない。いいえ、戦う事すら叶わないでしょう。そうでなければ、とっくに私がケリつけてます。
だから彼女は、堂々とこの世界を歩ける。なのに寄り道を、遠回りをしてまでライアーさんの動きを封じようとした。
よほど彼の存在が疎ましく思えるのでしょうね。ならば尚更だ。私がライアーさんを連れて来てあげますよ。私は嫌がらせが大好きなのでね。
「ふふっ」
私がしつこい女だってこと、思い出させてあげましょう。
「何にやついてんだ。気持ち悪いな」
おっといけない、顔に出てましたか。
「計画通りって言う、凶悪犯の笑みでしたよ。今の」
「何を言いますかアデル君。企んでるのは認めますが、そんなあくどい顔するはずありませんよ」
「鏡を見てこいよ、受付戻ってすぐ横に化粧室あっから……って、あれ?」
キョロキョロと、ルーポさんが辺りを見渡す。今いるホールには、スタッフや診察待ちの患者さんなどいますが……あら?
「どうしました、ルーポ姉さん?」
「いませんね……ライアーさんが」
「え?」
呆けた顔でアデル君は私を見る。どうやら言われるまで気付かなかったようだ。
「何だライアーの奴。いったい何処へ行っ……」
言葉を切るなり、唐突にルーポさんは走り出す。
「あ、ルーポ姉さん!」
「どうしましたルーポさ──っ!?」
ちょっと待て、馬鹿か私は?
何でライアーさんの動きを、封じる程度と考えていた?
彼女一人と、連れの幽霊一体、それだけでこの世界に渡ったから?
落とし穴はそこか! クソ!
私もライアーさんの行方を捜さねばっ──ちぃ、気配が無くなっている。おそらくルーポさんも感知出来てない。だからあんな慌てて駆け出したんだ。
「あ! ヴァニラさんまで、どうしたんですか!?」
何で気付かなかった。奴がこっちの世界の人間を手駒にしていると!
それにライアーさんの日常も、私は調べていた。なら視野に入れるべきだった。
彼女が、常人離れした能力者に殺しの依頼をすると……。
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