ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?

初柴シュリ

第三十六話




  そして、歓迎会当日。日も暮れてきた月夜の中、ヴィルヘルムらは歓待に備えて礼装を整えていた。


「……というか、私も出なきゃいけないのよね」

「ミミもですか……ちょっと慣れないです」

「ええい、少し位は黙って準備が出来ないのか。私とてこの様な服装、ヴィルヘルム様の頼みでも無ければ着たくも無い」


  各々愚痴を言いつつも、渋々と用意された豪奢なドレスを着付けていく。どれも好みとは外れているが、それが礼儀なのだから仕方がない。万が一礼を失してヴィルヘルムの権威を削ぐことにでもなれば、それこそ本末転倒だ。


「それにしてもこの服装、ちょっと派手過ぎない?  こうも開けてるとこう……スースーするというか」


  チラチラと後ろを気にするアンリだが、この服装では彼女が神経質になるのも仕方のない事である。

  デザインは随分と大胆で、腰元あたりまでぱっくりと背中側が開かれているのが特徴的だ。なにせ真っ白な肌がこれでもかと晒されているのだから、年頃の婦女としては気になる所だろう。自身の長く伸びた金髪が、少しでも露出を減らしてくれることに期待するのみである。

  おまけに素材が薄いのか、アンリのよく育ったプロポーションが服の下からでも激しく自己主張をしている。それは通りすがる男が総じて振り返りそうなほどであり、普段からプレートメイルで押さえつけられている部分がどれだけ凄いのかというのを如実に表している。

  斬鬼は視線をアンリの胸元へと向ける。聳え立つのは、明らかに平均より大きい双子山。

  続いて見るのは自身の胸元。広がるのはなだらかな丘陵、どこまでも広がる平原。


「……チッ!  どうでも良いだろうこの痴女が」

「ち、痴女は言い過ぎでしょうよ!  私だって好きでこれ着てる訳じゃないんだから!」

「黙れ駄肉が」

「駄肉!?」


  遂に言い掛かりが罵倒へと変化する斬鬼。まあ、理由は言わずもがなといったところだろうか。

  ちなみに斬鬼とミミのドレスは、アンリの物ほど扇情的ではない。ミミは年齢を考慮すれば当たり前の事だが、やはり斬鬼は納得がいかない。
  別に人間相手に魅力を振りまこうとは毛ほども考えていないが、これはヴィルヘルムが見ている場。ここで少しでもアピールをしておきたいのが乙女心というものだろう。

  因みに、乙女と呼べる年齢かどうかというのはこの場合議論に値しない事である。


「うう、まさかミミがこんな場に出ることになるなんて……嬉しいやら、辛いやらでお腹が一杯です」

「その為に礼儀作法をある程度叩き込んでおいたんだ。礼儀の『れ』の字位は知っておかなければ、ヴィルヘルム様の従者たる資格は無いからな」

「その初お披露目の場が大舞台っていうのも胃が痛くなる理由なんですけどねー……」


  どこか遠い目をしながら呟くミミ。いくら他国とはいえ、相手は一国の王。スラム出身の身としては、どうしても心の何処かで萎縮してしまうのが性というものである。

  覚えたての知識をひけらかすには躊躇いがある様に、実践もしていないマナーを行なって恥をかくという事に、ミミは若干の不安を感じていた。

  そんな心配を馬鹿馬鹿しいとばかりに、斬鬼は深いため息をつく。


「相手を王などと思うからそうなるのだ。普段の練習通りにやれば、少なくとも及第点は与えられる。いつも通りにーーむ、いや待て。ニンゲンごときと私を少しでも同率に見られるのは癪だな。やはり辞めだ、周りの奴らはパン屑か何かだと思っておけ」

「はいっ!」

「(ミミも随分と毒されてきたわね……)」


  このまま斬鬼の教え通りの魔人族至上主義に傾倒していかないか、内心で不安になってくるアンリであった。

  女三人寄れば姦しいとはよく言われるが、姦しさとは何処か違うような彼女達の会話は、部屋のドアを叩く音で遮られる。

  恐らく歓迎会の案内に来た従者だろう。普通ならば待つ側の斬鬼達であるが、生憎とそういった貴族然とした思考を持っているのは三人の中で斬鬼のみ。お得意の庶民性を発揮したアンリは、返事をしながらその扉を手ずから開けた。いや、開けてしまった。


「はいはーい、今行きま……って、え」

「……」


  そこに立っていたのは、ノックをした体勢のまま固まったヴィルヘルムだった。

  当然予測すらしていなかったアンリは驚く。だが、それ以上に驚いていたのが当のヴィルヘルムである。
  見覚えの無いスーツが事前に用意されていた為、当然彼女達も礼服に着替える事は想像できていたが、それでも想像と現実は別物。贔屓目に見ても眉目秀麗といえる彼女達の姿は、童貞たる彼の目にはこれでもかというほど煌びやかに写っていた。


(あばばばばば肌色多過ぎない?  いや、確かに絵で見たドレスもこんな感じだったけど、それにしても胸元とかやば過ぎでしょ)


  動揺の限りを尽くす内心。彼女達と比べると、幾分か丈の余っている自身のズボンが酷く見窄らしく思えてくる。これを用意したのは誰だ、と見当違いだと思いながらも見えない誰かに恨みをぶつける。

  因みに丈が余っているのは、ヴィルヘルムの事をはっきりと理解していなかった服飾担当者のせいである。大多数の認識が斬鬼の事を話題のヴィルヘルムだと考えていた為、横にいた彼の事など欠片も気にしていなかったのだ。恨みをぶつける相手としては正常である。
  

(やべ、あんまり凝視してると疑われる……ほんと、胸なんか見てないから。興味なんてないから)


  内心の動揺を誤魔化す為、咄嗟にヴィルヘルムは片手を突き出し、滅多に動くことが無い唇を必死に稼働させる。


「……行くぞ。パーティーの時間だ」

(ああーーーー!!!  高圧的ィーーーー!!!)


  彼なりにかつて読んだ本の言動を参考にしたのだが、出て来たのは色気の欠片も無いシンプル過ぎる言葉。これではお誘いではなく、ただの命令である。

  だが、ヴィルヘルムが混乱の境地にいるならば、アンリもまた混乱の極み。想像していなかった人物が現れて、想像もしていなかった言葉を掛けられた結果、彼女の脳は思考を放棄。どこか赤みがかった顔で、彼の申し出を受け取った。


「……は、はい。喜んで……」


  そして重なる右手と左手。ヴィルヘルムは軽く一礼すると、そのまま彼女の手を引き歩き出す。


(……う、上手くいってしまった……エスコートの経験無いんだけど、ってか会場どこだ)


  まあ、混乱の結果とはいえコミュ障にとっては大きな一歩といえるだろう。



















◆◇◆














  さて、いよいよパーティー本番。国内の要人が一堂に介し、魔王からの使者を歓迎するのが目的の会なのだが。


「これはこれは斬鬼様。私、アザレーヌ領を治めておりますフィオナ・アザレーヌ公爵というものです。この度は是非ともヴィルヘルム様に御目通りしたく……」

「挨拶ならば私が受け取ろう。ヴィルヘルム様は今お忙しいのでな」

「え?  いえ、軽い挨拶程度ですので出来れば直接……」

「聞こえなかったか?  ヴィルヘルム様の手を煩わせるまでも無い。雑事はこの私が引き受けると言っている」


  ……と、この様にぴったりと張り付いた斬鬼が一切ヴィルヘルムへの挨拶を通さない。このパーティーは立食形式の筈だが、ヴィルヘルムはどこからか引っ張り出された豪華な椅子に腰掛け、うず高く食材が積まれた皿を片手に黙々と格闘していた。

  かつていつ食材が切れるか分からない生活を送っていたヴィルヘルムは、食える時には食えるだけ食っておくという習慣が身についていた。その為、比較的他者と比べれば食べられる方といえる。


(しかし、幾ら何でもこれは無いだろ)


  確かに、腹は減っていた為料理に目線は向けていた。それを目ざとく見つけた斬鬼が、『私が配膳いたしましょう。ヴィルヘルム様はここでお待ちください』と言った為その好意にも甘えた。そして更に言えば立食とは知らなかった為、どこから引っ張り出したのか分からない椅子に腰掛けてしまったのも確かである。

  しかし、だからといってこれは無いだろうとヴィルヘルムは今更ながらに後悔していた。先程から目の前で挨拶に来た貴族と思しき人々が斬鬼の冷たい視線を向けられすごすごと帰って行く様子を見るたび、小市民の心が罪悪感を訴えかけてくる。

  一流の料理人が作ったのか、どれも味は良い。良いのだが、それでもどこか気まずいのは気のせいでは無いだろう。


  そんなヴィルヘルムの内心などいざ知らず、貴族を送り返す作業を繰り返していた斬鬼は、苛立つ己の心をだんだん隠しきれなくなっていた。


「クソ……あのニンゲンは一体どこにいる?」


  このニンゲンという言葉には二つの意味が含まれている。一つ、例の新しい勇者。彼も要人の筈だが、なぜかこの場には来ていない。そしてもう一つ、先程までいたはずのアンリである。

  人間を対等な種族として見れていない斬鬼は、無意識に罵倒の言葉を吐いてしまう。その為、折衝は全てアンリに任せようと思っていたのだが、何故か忽然と姿を消してしまったのである。

  若干とはいえ仕事ぶりを認め掛けていた矢先にこの始末。斬鬼が苛立つのも無理はない。勝手な期待と言われればそれまでだが、それでも確かに裏切られたのだから。

  側に立つミミも、諜報の対象が居ないのであれば宝の持ち腐れである。困惑した様子で斬鬼の事を見上げるが、それで何が解決するわけでもなかった。

  まさに無駄な時間。無為な行為。何の収穫も得られないまま、パーティーは恙無く進んでいく。

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