ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?

初柴シュリ

第二十九話





「ああ、ファリアスか。お客様の案内かい?」


  王女に連れられる道中、廊下の先から現れた一人の青年が親し気に声を掛けてくる。

 服装はヴィルヘルム達にとって見慣れない仕立ての物だが、その材質は傍目にも上等なものだと分かる。恐らくは貴族、王女への親しげな雰囲気からして王族という線もあり得る、と斬鬼は内心で当たりを付けた。


「あ、サカグチ様! ええ、魔人族のお方たちが遂に来てくれたんです。きっとお父様もお喜びになる事でしょう」

「それは確か先日言っていたっていう……なるほど、貴女が天魔将軍のヴィルヘルムさんですね。噂には聞いていますよ、なんでも《瞬刻》との二つ名があるとか。私も腕には多少覚えがある身、いずれは手合わせ願いたいものですね」


 サカグチと呼ばれたその男はスッ、と右手を差し出してくる。だが、その相手が悪かった。


「……貴様、私の前でヴィルヘルム様を間違えるとは良い度胸だな。名も名乗らぬ無礼者が」


 そう、彼がヴィルヘルムだと思って手を差し出した相手は、なんと斬鬼だったのだ。

  確かに雰囲気からして、影の薄いヴィルヘルムの方が地位が高いと想像できる者はそうそういない。道行く十人に聞けば八、九人は斬鬼の方が偉そうだと答えるだろう。彼が思わず間違えてしまった事にも同情できる。

  だが、斬鬼からしてみればヴィルヘルムが間違えられるというのはこの上ない程の侮辱である。相手が王族かも知れないと考えたばかりだが、そんな事は一切気にも留めずに苛立ちを吐き出す。

  外交の樹立は大切だが、ヴィルヘルムの名誉以上に守るべきものなど有りはしない。ともすれば刀すら抜きそうな勢いで、サカグチの事を睨み付ける。

  期せずして地雷を踏んでしまったと理解出来たのか、彼の笑顔にピシリとヒビが入った。


「えーっと、ハハ、その……なんて言いますか」


  必死に取り繕おうと繋ぎ止めるように言葉を絞り出すサカグチだが、目の泳ぎ具合からヴィルヘルム当人をこの中から探し出そうとしているのが傍目にも分かる。

  しかし、仮にも協定を結ぼうとしている相手の顔と名前が一致しないというのは、ヴィルヘルムが地味であるという事実を差し引いても少しばかり非常識ではある。立場がどうあれ、彼はやってはいけない事をしたというのは確かだ。

  散々目を泳がせた結果、彼の視線は横に立っていたファリアスへと救いを求める様に目線を向ける。なんとか彼の意図が通じたのか、彼女は本物のヴィルヘルムへとそっと目線を寄越した。


「……あ!  いやー申し訳ない!  自分はサカグチ・トウリと申します。以後お見知り置きを」


  慌ててヴィルヘルムの手を取り、必死に握手をするサカグチ。これでもかというほどに握った手をブンブンと上下に振り回すが、背後からの刺す様な斬鬼の視線は消える事がない。
  この媚びる様な、焦った様な笑顔を、ヴィルヘルムは何度となく見てきた。大抵の場合、それは斬鬼によるものであった為、心のどこかで彼は責任を感じていたのだが、今回ばかりはそれ程でも無かった。

  なにせ、名前どころか人を間違えられたのである。名誉だったり地位だったりに興味は無いヴィルヘルムだが、こうもあからさまに人を間違えられるとあまり良い気はしない。
  自身が目立たないのは今に始まった事ではないが、それでも交渉するというのなら相手の顔ぐらいは知っておけというのが本音である。

  ……最も、そんな不平すらも一切顔には出ないが。


「えっと……それでは用事があるので、自分はこれにて。では失礼!」


  遂に斬鬼の視線に耐えかねたのか、慌てて挨拶を切り上げそそくさと去っていく。そんな彼の背中を、胡乱げな目で一同は見送った。


「……えっと、案内を続けましょうか」

「……今のは一体どなたで? サカグチとはまた珍しい名前をしているようですが」


 苦笑いでそのまま話を進めようとするファリアスに、斬鬼は不愉快そうな表情を隠すことなく問いかける。


「我が国に召喚された勇者の方です。今では軍の方を統括してもらっているんですよ」

「勇者……?」


  ファリアスの解答に思わず疑問の声を上げるアンリ。続いて斬鬼も疑念を口にする。


「勇者?  魔人族と講和したいという割には、随分と物々しい方がいる様ですが」

「そう警戒しないで下さい。勇者とはいえ彼も講和には前向きな考えなんです。勇者の中でも変わった考えをお持ちの方ですので……」


  ファリアスの笑顔を目にしながら、アンリは一人黙考する。

  かつてこの国を出た際、あの様な勇者は存在しなかった。それだけは断言できる事であるからだ。

  そもそもこの国は他の国と比べて規模も小さく、勇者として選ばれる者もそう多くはない。アンリと同時期に選ばれた勇者は奇跡的に生れながらSSSランクのステータスが決定付けられていたエリート中のエリートだったが、彼を除けば他はSSランクが数人居れば関の山、といった風である。

  故に、歯痒いことだったが、かの勇者があの時点において最高戦力であった事は確かだ。そんな彼を差し置いて、勇者が新たに作られる筈はない。彼の機嫌を損ねる可能性を考えれば、サカグチが余程の戦力でない限りあり得ないことなのだ。

  だが、現に勇者としてサカグチは目の前に立った。先の勇者の敗北を受けて、慌てて国王が擁立したという可能性も無いでは無いが、それにしては地位が高すぎる。勇者は確かに名誉ある地位だが、それでもいきなり軍を統括できる様な立場になれるはずがない。

  もしくは軍を統括する立場の者が、改めて勇者になったか……だが、彼女の知る限り軍司令官は壮年の男性だった筈だ。知らないうちに変わったという可能性もあるが、それにしては若過ぎる。

  となると彼はアンリ達より前には存在し得ない、しかしこの国にとって無くてはならない立ち位置だという事になる。だが、たった一年やそこらでそんな人物が出てくるだろうか?

  ……とはいえあり得ない無い話ではない。かつての勇者の様に、可能性だけで言えば十分にある。
  それに疑念を抱くだけでは、ただのその人物の粗探しと成り果てる事もある。『他に警戒するべき対象』がいると斬鬼から示された後だというのに、無駄に集中力を割くわけにもいかない。


(……駄目ね。少しナイーブになってるみたい)


  これ以上の思考は無意味だと判断したアンリは、黙って静かに首を振った。

  一方、ヴィルヘルムはサカグチの去った方をじっとその深淵の如き黒の眼で見つめる。

  口を開くでも無く。何を訴えるでも無く。ただそこに在るだけといったように、しかしじっくりと矯めつ眇めつ。
  普通ならばその有り様に何かを見出すことなど出来ないだろう。だが、真の側近たる斬鬼は違う。
  普段と同じ、いや、いつも以上に不可思議な主人の振る舞いを見て、彼女はサカグチに対しての苛立ちと警戒を深めていた。


(ヴィルヘルム様が警戒なされる程の相手……先の不敬といい、どうやら見逃すわけにはいかない理由が出来た様だ)


  指の関節をパキリと鳴らし、静かにその怒りを発散させる斬鬼。結果的にサカグチを警戒するという結論には至ったものの、アンリとは違いその経緯は至極単純なものだった。

  
(……あいつ、ズボンのチャック空いてたな)


  え、実際のヴィルヘルムの考え?  そんなの読み取れたところで大した利益にもならないと思う。

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