悪役令嬢は王子様の首をご所望です。
メガイラの足音3
「なんてことをしてくれたのだ!」
激しい怒声と共に紙束が私の足元へと投げつけられる。
私の目の前にいるのは怒りに肩を震わせる父の姿だった。
「第一王子と婚約破棄だと、これは事実か!」
「ええお父様、一部は事実ですわ。しかしこれは──」
「言い訳なぞ聞かぬ、お前が婚約破棄されたという事実しか今は重要ではないのだ」
王都を一望できる一等地にあるアインハルト家の豪華な邸宅、その三階にある公爵家当主の書斎で私は父と相対していた。
足元に散らばる婚約破棄に関する書類は嫌でも昨日の告発状のそれを思い起こさせる。
父の聞く耳を持たない性格は嫌というほど知っていたが……。全てが後手後手に回っている私にもはやできることなどなかった。
「しばらく自室で謹慎していなさい、騒ぎが落ち着くまでは大人しくしている事だ」
小さく、はい、と答える。
ドレスの裾を翻して私は父の書斎をあとにした。
廊下を靴音高く歩きながら、どうにもこの鬱憤を発散できないか考えを巡らせるがラティーシャの一件があるのでこれ以上使用人に当たり散らすという愚かなことも出来ない。
いつの間にやら辿り着いた自室の扉を思い切り閉めてやることくらいしかない自分が情けなくて、ため息が口をついた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「喉が渇いたわ、お茶を出して」
「かしこまりました」
声をかけてくるメイドに目を向けることもなく指示を出してソファへ腰を下ろす。
ある程度は準備していたのか、それほど時間がかかることもなく茶葉が湯と触れて芳醇な香りを放ち始めるのがわかった。
ソファに背を預けたまま、昨日と今日で起こったことをもう一度思い出す。本音でいえば思い出したくはないのだが、反芻しなければこの事態の収集も叶わない。
「本日はアインハルト公爵領ベルアイル地方産の茶葉でございます。お茶請けはマドレーヌかスコーンのどちらに致しましょう?」
「どちらでもいいわ」
お菓子の二択など迷ってる暇もないのだこっちには、と怒り出したい気持ちだがその怒る気力もない。
いっそ頭痛すらしそうな思いで額を押さえる。
父があの調子で妹は完全にあちら側。母も期待はできない。
チェックメイト。何度考え直しても詰みという言葉が脳裏を過ぎる。
「1人にしてちょうだい。少し考えたいから」
「かしこまりました。何かありましたらお呼びくださいませ……あっ、こら!」
メイドが扉を開けて出ていこうとすると同時に慌てたような声を小さく上げる。
そちらに目をやると、扉を開ける彼女の脇をすり抜けるようにして白く大きな生き物が部屋に入ってくるところだった。
わん、と大きくはない声で鳴くその腕一抱えでも余るくらい大きな老犬はエリザベートのよく知る旧い友だ。
だから彼女は苦笑いしつつメイドがそのまま立ち去るよう命じた。
「フィエリテ。お前はいつもいいタイミングで私のところに来てくれるわね」
足元まで来てこちらの膝に頭を預ける、フィエリテと名付けられた犬の頭を撫でてやりながらぽそりと呟くももちろん反応などはない。
「ねぇフィエリテ、私……これからどうしたらいいかな」
「どうしたら、ユージーン様は私の元に帰って来てくれると思う?」
はじめて涙がこぼれた。
メイドはいない、フィエリテは頭を預けたまま横を向いている。
そのシミひとつない白い絹の毛並みを涙がぽつぽつと濡らしていった。
  これからどうしていいのかわからない。
  考えてはみるのだが何も思い浮かばない。第一王子妃としての未来以外を考えたこともなかった私には、あまりにも途方もないことだったから。
 白犬の穏やかな鼻息だけが、この気持ちを安らげてくれる。
  エリザベートはただ、その温もりに甘えることしか思いつくことが出来なかった。
激しい怒声と共に紙束が私の足元へと投げつけられる。
私の目の前にいるのは怒りに肩を震わせる父の姿だった。
「第一王子と婚約破棄だと、これは事実か!」
「ええお父様、一部は事実ですわ。しかしこれは──」
「言い訳なぞ聞かぬ、お前が婚約破棄されたという事実しか今は重要ではないのだ」
王都を一望できる一等地にあるアインハルト家の豪華な邸宅、その三階にある公爵家当主の書斎で私は父と相対していた。
足元に散らばる婚約破棄に関する書類は嫌でも昨日の告発状のそれを思い起こさせる。
父の聞く耳を持たない性格は嫌というほど知っていたが……。全てが後手後手に回っている私にもはやできることなどなかった。
「しばらく自室で謹慎していなさい、騒ぎが落ち着くまでは大人しくしている事だ」
小さく、はい、と答える。
ドレスの裾を翻して私は父の書斎をあとにした。
廊下を靴音高く歩きながら、どうにもこの鬱憤を発散できないか考えを巡らせるがラティーシャの一件があるのでこれ以上使用人に当たり散らすという愚かなことも出来ない。
いつの間にやら辿り着いた自室の扉を思い切り閉めてやることくらいしかない自分が情けなくて、ため息が口をついた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「喉が渇いたわ、お茶を出して」
「かしこまりました」
声をかけてくるメイドに目を向けることもなく指示を出してソファへ腰を下ろす。
ある程度は準備していたのか、それほど時間がかかることもなく茶葉が湯と触れて芳醇な香りを放ち始めるのがわかった。
ソファに背を預けたまま、昨日と今日で起こったことをもう一度思い出す。本音でいえば思い出したくはないのだが、反芻しなければこの事態の収集も叶わない。
「本日はアインハルト公爵領ベルアイル地方産の茶葉でございます。お茶請けはマドレーヌかスコーンのどちらに致しましょう?」
「どちらでもいいわ」
お菓子の二択など迷ってる暇もないのだこっちには、と怒り出したい気持ちだがその怒る気力もない。
いっそ頭痛すらしそうな思いで額を押さえる。
父があの調子で妹は完全にあちら側。母も期待はできない。
チェックメイト。何度考え直しても詰みという言葉が脳裏を過ぎる。
「1人にしてちょうだい。少し考えたいから」
「かしこまりました。何かありましたらお呼びくださいませ……あっ、こら!」
メイドが扉を開けて出ていこうとすると同時に慌てたような声を小さく上げる。
そちらに目をやると、扉を開ける彼女の脇をすり抜けるようにして白く大きな生き物が部屋に入ってくるところだった。
わん、と大きくはない声で鳴くその腕一抱えでも余るくらい大きな老犬はエリザベートのよく知る旧い友だ。
だから彼女は苦笑いしつつメイドがそのまま立ち去るよう命じた。
「フィエリテ。お前はいつもいいタイミングで私のところに来てくれるわね」
足元まで来てこちらの膝に頭を預ける、フィエリテと名付けられた犬の頭を撫でてやりながらぽそりと呟くももちろん反応などはない。
「ねぇフィエリテ、私……これからどうしたらいいかな」
「どうしたら、ユージーン様は私の元に帰って来てくれると思う?」
はじめて涙がこぼれた。
メイドはいない、フィエリテは頭を預けたまま横を向いている。
そのシミひとつない白い絹の毛並みを涙がぽつぽつと濡らしていった。
  これからどうしていいのかわからない。
  考えてはみるのだが何も思い浮かばない。第一王子妃としての未来以外を考えたこともなかった私には、あまりにも途方もないことだったから。
 白犬の穏やかな鼻息だけが、この気持ちを安らげてくれる。
  エリザベートはただ、その温もりに甘えることしか思いつくことが出来なかった。
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