幽霊な僕と幽霊嫌いな君と

神寺雅文

第二談 トイレのフランソワーズさん2

「結」
 昇降口の蜘蛛の巣が元通りに復元された。新しいお札さえあれば何回でも復活するらしい。誠に忌々しい対幽霊用の蜘蛛の巣である。
「あとで、四万一千七百二十円分の働きをしてもらうからな」「はあ? なんだそのリアルな料金請求は? 流行のワンクリック詐欺か?」「つまらんジャレごとを言うな、今朝、お前が壊した結界と今回の結界の被害金額だ。これもタダではない」「一枚、五千二百十五円もするのかよ」
 こんな時だけは計算が速い自分に拍手したいが、相手は只者ではない。心の中だけで笑おう。
「本来ならお前に使った札と駐車場の分も請求したいところだが、いまのお前に期待する事は無駄に等しい、気が進まないが今以上の値引きをマトイに頼むか」
 小石でも投げる感覚で俺に飛ばしていたお札は意外にも高額品であり、マトイと呼ばれる人物が鈴宮司にそれなりの金額で売っているらしい。ゲームや漫画の世界ではチリ紙を捨てる感覚で使用されているのに、現実世界ではそうもいかない様だ。なんとも世知辛い世の中なんであろうか。鈴宮司に一抹の同情を抱いてしまう。が、節約すれば良いのに、と助言し難い空気がまた世知辛さを増長させている。
「あ、どこに行くんだ?」「言っただろ仕事だと。取り敢えずお前は黙ってついてこい奴隷」「お、俺には寺嶋剣市って名前が――」「そう呼ばれたければ私に自分の存在を認めさえ信頼される事だな」
 世知辛いついでに非情なのも同様か。挑発的な言葉を一般人がいなくなった廊下にポイ捨てした鈴宮司――俺の絶対的な主人(あいつの思い込み)は、その艶めかしい後ろ髪を窓から射す強烈な日差しで輝かせどこかに向けて静かに歩き出した。
 片腹痛い鈴宮司との奴隷関係はこの際脇に置いといて、お前、残りカス、ゴミカスと罵詈雑言、悪口以外の何ものでもない呼び方だけはどうにかしていただきたいものだ。
「どうなっちまうんだ俺は」
 鈴宮司に認められる自信がある。と言ったら嘘になる。大嘘だ。そもそも、俺はまだ幽霊一日目のペーパーゴーストであり、幽霊経験が文字通りペラッペラなうえに、自分に何が出来るかも知らない砂糖水人間なんだ。やっとこさで運転免許書を取ったばかりのお姉ちゃんよりも、俺の存在は危なっかしく脆弱で頼りない。主従関係を築いておいて対等に名前で呼び合うなんて甚だしいのかもな。まあ、世に言う不平等条約に近いモノを感じ溜息が出るぜ。
 それでも自分の最期を迎えるまでに、ココで浮遊し続ける理由を成就させなくちゃならないから主人を追いかける事にするか。
「で、何それ? あんこ? しかも粒あん? こしあんじゃダメんですか?」
 偉そうに仕事だと言った鈴宮司は、無人の家庭科室に入ると迷う事無く隅の家庭用の冷蔵庫から、中身不明の業務用一斗缶を取り出すと、まさに小豆色の中身を予め用意されていた巨大なトレイに移し替え始めた。
「私に言うな、花子が好きなんだから仕方がないだろ。つまらない時事ネタを言ってないで、それもこっちに持って来い」「それってこの芋羊羹か?」「ほかに何も入っていないだろ。それとも食品の幽霊がいるとでも言うのか?」
 誰もそんなこと言わん。俺が言い事は、実体のあるこの芋羊羹(まるまる一本)を、実体がない俺に当然の様に持ってこさせようとするなって文句だ。梱包紙を剥がし皿の上に置かれているこいつは、美味そうだが幽霊には無縁の代物だ。俺にはお供え物に見えて悲しくなるだけ。
「魂を完全に抜き取る手前で状態を保てばお前にも物は持てる。が、まあ、下等なお前にはまだ無理か」「うるせー、他の奴が出来るなら俺にも出来るはず!」
 幽霊は舐められたらお終いだ。成功例があるのなら俺にも出来るはず。そう意気込んで室内の温度と庫内の温度差が原因で発生した水蒸気がユラユラと靡く視界の先で良く冷えた芋羊羹に手を伸ばす。が、芋羊羹どころか光の具合で自分の腕を見失う始末だった。
「ふ、諦めろ。時間は無限じゃない、有限だ。良いか、実践してやるから括目しろ」「ちぇ」
 一朝一夕で熟せればそこら中で物が突然動き出す現象・通称ポルターガイスト現象が多発するわけで、ココでも世の中の厳しさが身に染みる。芋羊羹を奪取された俺は大人しく芋羊羹の行く末に注目せざるを得なかった。
「肉体と魂は磁石のS極とN極と一緒だ。簡単に離れない様に互いを引き付け合っている。故に、こんな風に魂を引っ張り出せば実体に手を触れなくても対象物を宙に浮かせる事が可能だ」「おおお、これは凄い」「霊障、夢遊病、その他不可解な現象は大方この芸当が出来る奴らの仕業だ。ま、悪霊や高級霊でも使えるのは限られているから、お前の様な下等浮遊者が簡単にはマスター出来ないだろな」「なら、なんで俺にその技を教えようとする」「……、お前の無能さを教える為だアホ」
 タダの芋羊羹は鈴宮司が手を翳しただけで皿から宙へと浮かび上がっている。無能だの残りカスだの奴隷だのと、鮮血を浴びた様に紅い唇が延々と飽きる事なく吐き捨てる。その無能の幽霊に危ない技を惜しげもなく教えているお前は一体何を考えているんだ。食べ物で遊ぶんじゃない。
「消されたくなければ早く出来るようになるんだな」
 そう言い切る前に彼女は芋羊羹とトレイに乗る小豆色の山から簡単に魂を抜き取り、例のごとく魂を抜かれた入れ物は静かに朽ちて逝った。
「そんなもん持ってどこに行くんだよ? 甘党の婆ちゃんの墓前に供えるつもりか?」
 そんな先祖供養をこいつがするとは思えないが、わざわざ食べ物を対幽霊用に変化させた理由を考えれば――ポケットにしまっている鈴が小さく鳴る。きっと俺の同業者にでもやるのだろうか。
「奴には借りがあるからな、こっちのが喜ぶ」「じゃあ、これから向かう場所にいるのは幽霊なのか?」「トイレの花子さんだ」
 次の目的へ向かう途中で、RPGにおいて雑魚キャラ相手に超必殺技を使っちゃうちょっとアホな主人公の口調に似たそれで鈴宮司がいかにもな発言をしてくれましたよ。
「トイレだ、花子だ? トレイの小豆ならお前が――」「黙れカス」
 俺はおののいた。高校三年にもなってこいつは懐かしいフレーズをすました表情で言いやがった。そして気まずい雰囲気を変える為のボケを瞬殺する空気の読めなさが露呈した瞬間でもあった。
「トイレの花子さんだ。もしかして知らないのか、凡愚だな無知にもほどがある。女の尻ばかり追いかけているからお前はバカなんだ」「ははは、学校の七不思議、トレイの花子さんを高校生にもなって信じてるお前に馬鹿とは言われたくない心外だ! あれは子供の痛い妄想が生んだ都市伝説であり、そもそも幽霊など――」「はああ、三歩歩けばお前は自分が置かれた状況を忘れてしまうのか……可哀想に、鶏以下の脳味噌か。この豆の方が大きいんじゃないのか? 一回取り出してみるか?」うん、冗談に聞こえないから怖い。
 ガッテム! ついつい癖で人間視点の考え方をしてしまったぜ。昨日まで人間だった俺が幽霊を出来ているのだから、日本幽霊界で何十年も色褪せず怪談話の定番として世にその名を轟かせる“トイレの花子さん”が実在しても何らおかしくはない。
 そう、この学園きっての不浄の空間の名称を苗字の様に付けられる花子ちゃんが、ココに実在しても何ら不思議ではない。しかも、その道のプロが普段から人気がなく、主に女子から気味悪がれるある便所に向かう経路で話をするんだ。
「やっぱりいるんだ花子ちゃん」「超甘党のトイレの~、がな」「あんこと芋羊羹が好きなトイレの花子ちゃんか。スゲー渋そうな女の子なんだろな」「ま、あって見れば分かるさ」
 ドンドンパフパフ、古今東西、トイレの花子さんの容姿を評議しちゃおう会を開催する。目的地であるいわく付きの便所までもう少し掛かりそうなので、ココで俺が知るトイレの花子さんの実物像をご紹介する。ついでに女子が噂するココの花子ちゃん伝説もお教えしよう。
 その一、おかっぱ頭の昭和臭が漂う幼児。白いブラースに赤いスカートを穿いているイメージが強い。小さいころに見たアニメで彼女はそんな質素な身なりでトイレを不法占拠していた。なので、トイレの花子さんと言えば昭和の女子小学生、もっと分かりやすく言うとサ○エさんのワカ○ちゃんのおかっぱバージョンだ。
 その二、性格は穏やかでただ遊んでもらいたいだけ。地方によれば襲われるや惑わされるなど、悪霊として怖がられているトイレの花子さんも存在する様だが、俺が知る彼女は純粋に遊び相手を探す子供なんだ。トイレで遊ぶとかワロス! って言う冷やかしは抜きに考えれば、可哀想な女の子って言う事はどの花子さん説にも言えるだろう。
 だって、トイレに縛られてそこでしか浮遊出来なんだぜ? 良い幽霊、悪い幽霊なんてどうでも良いだろ、彼女はトイレで何かあってそこでしか生きられない哀れな少女なんだ。
 ちなみに、この学園に出る彼女はその姿をまだ一度も見せてはいない。ただ、三番目のトイレを大人しく不法占拠しているだけのお利口ちゃんだ。トイレの花子ちゃんってホント不憫な子。
「なに泣きべそかいているんだ気持ち悪い。噂くらい聞いたことあるだろ、それとココのトイレの~、も呼び方は一緒だから試してみろ」
 目撃したことも遭遇した事もない花子ちゃんの境遇を勝手に想像して涙目になる俺を、あからさまな軽蔑の視線をもってして目的地である薄暗い女子トイレ内へと誘う鈴宮司。校舎の一番端に存在するそのトイレは、南側の奥の壁にスリガラス窓があるっていうのに薄暗い。いや、これはどう見ても暗い。そして、噂にビビる担当女子がちゃんと掃除していないのか嫌な臭いが充満している。
「あの、ここ女子トイレだから、俺は」「なに小学生みたいな事をぬかしているんだ。お前の鋭い勘ならココに人間が存在しない事は分かっているだろ。さっさと行けグズ」
「わかったよ」と口で言いつつ、人間以外がいるならお前が行けよって心で叫ぶ。
 霊斬剣が抜刀される前に、不自然にもその入り口を全開にする禁断の女子トイレに潜入する。こんな姿他の生徒に見られたら即人生終了だ。そんな心配は杞憂だと知りながらも、最低限の道徳心を胸に秘め左右に四つずつ設置された個室の手前で足を止める。
「え~、右側の三番目だけが閉まってますね。これは臭います、怪しい的な意味で。てか、本当に何かが腐敗した臭いがするんだが」「分かりやすくて良いじゃないか。そこでトイレの~、を呼び出す魔法のフレーズを三回唱えれば彼女がお前の願いを叶えてくれる」「いや、別に遊びたくないんだか。ココトイレだし、そもそも願いを叶える幽霊じゃないし」「男の愚痴なんて見っとも無いだけだ。それとも、怖いのか? 男なのにビビっちゃってる? 別にいいわよ? 乙女の私が代わってあげても」やたらと乙女に力を入れた言い方だった。
 くっ。どこかの施設で男をコケにする方法でも学んだのかこいつ。今どきの誘導弾でもココまでピンポイント爆撃は出来ない。まことに解せぬが、霊斬剣が抜刀まで秒読みに入ったので、三番目のドアを決められた回数だけ悪戦苦闘しながらもノックしこう言った。
「は~なこさん、あ~そびましょ?」これをきっちり三回言い切る。
 そこで噂通りに「は~い」って返事がくるもんだと思い俺は身構えもしていなかった。
「ど、どうわああああああああああああああああ」
 だからね、突然轟音と共に開いた扉をかわせなかった。物理的な法則を一切受け付けないはずの俺は吹き飛ばされて、そのまま校舎外までリングアウトさせられた。一瞬の出来事で確信は持てないが、人力ではあり得ないスピードで開いた開き戸のドア板が幽体離脱した状態で俺に襲い掛かってきた様に見えた。先頭を色素が薄い幽体、それに少し遅れて実体であるドアの二段構え。
 俺が幽霊でも普通の人間でも吹き飛ぶ仕組みである。確か、鈴宮司曰く簡単に出来る芸当じゃないはずだぞ。誠に解せぬ。
「くそーなんだって言うんだおい! 花子! これはどう言う事だ説明しろ! 怒らないから出てきなさい」
 短気な親が激怒前提で言う言葉と共に女子トイレに戻ってきた俺を待っていたのは、依然とトイレの入り口で今は頭を垂れる鈴宮司と暗い無人の悪臭漂う女子トイレであった。吹き飛ばされる前と何ら変わらない佇まいである。これは俺への挑戦に違いない。よし、良いだろおかっぱ少女、俺と勝負だ!
「は~なこさん! あ~そびましょ」
 我ながら完璧な呼び出し。いくら癇癪持ちの花子ちゃんでもココまで噂通りの非の打ちどころがない呼び出しを受ければ――
「どおおおおおおおお、またかああああああああ」
 どうやら我が学園のトイレの花子さんは、一筋縄ではその姿も声も披露してくれない様だ。だがな、俺はしつこい男だ、壁抜けからの人間マッチ棒刑を粛々と済ませ第三ラウンドに突入する。
「ああああああああれええええええええええええええ」
 セクシーなラウンドガールが存在しなければ、それに代わる他の出し物もない。結局、実体のない死闘が幕を閉じたのは、俺が十回目の人間マッチ棒刑を難なく熟せるまでに頭皮を鍛え上げた時であった。
「やはりお前は変態だな」
 ゴミでも見る視線と性犯罪者へ女検事が叩き付ける最高級の軽蔑を、死闘を演じた俺までも頂いた。

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