幽霊な僕と幽霊嫌いな君と

神寺雅文

第二談 トイレのフランソワーズさん

 簡単ではあるが、この生活の基盤とも言える幽霊について皆の価値観を合わせよう。不安定なのはその存在感だけで十分であり、幽霊の定義をハッキリさせなければこれからやりづらい事もあるからな。
 幽霊の定義その一……砂糖水ないし夏場に母ちゃんにより量産された不味い粉末ドリンクの様に体が透けている。有機生命体の証である肉体を持たず、魂と言われる不可解な物体またはプラズマで構築され、人間らしい形をした浮遊物が幽霊である。
 その二……一般人、と言っても鈴宮司は異端児なのでココでは木更津やガングロ姉妹の様な幽霊が見えない人間を一般人とする。その一般人から認知されないのが大きな特徴である。言ってしまえば、空気と同じ扱いをされる見えない人型浮遊者が幽霊である。
 その三……物理的法則を無視した生命活動や行動ができ、尚且つ物体(椅子や壁など)を通り抜ける事が、意識一つで「めんどいからすり抜けちゃおう」的な軽いノリで出来る。他にも空を飛べる事も俺自身が実証済みだ。ココで重要なのは、幽霊自身に思考と意識とその他人間だった頃の記憶があれば、常識的な【椅子に座る】などの行動も普通に出来ると言う事だ。
 もしかしたら、もっと常識の域から逸脱した幽霊ならではの人間離れした行動が出来るかも知れない。触れた相手の思考を読める事以外に何が出来るのか、この先がちょっと楽しみである。
 さて、偉そうに三項目も駄文を羅列したけど、それらを簡潔に纏めると実に割りやすい以下の様な一文になる。
――【体が半透明で一般人からは見えないだけではなく、壁を擦り抜け空も装備なしで飛べる人型の浮遊者が幽霊となる】――これだ。いいか? これ、重要だから期末テストに出るよ! しっかり頭に叩き込んでおいて欲しい、今後の為にもね。 
「ぬおおおお!」「なんだ? 結界を通れるんじゃないのか?」
 あ、それと結界と呼ばれる見えない蜘蛛の巣に引っかかったら間違いなくそいつは幽霊だ。俺が保証する。もし君が一般人なら可及的速やかに最寄りの鈴宮司さんに「人間砂糖水が出た!」って報告する様に。ま、見えればの話だがね。
「仕事だ、いくぞ奴隷」と言った鈴宮司の後に昇降口を潜ろうとした俺は、また今朝と同じ場所で例の如く蜘蛛の巣に引っかかり、外履きから上履きに履き替えている鈴宮司からそのまま靴を履く定番の態勢で気だるそうな溜息を吐かれた。「なんでまたココにこれがあるんだよ! 三時間前に剥がしたばかりなのに!」「なに? お前が護符を剥がしただと? お前が、この、主人である私の、仕事を増やした犯人なんだな?」
 あれ~変だな~怖いな~こんなところに鬼なんていたっけ?(稲川淳二風)
「あ、いや、その、勝手に壊れて勝手に剥がれたんだよ」「私の霊力で貼られた護符が、そう勝手に剥がれる訳があるか! そもそも、この護符で張った結界はお前のような唾液色の浮遊物体が破れる軟な代物じゃない」
 唾液ってお前……その指に挟んだ護符で俺をふき取るつもりか? 本当に俺は何もしていないぞ。した事と言えば無理矢理に腕を突っ込み気合いで結界をぶっ壊しただけだ。
「それなら、その証拠を見せてみろ。おかしなマネを一切行わないでココをすり抜けたところを私が納得いくまで見せてもらおう。もし出来なかったら私の馬車馬と成り下がれ」「へ、分かった分かった、その綺麗な顔を惨めな吠え面にしてやる。だがその代りに、良いか? 俺が普通にこの結界をすり抜けたら、その欠陥大有りの紙切れ作った奴に文句言うからな! あと、この結界張ったお前にも俺を疑った事への謝罪を要求する」「良いだろ、人間らしく【普通】に結界をすり抜けて【私を納得させたら】謝ってやろう。これの生みの親にも後で会わせてやるから、ほれ、残りカスの力を見せてくれ」
 この馬鹿野郎! 女だけどアホ野郎! 性悪女! 良いぜ! 俺の華麗なる力技でこんな蜘蛛の巣なんてぶっ壊してやる! お前のその過剰な自信なんてパリーンだ! パリーン! 男としてのプライド、幽霊としてのプライド、二つのプライドが相合わさり冷静さを失った。俺は鈴宮司の挑発的な言動に隠された真の目的には微塵も気が付かず、あれよあれよとまんまと疑似餌に騙されたカジキマグロの如く勢いで仕組まれた賭け試合へいざ参る。
「剣市、いっきまああああああす!」
 普通の存在じゃない俺がその普通じゃない体を透明な空間に力任せにぶち当てる。すり抜ける事よりも突き破る事を念頭に、俺――幽霊は何もない昇降口を必死に突破しようとするのである。
「ほ~なんだ、やはり力技か。それもそうか、ただのバカに高等霊術が使える訳もない」「なに訳わからねー事言ってんだ! よく見ておけよ普通に結界をぶち破ることろを!」「はいはい、単細胞のカジキマグロさん、どうか普通に人間らしくそこを通ってくださいませ」
 ははは、俺の勇ましい雄姿に気圧されたのか? 何故か興醒めしている鈴宮司は投げやりに肩を竦め、不似合いな敬語を使う。この時点で罠にはめれた事や、開発途中の結界への実験体として自分が蜘蛛の巣に生身で小細工なしに突っ込んでいる事に、少なからず懐疑心と嫌悪感を覚えればよかった。そうすれば鈴宮司の口車に乗らずに済んだものの……。こいつがタダで転ぶ女と思っていた俺が馬鹿だった。
「剣市様をなめるなあああああ」
 そこに罠が有ろうとなかろうと、損が有ろうが得があろうが。時に漢は無様な程に目標達成を目指し行動をおこす。俺にだって捨てられないプライドがある。あるからこそ、この膜一枚隔てた向こう側で冷めた表情して気だるそうに立っている鈴宮司に幽霊の凄さを見せつけてやりたいんだ。幽霊が全て悪だと思い込む、その偏見を俺がぶっ壊して考えを正してやる。
 パリーン。それは俺にとって勝利を告げる破壊音だった。これでこいつも少しは幽霊と俺の凄さを理解したはず。
「へへへへ、どうだ?」「はて、どうだと言われてもな~」
 だが、彼女は冷徹な氷の仮面を外さない。おいおい、勝負に負けたくせに白々しく顔の前で手をぞんざいに振るな。俺には確固たる勝利の二文字が心の中でタンゴを踊っている。平静を装っているが見え見えで負け惜しみ感が半端ないぞ鈴宮司。
 今朝と同じ様に結界を突破した俺は、鈴宮司の前まで顔面ヘッドスライディングこそはしたものの、勝利を確信して頭上に見える敗者に余裕の笑みを浮かべた。
「だから、普通に結界をすり抜けただろ。故に、この俺とお前の頭の高さは逆だ! 約束違反だ」「はああ、私は普通の人間の様に結界をすり抜けたら。と言ったはずだ。厳密にはそこの人間の様にすり抜けるところを、私が納得するまで。とな」
 その普通の人間からしてみれば、本日も昇降口で絶賛独り言を披露する宮司が、気概とは裏腹に敗者のポーズを取る俺に屁理屈を投げつけてくる。
 ほっそい指が指差す方向には、何人かの生徒がこちらをチラチラと肩越しで伺いつつ互いに耳打ちしながらまさに昇降口を普通に潜っているところであった。
「おま、そんなの言葉の綾だろ! 第一、幽霊の俺が一般人みたいに結界を通れたら、それこそあのお札はお役御免のただの紙切れだ。俺は自分の無実を証明するため――」「負け犬の分際で、主人を愚弄するのか? 主人の仕事道具を侮辱するのか? なら、こいつの力を思う存分その体で味わい失言を撤回するんだな。鈴術式除霊結界・滅の式」「にゅおおおおおおおおおお」
 指に挟んでいたお札とは違う札を制服の袖から引き出した鈴宮司が八枚のそれらを依然地面に座っていた敗者の周辺に投げつけると、今までの結界とは明らかに風体が違う頂点を八つ持つ結界が敗北者こと俺を囲んだ。
 でな、鈴宮司により作られた檻内に幽閉され、視覚でもはっきりと目視出来る稲妻が箱内で発生した直後、多数の稲妻が囚われの幽霊――つまり俺に襲い掛かってきたんだ。
「どうだ、自分の置かれた立場が十二分に理解できる苦痛だろ? 幽霊などこの世にいてはイケない存在だ」「ぐわああああ……ふっざけるな……俺たちは残りカスぐうう……なんかじゃない!」「まったく諦めの悪い男だな。良い加減に認めないと、本当に消滅するぞ? 主人に忠誠を誓えば術を解いてやっても――」「ぐおおおおおお」
 誰が独裁者の言いなりになんかなるか。俺は幽霊だけど、人間なんだ。お前を笑顔にしたいんだ。奇人なお前を普通の女の子にしなくちゃイケないんだ、そうプリティーエンジェルと天国に近くて遠い純白の世界で約束したんだ。だからな、最期を迎えるまで俺は寺嶋剣市としてやり残したことを成し遂げるんだああああああ。
 青白い稲光以外の白光が俺の体から溢れ出て正方形の結界を吹き飛ばす。
「なに? 馬鹿な、あり得ない」「俺は悪霊じゃない、絶対にそんなもんで消されるか! 幽霊が全て悪だと決めつけるお前には絶対に消されてたまるかってんだ!」
 面食らう鈴宮司に拳を突き付け勝利のスマイル。透ける体から嫌な煙が出ているが、気持ちを落ち着かせれば次第に天に昇る蒸気は治まり通常の砂糖水に戻った。
「ふ、ふふ、ふっはあははは。面白い、面白いぞ寺嶋剣市。ますますその体を私自身の力で消したくなってきた。そうと決めればささっと今日の仕事を終わらせるぞ。その時までに、お前を優秀な奴隷へと鍛え上げてやるからな~そして私の力で天へと――」
 生憎であるが、マッドサイエンティストの知り合いがいない俺であるが、この時の高笑いを発し抜刀した霊斬剣のその刀身を艶めかし視線で舐める鈴宮司が研究に人命をも注ぐその者と重なり悪寒を感じた。
 とんでもない感性をその行動から何となくは察していたが、ココまでとはな。悪霊よりも人間の方が怖いと言っていた自称霊媒師の言葉を、こればっかりは啄木鳥の様に首を激しく振って肯定するしかあるまい。

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