幽霊な僕と幽霊嫌いな君と

神寺雅文

第一談 奇人変人でも美人10

「ううあぁっぅ……ぅぅ……」
 なぜだ、俺の身体は痛覚を感じないはず。いや、ある条件を、と言うかある女が何かすれば今みたいに泣きべそがかける。
 余りの痛さに涙が出て来て床に落ち水に付けたドライアイスの様な儚い煙を出す腕を拾おうと必死になる。動物とは、やはり危険察知能力が高い様で、なんとか腕を拾い上げた俺は戦場の負傷兵みたいに机の物陰に力無く身を潜めた。
 こんな事が出来る奴は誰だ? そんなのもはや愚問中の愚問。こんな容赦無い攻撃を平気で出来るのは奴しかいない。そこの女子から多大な人気を誇る占い師テンテンとは別段毒電波を発信するその女は、
「レーグージ!  またお前の変人道具の仕業だろ? いい加減バカな事はやめろ」
 やはりこいつしかいない。横目で見るテンテンの横顔に癒され鈴宮司の席がある方向にそう叫んだ。ここからなら攻撃を受ける心配はな――
「どわ!」
 高を括って鈴宮司を挑発した矢先、男子生徒の顎やら鼻の孔を何気なしに見上げていたら、そいつの頭上から鋭利な刃物が生肉に刺さる様にサックリと俺がガニ股に開く脚の間、硬い床にあの例のお札が斜めに突き刺さったのだ。
 へいへ~いなんでだ? あいつの席からじゃここは死角のはずだぞ。なのになぜ、眼光鋭く不正がないか生徒を見張る試験監督を見る限りじゃ、あいつは変な動きをしていないはず、てか上から飛んで来たよな? これが急降下爆撃ってやつ?
「バカ! あぶねーだろ、何考えてんだよ! 俺は戦艦大和じゃねーし少しは周りの――」
 サクッ。緊急処置(気合い)で腕を復活させた俺は、敵船が停泊する方向の天井を見上げていると、今度は教室前方からまた同じ場所に同じように斜めにお札が突き刺さった。
「うおおおおお、ふざけんなー! バカ鈴宮司! お前みたいな奇人に消されてたまるか!」
 予め頭上に意識を集中させていただけに、靴下だけの左足指先が切断されたのに数秒間気が付かなかった。戦国時代の敗走兵が最後の意地を見せる様に雄叫びを上げ立ち上がる。何とも勇ましい姿だ、ただ往生際が悪いって陰で言われそうだ。「滅」
 万事休す。完全に鈴宮司の姿を視界に納める前に、奴が利き手でペンを走らせながら逆手で何かを前方に投げた。
「なんだと」
 それにコンマ一秒遅れて気が付き黒板方向を向くと、白色光を出す三枚のお札が上下に並んだⅠ形編隊で飛行し“二時限目・期末テスト”と書かれた黒板に反射角度抜群の兆弾を決めて、その編隊の標的である俺目掛けて一寸の狂いもなく急接近中である。
「うおおおおおおおおおお」
 二度も、三度もやられてたまるか! それらを振り払おうと腕をムチ替わりに振り落としたが、三枚のお札は俺の腕をさも木綿豆腐を切るかの如く切れ味で三塊へとぶつ切り各自、目、胸、腰を裁断して予定の軌道を進み、クラスメイトがこんな状況に陥っているのに静寂な教室の後方の壁に刺さって光を消した。
「くそ……こんなとこで消えたくない……まだ生きたい……。きさらづ……昨日はごめ……ん……な……おれ……」
 ただのお札にバラバラにされたのが悲しかった訳じゃない。まさか仲良くしたかった女子にぞんざいな攻撃をされた上にそれをかわせなかったのが、日本男児として悔しかった訳じゃない。
 が、一筋の温かい涙が頬を流れ、横一文字に切れてずれた視界の中で難問に苦しみ唸る親友を見据えたら、そんな言葉が口から零れ俺の意識は途切れてしまったんだ。
 本当に悔しい。五体の感覚が煙の様に消えていくのが分っていたのに、俺は何も抵抗出来なかった――。
 ×××
 無音で無臭の温度すら感じれない世界。味気ない無機質な世界に俺は立っているのか座っているのかはたまた寝っ転がっている。ん~視界が白くていまいち五体の確認が取れないのでボーッとしているとこだ。おおかた、ここが死後の世界って奴なのか?
「いえ、まだあなたにはここを通る資格はないです」
 何処からか幼い声で、でも丁寧な言葉が使いでそう聞えて来た。
「誰だ? ここはどこなんだ」「ここは三途の関所で、私は、そうですね~プリティーエンジャルとでもお呼びください」
 まだ声変わりをしていないホワホワとした声が笑みは含む。
 エンジャル……か。ならここは本当に死後の世界の一歩手前か。ま、一歩手前でも二歩手前でも、俺にとっては天国にいる感覚だ。
「いえいえ、まだまだ先は長いですよ? 最後は閻魔様の審判をありますし、嘘つきは舌抜かれちゃうんで、剣市さんもくれぐれも気を付けてくださいね?」「ん、なんで俺の名前してんだ?」「それはあの……、舌を抜かれたくないので正直に言いますと、いつもお空で雲に乗りながらお姉ちゃんを観察してまいて」
 どうやら舌を抜くと言うの本当らしい、少女の声色に若干の緊張が走っている。って、ストーキング癖がある人間? が、俺以外にも存在して少し安心した。その癖が原因で、畜生道にでも落とされるんじゃないかと内心冷や冷やしていたところだ。
「あ、でも、いくらお姉ちゃんのお友達だからと言っても電信柱からこっそり覗いちゃおうゲームはダメですよ! ゆっ――コホン、プリティーエンジェルは特別なんです」「え、いや」
 すまんプリティーエンジェル。君のお姉ちゃんをストーキング……ん? お姉ちゃん――違和感が半端ない単語だな。なにかがすげー頭に引っかかる……。
「でも、これからもお姉ちゃんをよろしくお願いします! 剣市さんならお姉ちゃんを立派な女の子に出来ます! きゃっ、恥ずかしいぃぃぃぃですぅぅぅー」
 うむ、どうやら耳年増のませた少女なんだろう。小学生くらいの少女がもじもじしているのが目に浮かぶ。さて、どうして君のお姉ちゃんとやらを俺が女の子にしないとイケないんだ?
「コホン。とにかくです。自分を強く持って下さい! 諦めたら人生そこでお終いですよ? そこの鎖を辿れば帰れますから、今度はちゃんと人間がしたいですって言うんですよ?」
 ジャラジャラ。本来自分の右腕が有るべき場所に銀色で寸胴の鎖が、その斜め下、つまり俺のいる位置より遥か下まで途切れることなく繋がった状態で出現。
 ああ、なるほど。それを見て無駄に良い直感で自分の帰る場所はこの途方もなく霞んだ鎖の先に有るんだと悟り、
「誰だか知らないがありがとう。今度はこっちの世界に遊びに来いよ」「うん。今度は長生きしなくちゃ――」
 重力を感じない空間に、最後まで登場しなかった少女の無垢な頬笑みが周囲に染みわたり消えた。それを背後に受け俺は、視界に負けない程綺麗な純白の羽が一枚落ちて来たのを確認して、天使の存在だけは認めようと心に決めて鎖を道しるべに己の帰るべき場所に向かい、また意識がホワイトアウトした。
「しぶとい奴だな……、鈴術流除霊五封剣、五月雨――」
 閉じた瞼が太陽光で真っ赤に染まる視界とはなんとも不気味なり。と、悠長にしている場合ではない。双眸を開けると灼熱の太陽が瞳を刺激する前に、白光を発する刀の矛先が俺の瞳孔へ一直線に突き下ろされている緊急事態到来につき、
「ぬわあああ、あぶねーだろバカ!」
 間違い無く俺へと突き進む矛先の後ろで不気味に微笑を浮かべる鈴宮司から急いで真横に転がり逃げた。その一秒後、「サク」っと小気味良い音と共に、俺の眼球があった座標に一寸の狂いも無い軌道で霊斬剣は半分程コンクリの躯体に突き刺さった。
「良い運動神経だな。次はどうかな!」
 勇者が地中に刺さった聖剣を抜くが如く俊敏さでそのまま二撃目が放たれる。
「ちょっ、お前それ本物だろ! 切れ味良すぎだ」「当たり前だこれは名刀・霊斬剣れいざんけん。コンクリートなど豆腐同然だ」
 刀身の半分までを簡単に品質良好のコンクリートに突きささった名刀を、こいつは級友に容赦なく突き落としやがった。それも目にも止まらぬ速さで、変てこな技名を唱えながらだ。
「お! れ、は! 豆腐でも悪霊でも無いぞ! こ! ん! なのに斬られる義理は無い」「おお、良い感じに人間離れして来たな! ようやく自分が幽霊だと認めたか?」
 言葉のドッジボールをしつつ、音速で飛びこんでくる斬撃を懐ギリギリでかわし俺は人間離れした跳躍をした。目指すは高さ三メートルの貯水タンクの頂上であり、そこに着地してから微妙に口角を上げる鈴宮司を見下ろす。
 何あの顔、どことなく嬉しそうにも見えるし馬鹿にしている様にも捉えられてすんげー微妙な気分になる。
「お前って俺が嫌いなのか? だからこんなにしつこく消そうとするのか?」「ああ、そうだ。私はお前も残りカスも大っ嫌いだ。だから大人しく消えろ、霊斬剣の錆びとなれ」
 一抹の沈黙もなしの見事な即答である。
 ああ、何故だろか、涙が出てくる。校門前での一刀両断も、教室での惨めな人体切断も何もかも現実か。そりゃ、ここまでジャンプしておきながら「俺は人間だ」って言いきる方が無理がある。一介の人間を生誕から演じてきた俺が、獲物を追う為に現在進行形でココを目指してジャンプ中の鈴宮司と同等の人間離れした運動試験を所持している訳がない。彼女と同じ動きが出来る俺を、誰が普通の人間と言うか。胸を張り科学的な生き物だと言いきってくれるであろうか。
「泣いて命乞いか? 惨めだな」 「ああ、惨めだろ? それでも俺はまだやり残した事が有るんだ。鈴宮司、後は消えるだけの人間がそんなに憎いのか? 何をそんなに怖がっているんだ?」
 俺は自分が幽霊だと認めた。認めたと同時に、自然と涙がこみ上げ顎先を通じて貯水タンクの白い蓋に落ちて消える。それに気が付いながらも、鈴宮司は俺の前に立ちはだかり刀を上段に構える。
「私が怖がっているだと? 半透明の気体を送り人の私が怖がっている訳がないだろ」「なら、命乞いする俺を見逃す事ぐらい簡単だろ? 残りカスなんか何時でもゴミ箱に捨てられるだろ? 俺はまだここにいたいんだよ!」
 もう大泣き過ぎて視界が木漏れ日の中を歩いている様になっている。自分が幽霊だって事を認めたけどこの世に留まり続けたい気持ちが涙となり溢れ出るんだ。これが浮遊霊または地縛霊の気持ちなんだろか。だったとしたらこの仕打ちは傷口に塩を塗る行為と同じだ。
「俺はまだ人間がしたいんだよ! 消えるその時までは、人間としてココで自分のやるべきことをする!」
 感情的にそれなりの事を、その幽霊を専門に退治しているであろう電波ちゃんに言ってしまっているが、いまさらそんな事はどうでも良い。俺はまだ天国とやらに行く用事がない事を心に強く言い聞かせればそれでいい。そう言われたんだ、天使ちゃんに。
「分った。良いだろお前を生かしてやる。金輪際お前を消す事はしない」
 俺の懇願がついに悪魔に届いた瞬間だった。あっさり見逃してくれたもんだ。
「だが、一つでも悪さをしたらこの首を撥ねて賽の河原に送ってやるからな、良いか」「おう。でも、その前に質問していいか?」
 首元に着つけられた刃先を一歩後退してやり過ごし挙手をして聞く。
「ん、なんだ? 生き返らる方法は無いから諦めろ」
 え、マジか。最後に聞こうと思ったのに残念だ。冗談だがね。とりあえず何かある毎に刃物を首筋に当てるのは止めていただきたいものだ。
「お前って何者なの? どうして何もいない場所や何もしていない人をビビらせてきたんだ?」
 多分、誰しもが聞きたかった事を、半透明で空中に浮かぶ俺が聞いた。それはこの状況からしたら分り切った事だが、凄く大事な質問だと思うので改めて聞いたんだよ。
「それは私が送り人だからだ黒、白を消すのは当たり前だろ?」
 What? なんだって? どー言う事? 何故それを俺に聞き返し確認するんだ。全然意味が分りません。
「ふっ、お前は本当に馬鹿だな。どうせ見えるもの以外は信じない盲目野郎なんだろ?」「非科学的な事は信じない賢い人間と言って頂きたいな。毒電波に言われる筋合いは無い」
 俺があからさまに痛い人を見る目をしたからそれのお返しに刀をチラ付かせて来た謎の送り人もとい元祖電波さん。論より証拠だ証拠。
「現に今のお前が非科学的な存在なんだぞ? 大勢の人間がいる教室で認知されなかったのが動かぬ証拠だ」
 ぐは、とんでもない証拠が出てきやがった。
「うぐ、そうだった」
 脳裏に浮かぶのは親友の欠席扱いされた空席を遠い眼で見る木更津と、切り刻まれて騒ぐ俺を見事にスル―した教室の静寂だった。今は切り刻まれた部位はちゃんと胴体にくっ付き原形を維持している。普通、あそこまでバラバラにされたら死ぬな、あ、もう死んでるから生きてるのか? ……やべー分かり難い言い回しだし自虐ネタだよホント。
「まぁ、そんなお前は私でも信じがたい存在なんだが、どちらが非科学的な生き物だ? 私とお前じゃ?」「ここは俺だと言いざるを得ない。これから俺はどうしたら良いんだ?」「そんなもん私がしるか。未練があるんじゃないのか? そんなみすぼらしい気体にまでなり下がったんならな」
 霊斬剣を鞘に納めた鈴宮司は何故かまだ冬服の体を、いつの間にか試験が終わり帰路に付く普通の人間達で溢れる校門に向けた。
「行きたい大学でもあるのか? それとも異性の尻でも追い掛けたいか?」「うーん、後者のが近いけどちょっと違うな。オカルト電波に年相応の表情をさせたいからだと思う」
 多分。それ以外にやりたい事なんか無かったと思う昨日までの俺には。
「死んでも女の事ばかり考えてるんだな、不潔色情霊」「良いだろそんなこと! 俺はSだからしつこいんだよ」「スケベ」
 いやいや、その意味でのSでは無い。断じて違うSだ。お前が言うとこっちまで恥ずかしくなるだろ。
「私が怖くないのか?」「なんだよいきなり」
 風に靡く髪を振り鋭い眼光が真夏の太陽を負かした。遠くで騒ぐ馬鹿達の声がここを学園だとかろうじて認識させてくれている。
「確か、お前は生前良く私に話し掛けようとしたよな? こんな姿になっても私から逃げる事をしなかった。私はお前の敵だぞ」「え、いや……敵と言われても」
 確かにここ学園で鉢合わせになると逃げるべき相手ダントツトップの鈴宮司に鉢合わせどころか襲われても俺は逃げなかった。むしろ立ち向かおうとしたくらいだ。
 さて、何故だろ。もしかして俺ってMなの? ま、ここは鈴宮司に合わせ真面目のMとして、
「敵、だとは思わないぞ? 昨日までだってお前は俺みたいなのを相手にしてたんなら、俺はお前に感謝しないといけないくらいだ。俺みたいなのから皆を守ってるんだろ?」「送り人だからそれは当然だ。しかし、気味悪いだろ突然襲いかかられたら……」
 長い前髪をだらりと垂らした鈴宮司は、どうやら周りの評判を気にしていたご様子だった。確かに十七、十八の女が周りから白眼を向けられ大好きな猫を食用に捕獲してるなんて言われたら、傷付くどころかハートブレイクだ。しこも粉々にされその上からすりこぎ棒で粒子にされ兼ねない。
「なら止めれば良いじゃん。別にほーっておいても害はないだろ」「ある。お前が生徒指導部長にした事がいい例だ」「ああ、あれはすまんかった。まだこの体に慣れてないからさどうしたらいいか分からないんだ」
 なんせ、自分が浮いてるのかも歩いてるのかもまだ良くわからん。
「この世が白だけならわざわざ送り人をしなくて済む。――そうだ、お前、この世の見なくても良い部分を見る覚悟はあるか?」
 遠い目で彼方の入道雲を見つめた鈴宮司が、今度は暗殺剣を鞘から抜く事無く漆喰で輝く鞘の先端を俺に突き付けて来た。
「お前以上に怖い物が無いなら見ても良いぜ? どうせ、直ぐには戻れないなら楽しみたいな」「バカは気楽で良いな。良いだろ、この世のすべてを見せてやる」
 そう言った鈴宮司が白魚の様に綺麗な五指を俺の両目に被せて、リンゴを握り潰す勢いで握り絞めた。
「あががが、痛い痛い! 何すんだ!」「痛覚があるのか、やはりお前は変わり者なんだな。校庭を見下ろしてみろこの世界の全てがそこにあるぞ」 
 俺は海賊王になる! バリの台詞だな。今のアームクラッチャーで世界がどう変わると言うんだ――。視界を校庭に移して、
「うわ、何あれ気持ち悪っ!」と吐き気をもよおした。
 俺の同類がウジャウジャ校庭や校門で浮遊している。それも下校する生徒の三分の一以上の半透明の人間が当たり前の様に敷地内に散在しているんだよ。
「失礼な、お前の仲間だぞ。一部は守護霊が混じっているけど、大体は浮遊霊と呼ばれる人間の残りカスだ」「幽霊の種類は後々聞くとして、誰も気付いて無いのか? あ、肩車してる奴もいんじゃん、あっちは何人もの子供をおんぶしてるぞ」「お前もそうだっただろ。見えない者には仕方ない事だ。そのうち飽きてどこかに逝ってしまう」「ああ」
 目の前の異様な光景を俺は映画を見る様に見入っていた。統一された制服の群れの中を、大小様々、容姿不揃いの砂糖水が焚火の煙の様に一か所で燻るモノもおれば浮遊しているモノもいる。表情が明るい者もいれば世界の終わり見たいな絶望感漂う表情をしている者も活気立つ下界に存在しているんだ。
「こんな光景をいつも見てたのか? 人型ならまだしも、原型がない奴だっているみたいだぞ」「そうだ。おぞましいだろ? こんなにも未練がましい念が、ここだけにもこんなに存在するんだ」 「みんな、成仏出来てないのか……、あ、あの子はどうなるんだ?」
 貯水タンクから屋上のフェンスまでジャンプして降りた俺は、校門の隅で蹲る体操服姿の少年を指差した。
「自分が死んでる事にも気付いて無い。半年間もずっとあそこでああしている。惨めだな」「な、なんで教えてやんないんだよ!」「高校生のお前ですら直ぐには自分が死んだ事を認めなかったんだ、子供が信じると思うか?」
 俺に続きフェンスまで降りて来た鈴宮司が余りにも冷たすぎる反応をしたので、思い切って胸倉でも掴もうとしたが、言葉と一緒にハエでも払うかの様に弾かれた。
「でも、お前は送り人なんだろ? 俺やあの子みたいな人を成仏させるのが仕事なんじゃ」「勘違いするな。私は忌々しい残りカスをこの世から抹殺するのが使命であり、掃除屋ではない。ましてや子供のおもりなど煩わしい」
 悪魔だ。酷過な美女の鎮魂歌が聞こえる。冷酷非道の文字通り黒い悪魔がココにいる。その子を見る視線が汚物でも見るようなモノで、俺は悪寒が体内を迸り吐き気までもよおしてきた。お慈悲って言葉をこいつ絶対に知らない。きっとろくな死に方しないぞ。
「――チッ」
 ゲテモノ視線を蹲ったままピクリとも動かない子供に向けている鈴宮司の横顔が、突拍子もなく眉目から崩れ険しくなるといきなり頭上に飛び上がった。
「あのクソガキ、ついに堕ちたか!」「おい! 止めろ相手はまだ子供だろ!」
 フェンスの頭部を踏み各階のベランダの縁を伝い鈴宮司はドンドン階を降り地面に降りると、相変わらず凄い脚力で頭上から飛び降りて来た奇人にビックリしている男子生徒を肘鉄で吹き飛ばし一直線にフラフラと立ち上がった男の子の下へと駆けていく。とんでもないスピードだ。
 これから何が起きるかは火を見るより明らかなので、俺も黒髪超人に負けじとフェンスを擦りぬけ校門目指してスーパーマンの如く風に流れていく。
「ボクガミエナイノハは、みんなの目がオカシイからだ……そうに決まってる……なら皆の目をくり抜いて直して上げよう」
 だらりと肩を下げ猫背の少年が俯いたまま恐ろしい事を言い近くを通行している女子生徒に近付いて行く。徐々にその体は黒く霞んでいき原形がぼやけ始める。
「いい加減にしろ。消し飛びたいのか?」「へ、れれれれレーグージさん? 何を言って」「ぉねえちゃん……ニハボクガ見える? ナら、こッちのツメタイぉねえちゃんから――」
 俺よりも早く様子が可笑しい少年の下に到着した鈴宮司は、見えざる少年の前を運悪く通り過ぎその標的になっていた級友の望月なんちゃらの真後ろに立つ。そちろんドスの効いた脅し文句を、刀身が鞘から引き抜かれた霊斬剣の矛先に乗せ、何も知らない望月を背後から襲おうとする少年に向けた。
 可哀そうに、少年が見えないただのギャルには自分が刃物を鈴宮司に突き付けられている様にしか思えないだろ。手の届く距離で黒く霞む少年がお前と鈴宮司を品定めしているんだぞ。
「ぎゃうがぁぁああああ」
 断末魔の叫びとはこの事か。
 明らかに様子が変な少年が指を銜え獲物を見極めて、いざ片手を霊斬剣にビビる望月に伸ばした刹那、鈴宮司は何の迷いも無くまだ七歳くらいの小さな少年を頭頂部から股倉まで切り裂いたのだ。
「きゃ、きゃー殺される――」
 鼻先をコンクリートも豆腐と化す刃が掠めた望月は、腰が抜けたへっぴり腰状態でフラフラと騒ぎにドギボを抜かれた通行人の群れへと紛れていく。
「なんて事を……」
 そこにようやく到着した俺が、容姿は少年でも半分に避けた幽霊を目の当たりにして口を押さえる。血が吹き出ている訳でも内臓が飛び出ている訳でもなく。切り口は黒く霞んでハッキリしないが、斬られる直前の格好で二つに裂けた浮遊物はまぎれもなく人間の子供なんだ。いくら幽霊だとしてもこの光景は見たくなかった。
「こんなの可笑しいだろ! この子が何をしたんだ!」「人間を襲おうとした。だから斬ったまでだ」「ぁぁぁ……」
 竹の様に二つにかち割られ小さく声を出す少年が瞳孔の開いた片目で俺を見ている。
「こんなの人道的にダメだろ! この子も人間【だった】んだぞ」「だった。お前もこの子を人間だと思っていないようだな。なのに人道だ? お前も私も、ここにいる人間も誰もこの子を人間だと思ってないんだよ。綺麗ごとでこの子が成仏できるとでも思うのか?」
 本日は猛暑でココは日陰などない校門前の歩道。自動車の排ガス、直射日光で温められたアスファルトから上る熱気と、物騒な刀をむき出しに盛大な独り言を車道にぶつける鈴宮司に、進行方向を遮られた生徒や一般の通行人は、顔面から汗を垂れ流し目の前の奇人を冷ややかな目で煙たがり立ち往生している。
「成仏とかよくわかんねーけど、ちゃんと話を聞けば」「自分を受け入れてくれる人間に会いたいのがこの子の最後の願いだ。でも、もう無理だこいつは黒に堕ちた生かす訳にはいかないゴミカスだ」
 人命をチリ紙発言と同時に周囲の気温がドンドン下がり始め、双眸を閉じた鈴宮司の周りからあの体育館裏で聞いた仏具の音が聞え始めた。
「なんなんだお前! 人間じゃないのはお前の方だ!」
 マジでこの子を消すみたいだと悟り、俺は仏具の音に共鳴してドンドン薄くなる少年を庇う為に鈴宮司の前に立ちはだかる。
「どけ、お前も消えたいのか?」「俺はお前なんかに消されない! 俺たちは残りカスなんかじゃない! 消えるなら最後は人間らしい事をして消えてやる!」
 目の前の消え掛ける命を見過ごして自分だけやり残したことを成就させて成仏できる訳がない。それこそここでこの子を見捨てたら俺は一生成仏できない。鈴宮司を冷酷非道の奇人、変人女のままにして成仏できるか! 
 寺嶋剣市をなめるーなあああああ。
「良いだろ。最後に男らしく散るが良いー――」
 マジで情けを知らない鈴宮司は、多分呪文らしき御経を唱えて横に手を広げ少年を庇う俺のセンターラインを目掛けてその名の通りの働きをする霊斬剣で俺と少年を一直線に斬った。
「な、なんだと?」
 と、思ったら俺の体が神々しく光溢れ額に襲い掛かった矛先を傷一つ作る事無く受け止めた。
「幽霊なめんよ! 往生際悪くなきゃここにはいられねーぜ」
 鈴宮司もビックリしてるが、自分でもビックリ。真剣白刃取りを武術なんてしていなかった俺が手ではなく額で成し遂げたんだ。もはや武術の域ではないな。超人の神業。まるで某人型凡庸兵器のシールドが肉体をコーチングしている感覚を覚える。
「一体、ここ、こいつは何なんだ。なぜ防がれた……ブツブツ……」
 自分の能力に絶対の自信を持っていた鈴宮司は、単なる浮遊霊、しかも幽霊一日目、初心者幽霊に名刀を、しかも額で簡単に防がれた事に放心状態に陥り後ずさる。
「おい、少年大丈夫か?」
 その隙に俺は二股に裂けた少年を抱きかかえ、同時期に進行方向を塞がれ立ちんぼしていた通行人達は我先にと、足早に独り言に勤しむ鈴宮司の前を通り過ぎていく。
「おに……ちゃん……ありがとう……」「しっかりしろ! 君まだ全然生きてないだろ、諦めんなよ! 気合いいれれば元通りになるんだ」 「僕は死んだ……んだよ……お兄ちゃんとは……ちがう……」「はー、意味わかんねーよ! 俺だって同じだ」
 なんで! なんで体がくっ付かないんだ。俺には出来るのに、なんでこの子は出来ないんだ。散々切り刻まれても俺はこうして色素はともかく普段となんら変化ない体だって言うのに――。
「そうか、てらじま……もしかしたら……試す価値はあるな。おい、アホ」「なんだよ! 肩を掴むな」「ぉにいちゃん、また会えるといいね――」「くそっ……」
 少年と最期の別れを告げようとしていた俺の透ける肩を、自問自答から復活した鈴宮司が掴んだもんだら振り替えるしかなかった。その間に、少年は灰色の煙と共に天へと昇って逝った。
「て、てめーのせいであの子は志半ばで昇天しちまったぞ! どーなっちまうんだあの子は」「笑わせるな、当然の報いだ。そして、賽の河原で永遠とも言える石積みが始まる。当たり前だろ? 親よりも早く死んだんだから」「……」
 オカルト話は余り詳しい方ではないが、確かにそんな話を両親から聞いた事がある。途方もない年月の中で、意地悪な鬼に邪魔されながら石を積み罪を滅ぼしをする子供たちの御霊。あの子もそこに行くんだな……可哀そうに。
「何を心配してる、お前もすぐそこで石積みだ。そのうち会えるから気にするな」「ああ、そうかもな……」
 まともに返事するのもだるい。確かに俺も一般常識から推考したら親を残して死んだ身となる。最も親不孝な子供であるのは違いない。
 でも、その残した親ってのは、息子の俺よりも先に我が子の前から突然姿を消去した。高校にあがる直前に、なんの前触れもなしに仲睦まじい夫婦はそろって息子を置き去りに夜逃げしやがったんだ。
 だからな、その日から俺は一人で両親の知り合いのアパートに住んでいる。その時期に知り合った両親の級友である大家さんのご厚意で、二年間生きてこれた。
 俺を残し消えた両親なんて、生きてるのか死んでるのかも知らんし何よりもうどうでもいい。何の連絡も二年間よこさないクソ親だ、むしろ死んでる方がせいせいする。
「おい、冗談だ。まだお前は消えないさ。これを持っていれば強制送還はない。だからそんな恐ろしい表情するな」
 どんな表情を俺はしていたのだろうか。あの鈴宮司が挙動不審な仕草をしている。いかん、二人の事は忘れよう、俺には大家さんと言う新しい母親がいるんだ。
「あ? 何これ? 鈴か?」
 日焼けを知らない鈴宮司の掌に、持ちやすい様に赤い紐が結ばれた金色の鈴が乗っていた。
「私の様な使命を受けている送り人はこの街にそれなりにいる。そいつらから攻撃されない為の目印だ。今日は運がよくココまでこれたが、帰りは保障できない」「鈴がか? ふ~。てか、これをどうやって持てばいいんだ?」
 残念だが、俺の体は物理的法則を受け付けないし、与えられもしない非科学的成分で出来ているから、この通り掴めません。こんなもんでこの街に不特定存在する他の悪魔から守れるとも思えない。
 「集中しろ、今のお前ならこのくらい余裕のはずだ。現にさっき私がお前に触れただろ? それと逆の事をすれば良いだけだ」
 簡単にそう言うが、出来さえすれば俺も直ぐに掴み上げたい訳だが、
「センス無いな……集中力の欠片も感じられない」「うるせー授業一時間も耐えられない俺の集中力を過大評価するな」「減らず口を叩く前に集中しろアホが」
 そうは言いうが鈴宮司さん。こう罵られたら集中できるもんも出来なくなる。そんで、顔が非常に近い。吐息を感じる近さだぜこれは。尚更集中出来ません。知らず知らずに視線の先がふっくらと膨らむ女らしい胸元に行きこれまた集中できませ――
「どこを見てる殺すぞ?」「す、すみません! あ、いけそう」
 鋭く光る矛先(てか早くそれしまえよ)を眼球に突き付けられちまったので、太陽光を浴び綺麗に輝く鈴に穴が開くくらいの視線を集中させ、曇りガラス程度にハッキリし始めた指先に全神経を注ぎ込む。すると鈴宮司の掌で音も立てずに摘み上げられるのを待っていた鈴が微かに動いて、
「むむ、どー言う事だ? 幽体離脱かなんかか?」
 俺の指先に掴まれた赤い糸を始め本体の鈴が重力に反し様としたら、砂糖水の様な色素の鈴が本体の代わりに俺の指先に釣られて鈴宮司の掌から離れた。
 故に、現在は俺が撮み上げたブラブラと揺れて音を出している半透明の鈴と、今だ鈴宮司の掌で出番を待つ金色の鈴が存在する。これはまるで鈴が幽体離脱でもした様な現象だった。
「ご名答、その通りだ。お前が持っているのはこの子の魂、幽霊とでも言っておくか」「マジで? 物にも魂あんの? へー、じゃ魂抜かれたこっちの鈴はどうなるんだ」「壊れて消えるだけだ」
 鈴宮司が掌を少しだけ振動させると魂を抜かれた本物の鈴が、砂で出来ていた様に簡単に崩れ風と共に自然へと帰っていった。
「す、すげー! こんな事も出来るのか!」「熟練すれば人間にも同じ事が出来る」「え、いやそれは」「出来るまで消えないでいられればだけどな」
 くー、どこまでも嫌な性格してるな。どうやったらここまで捻くれた冷酷非道奇人変人毒電波発信源になれるんだ。てか、こいつとんでもない技を俺に教えやがったな。俺が黒に堕ちて魂抜きを実用したらどうする気だ一体。
「どうだ、それまだ私の手伝いをしないか? どうせ暇だろ?」「は? 俺に人間殺しをしろと? この技で」「違う。人聞きの悪い事をいうな、送り人として迷える霊魂を天上に消す仕事だ」「……」
 俺は一考する。………………………。
 このままこいつに好き勝手やらせたら、さっきの少年みたいな被害者が続出しかけない。それに俺が幽霊達の悪さを裁けばこいつが奇人にならなくても済むよな? 当然騒ぎ出したなんて噂を全校に轟かせる事が無くなるんじゃ。
「よし、良いだろ手伝ってやるよ」
 今日でお前の奇人伝説も終わりだ。
「男に二言は無いな? 私はお前の契約者で主人だ、お前は使用人で奴隷だ。その鈴が規約書だ」
 どこがどうなりそうなった。俺は奴隷制度を認めた覚えは無いぞ。この鈴だってお前が言うから――、チリーン。透けた鈴が風に揺れ音を出した。こうなった以上はこいつと行動を共にした方が賢明か。どうせ残された選択肢は孤独な浮遊霊生活だ。 
「何だって良いぜ好きにしろ――」「その言葉を忘れるなよ――」
 この時、俺は気付かなかったけど鈴宮司の真っ赤な唇が不気味に釣り上がっていたんだ。どうしてこうなったなんて分らない。幽霊嫌いで俺嫌いのこいつがどうしてこんな俺を仕事のパートナーに選んだかなんて、生前気にしていた女と何かを一緒にやると言う一種のイベントに浮かれて考えもしなかった。人間の俺ではなく、幽霊の俺を選んだ理由があるはずだが――。
 本当に浮遊しているのが笑える夏休み一週間前の暑い日差しの中での契でした。高卒の新人社会人が、自身がブラック企業に就職した事を知らないまま最後の夏休みを満喫するあの気持ちと一緒だった。

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