幽霊な僕と幽霊嫌いな君と

神寺雅文

第一談 奇人変人でも美人5

「あ、いや……」
 身振り手振りが激しい俺と向き合う木更津の背後で席に座ったまま、前髪に隠れていない片目でジッと見ている鈴宮司との視線が合い舌がもつれる。それと同時期、鈴宮司も静かに立ち上がり包みを片手に廊下へと出て行ってしまう。
「くっ……すまん、そうだった。オレ、寝ぼけてました」「アハハハ、だろ? 奇人に襲われて頭が可笑しくなったかと思ったぜ」「ふっ、ひっかかっただろ? 冗談はこれくらいにしとくわ」
 これ以上話しても駄目か。そうだよな、不真面目でショチュ~遅刻する俺がいくら事情を説明したとこで、あんな体験を信じる奴はオカルトマニアか頭がいかれた気違いくらい。第一それを信じるなら鈴宮司の奇行にも理由があると思う奴がいてもいいはずだ。
 ん~、奇行の理由か……。今まで考えてもいなかったが、初歩的な事を見落としていた。
「ま、ベランダで眠気覚ますわ」
 自分が襲われてから初めて気が付く違和感と言うモノが頭の中をふわふわしている。
「何だよ騙しやがって! オレも行くぜ~」
 俺だってあれは聞き間違いで子猫の薄気味悪い叫び声とか、体育館裏の不気味な雰囲気だって勘違いって決め付けたいんだ。
 ついでに、鈴宮司の奇行が原因でラリ男になったなんて言われたら死んでも死に切れなくなる。このままじゃ例え幽霊になってでもチョーキュートな子猫を、奇人変人傍若無人でも子猫に逃げられ泣きべそかく鈴宮司に抱かせたくなる。あいつが奇人・変人なんて無様なレッテルをいつまでも貼られる事態は早々終わらせたい。
 てな訳で、変な覚悟が決まったんで、これ以上騒ぎの余韻を残す訳にはいかないから木更津を連れて気分転換にベランダに出た。
「んー良い風だ」
 澄み切った空を見上げて深呼吸。昼休みの奇妙な体験はきっと季節外れの暖かさにやられた五感が見せた幻聴幻影、神経伝達のミステイクだ。決して俺はビビりでも狂人でもない!
「なんかジジ臭いぜ?」「自然の良さが分らんのか? この若造が」「なんじゃそりゃーあ、ホノカちゃ~ん」
 事を前向きに考えなければ、この男が本気で心配しちまう。もしかしなくても、クラスメイトにさっき以上に微妙な表情をさせちまう。なんだって俺はクールな男で通ってんだからよ……はははっ。強がりとは時に残酷である。
「そーいや左足を気にしてるみたいだったけどあいつに何されたんだ?」
 無理矢理に問題を自己解決に持ち込んだ俺へ、隣のベランダにいる俺は全く知らない女子に手を振り始めていた木更津が、それを中断してちょっぴり弾んだ声色でそう聞いてきてちょっと困った。
 みんな表向きでは鈴宮司の奇行を嫌うが、実は楽しみにしている部分も僅かにある。そりゃ何もない平穏で刺激がなく暇すぎて放課後まで惰眠をむさぼるちんけな一日よりは、ドラマの様に刃傷沙汰手前のアクシデントがたまにある方が若い俺らはイキイキとしちゃうもんだ。
 ただ、それは被害者が自分で無い事が大前提なので、自分に悲劇が訪れた日にゃ、俺やこいつみたいにその日一日は死刑執行の原因が気になりもやもやして考え込むから成績の悪い奴がこのクラスには特に多い。なんせ、超問題児の根城がココなんだから被害件数は断然我がクラスの三年C組がダントツだ。
 だから、出来る限り奴には静かにして頂きたいと考える優等生もココには多い。矛盾であるが、ちょっとの刺激は欲するけど限度を考えろってこと。
 で、教師陣も以下同文な訳だけど、そこは大人で最初は散々授業を中断されてもその都度頑張って何度も注意していた――が、一向に治らないしいかんせあの視線であるからそれ以上は言えずだんまりこいて教卓でうな垂れて辞表を書こうか悩む始末。
 実際、新米教師は泣きながら学級主任に担当を変えてくれと懇願していたらしい。
 それが不確定なのは、その新米教師が次の授業でココに来ることで察してくれ。
 あいつは一俺達とは違い、一筋縄でどうこう出来る問題児じゃないんだ。成績は何故か学年トップを一年次から今日まで維持しているらしく、あいつを理由に成績不振を訴える不良とただのバカの俺と木更津に比べたら、あいつはまだ学園からしたらマシなんだろよ。一応進学校だし。
 そうなると、低空飛行部隊と奇人変人でも天才では、どっちが学園にとって疫病神だと思う? そこに鈴宮司澪が退学にならない理由があるんだと俺は思っている。
 まあ、とりあえず、初めて鈴宮司に襲われた状況を本日めでたく初体験を済ませたその親友を凝視する木更津と整理するか。
「ん~、大まかに言うと鞘に収まった摸擬刀で殴られただけだ。ただの喧嘩となんら変わらんさ」「はぁ? 殴られただけって……ここは路地裏じゃないんだぜ? それにあいつ、あのアホ面倒なモノを連れてきたな! って言って物凄い勢いで廊下に出てお前をモギトウ? で斬ったんだぜ? 怪我したんじゃないのか? 見せてみろよ」
 お前は俺の母ちゃんか、心配し過ぎだ。それに斬られたんじゃなく薙ぎ払われたんだ。
「それはそうだが、痛くないぜ? ほれ」
 木更津が顎を突き出し怪しむもんだから自分でもまだ確認していない左足の裾を捲り二人でそこを確認する。
「……ええ」
 そしてそれが間違いだと気が付き絶句した。イケメン面が鼻先ギリギリにある事も気にならない程の衝撃が脳天を打ちのめす。
 嗚呼、一人でコソコソ確認すりゃ良かった。まさかこんな変な形の痣が出来てるとは思いもよらないぜ。
 その変な痣と言うのは――
「おま、ケンフュチこれはやばいだろ! 内出血してんじゃん! もしかして骨、折れてんじゃ……骨、折れてるんじゃないのか」――なぜ同じことを二回言う。
 どうやら悠長に痣の経緯を説明している時間は無いようだ。子煩悩母ちゃんもとい木更津がしゃがみ込んで問題の痣を見つめて凛々しい眉をひそめちまっている。まるで末期ガンを前途ある若者の患者から見つけた医者差ながらの表情だ。
 うむ、模擬刀で殴られるとどうやら癌になるらしい。おーこりゃ面白くない大発見ですな。
「バカか折れてる訳ないだろ。痛くねーし、第一ここまで歩いてきただろ。――、それよりこの痣変な形してないか?」「そ、そうか……。確かにこれは手形に見れるし、こっちは子猫? が足首に纏わりついてるよ~な形に見えなくもないな。で、これなんなんだ?」
 誘導尋問成功。木更津の意識が怪我の度合いから奇妙な形の痣に向い表情が医者から探偵のそれに変わる。
「ああ、俺もそう見えるが、よくわからん」
 木更津に遅れて俺もしゃがみ先客の頬に額が当たりそうな距離まで近付きながら奇妙な浅黒い内出血を観察する。
 ん~、こんな不気味な痣いつ出来たんだ? 昼休みの子猫探しの作業中は無かったはずだし、それ以前にあったのなら作業で汗ばんだ両足に風を送った時に気が付くだろ。
「これさ、あいつにやられて出来たんだろ? 主任に言えば停学くらいには出来るっしょ」「え、……」
 否定が出来ないから困る。
 確かに鈴宮司に摸擬刀で殴られたから出来た可能が一番高い。いや、むしろ限りなく確定に近い。白黒ハッキリさせる前に、どう見ても漆黒なんですよ。マックロクロスケも逃げ出す黒だ。
 でもなあ、あの時は痛く無かったんだぞ? 逆にそのお陰で痛みが無くなったようなもんだ。
「おかしいな~」
 確か最初の異変はあの時だよな。
 なんだか恨めしそうに俺を睨むこの痣が出来た足首に、最初の異変が起きたのは鈴宮司になぎ倒される前であり、体育館での奇妙な体験をしてからだ。そんで次に愛くるしい猫助が急に威嚇を始めて第二の異変発覚で最後にこの痣だ。
 ん~殺人事件でもっとも犯行を疑うべき人物は、第一発見者と言う噂がホントなら、
「バカか、刀で殴られてこんな痣出来るかよ。昨日からあったわ! 大家さんの何時ものプロレス技のせいで出来たんだよ! なにしけた面してんだよ!」「のわ!」
 昨日の強制スパーリングを疑うべきだ! ははははっ、これなら俺が忘れてた&気づかなかったで第三者には説明が出来る。
 俺はどうしても鈴宮司が原因で出来た物とは、あんな事をされたにも関わらず思えず、ウソか本当か判断し難い冗談で不安げな顔をする親友をその大家さん直伝のコブラツイストでごまかしに掛かる。
「く、ギブギブ!」
 出来る限りふざけてあたかも昨晩にアパートの大家さん(女性)からプロレス技をこの身を持って伝授されたかのように、俺は受け手の意識が飛ばない程度に胴体を締め上げて、木更津は若干青ざめてタップした。
「げほっ確かにあの人なら手加減とかしなそーだかんな心配して損したぜ」「わりーわり」
 素人の適当な絞め技で拘束された首筋や脇を撫でる木更津の肩に腕を回して謝る。暴力を振るいごめんと騙してごめんの二つの意味を込めて。
「それはそーで、あいつが剣市を襲うのって初めてだよな? なんかしたのか?」「んにゃ、記憶に無い。あ、強いて言うなら昼に観察してたくらいだ」「あ~? 剣市ってホントあいつを気にしてんな……。ストーカーなんてしてるから襲われんだぜ」
 ストーカー……ね~人聞きが悪い。が、そう思われてもおかしくないかもしれん。
 今日は昼休みちょっと様子を見ていたくらいなんだが、もしかしたバカ下級生の仲間かとも思われたかな~誤解なんだがね。 まあ、何にしろ何かしらで不愉快にさせちまったか可能性大なので後で謝るか。
「あーなんで剣市はともかくオレが襲われんだよ~お前だけに声かけないからか~――」「うるせーなんで俺はストーカー決定なんだよ! 刀で斬るような事してねーだろ――」
 一種のイベントを経験した仲間同士として鈴宮司の機嫌を損ねた理由を探す為に、今日一日の行動の良し悪しをお互いで指摘し合い放課後まで例の如くもやもやしていたのだった。
 さて、そんな騒がしく奇妙な一日が終わり日照時間が延びたにも関わらず、日が暮れ始めた放課後の昇降口で、俺は靴を履き変えながら今だもやもやしていると木更津が苦笑いを浮かべ言い放った。
「剣市は明らかにストーキングが原因っしょ、それ以外考えられない。オレなんか週三ペースなんだぜ? パートのおばちゃんかよ! はあぁぁぁ嫌になるわマジで、店長がいるなら文句いってやるのに」
 こいつ言い切りやがった。親友をストーカー扱いですか。俺だって店長がいるなら、もうちょっとあいつを指導しろと言ってやりたい気分だ。
 木更津が学生気分の抜けない新米社会人が、それでも粉骨砕身で頑張って働き貯めた金で買った高級車をその翌日に盗まれたような深刻な表情をしながら誰もいない茜色に染まる昇降口から出て肩を落としている。
「まぁな。じゃあ、とりあえず謝ってくるわ」「お、おい! わざわざ良いだろそんなこと! むしろ謝って貰いたいのゎ――」「お前の事も聞いてやっから心配すんなよ――」
 先を行く落ち込む肩を叩き突拍子も無く走り出した俺を制止させようと、手を伸ばす木更津がどんどん小さくなる。目指すは子猫が昼寝をしていた職員専用駐車場で体育館の隣だ。もしかしたらまた鈴宮司が子猫と遊ぶ為に車体の下を覗いているかも知れない。あんな得体も知れない不気味な体験をした場所ではあるが、綺麗な茜色に染まる石畳の通路を軽快なリズムを刻んで向かった。
「よっ、猫助はいたか?」
 太陽が西に傾げ斜陽が車の疎らな寂しい駐車場をわずかに照らしている。
 何台かの車しか駐車されていない駐車場で、普通乗用車の側面でしゃがみ込みその車体下を覗いている鈴宮司におっかなびっくり声を掛ける。昼休みにしていた事をまたやっている後ろ姿が綺麗な茜色に染まっていた。
「ここに二度と来るな。貴様はバカみたいに敏感で感が良すぎる」
 敏感? 感が良い? はて何の事だ? それよりも――
「ようやく俺の目を見たな」「……だから?」
 今学期が始まり一カ月が経過してようやく会話が成立した。口調はともかくこれは喜ばし事である。赤飯を炊いても良い快挙だ。
「……」
 しかし、相変わらず前髪で隠れていない右目は冷酷な鬼火を燈しており、鈴宮司は無表情のまま「立つ価値も無いから」と言わんばかりのしゃがみっぷりだ。なんだかスケ番にガン付けられてるみたいに思えてくる。
「お、お前が変な事する時は必ず眼前の人間を見ないで、背景や地面を睨んでるからな。初めて直接お前に襲われてやっとわかった」「……」
 この反応は好感触か? 臆する事無くそう言うとピクリと眉目が動いた。
「木更津の時だってその包は一度もあいつに向けなかったよな? ま、俺は薙ぎ払われたが……」
 確信がある訳では無いけど、少なからずとも今日の実体験と木更津の経験談を統括すると、こいつは俺らクラスメイトの双眸を直視して奇行を行った事が無いはずだ。
「理由を教えてくれないか? お前が俺や木更津、ここにいる人間を無差別に襲う理由を」
 細心の注意を払い爽やかにほほ笑んでみる。尋問に大事なのは下手に出る事だと心得ている。
「ふっ、バカは良く喋るな? お前には関係ない失せろ!」「うぅ……」
 しかーし、冷酷非道の瞳が俺の心を圧迫している。こいつは膝を抱えてしゃがんでいるだけで、しかも片目で一睨みしただけだ。なのになんだこの心を包む冷たい感情は! 悪魔が蔓延るラビリンスに全裸で放り込まれたらきっとこうなるに違いない。
「にゃ~ん、にゃ~」
 男剣市、どうにか逃げずにその場に踏み止まっていると震えが止まらない脚に、昼休みの茶トラ猫のトラ助が愛嬌を惜し気もなく振りまきながらすり寄ってきた。
「うおトラ助! 良いとこにきたナイスタイミングだ」
 神は俺を見捨てていなかった。
「あ、くぅ……」
 待望のトラ助登場で案の定鈴宮司の瞳から殺気が消えた。その隙にチャーミングなモフモフをここぞとばかりの早業で拾い上げる俺。その間、鈴宮司の方から嬌声が聞こえたが、ん~気のせいか?
「うにゃ~」「よ~しよし、こっちのお姉さんにも挨拶しなよ~」
 ちっちゃいトラ助を腕の中で抱っこして薄いピンク色の鼻先をくすぐり、こっちもいつの間にか直立していた鈴宮司に差し出してみる。
「待て! 私は猫を触った事が無いんだ……」
 お、普通の会話が成立した。いやそれより猫を触った事が無いだと? まーそれは良いか。殺気や氷の仮面を付けていないだけましだ。こんな年相応の表情を出来る事の方がびっくり仰天で世界が明日破滅するんじゃないかと思ってしまう――ちと頬が痙攣しているから半壊で済むかもな。
「ごちゃごちゃ考えなくて良い感じるんだ。優しく撫で撫でしてトラ助がして貰いたい事をしてやれ」「ししかし、子猫とは繊細で触れようとしても近付く事すら出来ない蜃気楼のような生き物で、壊れてしまわないだろうか? 線香花火の様に儚く散ってしまわないだろうか?」
 どんな生き物だよ。どんだけ逃げられたら蜃気楼と同じモンだと思うんだよ。子猫=線香花火ってどんな比喩だよ斬新すぎるわ。
「今のお前も繊細で普通の女の子に見えるぞ。良いから早く持ってやれ」「わっ、わっ、無理にはやめろ! 消し飛んでしまうだろ!」
 こいつの猫好きは本物みたいで、天の邪鬼の子供が見せる大好きな子猫を目の前にして嬉しそうな声色を必死に殺すがダダ漏れのそれをしている。
 故に、じれったくなり絶賛心の準備中であたふたする鈴宮司の真っ白な両腕に大人しく“待て”をしているトラ助を半ば強制的に渡そうと一歩踏み込む。
「わっわっ」
 鈴宮司も嫌々応えようとさっきの俺とは違う意味で震えている指先をゆっくりトラ助に近づける。
「う~逃げないでよ~」
 後少しだ頑張れ。もうちょいで可愛く鳴いているトラ助が大げさに緊張した顔をするお前の指先に触れ――
「今日は子猫がご飯ですか~? それともおかず~? 可哀そうだからやめてくださいよ~」
 る、寸前でまたどっかの下級生が校舎の窓から悪ふざけにも程がある罵声を叫んで抱腹した。
「フシャー! フゥー」――、トラ助戦闘モード突入!「あ、バカ暴れるな! 鈴宮司も怒るんじゃない子猫が怯えてるだろ!」
 罵声が校舎に反響する中で、誰よりも先にトラ助が危険を察知し恐怖に怯えて俺の腕の中で暴れ踊る。爪が、爪が……。
「ちっ、あほうが」
 俺は俺でおちゃらけた態度の昼間とは別の下級生を唖然と見上げていたが、トラ助の異変に気が付いてから間髪入れる間もなく、前に立つ鈴宮司が怒気なのか殺気なのか殺意なのか見当も付かないオーラを身に纏い振り返っている事にも気が付き死人が出る前に宥めようと試みた。 
「うつわぁぁぁあぁぁぁ――」
 本日何人目の叫び声だろうか。世間知らずの下級生が哀れに逃げて行く。噂ばかりで本物の恐怖を知らない為の愚行だったな。百聞は一見に如かずとはこの事だ。
「落ち着け落ち着くんだ! 鈴宮司、お前も一々相手にすんなよ? トラ助抱っこしたいんだろ」
 人間よりも危険察知能力が高いトラ助が腕の中で恐怖に我を忘れ暴れるので、少し強く抱きしめ背中を見せる鈴宮司にそう語りかける。またとんでもない顔している事は明白だ。
「失せろ。お前には関係無い……」「あっ……」
 あのまさに少女の様な声は桃源郷入り。普段の声色に戻った鈴宮司がそう言って振り返った。
 それだけなら今日だけで多少は免疫が付いたからどうにかなっただろう。般若の面もなれれば可愛いもんだ、ダイブ強がりではあるが。
 でも、彼女の茜色に染まる頬の上を変な液体が一筋流れて伏し目がちな表情を見せられては俺も動揺する。
 ハンカチ、ハンカチ。ああ、シットゥ! ハンカチなんて生まれてこの方所持したことがない。男のハンカチとは自分のズボンと上着もしくは友人のそれだ!
 どうする、目じりから流れる透明の液体が涙なんて思いもよらなかった。だってあの無機質機械人間の鈴宮司が泣くとは思わなかったから……。 
 なんて事をしちまったんだ。それは俺の見た事のある表情の中で、もしかしたら一番見たく無かった顔だった。
「……」
 明りの消えた行燈。鈴宮司は念願の子猫を抱っこする事無く放心状態の俺を置き去り歩き去ってしまった。
 俺も俺で悲しくて痛々しい後ろ姿の鈴宮司を追い掛ける事が出来ず、その場でトラ助を抱きかかえたまま座り込んでしまった。
 俺が無理矢理彼女にトラ助を手渡そうとしなければ……俺が周りを警戒していればあのクソ下級生にからかわれなくて済んだ。俺が余計なお世話をしなければ大好きな猫を食用にする為に捕まえた悪魔みたいな言い方されなかったはずだ。
 百パー俺が傷付けた。俺はただ単に鈴宮司の喜ぶ顔が見たかっただけなのに、一緒に笑いたかっただけなんだ。なのに、なんであんな顔をさせちまったんだ――。
 それから二ヶ月間、俺は鈴宮司に話し掛ける事が出来なかった。原因はより一層あいつが怖い顔をする時間が増えたから。
 それにいくら俺がバカ騒ぎしようが教室でふざけようが鈴宮司から怒鳴られる事はおろか視線を感じる事もなかった。一度は恐ろしい剣幕で殺されかけた間柄なのに、俺だけ放置プレイ。
 多分、それは完全に嫌われたからだろうな。そんな気がしてならないんだ、他のクラスメイトや木更津が何時も通りに襲われてるのを遠目で眺める現状を考察すると……。

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