幽霊な僕と幽霊嫌いな君と

神寺雅文

第一談 奇人変人でも美人2

  ×××
 それからは特に鈴宮司は大人しくずっと瞑想していた。そのお陰で俺と木更津他クラスメイトは平穏で楽しい高校生活を送れていた。
 その時に誰かが言った言葉が印象的だった。
「あの奇人が騒がなければこのクラスが一番落ち着いた纏まりのある良いクラスだ」
 授業の合間の他愛も無い駄弁だが、誰もがそれに賛同していた。首肯だけの者もいればオーバーリアクションで騒ぎながら同意を表わすひょうきん者。もちろん教室にその問題児がいないからみな仲間意識全開で絶賛していた。さすがに鈴宮司に直接モノ申すやからは新学期が始まったたった二日でいなくなった。
 それを踏まえても確かにこのクラスは纏まりだけは良かった。机に座り被害者達のその駄弁を聞いていた俺もそれには同意した。
 だが、腑に落ちない事があった。
 その纏まりが良いって言えるのは鈴宮司の悪口を言う時くらいだろ? 後は各自好き勝手に自慢話とか偏った趣味の押し付け合いだ。一年毎にクラス替えがありたった一カ月で団結力が生まれたらそれはドラマの見過ぎで思考回路がハッピーに置き換えられたにすぎない錯覚だ。
 そいつの言う本当に纏まりがあるクラスに、じゃあ故意的にはぶかれている奴が一人でもいるモンなのかよ? 奇人って呼ばれる女子生徒がいて良いものなのか?
 「くだらねーなホント」
 そんな事が頭を巡り空腹が訪れたので、何時も通りに木更津と共に学食で昼食を済ませた俺は無駄に元気を取り戻した木更津に、
「女の子と仲良くなるぜ!」
 と豪語されたので半ば適当にそれを受け流し一人校舎をやる事も無いのでただぶらぶらしていた。
 あいつは「お前も来い」なんて言っていたが、どうせろくな事にならないのは目に見えていた。
 何が起きるかだって? 彼女がいない俺に変に気を使う木更津が手当たり次第に女子を紹介してくる悪夢の時間だよ。昼前に言ったと思うが、木更津と俺では趣味が違い過ぎるのだ。
 女子に囲まれる想像をしただけで頭がスパークしてしまう。
「バカ野郎」
 ただ、自分も彼女いなくて焦ってるくせになに人の心配してんだよ。ホント、アホで無駄にイケメンなバカなんだからよ。木更津の優しさは汲んでいるつもりだ。
 だらか自然と口元がほころびそんな独り言を呟き騒がしい下級生が生息する廊下を歩き続ける。そしたら不意に窓の外が気になった。
 なんて言えば良いだろうか。んーそうだな、シックスセンス・第六感が働いたので気になったとでも言えば良いだろう。マジで根拠など存在しない思い付きだ。
 まぁ兎に角だ。二階の窓の外が異様に気になり仕方がなかった。とりあえず立ち止り最初は首だけ外に向ける。「ん?」
 最初は校舎裏の昼休み以降は日当たり良好の職員専用駐車場が、普段とは一階分低く見えるだけだと思っていた。
しかし、結果は違った。 
「何してんだあいつ?」
 かなり奥行きがあり幅も広い駐車場の隅、外装が剥がれた体育館側に停められた赤い結構値が張る車のクッキリした影の中で、こちらに背を向けてしゃがみ込み車体下に合わせ首を傾ぎ、妖艶な黒髪を風に靡かせあの深紅の包みもちゃんと肩に掛けたあの鈴宮司の後ろ姿を発見したのだ。
 そして何故だろ。不思議と彼女特有の危険なオーラは現時点では感じられない。もしかしたら距離が遠いからかも知れないし同じ空間にいないからかも知れない。
 とりあえず、理由はともかく今だけは車体下に腕を伸ばしそれを小刻みに動かす姿を大人しく見守っておこうと思った。
「うわぁー、またあいつなんかしてんじゃんよ!」
 だが、そう問屋は下ろさないようだ。廊下の窓際で不良じみた上級生が体ごと外に向け一点をガン見していたらそりゃつられて自分も昼下がりの駐車場に視線を投げるよな。
 そんで立ち止り、その問題は多彩で驚愕しか残さない伝説を持つ事で有名なエキセントリック女を発見して毛虫でも見るような視線を投げつけて俺とは真逆な事を連想するんだろう。まだ、あいつは車体下にいる何かの気を引こうとしているだけだが……。
「おーいみんなこっちこいよ!また奇人が変な事してるぜ!」
 一つ隣の窓で鈴宮司に気付いたそいつは、奇しくも予想通りの行動に出た。
「えっ、マジでマジで!」
 そんで五、六人のそいつの級友がクソ騒がしい真後ろの教室から岩の下に棲む昆虫みたいに湧いて出てきやがった。
「おーマジでなんかしてんじゃん! 今日は何すんだろな?」「また一人剣道でもすんじゃね? 見えない悪魔と闘いたいんだろ!」
 今時ダボダボのズボンに極端に裾の短い学ラン(いわゆる短ラン)を更にだらしなく着ているいかにも不良な下級生達が、小学生もビックリする幼稚な発想でキャンキャンと騒ぎ出す。
 まことに先入感とは恐ろしいモノだ。あれのどこが不審な動きに見えんだよ? そんな事を言ったらただ欠伸をしていただけでも「口からビームでも出すぞ」って言うのか? ただ腕を天に突き付け背伸びをしているだけでも「宇宙と交信している電波ちゃんだ」と、でも言うのか? 
 それなら二、三十年前の学生みたいな格好したお前らは過去からテレポーテーションしてきた残念なタイムトラベラーか? そんならどっか違う時空に飛んで行っちまえよ!  だが、実際彼女がこいつらに変な先入感を与えたのは事実だ。欠伸や背伸びをしただけでも何か起きても可笑しく無いのが鈴宮司澪のクリーンな印象なんだ。第一印象が酷いんだあいつは。
 なんて自分も校則ギリギリの恰好をしときながらバカ共に一瞥くれ視線を鈴宮司に戻した。

 ちなみにこの学園の名物はあそこで一人不審な動きをしていると勘違いされる奇人変人でもすこぶる美人って両極な評判を持つ鈴宮司だけでは無い。その他で他校にこれぞ名物って言いきれるのは鈴宮司を始め女子生徒が着用している漆黒のセーラー服である。
 上着のベースは他校とたいして変わらないが、生地が真っ黒で袖口には深紅のラインが走っておりスカーフも血のように真っ赤。んで、スカートも形は普通だが色は漆黒で折り目の裏は深紅に染まっているのだ。
 なんで女子だけこんな奇抜で斬新な制服かは知らないが、それがめちゃくちゃ似合う女を、男子生徒の制服をある意味奇抜に着こなす下級生がついにプロレス観戦客みたいな罵声をわざわざ手の届く範囲の窓をすべて開けて豪快に飛ばした。
「レーグージせんぱ~い、バカはやめてくださ~いキモいぞ~」「敵ならあんたの頭ん中にいるぞ~」「アハハハハ――」
 調子に乗った下級生は抱腹しながら各々バカげた発言を、ここからなら表情がギリギリ読めるであろう距離でしゃがみ込んでいる鈴宮司に浴びせた。
「ひっう……」
 そしたら、それにようやく気が付いた鈴宮司が普段通りの機械的な動きで立ち上がると体ごとゆっくりと振り返った。そんで振り返った鈴宮司の表情が見えた瞬間、身の程知らずのバカ共はヤクザに絡まれたサラリーマン差ながらの表情をして変な声を漏らした。
「やややっやあっや、やばい行くぞ!」
 そんで、からかう相手を間違えた事をようやく悟り蜘蛛の子を散らす勢いで教室へと逃げて行ってしまった。
 ああ、言っておくがあいつは振り返っただけに過ぎない。ただ自分の名前を呼ばれたら仕方なく一時作業中断をしただけだ。少なくとも俺はそう思う。
 ほら、その証拠にまたしゃがみ込んだぞ。だが、あのバカ共が血相を変えて逃げ出した気持は痛いほど分る。
 な~に、理由は簡単だ。俺が教室で見た表情よりも三割増しの怖い顔をしていたんだからよ。しかも今は感じないがとんでもない殺気を感じて冷や汗が出た。きっと直接視線を交えたあいつら生きた心地はしなかったんじゃないのか。とりあえずご愁傷様だよまったく。ハレルヤ讃美歌。
 そんなこんなで、俺以外の生徒が意図的に鈴宮司を見なくなったら事態が急展開した。
 俺のいるココは駐車場が一望出来る二階の窓際だから、何故か目一杯にしゃがみ込む鈴宮司よりは遥かに遠くまで駐車場を見渡せわざわざ入口から離れた位置で停められた赤い車の周りもよく見える。
「あ、」
 そんな立地にいる俺の視界、厳密に言うと赤い車の横腹の向こう側から一匹の茶トラの子猫が、鈴宮司の死角を突きどこかに走って行くのが見えた。
 しかもその子猫は車体下から出てきたように見え、ついでに何か怖いモノでも目撃したかのような慌てた逃げ方だった。
 それに遅れて鈴宮司も気が付き、どうせ何時もの機械的な動きで立ち上がると思っていた。だが、その一種の期待は裏切られ、あの鈴宮司があからさまにガッカリしています。って感じで立ち上がったのだ。
「えっ……」
 それだけでもビックリしたけど、冷酷非道で奇人変人の電波少女と嫌み呼ばわれる鈴宮司がゆっくりと振り返り俺に見せた表情に思わず独り言を漏らし固唾を飲んでしまっていた。
 それを昼休みでうるさい廊下で見ているのに、俺のまだまだ未発達な心に雨が降りしきる誰もいない公園で一人佇むあの寂しさが強襲してきた。
 その表情ってのが、保育園児が泣きたいのを必死に我慢するあれと似ているんだ。悔しそうに握りしめられた拳が心なしか震えて見えるのもその先入観のせいだろう。
 あの凍てつく視線を発する片目で睨み付けられた人間を凍り漬けにしかけない女に、大好きな猫ちゃんに逃げられて泣き出しそうなのをそれでも健気に堪える少女の表情をされてみろよ。
 何にでも適当でやる気の無い俺でも泣きたくなるわ。どうにかして鈴宮司に子猫を抱かせてやりたくなるじゃないか。男とはそう言う生き物だと父親から聞かされている。
「あ、コラ! 廊下を走るな――」 
 だから俺もそのまま廊下を走りだし校内を巡回するハゲ教師の真横をすれ違い子猫が走り去った方角を目指した。
「猫助どこだぁぁ~」
 とまあ、道中いろいろと教師達から怒号を頂いたが、無事に目的に到着した訳で、俺は子猫はおろか鈴宮司すらいなくなった職員専用駐車場を陸上部の練習風景と同等に右往左往している。
 あの鈴宮司から逃げて行った子猫は確かこの辺りに向かったように見えた。さぞかし恐ろしい物を鈴宮司から感じたに違いない。違いない! じゃないとあんな逃げ方しないはず。
「お~い猫助どこですかああ」
 どこまで本気か思考者の俺にも分からないが、子猫が逃げた理由を鈴宮司のせいにしているところを考えるとなんだか悲しくなるのは俺だけか? ま、そう思われてもしかたないのがあいつなんだから仕方あるまい。先入観とは末恐ろしいモノだ、ははははっ。
「ご飯やるから出ておいで~実は何もないけど、痛い事は絶対にしないぞおおお」
 学園の敷地と一般の敷地を仕切る境界線のフェンスと、それに沿い今は青葉生い茂る単なる植木に降格した桜を交互に視界に収め考える。やっぱりせめて猫缶でも持ってくるべきだったか? 
 ――うむ、少しは真面目に考えよう。あのくらいの大きさの子猫が俺と互角の高さがあるフェンスを飛び越えられる訳はなによな? だとすると地面との隙間から外に逃げた可能性があるな。
 某探偵の顎摩りを真似ながらそう答えを導き出し、運動不足の人間が嫌がる距離まで設置されたフェンスに子猫が抜けられる程の隙間や穴が開いていないかチェックをする事にした。ついでに木陰で丸まって寝ていないかも確認するか。 
「ああだるっ」
 しかし、いや、やっぱりと言った方が正しいか。しばらくフェンスと植木の間の張り芝を踏みながら姿勢を低く保ち歩いていたら著しく気力が低下した。
 簡単に言うと面倒くさくなったのだ。だって腰の曲がった姿勢がジイさんみたいでしかも腰に負担が掛かりかなり痛い。流石にこの態勢で歩くのには限度がある。
「おうう」
 終いにはフェンスの金網に指を引っ掛けて休憩したら尚更ジジ臭くてなんか笑えてしまった。
「はぁ……何してんだ俺はよ」
 結局フェンスは良く整備されており子猫が抜け出す程の出入り口は存在しないし、ユラユラと揺れる木陰でも猫助さんは昼寝をしていなかった。
「俺もお人好しになったな」
 それでも次は植木と平行に埋設されたコンクリート製の側溝の中を気が乗らないが確認する事にした。でも、流石に一から十まで順よく開けていたら時間の無駄だしなにより二の腕の筋肉が崩壊いてしまう。そもそも百個くらいはあるんで、適当な間隔でクソ重い蓋を持ち上げて薄暗い若干異臭が漂う側溝の中に頭を突っ込む。
「おーい猫助いるかー?」
 うむ、誰もいない。それにしても臭い。それより人生初だぞ、ドブに頭突っ込んで叫んだのは。
 それを、一応は周りに人がいないのを確認してから何回か振り返す。こんな姿を誰かに見られたら変人扱いされちまうぞ。
 まぁ、俺にはちゃんとした理由があるか弁解の余地はあるが、もしこの一連の動作を鈴宮司がしていたら――と、考えただけで苦笑いが出るのでこの続きはお蔵入りである。
「ま、どうせ授業まで暇だから良いか」
 なのでそんな生産性の皆無な妄想はドブに捨て、せめてするならあいつが子猫を抱いた時にどんな表情をするかを想像して妄想してドブの蓋開け大運動会をつつがなく進めた。 
 そして五月晴れの空の下、一人側溝覗きが進むにつれ学ランのボタンを開けてきた俺についに限界が訪れた。これで何個目だ? めちゃくちゃ重い蓋を力一杯持ち上げ邪魔にならない場所に退かし色あせた桜の花びらが、何十枚も何百枚も沈殿したドブに天然物の黒髪を突っ込んだのはよ。
 ……、てか待てよ! 汚水に十数センチも浸かったドブに生後半年くらいの子猫がいる訳がないだろ! いるのであるならば溺れて鈴宮司に抱っこさせる以前の問題だろ! 誰だ俺にこんな事させたバカたれは――。
 現在進行形で側溝に跪いている最中にそれらに気が付き、
「俺か……」
 仕方ないから自分で突っ込んでおいた。
 やってらんねー、スタートよりもゴールのが近いじゃないか。校庭で騒ぐ生徒の声が校舎裏のここまで聞えてるじゃんか。
 まだ五月だと言うのに、ココの直射日光を浴び熱いアスファルトに座り込んでうな垂れる。こうしていると異様に静かな駐車場がなんだか寂しく感じるのは己のアホさを痛感したからか? 南中高度を迎えた太陽の陽射しを真上から受けた校舎が、外壁をのっぺり黒い陰で塗りつぶす風景が気持ち悪く見える俺は馬鹿以下か?
「戻すか」
 結局は何の意味も無い行為を、人間のプライドを文字通りドブに捨ててまでやり、そのうえ毛細血管が千切れて痛む二の腕と汗ばむ全身を考慮したら、それら行為が対価と割が合わない事に今更ながら気が付いた。
 誰だよ、こんな太陽熱をすこぶる吸収する真っ黒い学ランを制服に採用しやがったドアホ~わ。ついにボタンを全部外しジワっと濡れるYシャツの腹部に爽やかな春風を送り込んでしまったぞ。
「おりゃー」
 こんな時季にまさか汗だくになるとは思いもしなかったぜ。こんな重い蓋を何十個も上下左右に動かすのは土木作業員だけにして頂きたいものだ。プロならこんなもん屁じゃないから。
「どりゃああああ」
 なんだかバカらしくなったのでまだ途中ではあるが、目の前に鎮座する分厚いコンクリート製の若干浅黒く変色した蓋を最後として持ち上げた。
「ん?」
 その刹那、どこか遠くで子猫の甲高い鳴き声がするのが聞こえた。それもどこか狭いとこで鳴いているようなエコーの掛かった声色で、えらく途切れ途切れに聞こえてきている。そう、まさに溺れている人間が飲み込んだ水を吐き出しながら叫ぶように――。
「まさか!」 
 脳裏に最悪の事態が過った。すかさず開けっぱなしの側溝に頭を突っ込み声の居場所を探知しようとする。微かに聞える子猫の苦しそうな鳴き声。早く助けてやらないとやばいぞ! 
 しかし、側溝の壁に反響してどこで鳴いているのか分らない。、だけど、確実に子猫はどこかで溺れている。 そう、誰かが俺に告げている気がした。

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