幽霊な僕と幽霊嫌いな君と

神寺雅文

プロローグ

      プロローグ 透き通る様に澄んだ青空。それに覆い被さる綿菓子見たいな入道雲。その下に清流の様に流れる小川。それを見おろせる土手で、友達の後ろ姿に駆け寄る汚れ無き澄んだ瞳を持つ少女。
 そして砂糖水の様に透ける体を持つ俺――
「なんじゃこりゃああああ」
 本日は快晴の平日で、一介の日本国民なら学校やら会社に向かう為に忙しそうに街路を行きかう時間。
 俺もそんな人々の一員に加わろうと思い、高校入学と同時に移住したアパートから十歩歩いて錆びた鉄製の門扉を過ぎたら、こりゃビックリ! 自分の体が半透明に成っているのに気が付いて絶叫した。
 可笑しいぞ。なんで俺だけ透けてるんだ? 寝てる間に漂白剤でも浴びたか? いや、そんな訳ない。
 いきなり制服姿で裸Yシャツの男子学生が叫んだにも関わらず平然とそれ、の前を通り過ぎる同じ高校の夏服に変わった女子。涼しそうな横顔をしてらっしゃりますホント。
 あ、いや。どうやらその子だけでは無いようだ。同じく目の前を行き来するスーツを小脇に抱えた男性も日傘を差すOLも、みなスケスケで挙動不審の俺をスル―して英気ある表情で歩き去っていく。
「あ、あの! おはようございます! グッドなモーニングですね! いや〜、僕は暑さ感じないんですが、初夏ですね〜いやホント初夏――」
 鼻先をスレスレでしかも悠然と通り過ぎ様とした中年男性にフレンドリーを通り越し馴れ馴れしくも話しかけてみた。
 しかしだ。進行方向を見たまま少し眉をしかめたと思っただけで、後は今まで通りに周りの歩行者同様に歩き去ってしまった。
 まったくもって失礼なリーマンだ! お昼の情報番組で「今どきの若者は挨拶も出来んのか」と嘆いていたオッサンにおリボン結んで突き出したところだ。けど、俺は大人だからそうはしないで心の中で愚痴るだけにする。
 あえて言わせてもらえば俺はな、朝からすれ違うだけの知らないおっさんに元気よく挨拶する様な人間では無い。どちらかと言うと耳にはめたイヤホンから大音量で音楽を垂れ流す男だ。
 そう言うなれば、ガングロ司会者から苦言を呈されわが身の振りを反省させられるべき“今どき”の若者だ。だから、そんな俺がそこまでしたからには何かしらアクションを取って頂たかった。でも、そこまでしたにも関わらず、誰ひとり俺に気付いていない。話しかけんなヤンキーって嫌な顔もしやしない。ガン無視と言う奴をどいつもこいつも決め込んでいる。
 そして、終いには俺の体を空気と同等にすり抜けて行く歩行者まで出やがった。俺は空気人間とでも言いたいのか?
「――、そうだこれは夢だ。そうに違いない。これは悪い夢なんだ!」
 閃きとは唐突にやってくる。そう思い急いで近くの白いペンキで塗装された分厚いブロック塀に両手を付けて頭を思いっきり後方に反らせる。
 あれだ。ハリウッド映画でよく見る犯人への警察官による身体検査を行う時の姿勢を俺もしてみたんだ。んで、錯乱して狂った犯人の奇行を真似た時に事件は起きた。
 これまでの夢経験に基づきブロック塀に打ち付けられる額に激痛が走る事が無いのは容易に想像出来たのだが、俺の透ける体は何を思ったのか、強度最高、厚さ規定通りの文字通りに侵入者をブロックするはずの塀を意図も簡単にすり抜けやがった。さっきも言ったが夢で痛みが無いのは分るのだが、物理的法則を無視する事はこれまで皆無だった。
 だからそのせいでまた叫ぶ事になった俺は、勢いよく前転して最近誰かが越してきた新築一戸建ての住居へと転がり込んでしまった。 
 そして、フローラルな香りを孕む湯煙の立ち上る風呂場で、腰まで伸びた言葉では言い表せない程に妖艶な黒髪を鼻歌混じりで陽気に洗う女性のあられも無い姿を、主に肉厚な尻を見ながら茫然とした。
 俺の予定ではな、痛覚が無い事が証明せれてこれは夢なんだ! と、言って布団の中で目を覚ます予定だったのだ。やべ遅刻するって言いながら食パンを口に銜えて登校する予定だった。
 しかし、激痛が無いのは同じなのだが予想もしない壁抜けをしてグラマーな女性のあんなとこやこんなとこを気付かれぬまま眺めている。はあ〜女性の身体って本当に雑誌が言う様に神秘的なんだなあ……。あ、ゴホゴホ、妄言、失言失礼しました。
「あ、そうか」 
 アインシュタイもびっくりな閃きが舞い降りた。
 もしかしたらこれはこれで夢では無いのか? だって激痛は無かったのだからな。きっとこれはリアルな夢に違い無い。そうに決まっている。じゃないとこの状況の説明が付かない。可愛い系の顔をしていながらけしからん尻と乳をする女性が俺に気が付かない訳がないんだ。
 眼前をシャンプーを終え脱衣所へと向かう二つの白桃を知らないうちに伸びた鼻の下を押さえながら見送り来た時同様にタイル張りの壁をすり抜けて表へと戻る。 
 毎日、毎年を平穏に過ごす俺へのこれは贈り物だと思う。普通なら夢だと気付かないで無駄な行為をするだけして強制的に終わるのだからな。
 けど今回は違うんだよ。意識、思考、痛覚以外の感覚は健全なのだ。そう“起きてる時”と何も変わらないのだ。体が半透明で周りの人間に認識されない以外はな。
 まぁ、夢なのだからある程度矛盾があるのは仕方のない事だな。
 さて、そう言う事なので、せっかく制服を着ている事もあり我が学び舎に律儀にも出向く事にした。
     ×××
 それからなんだか体が不安定なのでジャンプしてみると、なんと! 飛べる事に気が付いたので、そのまま四階建てマンションの高さから水泳のクロールをしながら見慣れた校舎の校門前まで泳いで行った。
 普段と違う風景を眼下に望み小鳥と競争なんかした時はテンションが高揚し過ぎて自分が人間って事を忘れたもんだ。どうやら鳥には俺の姿が見える様で俺と目が合うや否やそれまで悠然と飛行していたにも関わらず凄い勢いで急降下して逃げてしまった。
 いやまぁ、普段は地上で自分達を羨ましそうな視線で見上げる人間が、同じ空、言わば鳥類のテリトリーに忽然と現れたらそれゃ吃驚して逃げるよな。仕方ない、これからは自重しよう。そう反省し今は大人しく女子生徒の風で靡くスカートの中をウオッチングしながら夢から覚めるのを待っているとこだ。
 そー言えば。ふと、ある事を思い付き夏休み目前で浮かれる生徒でごった返す校門を異様に光る薄らハゲ頭が通るのを見つけそれに近づく。
 このクソ生徒指導部長には毎日因縁を付けられていたからこんな時くらいは仕返しをしても良いだろ。毎回煩いんだよ、気だるそうな表情は生まれつきなんだ、お前と同じ遺伝だい・で・ん仕方ないだろ。
 自分が少し浮かんでいるのが当たり前になりながら薄らハゲの正面に回り込み拳を構える。どうせすり抜けて終わりなら気分だけでもタコ殴りにしてやる。
 そう意気込み渾身の右ストレートをぶち込んでやった。アパートの大家さん直伝である腰の回転を十分に生かした必殺パンチを躊躇う事無く汗で手かる鼻先に打ち込んだ。
「うぎゃああああああああ」
 そしたらなんと、透ける俺の拳がチョビヒゲにクリーンヒットしてハゲチャビンは特大の尻もちと共に奇声を発した。
「え……」
 周りにいた生徒達が怪訝な表情と声を、タイル張りの通路を転げ回りながら鼻血を突然意味も無く噴き出すハゲ以下省略に向ける。
 原因を作った俺は良いが、周りの生徒はいきなり大の大人しかも生徒指導部長が騒ぎだし鼻から流血する瞬間に立ち会ったら驚愕して今みたいに目をまん丸にするだろ。人間が本当に驚くとこんな表情になるんだな、勉強になる。
「なんだ! 何が起きたのだ?」
 いや、お前に何が起きた?
 主にチャラチャラした男子生徒が数人で白い目を向けている。こいつ等も普段からこいつに指導を受けているから、きっと心配なんかしないで逆にここぞとばかりに痛い人を見る目を続ける。それにハゲチャビンが教師的反応をする余裕はないようだ。
 これは最高だ。サイコ―過ぎるぞ。すまん、急に魔が差した。もう一発殴りたくなってしまった。
 だから透ける拳を再度振り上げ――様としたら綺麗な鈴の音が騒々しい辺りに響き渡り俺は動きを止めた。なんだか居心地の悪い響きだったんだ。
「消えろ外道」
 そしたらどっこい、体が腰から上と下に二等分になった。しかも異様に冷たい言葉が聞こえてきたんだ背後から。その声を何かに例えるならば映画やドラマに出でくる冷酷非道な女殺し屋を彷彿させる声色だな。
 そんな他者に畏怖をこみ上げさせる声が聞こえたら俺とハゲチャビンを囲む野次馬が顔を俺の背後に向け強ばらせてもおかしくない。
「やばい、また始まった」
 誰かがそう言葉を漏らした。
 それだけでは俺に何が起きたのか分らなかったが、鼻血を噴き出し地面をのたうち回っていたハゲチャビンまでも四つん這いになりながら俺から離れていくのを見てある事を思い出した。
「行こう行こう」
 そして次々に登校してきた生徒も教師も血相を変え校舎へと逃げて行く。校門から校舎まで続く通路の中心に立つ俺を皆が交わし海が割れたみたいになる。
 結局残されたのは依然半分に分断された俺と、背後で冷気の様な気配を出す誰か。声色からして女なのは間違い無いだろ。てか、生徒だけではなく大人達までも逃げ出す殺気を出すのはあいつしかいない。
「カスが、その顔を見せろ」
 なんてリアルな夢なのだろうか。まだまだ覚める気配は無く。しかも、今まで職務怠慢の痛覚が激痛を伴い復活している。
 ああ、マジで勘弁してください。これは夢だ夢だ夢だ夢だ――。 
 正直、切断された上半身が得体も知れない力で反転する途中で生きた心地はなかった。体が半分になり鳥肌まで立つ恐怖が背後から伝わってきていたから、もうね、泣きたかったんだ。
「き、貴様は」「ええ、えええええええ」
 そして腰から上が後ろを完全に向くと、そこには鞘から抜かれた摸擬刀を上段に構えその先を俺の瞳孔が開いた眼球に突き付けようとしているクラスメイトの女子が、前髪に隠れていない右目を見開き立っていた。
 それゃビビったね。普通の人間には見えない俺をこいつだけが認知して摸擬刀で何の躊躇いもなく斬りつけてきたのだからな。だけど、こいつだからあり得ると思えたのも事実だった。
「俺が見えるのか?」「だからなんだ残りカス」
 うう、相変わらず女とは思えない言動に恐怖が倍増する。ここまで現実を忠実に再現するとは天晴れ俺のドリーム! 褒めてやるから早く醒めてくれよ!「夢でもそんな口調なんだな」「現実を受け入れろアクリョウ」
 ああ、まったくどうなってるんだ。なんでこいつとは夢でも会話が成立しないんだ。夢でもその殺気は如何にも出来ないのか? ピリピリと皮膚に電気が走り体の感覚が麻痺するぞ。なんだか余計体が薄く成っていくのは気のせいか? もしかしてソロソロお目覚めの頃か?
「そろそろ夢が覚めるみたいだ。せっかくだがまた教室でな」「アホが、【死人】が何を言う」
 気が付けば辺りには登校する生徒も掃除をする用務員もいず、こんな意味深な言動をするのはやはり目の前にいるこいつだよな? 誰かが悪戯している訳じゃないよな。しかし変な事を抜かすな。
「は、死人だ? 俺は死んじゃいないぜ? ただ薄くて周りが気付かないだけだ」
 と、どんどん薄くなる体の俺が言うと、「気が付いていないのか。寺嶋剣市てらじまけんいちお前は死んだんだ。その体が良い証拠、成仏しろ!」
 上段に構えられていた摸擬刀が妙な白色光を出し仏具の音色がどこからか聞こえてきた。やばい、物凄く心地よいメロディーだ、思わず天に昇りたくなってしまう。
「ちょ、まてまてまて!」「なんだと?」
 それをただならぬ事態だと本能が察して昇天しかける両手を気合いで振り落ちてくる刃先へとぶつけそれを何とか防いだ。その結果表情を曇らせる口の悪いクラスメイト。
 何をこの女はほざいた? 俺が死んでるだ? 成仏しろだ?
「ふざけんな! これは夢に決まってんだろ? 俺が死んでる訳ないだろ!」「……。良いか良く聞け、今朝着替えた記憶はあるか? 昨晩の記憶は? お前、昨日の放課後どこかに一人で行っただろ」 
 いよいよ平常心が保てなくなり消え掛ける俺に、摸擬刀は鞘に戻ると今度は哀悼の意がこもる声が向けられた。ついでになんだか悲しそうな表情が俺を急かしている。なんであのお前がそんな表情をまたするんだよ……。
「ダメだ、何も思い出せない」
 目を閉じ今朝の起床時の事、昨日の夜に何をしたのか。必死に思いだそうとした。
 でも、言われた時刻の事が全て闇に消えていた。つまりそれが意味することは――
「やはりな、昨日の放課後お前に憑いていた黒がいなくなったのは、お前を引きずり込むためか」
 彼女の朝陽で煌めく妖艶な黒髪が風に靡いる。
「このバカ野郎! なんで一人で過ごしたんだ! あれほどきつく言ったじゃないか……」
 たしか、彼女を冷酷非道の奇人だと誰かが言っていた。そりゃ誰もいない場所に怒鳴り込むとこみたら言われるわな。そうなると、今の状況も――。
 何故だろ。走馬灯が脳裏を走る。やっぱり死んじゃったからだろうか。何かとんでもない誤解をこいつにしていた様な気がしたのに……。
 ああ、死ぬ直前に走馬灯やら過去のフラッシュバックが起こる事を心霊特番で胡散臭い霊能力者が豪語してたっけか。あれってホントだったんだビックリビックリ。
 そんなら俺も少し思いだしてみよう。こいつとの出会いなんて特に衝撃的だったからな、ああ思いだしてきた――。

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