幽霊な僕と幽霊嫌いな君と

神寺雅文

第一談 奇人変人でも美人4

 あ、ちなみに子猫は? と言うと、校庭の木陰で腰を下ろして体育の授業であるサッカーを観戦しているばあちゃん用務委員の膝の上で何事の無かったかのように寝ているのを、教室に繋がる三階廊下で油切れのロボットダンスを持続している真っ只中で確認した。
 なんで最初はあんなにも人懐っこく大人しかったのにいきなり逃げ出したのか分らないし、鈴宮司の時も何かに脅えている様に見えた。一体何がどうなっているんだ? この左足だって可笑しいとしか言いようがないぞ。今回の俺と鈴宮司に何か関係でもあるんだろうか?
 頭の中であれこれ整理しながら授業が行なわれている他のクラスの前を不自然な動きで通る。教室と廊下を仕切る壁に設置された窓から、ちゃんと授業に参加している生徒がノートにペンを走らせているのが見えその脇で居眠りをしている男子の姿も見える。あれは俺の補習仲間に違いないな。
 そんな様々な姿勢で高校生活を送る生徒からの視線を一身に集める男性教師は、のん気にロボットダンスをしている俺に気付かない程の熱弁でアメリカ合衆国の歴代大統領の名前を連呼している。良いルーズベルトと悪いルーズベルトが、日本にどうとかこうとか言ってるがさっぱり分からん。
 それを一字一句書き洩らさない様に必死にペンを蛇行させる女子を見たら俺達三年生は受験生として最後の高校生活を充実させないとイケない事を今思い出す。まあ、高校生らしい甘酸っぱい青春すら送れていない俺にとってはどちらもどうでもよかった。
「まあ、」
 プチ不良のレッテルを貼られる俺にとって少しの遅刻は日常茶飯事だからもう怒られないだろ。
 そうやって高をくくり今だ衰える事を知らない左足の重みを気合いと根性と微量の勉学精神をもってして動かし、自分の教室まで後十メートルの距離まで接近すると、その左足にまさかの激痛が駆け巡った。
「にゅお! な……んなんだよ今度は」
 足首をワイヤーとかほっそい紐なんかで力任せに縛り付けるような鋭い痛み。例えるなら俺の足首でチャーシューを作るみたいな感覚か? あ、言っとくがチャーシューの気持ちなって俺はこれっぽっちも知りたくないぞ。
「うっ、く~」
 しかし、一歩踏み込む度にそれらは強く巻きつき、俺の意識と歩行能力を剥ぎ取るのが目的のようにどんどん威力を増してきている。
「もうちょっとだ、踏ん張れ俺!」
 教室まで後五メートル。下手くそなロボットダンスにも熱がこもる。
「ううううううう」
 やっとこさ、その距離まで戦争映画の負傷兵さながら、某歌手のバックダンサーの様に奇抜な歩調で辿り付いた俺であったが、ついに限界を迎えてその場で小さく呻くだけになってしまった。想像を絶する激痛に意識が閉ざされ掛けてしまったんだよ。
「ああああ」
 どうなってやがんだこの足は。教室に一歩、いや、数ミリでも近付こうとする度にくるぶしから綺麗に斬り落とされそうになり、脂汗が頬を流れ顎先から床に落ちる。
 その最中、ダーン! 何かが衝突する音が静寂に包まれる廊下に響く。 
「――これ以上は侵入させるものか!」
 俺が緊急事態に陥り痛みと教室へと向かう意識が混濁していると、目的地である教室の引き戸が有り得ない速さで騒音をまき散らしながら開き、これもびっくり! 凄まじい形相をした鈴宮司がこれまた凄まじいスピードでスカートを靡かせ妖艶な髪を後方に流しながら片膝を立ててうずくまる俺目掛けて飛んできた。うん、間違いなく飛んできたよ。
 それはそれは物凄い勢いだったから文字通り前傾姿勢で飛んで見えたのは仕方ないかも知れないな、こいつなら出来そうだし……。スーパーな宇宙人がさも当然の如く浮遊するのと同じ軽い感覚で、この三次元でつまらない現実世界でも飛行しかけない。
 まぁ、そんな訳で驚かなかったが、
「どわぁーー」
 鈴宮司が肩に掛けた包みから日本刀らしき摸擬刀を取り出して抜刀こそはしなかったが、それで俺の左足をなんの躊躇いも無く薙ぎ払ったのには流石に驚いたね。と言うか、俺の体が重力を無視して宙に舞った事にビックリだわ。そんで尻餅をつき鳩が特大の豆鉄砲を食らったような顔をする俺に、例の凍てつく波動を出すこいつが言い放った言葉が、
「カスがここになんの用だ!」
 これである。
「はっ? なんの用って授業を――」「お前のような醜い人間の残りカスにここは相応しくない! 消え失せろクズ!」
 相変わらず女っぽい言動や仕草が出来ないガサツな女だな。俺がそんなに嫌いなのか? 馬鹿とは言われ続けたが、さすがにまだ“クズ”や“カス”なんて面と向かって言われた事はない。
「ゴミカス、お前にもはや価値などない」
 左足を薙ぎ払われて宙に浮きそのまま尻餅を付く形になった俺の左足に、血の気の感じられない冷めた瞳をした鈴宮司は、本邦初公開の摸擬刀を突き付けている。が、またそれが俺をアウトオブガンチューと言っている気がしてならない位置に視線と一緒に突き立てていやがります。
「おいおいまたかよ、今度は寺嶋か可哀想に」「あれが狂乱したレーグージさんなんだ? 凄い迫力だね」「銃刀法違反にも程があるだろ……あれ? 偽物だよな?」
 言わなくても分りきった事だが、俺と鈴宮司がこんな状況をしずか~な廊下で作ったもんだから、廊下沿いの各教室からゾロゾロと生徒と教師達が湧いて出てきてまたやってるよって顔を被害者の俺にまで向けてきた。
 今まで平穏に高校生活を送って来たのがこれで水の泡か……なんだか複雑な心境なのは何故だ。日々の生活に刺激を求めていたはずなのに、途端にこれまでの安寧が遠いモノになるとこんな気分になるのか?
「……」
 それでも、周囲がいくら白眼視を向けようがメンタルが強い鈴宮司は、今は無言で柄の部分に金色の鈴が吊るされた鞘に納まった状態の摸擬刀(だよな?)で俺の左足を威嚇している。
 このヤロー、女だけどこの野郎! 吹き飛ばされた勢いで足首から切断されたと思ったぞ! もし鞘から抜かれていたらどうなっていたか分らんぞ、ホントに斬られて無いよな?
 若干涙目になりつつ左足の安否を確認する。
「あれ? なんでだ?」
 摩訶不思議。裾をまくり被害箇所の安否確認をすると、左足は健在であの重みも激痛も何故か消えていた。そう言えば、殴られた痛みすら綺麗さっぱり感じない。
「さすがに、殴られた痛みはあるべきだろ」
 確かに刀身は鞘に納まっているから肉体を綺麗に斬れたりはしないが、あの一瞬で確実に摸擬刀が、強固な鞘が俺の足首をすくい上げた。……、そんな力が華奢なボディーラインをしている鈴宮司にあるとは到底思えないのだが、俺は絶対に体操選手もびっくりな宙返りをした。
「……」
 そんな感じで不可思議な激痛が消えた事に俺自身がやっと気が付くと、立派な加害者である鈴宮司は鼻で大きく深呼吸をすると、無言のまま平常時同様に摸擬刀を包みに戻すと教室へと歩き出す。
「お、おい!」
 それに駄目元で声を掛けたが何時もの歩調に戻った鈴宮司の足は止まらなかった。
「あ、あの……、寺嶋を教室に入れても良いかな? だ、駄目なら言ってくれ! どうせもう終了の時間だし――」
 そこで騒ぎに集まっていた俺のクラスで授業を担当者する初老の男性教師が、腰の低いサラリーマンもびっくりする低姿勢で、目の前を機械的に過ぎて行く遥かに年下の鈴宮司にそう問い掛けた。
 だが、それへの返答は無く、鈴宮司はそのまま教室へ入って行った。
「今日は俺に続いて剣市もか。可哀そうに……ナンマイダー何枚だ?」「ほれ、いつまでも座っているなよ寺嶋……授業が終わってしまうだろ」
 みんな慣れたもんだ。思いっきしシカトされた教師も優等生のガり勉達も、こんな騒ぎが起きようと全ては日常茶飯事でやれやれで済むんだもんな。授業が一時中断なんてまだ可愛いもんだと言いたそうだ。
「木更津は二枚目、俺は三枚目ってか? うるせーやい。――すんません、肩借ります」
 唯一声を掛けてくれた木更津と教師に腰を抜かした俺は肩を借りて教室へと戻るのだが、その時に嫌でも廊下側の最後尾に座る鈴宮司の後ろを通らなけらばならなかった。
 しかし、俺のビビりまくるチキンハートを鈴宮司はあざ笑う様に、艶があり綺麗な髪は毛一本ピクリとも動かさず何事も無かったかのように前を向いて双眸は閉じていた。
「ほれ席につけ」「うっす」
 今回が初めてだった。俺が単独で鈴宮司の奇行の標的にされ、今まで謎だった包みの正体である摸擬刀で薙ぎ払われてそれを突き付けられたのは……。初体験で摸擬刀プレイとか難易度高すぎだろ。SMプレイも日々進歩しているんだな。
「そんな趣味俺にはないぞ」
 いろいろあり過ぎて頭を抱えた俺だったが、席に着き二分も経たないうちに授業の終わりを告げるチャイムが鳴りまたまた驚愕するはめになる。
「じゃあ今日はここまでだ」「ん、ちょっと待ってくれよ! もう終わりか?」「あ? 遅刻してきて良く言うわ。これからは遅刻するなよ――」
 数分前に鳴ったばかりのチャイムが鳴り終わる前に、早々に教室から退室しようとする俺には強気な教師を制止させたかったが、教材を脇に挟んだ教師は教室の後方を一瞬だけ一瞥しそう言い捨てて逃げ腰のまま歩き去ってしまった。
「おいおい、剣市がまだ授業を受けたいって言うのか? それはさっきので気が動転してるだけで錯覚だ!」「はあ、いや違う! いまさっき体育館裏の前で予鈴を聞いたばっかなんだ! しかもあり得ない程大音量で! それに、変な鳴き声聞いて足が動かなくなったんだ」
この事態に流石の俺も焦ったね。授業が終わり騒ぎ立つ教室を見渡したら、人の顔色を窺うのが得意なクラスメイにまでも「どうしちゃったんだろ?」なんて言われちまった。
 くそ、そんな目で俺を見るな!
「剣市が来たのはお分りのように授業終了五分前だ。どっかで寝てたのか? 寝ぼけてただけだろ~」「違う! 寝ぼけてなんか――」
 柄にも無く取り乱し声を荒げる俺を宥めようとする木更津に詰め寄るが、とんでもなく冷たい視線に気が付いた。

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