幽霊な僕と幽霊嫌いな君と

神寺雅文

第一談 奇人変人でも美人3

「くそっ! どこにいるんだよ」
 退かした蓋をそのまま放置して自分の第六感を信じて側溝沿いを駐車場に向かって走る。今も微かに聞こえる鳴き声から検討すると、子猫はそう遠くない場所で一生懸命に鳴いている。その少ない判断材料で、スタート地点の目印にした赤い車が止まっている付近へ視界を合わせる。
「あの車の方か」
 絶対に筋肉痛になるのは必定だ。体育で百メートルのタイムを計る時よりも本気で走っているぞ。まぁ、今月から男子は校庭でサッカーに切り替わったから何の問題もない。
「この辺にいるのか?」
 目印付近の忌々しい蓋を気力で持ち上げ、それだけでも泣き声の発信源が近い事が分る。そんで最悪の事態を確実にするかのように、バシャバシャと水をかく音も聞こえてきてしまった。
「マジかよ、猫助頑張れ」
 違う、ここじゃない。もうちょっと遠いもっと水のある場所だ。
 誰もいない駐車場を巡視する。だけど俺の思う場所はココには見当たらない。教職員や来客者が使うだけの場所にそんなところは存在しないのだ。
「どこにいんだよ!」
 誰もが気の緩む昼休み。それにも関わらず異様に静かな日当たり良好の駐車場に、子猫の悲痛の叫び声だけが己の陰で黒ずむ校舎に反響して鼓膜を震わす。
 これじゃどこでSOSを出しているか分らないだろ。駄目元で再度側溝に頭をぶち込み神経を研ぎ澄ませた。すると、スタート地点の向こう側で声がしている事に気が付いた。だが、それは可笑しな事だった。
 何故なら突っ込んだ頭の右側にはしっかりとした壁が存在するんだよ。しかもな、この先は整備されていない体育館裏の草むらしかない。草クサくさのオンパレードだ。なのに鳴き声は確実に駐車場に隣接している体育館裏から側溝を伝い響き渡っている。
 あとな、体育館裏は境界線まで二メートルもない範囲を境に、無造作の雑木林になっていて側溝はおろか水が溜められている設備があるはずもないんだ。
 そー言う理由から鳴き声を不審に思い疑った。それにたまに感じる寒気ってやつを感じた。
「なにがあるんだ? この先に……」
 それでも俺は体育館裏の前に立ち、確実に聞えてくる鳴き声が視界よりも更にその奥から聞えてきている事に気が付いた。
 永遠と続いている無造作な雑木林とコケの生えた体育館の外壁。体育館ってこんなにデカイ物だったか? 若干澱んだ空気のせいか出口が見えないぞ。なんだろ……、更なる不信感が湧いてきた。
「……」
 普通なら即刻助けに行くべき子猫の鳴き声が、違和感を覚えてからはやたらエコーが掛かり反響のせいか耳元で不気味に聞え生き物の声じゃないとまで思えてしまう有様だ。 
 その時だった。
「うっ……」
 体育館裏の入り口で棒立ちする俺の周りに冷たいのに湿気でジメジメとした風が吹き荒れた。
 それでただでさえ汗ばんだ体がその気持ち悪い風に急激に冷やされて身震いする。そんでその風が吹いてきた方向にある薄暗い雑木林が立てる風音が生き物の笑い声に聞こえ一歩下がった。
 これ以上進むと良からぬ事態が待っているぞ! 子猫なんて良いから教室に戻るんだ!
「くっ、なんだ?」
 だけど、左足が重くて動かないのだ。さっきの作業でもう筋肉が多大なダメージを受けたかのように、この左足だけが言う事を聞かないんだ。
 そうだな、この動かない左足の状況を何かに例えるならば、筋トレで使うウエイトが足首に何個も縛り付けられた状態を想像してもらえば分りやすいかも。
 「くそっ、なんなんだよ! どうして動かない? 何かあるのか? 向こうに……」
 そんな状態の左足が俺の言う事を聞かないもんだから振り返る事も出来ず仕方なく薄暗い雑木林を見続けるしかない。
「またか……」
 それが合図だったか子猫の鳴き声が一層強く鼓膜を貫き視界が一段と暗く澱んだ。なんだか異臭に近い臭いもするのは気のせいだろか……。
「ダメだダメだ! 動けよバカヤロウ!」
 早くここから逃げないともう教室にすら戻れなくなるぞ! まただ。また誰かが脳髄に告げている。
 それを錯乱状態の俺はすんなり受け入れて動かずの左足を殴りつける。ちょっとヒステリックかも知れないが、底知れぬ恐怖心が平常心を蝕んでいたんだ。
「くそー」
 全力でくそ重い左足に力を入れる。
「なんで動かないんだよ! ふざけんな! 誰か助けてくれよ!」
 情けないが叫んだ俺。鼓動を増す心臓を締め付ける恐怖と視界に広がる不気味な空気が支配する体育館裏。なんでもない些細な音、臭い、風の悪戯でも全てが恐怖心を刺激し俺の理性を崩壊へと導く。
「くぁっ、なんだ! うっせー」
 するとだ。年甲斐もなくビビりまくる俺の哀願が神様に届いたのか分らないが、五時限目の授業を知らせる予鈴が鳴り響くと機能停止していた左足が急に動きだし、そのせいで後ろにバランスを崩し特大の尻もちを付いた。
「故障しちまったのかああ?」
 ところがどっこい。その予鈴が今まで二年間聞いた事もない大音量で体育館裏でけたたましく鳴り響いている。それも体を丸めて耳を二の腕あたりで塞いでも鼓膜に直接イヤホンを介して流しているような響き方で……。
「よかった……」
 何秒かそれは鳴り響き、それでも不自然に鳴り止むと五臓六腑が危機を回避した事に気付き徐々に体温を上げた。
「ふぅ~助かった」
 大げさだが安堵の息を吐く。気付けば耳に纏わり付いていた子猫の叫び声は消えて澱んだ空気は浄化され何事も無かったかのように少し明るくなっていた。
 全部勘違いだったんだ。そうに違いない。偶然足が動かなくなっただけだ。じゃないと今のは何だったと言うんだね。俺は怪奇現象は信じないクチなんだ!
「勘違い勘違い。疲れてるだけだ」
 そう自己解決させて草むらとアスファルトの境目で情けなく座り込んでいた俺は立ち上がりズボンの汚れを手で落とし駐車場へ戦略的撤退。
「ん~お日様最高! 爽快な風気持ちいい」
 普段は来る事の無い駐車場が、こんなにも暖かく心地良い場所だとは思わなかった。あんなジメジメでなにかが腐った臭いがする体育館裏にはもう二度と行くもんか。
 学ランの前を閉めてあそこよりは居心地がまだマシな教室に戻るべく歩きだす。問題が起きた左足がスムーズに動くのが幸せに思えた十七歳の春。五体満足万歳!
 そんな感じで他人から定評がある冷めたクールな思考が巧を奏し子猫の存在を忘れた俺は、少し小走りで赤い車の前を通ろうとした。
 そして、そこに奴はいやがった。ワックスで輝く赤い屋根にモフモフした柔らかそうなケモクジャラな球体がのかっているのだよ。
 「お、猫助! いつからここにいたんだ? 探したぞ」
 そのモフモフしたチャトラ柄の球体。まぎれもなく探していたあの子猫であった。そこで当てつけがてら、めちゃくちゃ気持ち良さそうに日向ぼっこしているモフモフを拾い上げる。
「ひゃ~ん?」「無事だったんだな?」「にゃ~ごにゃ~ん」
 俺の問い掛けに眠気眼のトロ~ンとした蜂蜜色の瞳を向けて可愛い声で鳴き返してくる子猫ちゃん。さっき聞いた鳴き声なんかよりよっぽど猫らしい愛くるしい声だ。猫好きには堪らんそ。
「よしよし、今度はあいつに持たせてやらな――」「フシャー! フシャー!」
 子猫の安否が明確になり胸を撫でおろしてついでに子猫もアスファルトに寝かせ腹を撫で回していると、最初は気持ち良さそうにされるがままにお腹を見せてゴロゴロ喉を鳴らしていた子猫がいきなり何前触れ無しに戦闘モードに突入した。
「どうした? 俺は敵じゃないぞ?」「ワシャー! フワシャー」
 無用な恐怖を与えない為に出来る限り姿勢を低くして地面スレスレからピンク色の鼻先を触ろうとしたが、逆立つチャトラの毛と垂直に突き立った尻尾は威嚇の構えを崩さない。それどころか近付くと阿修羅像の様におぞましい表情をする。
「ん? 左足がどうした?」
 それを戸惑い宥めていたら気が付いた。子猫は俺を威嚇しているのでは無く、俺の本日絶不調の左足付近に今にも飛び掛りそうな勢いで威嚇をしているのだ。 
「はっ、またか?」
 それに気が付くと同時にまた左足が重い事に気が付き立ち上がる。
「フシャー、ニィ!」
 そんで俺が急に立ち上がったもんだからビックリした子猫は凄い勢いで、まさに鈴宮司の時の様に俊敏と言うか無我夢中と言うか……、我を忘れて体育館とは反対の校庭側へと逃げて行ってしまった。
 しかし、せっかく見つけた人懐っこい子猫をみすみす訳も分らないまま逃がす訳にはいかない。追いかけて捕まえないと――
「待てよ! おわぁ――」
 そう思って左足を踏み込もうとしたら何かが足首に絡まったのを感じて立ち止ってしまった。そうこうしているうちに子猫の姿は車の群れに消えて見えなくなった。
「くそっ! さっきから何なんだよ!」
 この誰かが足首を掴んで容赦なく後ろに引っ張っているように感じる左足の重みわよ! もう子猫が人間嫌いじゃないと分ったんだからここに残る必要は皆無だろ。俺はさっさと教室に戻り鈴宮司にそれを教えてやらないとイケないんだぞ。
 気合いを入れれば動かせはする異様な左足を一歩前方へと踏み込む。次に健全な右足を踏み込む。そして無事に機能した右足を確認して問題の左足を明らかに重さの違う右足の前方へと踏み込む。
 そんな一種の下手くそなロボットダンスを何回も繰り返して、ようやく摩訶不思議な体験をしまくった駐車場を出発出来たのであった。まったく、同じロボットでも鈴宮司のが性能が良いのは皮肉だろか。

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