初めての恋

神寺雅文

告白の先に見えたあの日の約束88


「いやまて、春香はずっと会いたがってたよ? 新学期の自己紹介の時なんて朋希のこと歌を教えてくれた特別な男の子ってすげー乙女な顔して言うもんだから男子全員一気に失恋したような気持ちになった」
「まじで? いやでも、実際問題、職場体験学習がなかったらこのまま会話することなく卒業しててもおかしくなかったぞ?」

 にわかに信じがたいことではあるが、朋希のこのうなだれる姿を見ると春香は朋希を避けていたのは間違いないだろう。

「逆に、朋希は春香を避けてなかったの?」
「そんな訳あるか! 俺はいまでもあいつが好きだ。出来ることならずっと一緒に歌っていたい。いつまでも、あいつの隣でギターを弾いていたい。でも、中学二年の頃からかな、少しずつ春香と会話しにくくなってしまったのは事実。それが避けていたと捉えられたらそうなのかもしれないが……」

 中学二年か。ちょうど男女がお互いを意識する時期。僕と奈緒には全く無縁な時期――思春期が朋希と春香の間に割って入ったってことか。なるほど、異性に好意を持つってことはそういうことなのか。

「雅だって女の子と話すの苦手だろ? 特に可愛い子。あの、お前と私じゃ不釣り合いだってオーラが言ってんだよ、もう耐えきれない」
「ああ、もちろん! 僕なんかじゃ不釣り合いだって思う! お前ごときが話せる立場かって思っちゃう」
「な、それだよ。どんどん可愛くなる春香に、俺はずっとドキドキしていた。ときには話せないほど春香が眩しくも見えた。あいつ、無防備だからさ、俺の手を何も考えなしに握ってくるんだよ、毎回愚息を抑えるために猛ダッシュでトイレに駆け込んださ」

 ああ、そりゃそうだ。大根だって妖艶に見える年頃だ、好きな女の子に手でも握られた日にゃ、ゴミ箱が妊娠してしまう。特に男子中学生なんてのは猿だ。一生それをし続ける。そうか、それらが重なり春香は朋希に避けられたと思ったのかも。

「可愛いんだよ、春香。なにかあったらすぐに俺のとこに来て笑ったり泣いたり、怒ったり、落ち込んだりして。美人なくせに飾らないし、苦手な事は頑張って努力するし、歌だって苦手な音程とか頑張って克服して出る様になったらめちゃくちゃ喜ぶし、俺に合わせてロックとか聞いちゃうし……。俺にとって、あの子は、小鳥遊春香は何者にも変えられない存在なんだ。そう思ったら、いつまでも変わらない自分自身が恥ずかしくて……、春香には不釣り合いだって思えてきて……」

 おいおいマジか。そう正直な気持ちを吐露した朋希は遂に泣き出した。

「それこそ、出会ったときはなんだってあいつのためにできるって思ったさ。でも、あいつはどんどん成長して可愛くなって歌だって今じゃ俺が教えられることはない。それどころか、ついていくだけで精一杯だ。どんだけ上手くなってんだよ春香。びっくりした」
「いやいや、二人の演奏マジですごかった。朋希が劣ってるなんてこれっぽっちも思わなかったぞ。むしろ、映像に残したかったくらいだよ」

 もし、朋希が恋敵じゃなかったらスマホで動画を撮ってずっと見ててもおかしくない。それくらい二人の演奏はすごくて二人の姿はキラキラと輝いていた。いつまでも見ていたと思った。

「いやいや、まだまだだ俺なんて。この世には頭がいかれた様に超絶上手いギタリストなんてたくさんいる。俺よりも春香の隣がお似合いなギタリストなんてたくさんい――」
「馬鹿野郎!」

 言葉と同時に手が出たのは生まれてこの方初めてである。よく殴られはするが、初めて僕は人間の頬を平手打ちした。

「朋希にとって春香はそんなもんのか!? ギターってそんなもんなのか! 違うだろ? 誰にも負けたくないだろ? なんだったら僕に取れてもいいのか? こんなマジで何の取柄もない童貞に、大好きな春香を取られてもいいのか? いやだろ? 僕だったらいやだね! ギター下手ならもっと練習して上手くなればいいだろ! 春香と釣り合わないって思うならもっともっと練習してお前が最高のパートナーになればいいだろ!」

 どうして敵に塩を送るような事をしているんだろうか。いや、もう朋希は敵ではない。友達だ。僕にとって、豆鉄砲を食らった鳩の様に固まる朋希は紛れもなく友人であった。

「はは、やっぱり雅はいいやつだな。俺、初めて男に惚れたかも。ああ、なんか敵愾心燃やしてたのがばかばかしい。だったら俺もサッカー部の問題解決のためいろいろ手伝えばよかった」
「知ってたの?」
「まあね、俺もいろいろその辺の人間とは顔見知りでね。ああ、そうだ今度紹介するは俺の両親。きっと雅のこと気に入ると思うし。あ、でも、あの人はダメか」
「あの人って?」
「木村竜人さま――君だ。苦手だろあの人のこと?」
「ああ、苦手。なんだったら大嫌い」
「ぷ、素直だなほんとに。だったら、良い情報を教えてやるよ」

 周囲に人がいないのを確かめる朋希。いやいや、いる訳ないだろ、ここは僕の部屋だ。

「佐藤奈緒が危ない」
「え、なんで奈緒が?」
「俺が見てもあの子はとても魅力的な女の子だ。あの子を狙っている男子は俺のクラスにもたくさんいる。特に、木村竜人君の熱の入り様は常軌を逸してる。顔なじみの俺が言うんだ間違いないぞ」
「でも、今同じ劇団にいってるはずだけど……」

 興奮気味に木村竜人の凄さを語ってきた奈緒を思い出し、少し不安になる。
 危ないってどんな意味だよ。

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