初めての恋

神寺雅文

告白の先に見えたあの日の約束70

「なんか、納得いかないわ」
「なんだよ、そんなにショックなのか? 奈緒も得意料理肉じゃがなんだっけ?」
「そうなんですか? ぜひ、今度食べさせてください」
「え、いや、それは……」
 あくまでも奈緒基準で言うところの得意料理だ。一般人からしてみれば苦手に分類されるレベル。クラス替え間際でまだ手探り状態だった時、男子から質問攻めされて出たのが「趣味は料理」で得意料理が「肉じゃが」だったんだ。
 むろん、僕は鼻で笑ったね。その後に鉄拳が飛んできて次第に僕と奈緒の関係が明るみになり、奈緒も変に着飾ることを止めたので、奈緒が料理出来る子ってイメージを持っているのは、その頃奈緒にほの字だった拓哉くらいだろう。
「俺も食べたい! 確か得意料理って言ってたもんね? 雅だけずるいっしょ!」
「拓哉くん……いい加減、あたしのこと高く評価するのやめてくれないかな〜? 彼女もできたんだし。第一に、みやびも今は春香と上手くやってるしチャラ男を演じて場を提供する必要はもうないよ」
「あれ、バレてたの?」
「バレてるも何も、女を騙すの二人共下手すぎ」
 奈緒の鋭い指摘にその嘘が下手な男達が顔を見合わせて苦笑い。返す言葉がない。
「それに今回の件もさ、雅に言われてついて来たんでしょ? 拓哉くんが演劇に興味あるなんて初耳だもの」
 なんだ、全部お見通しか。さすが奈緒である。
「ん〜、奈緒ちゃんには隠し事出来ないな〜。そうです、雅からの指示で奈緒ちゃんと一緒に行くことにしたんだ。怒ってる?」
「怒ってないよ、寧ろ感謝してる」
 お客様が来た時ように買っておいた丸テーブルを囲み、僕らはそんな会話をしている。 
 奈緒は我が家で寛ぐかの様にクッションをお腹に挟み、自分用の猫柄のマグカップに注がれたレモンティーを啜り拓哉と優香さんに改まって感謝の意を示した。
「不安だったんだ、ほんとはね。みんなはあたしをなんでも出来る強い子だって言うけど、本当は小心者なんだよ。強いて言うなら、何かをする時は必ず誰かと一緒だった」
「そうは見えないけどな〜、舞台上でだって堂々と演じててユーとすげ〜って話してたところだし」
「うん、雑誌とかに出てる人を相手にしても臆することなく、役になり切ってる。どこかで演劇ってやってたんですか?」
 まだ遠慮がちにテーブルの前に座る優香さんにそう質問され、一瞬だが奈緒が僕を見てすぐに優香さんへと視線を戻した。
「小学生の頃に文化祭で白雪姫をやっただけ。単純に口が上手いだけだと思うわ」
 白雪姫か。懐かしい。クラス一の美男子とクラス一の美少女が演じたんだっけか。あの時も保護者からは大絶賛され照れて顔を赤くする奈緒をからかいボコボコにされた記憶がある。
 万年脇役――その時は木役をしていた僕が改めて演劇を選んだ感想を伺うと、奈緒は少し考えてから散らかる心の内を整理しながらゆっくり言葉を紡いでいく。
「やっぱり、すごいよ演劇って。物語の世界に入ったら全部がその登場人物になり変わるんだ。楽しいも、悲しいも、怖いも、怒りも、感情の全部が全部、ストーリの中で生き生きとして演じているあたしまで、第二の人生を歩んでいるんだと錯覚しちゃう」
 今は現にロミオとジュリエットの劇の稽古をしているらしく、奈緒もジュリエット役で少しだけヒロインを演じて今の感想を述べることになったんだとか。
 そこまで役にのめり込めるって凄いことだと僕は思うんだけど、当人は相手役であるロミオ役を演じたあいつ――木村竜人のことを大絶賛することに夢中である。

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