初めての恋

神寺雅文

告白の先に見えたあの日の約束68

「本当に子供が欲しくなったら十回でも二十回でも中に出せばいい」
 締めの言葉がこれだ。最初から最後まで言葉をボカすことなく、ストレートに性的な表現をして話を終わらせた母さん。どこかやりきった様な表情をして、ようやく二人を菅野家へ迎え入れるのであった。
 
「美味しい……」
「んま! なにこれ!? おばさん天才っすね!」
 生まれてからずっと食べているだけにこの味が当たり前だと思っていたんだけど、初めて母さんの手料理を食べた拓哉と優香さんにとってはこの味はまさに頬が落ちそうなくらい美味らしい。拓哉なんて空気を吸うようにビーフストロガノフを口に流し込み、そのまま咀嚼しているのかも疑いたくなる勢いで胃に流してこんでいる有様だ。
 母さんは料理を作るのが上手い。口は悪いが料理の腕はピカイチで、どんなに疲れていようが体調が悪かろうが、年末年始の暴飲暴食で胃が弱っていようが、僕と親父が母さんの料理を残したことは今まで一度だってない。肉じゃが美味いのは当然だがその残った汁だって白米に掛けて食べる程だ。――極端に言ってしまえば、母さんの料理一つ一つ、残り汁だろうが残りカスだろうが、そのことごとくが全て美味い。
「漬物だってこんなに美味いなんて思わなかった……、このキンピラだって……筑前煮だって……、こんなに美味いモノを俺はどうしていままで食べてこなかったんだ」
「ホント、たっくん食わず嫌いで煮物や漬物を全然食べないんです。でも、これなら苦手なたっくんでも食べられるし、それ以上に私、大好きこの味……」
「拓哉君、ここの料理は別格。克服出来たと思って学食で注文すると痛い目みるよ。ホント、マジでそれだけはあたしが保証してもいい」
 昔、奈緒も漬物、煮付けなどの老人たちが好き好んで食べる純和食が嫌いだった。特に魚の煮付けのあのなんとも言えない甘く魚臭い味付けが苦手だったけど、母さんのカレイの煮付けを食べたその日からは違った。菅野家の献立がカレイの煮付けだと換気扇から漂う匂いを嗅ぎつけると勝手に上がり込んできて馬鹿みたいに毎回三匹はお替わりしていた。
「でもね、いざ、違うところで食べると拒絶反応が出るの。これは、カレイの煮付けじゃない。ただただ甘い汁がかかったかわいそうな魚だって」
 舌が肥えると言えばそうなのだろう。慣れ親しんだ味が美味ければ美味いほど、基準値は高くなり、その平均以下の味はいくら店が「カレイの煮付け」と名付けても「甘い汁がかかったかわいそうな魚」になってしまう。奈緒は拓哉にそう言いたいのだ。

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