初めての恋

神寺雅文

告白の先に見えたあの日の約束

「おいなお! はやくこいよ!」「まってよみやび! あたしがかけっこニガテなのしってるでしょ?」
 昔の奈緒は今とは違い、少しだけ女の子らしかった。口より先に手が出ることはなかったし、空手だってまだ習っていない。そもそも、この頃の僕らはまだ五歳で保育園生なのだ。今とは全然違う生き方をしていた。
 そんな幼少期のとあるその日は、ずっと気になっていた女の子の家に遊びに行くために、保育園が終わってからすぐに奈緒を連れて近所の大きな樹が見印の公園に向かていた。
 ずっと気になっていた。
 深層の令嬢よろしく来る日も来る日も僕らが遊ぶ姿を二階の部屋の窓から眺めている一人の女の子に気がついたのは、かれこれいつだったか。木登りが出来るようになったころだから半年くらい前だったような。
 奈緒がぐずって一向に上達しなくてしょっちゅう嫌味を言って泣かしていた。その時、ふと頭上を見上げたら、真っ白な肌に長い黒髪が印象的な女の子と目が合い、それから意識してしまってここで遊ぶときは横目で女の子の様子をうかがっていた。
 だから、今日は思い切って声を掛けようと思った。そう思うきっかけも保育園で出来た矢先、僕は弾丸の様に走り出し、奈緒が弱音を吐きながら僕の後を追いかける今の様な状態になった。
「え~またのぼるの~? やだよ~。いいじゃん、玄関から上がっていいっていわれたんだし」「いくらいいっていわれていても、あの子は何も知らないんだから声かえないとおどろかしちゃうだろ。なおはいいのか、いきなりしらない子が部屋にはいってきても」「それはいやだけど。だって、だって、まだ怖いんだもん」
 またぐずり出した。今日も女の子は本を読みながらチラチラと僕らを見下す形で意識している。見るからに人見知り感がある女の子を相手に、いきなり部屋に上がり込むのは気が引けた。
「大丈夫だ、なおならできる。オレがホレた女だ、できるって」
 どうも、小さい頃の僕はオラオラ系だったらしい。今の今までそんな記憶なかったから違和感しか覚えないけど、奈緒の顔が一瞬にして笑顔になったからこれはこれでありなのだろう。
「わかった、あたし頑張る」
 自分から幹に手を掛け足を掛け木登りを始める奈緒。それに負けじと僕もスルスルと猿の様に木登りをしてもうお目当ての部屋の前まで到達。
 いつもは見上げるだけの女の子の横顔が今日は良く見える。艶々した長い髪は腰までもあることに、今になって気が付いた。奈緒が登り切るのを待ち、二人で女の子に手を振る。
「あ、気づいたぞ」
 最初はなかなか気が付かなかったけど、やはり習慣的に外を見るようで誰かを探しているような目くばせをしてから、樹の上に僕らがいて驚いたような顔をした。
「何してるの?」
 初めて聞くその子の声は、小鳥が囀るようなどこか優し気ででも弱弱しくもあった。健康なくせに泣き虫な奈緒とは違う、まるで体のどこかが弱いとでも言いたそうなそんな印象を受けた。
 しかし、だからと言って遠慮するような子供ではない。こちとら強引な男なのだ。
「一緒に遊ぼうよ!」「どうして?」「いつも気になってた。外で遊びたいんでしょ?」
 どう見てもアウトドアよりはインドア派であろう子に対して、僕はどこまでも強気であった。女の子の返答を待たずして木から猿の如く身のこなしで降りて開いていると聞いていた玄関から勝手に女の子の部屋に侵入する。
 奈緒を置いてきてしまったのに気がついたのは、いつもは見上げるだけの女の子の部屋に入ってから奈緒が本来の僕ら側にまだいるのを女の子側の視点で見てからだった。
 女の子が取り残されて半べそをかく奈緒を見てなのか、僕が奈緒に掛けた言葉がおかしかったのか。女の子が静かに笑った。
「お前なら大丈夫だ、俺の見込んだ女だからな」「うん! 待っててみやび!」「ふふ、おかしい」
 初めて間近で見た女の子の笑みに、ドキッとしてしまった。今は奈緒は下に降りてしまっていないから、隠れてこのままドキドキしようと思った。が、思いのほか早く上がってきた奈緒が女の子に駆け寄って元気に挨拶をした。
「はじめまして、あたしは奈緒、こっちはみやび、あたなのお名前は?」「はじめまして、奈緒ちゃん、雅くん。私の名前は春香って言います」
 そう、これが僕らの出会いだ。僕らが幼馴染になった始まりの日であった。

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