初めての恋

神寺雅文

解き明かされる過去46

「どういう意味です? そもそも、昨日あそこで何があったんです?」
 倒れていたことは知っていても、どうして僕が倒れることになったのかまでは知らない優香さんが、僕と春香を交互に見比べる。もちろん、言えるわけもない。
「ごめん、話はまた後で話すよ。とりあえず、C組に行ってみよう――、春香、どうしたの」
 と、踵を返そうとしたが斜め後ろにいる春香が一切動かず足を踏みそうになってしまった。
「漏れるもれる!」「おい、女子がいるのにはしたないこというな!」
 どうも、トイレにでも行くのであろうか、数人の男子がドアを開けて廊下に出てきた。それを視線だけで追う春香。その視線の先に気が付いた優香さんが同じく遠ざかっていく男子の群れを見て言う。
「トモキくんがどうしたの春香さん?」「え、ううん、なんでもない! 行こうよ雅君。またね優香さん」
 別れの挨拶もままならない程に、春香が足早に廊下をC組へ向け歩く。優香さんの「また放課後ね~」って言葉に会釈も出来ないで僕は手をグングン引っ張られている。
 まるで誰かから逃げるかのように、一切振り返ることの無い春香。こんなに挙動が不安定になることなどいままでにない。奈緒や僕ならともかく、温厚でのほほんとした春香が人垣を肩で風を切りながらかき分けるのは想像もつかなかった。
「あ、春香、過ぎてる過ぎてる」「ごめん、私先に戻るね」
 簡単に解かれる手。本日、二回も手を繋いだと言うのにこの情緒もないシチュエーション。またしても僕は手を繋いだことを意識することも出来ないまま、春香を見送ることになった。
 女子とはよくわからない生き物である。自分から連れションを希望しておいて、要件も済ませぬまま去って行ってしまうのだ。このまま一人でこんなところに置き去りにされたら、またあいつらに捕まってしまう。拉致現場は目と鼻の先なのだ。
「あの、道明さんいます」
 だから、その前に探し人の所在だけでも確認しておく。近場に居た男子が不審者を見るような眼をして、女子はヒソヒソと耳打ちし合っている。どうも、僕って男は他のクラスからの評判が悪い様だ。素直にへこむ。
「転校した」
 そう返答が返ってくるまで時間がかかったことかかったこと。休み時間もあと三十秒ってところでようやく近くで読書していた女子がため息交じりで囁く様にそう答えた。
 どうやら、僕が歓迎されていないのではく、道明さん自身の問題なのかもしれない。昨日転校した友人のことを聞かれたのに誰も率先して答えようとしないのは、たぶん何かしら理由があるからであろう。クラス替えしたばかりでも、我がF組なら大号泣する者がいてもおかしくはないのだが――。
 予鈴も鳴った。もう時間がない。当人がもう我が学園に在籍していないのであるなら、昨日のことを取り消すことも修正することも出来ない。そもそも、それ以上に誰もあれを立証する人がいなくなったのなら、隠すこともない。
 それなら、また迎えに来られて新たな目撃者が誕生する前に、こちらから出向くとするか。いらぬ誤解をこれ以上招くことは出来ないから。春香にそのことを伝えるべく「早退するね」と短くメッセージを送信した。
 春香にまたどやされることも想像出来たが、いい案が浮かばないのも事実だ。当たって砕けろだよバカ野郎。あと二日我慢すれば土曜日には確実に事態が発展するのだ。ここは自己犠牲に徹することにしようではないか。
 トイレから帰る男たちの群れを掻き分け、例の場所へ向かう途中、一人の男と目が合った。確か、彼がトモキと言うギターの申子だったはず。睨まれた様なそんな気がしたのは少々被害妄想過ぎるかも知れないけど、あまり好意的な視線ではなかったのは確かであった。
 そんなことに気が回っていたのは四人に羽交い絞めにされるまでであり、ゴール代わりにされ始めた頃にはそんなこともすっかり忘れ虫の息で地面に転がっていた。

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