初めての恋

神寺雅文

解き明かされる過去39

「なんかさ、みっともないんだわ。拓哉も拓哉でいろいろな事情抱えて辞めたのにさ、やれ裏切りだ、やれ憂さ晴らしだって。高校生がやることかよ」「いい加減な事言うな! 拓哉に辞めた事情がある? 俺達との約束を破ってまで辞める理由がどこにあるってんだよ!」「何も言わず、俺たちをここまで引っ張ってきておきながら途端にいなくなりやがった。そんなことありえるのかよ」「俺たちだけがあいつを馬鹿みたいに信頼してここまできたのに、あいつは何も言わず俺たちを見捨てた。寺坊が怪我したって知っておきながらあいつは俺たちを見捨てたんだぞ!」
 ああ、なるほど。やはりそうなのか。拓哉のやつめ、ここまでこいつらの心を盗んでおきながらなんて軽率なことをしたんだ。ここは僕が殴られておくから後でコブラツイストかけさせろよな。
「お前らはどうしたいんだよ。拓哉ともう一度サッカーしたのか? したくないのかはっきりしろよ」「「「したいに決まってんだろ!」」」
 椅子ごとぶん投げられた。痛くて言葉も出ない。けど、三バカは拓哉ともう一度サッカーがしたいと断言した。それに寺嶋が何も言わないのだから、四人とも、いや、サッカー部全体が拓哉の復帰を待ち望んでいると言っても過言ではないだろう。
「素直じゃねーな、あんたら」「減らず口を叩いている暇があるなら、ボール集めろ」
 人をボンレスハムの様に縛っては開放して縛っては開放して、今度はボールを拾えと。逃げちまうかも知れない。そう言った寺嶋本人が僕の拘束を解いた。
「逃げるとは思ってない。拓哉の連れだ、度胸だけは認めてやるよ。でも、こんなんで俺たちが拓哉から手を引くと思うなよ」
 これ以上何をしようって言うんだ。拓哉の級友をこままでボロカスに痛めつけても飽き足らず、寺嶋達はまだ何かを企んでいる様だ。呆れるほどに拓哉のことを憎んでいるんだな。そして大好きなんだと思う。
「腹減ったなあ」
 今頃奈緒と春香は美味しくランチを頂いているんだろな。いや、そうでも無いようだ。またスマホが震え出した。会いたくて会いたくて震えているとでも言いたげに、ひっきり無しに振動している。
 四人の弁当を咀嚼する音と雨粒が窓やら屋根やらに当たる音が静寂に浸透する。誰も何も言わずに黙々と弁当を食べている。少しは気の利いた冗談でも言い合ってくれるとこちらも少しは気がまぎれると言うのに、ほとんど赤の他人である僕は気まずくてしゃーない。
 少しは罪悪感があるのだろうか。昼休み中は四人からなんかされることはなく、ただ悪戯に時を過ぎるのを待った。
 雨脚が強くなったのを感じたのは外から光が一切入ってくる事が無くなった時間だった。どうやら夜を迎えたらしい。時間は分からないが下校時間に差し掛かるころだろう。下校を促す校内放送が聞こえている。
「そろそろ終わりにするか」「そーだな」
 誰ともなくボールを蹴るのを辞めた。かれこれ八時間は的にされて僕も立っているだけでやっとであった。助かった。これで帰れる。
「おっと、お前にはまだやることあるだろ?」
 フラフラとする僕の肩を掴んだのは高橋である。そして、今さっき自分が着ていたウエアを脱いで投げつけてきたのは寺嶋だった。それにならって他の連中も半裸になって臭いウエアを僕の頭に被せて高笑いを発して新しいウエアに着替えると出口へ向かっていく。
「室内のウエアって意外と汗かくんだわ。一軍の室内練習場にまとめ置く様に指示してあるから洗濯よろしく」
 寺嶋が嫌味たらしく片手を上げて最後に出ていく。
 ああ、体が痛い。もう立ってらんない。こればっかしはどうしようもないが、体から力が抜けて動くことも出来ない。さすがに体に堪える痛みと疲労だ。そして、腹が減った。
「ああ、だめだ……」
 僕が気を失いかけ前に倒れそうになった時、女の子らしい香りと感触がする誰かに抱き締められた。
「大丈夫! 雅君! ねえ、しっかりしてよ!」
 ああ、誰だろうか。もう誰の言葉なのかも分からないほど、僕は意識が朦朧としていた。
「どうして……、どうして……“みやちゃん”がこんなひどいことされないといけないの?……ねえ、どうして……?」
 ああ、僕はまた夢を見ているのか。あの女の子が泣いている。僕の前で。とても大きく柔らかい二つの膨らみを僕の頬に押し付けながら、そう呟きながら泣いている。

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