初めての恋

神寺雅文

解き明かされる過去36

「雅君は公衆の面前で破廉恥な行動するような男の子じゃないの知ってるからね。状況が状況でもあったので、私は別に気にしないよ」「春香ちゃんって雅君の幼馴染なんでしたっけ?」「え、……違うけど、どうしてです?」「ん~分からないですけど、男の子の幼馴染を持つ女子としての第六感ってやつかな?」 気になる会話である。後方の座席がちょうど四人分空き、右から優香さん、春香、奈緒、僕と言う順で着席した。そのさなかで優香さんが気になる質問を春香にしたのである。「確かに雅君の無害な感じはほっとします。でも、出会ってまだ一カ月ちょっとしか経ってないのになんだかすべて知っているような雰囲気が漂ってくるんですよね。もちろん、奈緒さんは正真正銘の幼馴染なので、先ほどの様に身も心も預ける理由も分かりますけど」「そ、それは……」
 利発な言動が優香さんの長所であるし、挙動がゆっくりなのが春香の長所である。が、今はなんだか春香が悪いことをした子供の様に、えらく大人びたことを言う優香さんに問い詰められているように見える。
「あたしが一年生の頃からみやびの話しをしてたからだと思う」「そうなんです、こうして出会ったのは一カ月ですけど、名前を知ってからは結構時間が経ちます」「そうなんですか? ふむふむ、奈緒&春香に忍び寄る男の影って言うのは、本当だったんですね」
 僕も知らなかったけど、奈緒と春香は一年生の頃から面識があるのだ。どこで知り合ったのかそのころ何をしていたのかまでは教えてはくれないが、今と変わらない感じだったと四月ころに奈緒が話してくれた。
「なにその噂? てかさ、もしかして僕のことなの?」「もちろんですよ。きっと、今日のバスのことも目撃者多いですから噂になりますよきっと! 私もしっかりこの目で目撃しましたからね!」
 ゴシップ記者の真似であろうか。メモ帳にペンを走らせる真似をしている。なるほど、ああいういつも通りの行動が変な誤解を周囲に与えるのか。男女の幼馴染ってのも難儀な関係だ。
「A組での噂もみ消しは優香さんに任せるよ」「ん~、一部の人たちは何とかなるけど、竜人さんは難しいかな?」「どした? 奈緒?」
 優香さんの言葉の何かに奈緒が反応した。熱い薬缶を素手で触ってしまったときの様な動きである。
「べつに、なんでもないよ」「そっか。てか、A組って会長ってだれ? もしかして、あいつ?」「なぜか、雅君には口調強いですけど、人当たりは良いですよ普段の竜人さん」
 信じられないな。あいつのせいで僕の評価はA組では底辺だ。今も教室に入ろうものならその取り巻き三人組に羽交い絞めにされて廊下に放り出される自信がある。
「奈緒&春香に忍び寄る影、人気者に近しい存在の性と言うことじゃないかな? たーくんだってお二人のことは中等部のころから知っている様でしたし、何かと目立つ奈緒さんの幼馴染さんならなおさら男子から目の敵にされてもおかしくありません」「優香ちゃん的にはやっぱりあたしたちの関係おかしいと思う?」
 そんな質問をしたのは奈緒である。珍しく元気がないのはまだ逆上せているからであろうか。
「そうですね、恋人同士じゃないのであるならば、少しでも見直した方がお二人の為になると思います」「そっか、そうだよね」
 断言されて落ち込む奈緒。これで真っ向から否定されたのは何度目だろうか。会長や千春さんにも言われている手前、奈緒の顔から笑みが消えてしまった。
「あ、偉そうなこと言いましたね。たーくんのことで助けてもらっているのに、ごめんなさい」「いいよ、あたしたちもそろそろ幼馴染離れするころだからさ。それよりも拓哉君のこと頑張ろうね。ほら、みやび! あんたが一番大変なんだからシャキッとしなさい!」
“幼馴染離れ”奈緒が何を思ってそう表現したのかは検討も付かないが、確かにそうなのである。僕らは互いに依存し過ぎている。仲がいいのはよろしいのだが、お互いそこに男女としての好意はない。友情は合っても男女としての情はないから、周りからの反発が強い。特に奈緒に好意を抱く輩からは目の敵にされがちだ。
「へいへい、分かりましたよ」
 って言っておきながら奈緒愛用のタンブラーに口を付ける僕。ホント美味いなこれ。
「ホント、我ながら良いセンスしてるわ。ありがとう優香ちゃん」――、なんの躊躇いもなく今度は奈緒がそれに口を付ける。「いえいえ」
 本当にこの人達分かっているのかな? って言いたげな優香さんの脇で、春香がクスクスと微笑んでる。当分、幼馴染離れは先になりそうだ。
 と、この時は思っていたが、計らずとも僕らの関係が引き裂かれる事態は刻々とその魔の手を伸ばしてきていた。絶対に逃れられない魔の手である。手ぐすね引いて待っていやがるのだ。
 そんなことも知る由もない僕らは学園に到着すると、放課後の部活のことで優香さんに呼び止められた。
「今日からサッカー部は授業無しで練習に入ります。たぶん、みんなピリピリし始めるころなので覚悟しておいてください」
 顔に似合わず怖いことを言い残して去っていく。優香さんが言うのだから本当なのだろう。僕の目をジッと見ていたのは、偶然だと願いたいものだ。あれ以上イライラされたら僕の体が持たないぞ。
「あと三日だし大丈夫よ」「きっと雅君の作戦成功するから、頑張ろうね! 一応、拓哉君にも私の方からラインしておくよ」
 作戦決行まで残り三日。拓哉にも校長先生に話を付けたことを報告してある。「マジか。分かった体作っとく」と返信が来たのはその日のうちにだ。もう止めることは出来ない。校長先生もあれから姿を見せていないし、危険と判断すれば何かしら言ってくるはずだ。
「頑張ろう、拓哉の為に」
 それしかない。僕は雨が降りしきる鈍いろの空を見上げそう呟いたのであった。

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