初めての恋

神寺雅文

解き明かされる過去35

「ちょっとみやび、痛いって」「え、どうした?」「お腹に何か固いのが当たってるんだけど?」
 はて、と奈緒の腹部に視線をずらす。なるほど、ベルトの金具が飛び出ている様だ。たぶん。いや、マジで男のフラグが立っている訳ではない。直しておくか。
「あ、ちょっとばか……、どこ触ってんのよ」「いや、ベルトの金具が出てたみたいだから」「そこ……あたしのスカートの中よ」
 確かに手の甲に温かく滑々とした肌触りで肉厚な感触がある。掌の方はと言うと布が間に入って金具が直せない。これはこれは、冗談抜きでけしからん状態だ。
「す、すまん。ど、どうしたらいいかな?」「いいよこのまま。みやび相手だから我慢する」「ってのは触っても良いってこと? すげー触り心地いんだけど?」 
 言い切る前につま先に激痛が走る。
「あいだだだだだだだだあ!」
 つま先を踏むんじゃない。顎先に頭突きをかますんじゃない。戯言を抜かしていたから舌も噛んでしまったじゃないか。
「そういうことは恋人同士じゃないとダメなんだから……バカ」
 ほとんど密着している。奈緒は言葉ではそう言いつつも決して防衛意識を見せることなく、僕の胸元に顔を埋めている。抵抗する気なんて到底無いようだ。僕だって口だけで手は出していない。今もまた両手で壁ドン状態だ。
 熱風が吹き荒れる車内、窓ガラスは曇り外の様子が見えない。今はどこを走行しているのだろうか。奈緒とこうして密着するのは大いに構わないが、こうも熱気がすごいと逆上せてしまいそうだ。
「あ、すごいですね~」「ホントだ~。この中にいるのかな奈緒と雅君?」
 聞き覚えのある声が二つ。中腹の乗り口から聞こえてきた。てことはここは二丁目か。学園までは歩いても十五分もかからない距離に来ている。
「大丈夫か? 僕に捕まれ」「いつもごめんね」
 車内の状況が状況であり、悪天の中登校する覚悟を決めた同胞達がぞろぞろと下車していく波に流されない様に、僕は奈緒の体をしっかりと抱きしめて窓際に立っている。この小動物はたまに目を離すと流されることがある。長身の僕の役目である奈緒を人込みから守るのは。
「あ、いいんですかね? お二人の邪魔じゃ?」「どうしようか?」
 ある程度隙間が出来て聞き覚えのある声が眼前まで迫ってきたのに、熱さに浮かされ気が付くのが遅れてしまった。
「あ、これはこれはお二人さんおはよう! おっとこれは誤解だ!」「……。おはよう」
 男はあからさまに動揺して、女性の方は上気させた頬にハニカミという名の微笑を浮かべる。えらく誤解を招くシチュエーションである。奈緒はどうも逆上せ気味らしい。僕が強く抱きしめ過ぎて上手く放熱できなかったのかも知れない。
「大丈夫か奈緒? すまん」「別にみやびは悪くないし、小さいあたしが悪いのよ」「そっか、なるほど。変な誤解してしまいました」
 今朝は珍しくポニーテールにせずロングヘアーのまま登校している優香さんが安堵の表情をした。隣の春香は何事もなかったような涼しい顔をして、奈緒に声を掛けている。
 春香にこそ変な妄想して少しはヤキモチを妬いて欲しかった。てのが僕の率直な意見であるが、春香は素知らぬ顔で奈緒に手内輪で風を送ってあげている。

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