初めての恋

神寺雅文

解き明かされる過去11

「お金持ちなんですたーくんのお家」
 と言っても桜ノ宮二丁目に自宅を構える優香さん家も相当な広さを有している。 そういえば同じ二丁目に棲む春香を初めて送りに行くときも、拓哉もこっちの方面だと言っていたっけ。二丁目とは新興住宅地であり、まだまだ発展する桜ノ宮市が誇る一等地なのである。さては、優香さんの両親も大財閥の社員なのか?
「春香さんのお父さんの同僚ですようちもたーくんちも」「春香を知ってるの?」「はい、奈緒&春香は学園で知らない人はいませんよ」
 なるほど、知らないところであの二人はそうやって呼ばれているのか。
「ちなみに、雅君もちょっとした人気者ですよ?」「僕が?」「竜人さんに目の敵にされてます。それに、女たらしって噂が今回の件でうちのクラスから発信されてしまいました」
 面目なさそうに身を縮める優香さんに掛ける言葉が見つかれない。あれだけ他のクラスでそのクラスの女子にちょっかいを出したのだ、ただでは済まないだろう。
「でも、奈緒さんも春香さんもそんなの気にする人じゃないと思います」
 今までの非礼を詫びるよう微笑むのは優香さんである。月明りに照らされる彼女の頬に少しだけ朱が混じっている。なんとも愛くるしいえくぼであろうか。
「雅君はとっても素敵な人です。たーくんにも負けてません。だから、たーくんのことお願いします」
 ポニーテールが風を切る。深々と頭を垂れた優香さん。拓哉のやつめ、こんな可愛い子を悲しませるなんて恋する男の風上にも置けん奴だ。
「任せてよ、必ずもう一度サッカー部に連れて行くから」
 二度ポニーテールが風を切り、僕は拓哉の家を顧みた。時刻は午後十時を迎えるってのに、一向に電気がともらない真田邸。人の気配を感じさせない森閑たる佇まいが、真田拓哉の実家らしからぬ。胸騒ぎを感じつつも、次の日が土曜日で学園は休みであり、部活にも休みの申請をし午後一番で真田家を訪問した。

 どう訪問するのが礼儀なのだろうか。この服装で失礼はないであろうか。奈緒から勧められたコーディネート一式をしっかり買っておいた僕は、いまそれを見に纏い、眼前に悠々とそびえ立つ鉄の門扉に困惑していた。
 レンガで構築された外構は両端が霞んで見える程に延々と続いており、目線ほどの高さから鉄の槍がニョキッと生えたような装飾が施されている。たぶん、いや、絶対にこの家は金持ちだと、さして豪邸を見たこともない僕ですらそう思えるほどにどれもが大げさな美質を持っているのだ。
 そこの、正面門を優香さんに教えてもらわなければ迷っていた。この真実の口を象ったチャイムに気が付くこともなかったであろう。押す者に言い様もない緊張感を与え、暗にピンポンダッシュをさせない圧力をその見た目だけで表しているのだ。
 十分な時間を使い、気持ちを落ち着かせ真実の口に手を突っ込み、思いのほか軽快な呼び出し音が聞こえること十秒後、豪胆な男性の声が向こう側から訪問者である僕の素性を問うてきた。
「はい、真田です。どこの組のもんじゃい」
 正直、動揺を隠しきれなかった。まるでヤクザ映画のワンシーンである。酒豪が放つ酒で焼けたような凄みを有したハスキーボイスが、そのセリフに要らぬ誤解を僕に与える。
 しまった、ヤクザの家かここは。
 普段見なれない豪邸、凄みのあるドスの利いた声に「どこの組のもんじゃい」が見事にマッチして悪寒が走る。

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