初めての恋

神寺雅文

解き明かされる過去08

「試合まであと二週間」
 そう言い放ったのは田中監督である。一軍の主力メンバーが一堂に会するロッカールームにいつも以上の熱気がこもる。
「相手はわが校の永遠のライバルである道明学園だ」
 その言葉に一同が固唾を呑む。
「練習試合だからと言って手を抜くわけにはいかない。この一戦に選手権の決勝と同じ意味を持つことはみんな知っているよな」「寺嶋や真田抜きでどこまでやれるんだ」
 誰かがそう漏らした。
「弱音を吐くな馬鹿者! 例え真田が辞めて、寺嶋が故障で当分試合に出られないと言っても、お前たちも努力してここまで来たんだろ!」
 寺嶋がケガだと? 
 初めて聞かされる事実に僕一人が戦々恐々としている。他の部員たちもどうも元気がない。田中監督の鼓舞に答える声にも力がないのは、かの二人が我が学園自慢のツートップだからだと、その後も続く田中監督の激励により知ることになった。
 平たく言えば、一大事なのである。拓哉が辞めたことも然り、寺嶋の怪我も強豪高校に強烈な一撃を与えた。強豪校としてそれ相応の人員を確保しておきながらも、件の二人は文字通り特別なのだ。
 その穴を埋めるべく、連日続く実戦さながらの紅白戦にも熱が入り、三バカも真面目な表情で怒号を飛ばしながら互いのプレーにダメ出しをしている。これがスポーツの世界なのであろう。チーム一丸となって一つの目標に向けて邁進する。
 だからこそ、拓哉の退部に一部の部員が反発したのかもしれない。寺嶋や三バカの言葉を借りれば「裏切者」って罵る事態になってしまうのかも。

 でも、真相は誰も知らないのである。
 膝を壊したから、拓哉が部活を辞めたことを周りが周知していなのである。拓哉も拓哉でどうして寺嶋の様に故障したことを監督や仲間に、幼馴染である優香さんに申告しなかったのか。はなはだ疑問である。
 今日も今日とて、洗濯物の山に囲まれ闇夜の中、ポカンと開いた白色光の輪を中心で、僕は誰もいなくなった一軍グランドの隅で洗濯物を洗っていた。白熱した紅白戦が繰り広げられたことにより、当然洗濯物も増えるわけで今夜も遅くなりそうだ。
 そこで、また不意に声を掛けれた。
「聞いた通りに、寺嶋君は当分戻って来ません。だから、あなたもここにいる必要はありません」
 だから、もう洗濯も掃除もしないでください。優香さんである。
「いや、僕が選んだ道だから、もう少しやるよ」「なんで、そこまでたーくんのこと気にかけてくれるんですか? サッカーを辞めた彼にそこまで魅力はあるのですか?」
 険の籠った声色、優香さんの瞳には鈍い光が宿されている。彼女のまた、拓哉が部活を辞めた理由を知らない一人であり、サッカー部の一員なのだ。憤りを感じずにはいられないのだろう。
 そんな彼女に嘘を言っても信じてはもらいえないと思ったので、手を休めて彼女と向き合う。
「だって、あいつはバカでアホでどこまでも友達思いで、どんなことも真剣に相談乗ってくれる男だよ? そんな拓哉のために僕が全力で動くのは当たり前でしょ?」「たーくんは、バカでもあほでもないです。ちょっと抜けてるだけです」
 男の友情と言うのはどうしても女性には理解できない部分がある。決して僕は拓哉を侮蔑したわけでもけなした訳でもない。愛があるからこその、暴言なのだ。
 それを分かっていない優香さんはあからさまに不機嫌である。一体、拓哉が嫌いなのか好きなのかどちらなのだろうか。このままでは前回の二の舞であるから、少しわかり易く伝えてみる。
「なんていうのかな、僕はさ、拓哉に救われたんだよ。初めて人を好きになってどうしていいのか分からなくて、デートにも誘えないでいる僕を、拓哉がいつもフォローしてくれたんだ」
 自分だけでは無理だったことが、春香とのデートである。これは、どうあがいても覆ることの無い真実だ。
「ほんとは、サッカー部でのこと引きずってたくせに、僕が弱虫だから自分の問題を棚上げして僕を助けてくれたんだよ。そんな拓哉の為に、僕が出来ることは拓哉と寺嶋を仲直りさせることであり、優香さんの誤解を解くことだ」
 きっと拓哉は気に病んでいたはずだ。ずっとこの問題をどうにかしたかったはずだ。じゃないと、あの時僕らを庇うはずがない。本来なら奈緒を連れて素知らぬ顔でその場を後にすることも出来たに違いないのだ。
 だから、だから、僕は拓哉の為に今できることを全力でするまでだ。
「拓哉が困っているなら、例え火の中でも、水の中でも、この場違いな縦社会の中にだって飛び込むよ! だって、僕は拓哉のことが大好きなのだから!」
 自分でもどうしてここまで熱くなってしまったのか疑問である。練習の熱気にあてられたのかも知れないし、将来の夢の為にがむしゃらにプレーする彼らに感化されたのかもしれない。
 どちらにしろ、突然の力の籠った演説に戸惑う優香さんの肩が揺れたのはそれからすぐであった。
「ふふっ」
 僕と出会ったから一度も声をだして笑ったことがない優香さんが噴出した様に笑い声を漏らした。
「たーくんの言ってた通りの人だ」
 今までの冷遇が嘘の様に僕へと向けられる微笑み。

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