初めての恋

神寺雅文

解き明かされる過去05

 白熱とした紅白戦を繰り広げるサッカー部の熱が、なんだか僕を拒んでいるような気がしてならない。場違いなのは予想していたが、部外者以外立ち入り禁止なのは本当の様だ。遅れて登場した警備員に本校の在籍確認をされ、部員でないなら退出するように指導されたのは、それから三十分後のことであった。
 関係者以外は立ち入り禁止。確かに学園の一番奥に位置して、一番広大な敷地面積を有する第一練習場の入口ゲートにそんな張り紙がされていた。初老の警備員に世間話ついでに確認したら、どうもライバル校の生徒が変装して侵入したことが過去にあるらしく、少々問題になったことがある様だ。強豪校ならではの秘匿する情報がここにはたくさん存在するらしい。
 そんなこと僕には関係ないと言い、友人の為に入場の許可を求めたが規則に厳しいのが取り柄の警備員が取り合ってくれることはなかった。どうしたのもかと、ゲートから陰になるベンチで一考を巡らせていると、いつぞやみた白い髭が足元に舞い降りた。
「ふぉふぉふぉ、若いの、深刻そうじゃな?」「え、あ、仙人さんですか?」「まあ、そのようなモノじゃな」
 中国の昔話に登場しても違和感のない出で立ちの老人が、お決まりの仙人杖を携え僕の前に現れた。
「あの、どこかで会ったことあります?」「奈緒ちゃんの幼馴染として有名な雅くんじゃったかな? ほれ、クラス替えの日に一発KOされた時に会ったじゃろ」「僕は伸びてましたからね~」「ふぉふぉふぉ、そうじゃったそうじゃった」
 空気が抜けたような笑い方が特徴的である。警備員さんはこう言った人を率先して排除するのが仕事じゃないのかと、みるからにこの場に不釣り合いな風体をする仙人を一瞥する。
「悩んでいるようじゃね。わしが良いことを教えてしんぜよ」
 期待するつもりはないので、流す程度に聞く素振りをする。
「木の葉を隠すなら森の中。ある人種の生態を知りたいのならば、その人種たちの中に潜り込み、その人種のことを良く知ることが肝心じゃ」「え?」
 まったく言っていることが理解できない。ポカンと口が空きっぱなしにってしまい、仙人が余計に空気の抜けた笑いをする。
「わしが話をつけておくからの、明日からマネージャーとして潜入するのじゃよサッカー部に。外からじゃ見えるモノも見えんし、直せるもんもなおせんからの」
 仙人に何の権力があるのか分からないまま、一方的に話を締められて仙人は歩き去った。
 翌日、登校すると僕の席に、サッカー部のトレーニングウエアとマネージャとは何たるかを延々と綴った冊子が置かれていた。それをペラペラ捲ると入部届が挟まっており、監督の欄と校長の欄にすでに捺印が完了していた。
 どうも、どちらも同じ印鑑に見えるし、筆記体でなんて書いてあるのか分からないその仰々しい印がどうもこの状況を楽しんでいるようにしか思えない。
 良くわからないが、ここは狐に化かされた気分――仙人に騙された気分でサッカー部へ潜入することにした。

「どうしてあなたが?」
 怪訝な表情を向けてくるのはむろん優香さんである。二十人いるマネージャーの中で唯一、僕に対してあからさまな敵意を向けている。他のマネージャーたちも女子ではあるが、「これで力仕事から解放される!」って喜んでいると言うのに。彼女だけは見るからに不機嫌である。
「校長先生からひと時預かる様に言われてね。なんでも、将来いろいろな世界を見てみたいらしいんだ。ほら。そろそろ二年生は進路調査期間に入るし」「はあ……」
 監督代行として現在は我が学園のサッカー部の監督を任されている日本サッカー界で稀代の英雄と現役引退から十年経っても称される田中翔馬たなかしょうま先生が、僕自身ですら初めて聞く菅野雅のサッカー部入部理由を怪しむ優香さんに告げる。
 これが一応は公の入部理由らしいので僕も不自然にならない様に「短い期間ですがよろしくお願いします」って付け加えて頭を垂れた。
「わたしに、いや、サッカー部に迷惑だけはかけないでください。いまは大事な時期なので、くれぐれも余計なことはしない様に、監督からも注意しておいてください」「相変わらず優香ちゃんは手厳しいね。まあ、雅君、男手がいくつあっても足りない部活だ。大いに活躍してくれたまえ」
 首肯だけで答え、早々に立ち去ってしまった優香さんの後を追う。が、違うマネージャーに呼び止められて早々に力仕事を任せてしまった。
 サッカーボールが無数に入った籠を指定の個所に運ぶだけで全身から汗が湧き出て息も上がってしまい、時間をかけ過ぎた分広大な敷地に点在する人間の中から優香さんを探すのは困難であった。

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