初めての恋

神寺雅文

交錯する恋心34

「可愛い~アー君とエーちゃん」
 どうやらイルカの写真に見惚れている春香には男たちの言葉が聞こえていない様だ。
「けっ、見せつけちゃってよムカつくぜ」
 その言葉と同時に僕が座る席に衝撃が走る。
「それはやりすぎだぜ高橋」「どうせ聞こえちゃいないさ。仮に聞こえても、ヒョロヒョロの優男に俺が負けるわけないだろ」
 何部の高橋なのだろうか。言っとくが僕にはスポーツ特待生科の高橋なんて名前の知り合いはいないし、言葉だけでも分かる敵意を持たれる相手もいない。ましてや、椅子を蹴られる筋合いなんて毛頭ない。
「どうかしたの雅君? 怖い顔してるよ?」「え、なんでもないよ」
 どうやってこの不穏な空気を処理しようか考えあぐねていると、春香が顔を寄せて心配そうにしている。僕に男気があれば、椅子を蹴ったことを注意して春香を連れてその場を去ればいいのであるが、いかんせ向けられた敵意が明確過ぎて動けないでいる。何か変な行動をしたら春香にまで危険が及ぶかもしれないと不安になってしまう。
「なんで、努力している俺たちに可愛い子が寄ってこないで、こんな奴が可愛い子とデート出来るんだよ」「そういえば、可愛い子で思い出したんだが最近、あの真田が調子乗ってるらしいぜ?」「まじで? もしかして、寺嶋が言ってた話か?」
 聞き覚えのある名字が出てきた。三人の男が席を立ちあがった気配を感じ、僕も春香に次に行く合図を目で送り立ち上がる。むろん、三人を直視しないで横目で姿だけは捉えている。
「そう。サッカー辞めて普通科に行ってから、妙に可愛い女とつるむ様になったみたなんだわ。しかも、二人もいるらしくてよ、あり得るか? 俺たちサッカー部を裏切っておきながら?」「最低だなあいつ。俺たちにはともかく、親友である寺嶋に何も言わず、退部して勝手に普通科に転入して、自分は一人青春を謳歌しているってわけか?」
 僕らとは別方向へ向かって歩き出す三人組だが、混んでいるせいでなかなか前に進まず、聞きたくもない話が聞こえてきている。春香に聞こえていないか少々心配であるが、前を向く春香は上機嫌にもさきほどの手遊びのフレーズをハミングしている。
「ほら、あの普通科の二年でめちゃくちゃ可愛い子いるだろ?」「たしか、ナオって子だっけ? 一年の時から真田のやつ噂にしてたっけか?」「もしかしてさ、その子に近づく為にサッカー辞めたんじゃないだろうな――」「それなら、マジでムカつくわ。そろそろ寺嶋も合流するし、何か面白いいやがらせしたいな――」「賛成、あいつが一番キレてるからいいこと思いつくかもな――」
 場内アナウンスが入り、一気に長蛇の列が動き出しそれっきり男たちの声も姿も見えなくなってしまった。
 列が動き出す間際、悟られぬ様に振り替えた僕は、その男たちの顔を決して忘れはしないであろう。毬栗頭に鍛え抜かれた体、適度に日焼けした肌にはめ込まれた憎悪で歪む口元が印象的な、我が学園のスポーツ特待生科のみが着ることが出来るトレーニングウエアに身を包んだサッカー部員たちの憎たらしい表情を。
 彼らの話に出ていた真田と言う元サッカー部員とその男が好意を抱くナオと言う名の女の子を、僕は知っている。知っているどころの話ではない。
 この未成熟な心臓の鼓動が早くなり激しく他の内臓を圧迫している。これは怒りだ。

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